スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
池田 健(いけだ たけし、1959年 - )は、日本の医学者… 池田 健(いけだ たけし、1959年 - )は、日本の医学者、精神科医。 東京学芸大学附属小金井小学校、附属小金井中学校を経て東京学芸大学教育学部附属高等学校卒、中学時代に北杜夫、遠藤周作、加賀乙彦などの著作を読み、精神科医を志す。高校の同窓生に香山リカ(精神科医)、茂木健一郎(脳科学者)、同級生に赤城徳彦(政治家)、小谷元子(数学者)などがいる。 順天堂大学医学部に入学、卒業後東海大学精神科医局に入局した。精神科医になり、小此木啓吾、岩崎徹也(東海大学名誉教授)、飯田真(前新潟大学教授)小阪憲司(横浜市立大学名誉教授)らに師事する。 診療のかたわら、精神障害に対する偏見を取り除く一つの手段として、平成10年頃から一般向けの教育書、精神科領域以外の医療従事者を対象に執筆を開始する。
加藤 総夫(かとう ふさお、1958年9月19日 - )は、… 加藤 総夫(かとう ふさお、1958年9月19日 - )は、日本の神経科学研究者。本名表記は總夫. 専門は、神経生理学・神経薬理学・疼痛生理学・自律神経神経科学。学位は,博士(薬学(東京大学),医学(東京慈恵会医科大学))。東京慈恵会医科大学・名誉教授.東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経科学研究部前部長(元教授)。東京慈恵会医科大学・先端医学推進拠点・痛み脳科学センター・前センター長。日本学術会議連携会員。 1977年、東京学芸大学附属高等学校卒業。同年、東京大学教養学部理科Ⅰ類入学。1984年、東京大学薬学部・同大学院薬学系研究科修了。 1984年、東京慈恵会医科大学・第2薬理助手。
布川 俊樹(ぬのかわ としき、1958年7月29日 - )は… 布川 俊樹(ぬのかわ としき、1958年7月29日 - )は日本のギタリスト、作曲家、編曲家。東京都生まれ。 東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京工業大学工学部社会工学科卒業。ミッキー・カーチスのバンドでプロ・デビュー。1985~87年、MALTAHit&Runに参加。1985年、自己のグループVALISを結成し、六本木ピットインを中心として活動。1991年、ファーストCD『ヴァリス(日本クラウン)』をリリース。1993年、布川俊樹モデルというシグネチャー・モデル・ギターがアリア (楽器ブランド)より発売される。2003年3月~6月、VALIS解散ツアーを行い、解散。 VALIS解散後、2004年6月、納浩一、山木秀夫とギタートリオアルバム『ブラッド・トリオ』をリリース。
森川 雅博(もりかわ まさひろ、1958年7月25日 - )… 森川 雅博(もりかわ まさひろ、1958年7月25日 - )は日本の理論物理学者、宇宙物理学者。専攻は宇宙論、宇宙物理学。理学博士。 林忠四郎の弟子の一人で、宇宙の進化を相転移の観点から広くとらえようとしている。専門は宇宙物理学であるが、研究の範囲は量子論の基礎から統計力学に渡る広いものである。
伊藤 真(いとう まこと、1958年6月14日 - )は、日… 伊藤 真(いとう まこと、1958年6月14日 - )は、日本の弁護士、教育者。資格試験予備校伊藤塾塾長、伊藤・呉法律事務所所長、株式会社法学館館長、法学館憲法研究所所長、日弁連憲法問題対策本部副本部長。 東京都出身。中学に進学してから、教師をしていた父が、デュッセルドルフの日本人学校の校長として赴任することになり、家族でドイツに渡る。東京学芸大学教育学部附属高等学校を卒業後、理系志望だったが、東京大学文科一類に入学。1981年、東京大学法学部在学中に司法試験に合格し受験指導を開始。同時に東京法律会計事務所に入所、弁護士業務も行う。 東京リーガルマインド(LEC)の看板講師として活動後、1995年、伊藤塾を設立した。
野俣 光孝(のまた みつよし、1958年4月28日 - )は… 野俣 光孝(のまた みつよし、1958年4月28日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省中部運輸局長、国土交通省大臣官房危機管理・運輸安全政策審議官等を経て、空港振興・環境整備支援機構副理事長。 神奈川県生まれ。1978年東京学芸大学附属高等学校卒業。1982年東京大学法学部卒業、運輸省入省。運輸省北海道運輸局地域交通企画課長、運輸省航空局レジャー航空指導室補佐官、国土庁長官官房総務課長補佐、国土交通省総合政策局不動産業課不動産市場整備室長等を経て、2002年国土交通省総合政策局不動産業課不動産投資市場整備室長。同年新東京国際空港公団企画室長。2004年新東京国際空港公団総合企画本部関連事業部長。
長木 誠司(ちょうき せいじ、1958年1月11日 - )は… 長木 誠司(ちょうき せいじ、1958年1月11日 - )は、日本の音楽学者。東京大学名誉教授。専門は音楽学、表象文化論。洋楽文化史研究会初代会長。娘は劇団民藝の長木彩。 福岡県生まれ。東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学文学部美学藝術学専攻卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科音楽学専攻博士課程単位取得満期退学。1986-88年、ドイツ学術交流会奨学生としてボン大学に留学。1993年、出光音楽賞受賞。1994年、博士(音楽学)(東京芸術大学)。1997年、博士論文『フェッルッチョ・ブゾーニ』で吉田秀和賞受賞。2016年、『オペラの20世紀 夢のまた夢へ』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。東邦音楽短期大学助教授を経て、東京大学助教授、2007年より同准教授、のち東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻教授。
小長谷 有紀(こながや ゆき、1957年11月7日 - )は… 小長谷 有紀(こながや ゆき、1957年11月7日 - )は、日本の文化人類学者。国立民族学博物館名誉教授。中部大学創発学術院 客員教授。公益財団法人東洋文庫研究員。専門は文化人類学、モンゴル・中央アジアの遊牧文化。 1957年、大阪府豊中市生まれ。大阪教育大学附属池田中学校、東京学芸大学附属竹早中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、京都大学文学部史学科で学び、1979年(9月より1年間)、当時はまだ社会主義体制下であったモンゴルに日本人女性として初めて留学、モンゴル国立大学で学んだ。1981年に京都大学卒業、同大学大学院へ進んだ。1986年、大学院文学研究科(地理学専攻)博士課程を満期退学。
屋名池 誠(やないけ まこと、1957年8月7日 - )は、… 屋名池 誠(やないけ まこと、1957年8月7日 - )は、日本の日本語学者。慶應義塾大学名誉教授。上代から近代に至る、日本語の書字、特に仮名書きについて研究している。 職人の子として東京都墨田区に生まれる。 東京学芸大学附属高等学校を卒業後、東京大学文科三類に入学。時枝誠記の『国語学原論』に出会ったことを契機として日本語学を志す。1980年に東京大学文学部国語学専修課程を卒業した後、大学院に進み、1985年まで東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程に在籍した。 1985年に、昭和女子大学文学部専任講師となった後、1989年に大阪女子大学学芸学部専任講師に転じ、1992年に東京女子大学現代文化学部助教授となり、2001年には教授に昇任した。
藤原 誠(ふじわら まこと、1957年7月23日 - )は、… 藤原 誠(ふじわら まこと、1957年7月23日 - )は、日本の文部・文科官僚。東京国立博物館長。文部科学事務次官、文部科学省初等中等教育局長、文部科学省大臣官房長などを歴任した。 東京都出身。1976年3月、東京学芸大学附属高等学校卒業。一浪し、東京大学へ入学。1982年 東京大学法学部卒業、文部省入省(文化庁著作権課)。文部科学省大臣官房会計課長、文部科学省大臣官房審議官(初等中等教育局担当)、文部科学省高等教育局私学部長、文部科学省大臣官房長などを歴任。 2016年6月、文部科学省初等中等教育局長に就任。 2017年3月30日、松野博一文部科学大臣は、文部科学省天下り問題をめぐる省内での調査結果の最終報告を発表した。
竹中 千春 (たけなか ちはる、1957年3月10日 - )… 竹中 千春 (たけなか ちはる、1957年3月10日 - )は、日本の政治学者。専門は、インド政治・国際政治史。 東京都生まれ。東京学芸大学教育学部附属高等学校を経て、1979年東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。 東京大学法学部学士助手(1979-83年)、東京大学東洋文化研究所助手(1984-89年)、立教大学法学部助手(1990-92年)、明治学院大学国際学部助教授(1992-2000年)、教授(2000-2008年)。2008年4月立教大学法学部教授に就任。2022年3月立教大学を定年退職。 夫は政治学者・元東京大学大学院法学政治学研究科教授の藤原帰一。
森 信親(もり のぶちか、1957年 -)は、金融庁長官(第… 森 信親(もり のぶちか、1957年 -)は、金融庁長官(第9代)。東京都生まれ。 父親は旧通商産業省のノンキャリア職員。1975年 東京大学理科二類に入学。1977年 同大学教養学部(国際関係論)に進学。「学生時代に数学と物理ができたので理科二類に入学したが、次第に理系の授業に興味を失っていった。そんな半面で国際問題に関心を持つようになり、文転した」と述べている。1980年 東大教養学部(国際関係論)を卒業し、旧大蔵省(現財務省)入省。配属は国際金融局国際機構課。2006年から金融庁に移り、検査局長、監督局長を経て、2015年 金融庁長官に昇格。長官在任中は地方銀行の再編などにあたり、代々大蔵省の天下りが頭取を務めていた横浜銀行で、大蔵省の先輩にあたる寺澤辰麿頭取らを排除し、生え抜きの川村健一頭取、大矢恭好頭取と、2代続けて生え抜き頭取を誕生させるなどした。
中村 清吾(なかむら せいご、1956年9月10日 - )は… 中村 清吾(なかむら せいご、1956年9月10日 - )は、日本の医師である。専門は乳腺外科。日本乳癌学会乳腺専門医、NPO法人日本乳がん情報ネットワーク代表理事。
迫田 朋子(さこた ともこ、旧姓:丸山(まるやま)、1956… 迫田 朋子(さこた ともこ、旧姓:丸山(まるやま)、1956年6月16日 - )は、日本のジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム所属。元NHK放送総局番組制作局教育番組センター・チーフディレクター、解説委員、アナウンサー。 神奈川県横浜市出身。中学・高校時代は卓球の選手だった。東京学芸大学附属高等学校、東京大学医学部保健学科卒業。大学卒業後、1980年にアナウンサーとしてNHKに入局。報道番組のキャスターなどを務めた。 その後人事異動により解説委員室に移籍。『あすを読む』、『NHKニュースおはよう日本』など、解説委員室が制作にかかわる番組で医療や社会福祉、教育問題に鋭いメスを入れた解説を行っていた。
神津 里季生(こうづ りきお、1956年(昭和31年)3月 … 神津 里季生(こうづ りきお、1956年(昭和31年)3月 - )は日本の労働運動家。2015年10月から7代目日本労働組合総連合会会長を務めた。 東京都生まれ。東京学芸大学附属高等学校18期生、1979年、東京大学教養学部アジア科卒業。同年、新日本製鐵株式会社に入社。 新日本製鐵広畑製鐵所に勤務、1983年から新日鐵本社の労働組合建材・鋼管支部書記長(非専従)、1984年から専従となり新日鐵本社労働組合執行委員、1988年日本鉄鋼産業労働組合連合会特別本部員、1990年から鷲尾悦也により日本労働組合総連合会(連合)を通じて外務省在タイ日本国大使館一等書記官として3年間派遣された。 1994年、新日鐵労働組合連合会書記次長、1998年、新日鐵労働組合連合会書記長、2002年、新日鐵労働組合連合会会長、2006年、日本基幹産業労働組合連合会事務局長、2010年、日本基幹産業労働組合連合会中央執行委員長、全日本金属産業労働組合協議会副議長。
道盛 大志郎(みちもり だいしろう、1956年 - )は、日… 道盛 大志郎(みちもり だいしろう、1956年 - )は、日本の財務官僚。 東京学芸大学附属高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業後、1979年大蔵省入省。学部時代の成績は全優。国家公務員上級甲種試験は2位、司法試験合格。 1985年岸和田税務署長、主計局法規課課長補佐などを経て、1989年に主計官補佐となる。主計官補佐時代は農林水産の予算を担当し、同期の中で有力な事務次官候補であった。1993年銀行課課長補佐。金融監督庁設立準備室主任室員だった1998年には大蔵省接待汚職事件で減給処分を受ける。その後2000年税制第三課長。税制第二課長や理財局次長などを経て、2010年国家戦略室審議官。
西岡 昌紀(にしおか まさのり、1956年〈昭和31年〉 -… 西岡 昌紀(にしおか まさのり、1956年〈昭和31年〉 - )は、日本の医師、ジャーナリスト、小説家。 東京都生まれ。大田区立山王小学校、東京学芸大学附属世田谷中学校、東京学芸大学附属高等学校、北里大学医学部卒業。(「三つのチーク県の民謡」(文芸社2020年)の著者略歴より)元厚生省医務官。専門は脳神経内科。脳梗塞、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など脳神経疾患に関する論文がある。学会発表多数(J-Global参照)。 1990年代後半に、神経内科の領域で 厚生省研究班の班員であった時期がある。日本医事新報に寄稿した「HIVは本当にエイズの原因か?」(日本医事新報 1993年、3619号70-72頁)は、ミルコ・D・ゲルメク著、中島ひかる+中山健夫訳『エイズの歴史』(藤原書店、1993年)に、中山が訳者解説として寄稿した「エイズ解題」において、4ページに渡って紹介、検討されている(同書、441-444頁)。
田中 一穂(たなか かずほ、1955年〈昭和30年〉10月8… 田中 一穂(たなか かずほ、1955年〈昭和30年〉10月8日 - )は、日本の財務官僚。日本政策金融公庫代表取締役総裁。森友学園をめぐる問題で、大阪府豊中市の国有地の売却交渉が行われたときの財務事務次官を務めた。 東京都出身。父は東京消防庁に勤務していた消防士。東京学芸大学附属小金井中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1974年4月 東京大学文科一類に入学。大学時代は剣道部に所属。剣道に打ち込むあまり留年し、1979年、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年、大蔵省入省(主計局総務課企画係配属)。1984年7月、高山税務署長。 1990年7月、主計局総務課長補佐(歳入・国債係担当)。
笹路 正徳(ささじ まさのり、1955年5月3日 - )は、… 笹路 正徳(ささじ まさのり、1955年5月3日 - )は、音楽プロデューサー、編曲家、キーボード奏者、作曲家である。 プリンセス・プリンセス、UNICORN、SHOW-YA、松田聖子、スピッツ、PUFFY、the brilliant green、THE YELLOW MONKEY、コブクロ、など数多くのアーティストをプロデュースするほか、アニメやドラマの劇伴も手掛ける日本を代表する音楽プロデューサー。J-POPからジャズに至る幅広い分野でプロデュース・アレンジ・演奏・作曲を行う。LAUGHIN'NOSEのライブ開始前に流れるPARADISE〜SEの作曲者でもある。 出身は東京都であるが、生まれは群馬県高崎市。
山口 勝業(やまぐち かつなり、1955年 - )は、日本の… 山口 勝業(やまぐち かつなり、1955年 - )は、日本の投資ファンドマネージャー、経済学者。博士(経済学)(専修大学・論文博士・2008年)。早稲田大学大学院経営管理研究科教授。イボットソン・アソシエイツ日本法人を創立し、同社代表取締役社長を経て、取締役会長。2025年2月任期満了により会長を退任、同3月早稲田大学(任期付き)教授を同様に退任。過去2回証券アナリストジャーナル賞受賞。行動経済学会の創立メンバーであったが、上記役職退任とともに退会。 福岡県福岡市出身。東京学芸大学附属大泉中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1979年一橋大学社会学部卒業(社会学・社会心理学専攻)。同年日本長期信用銀行入行。
小池 和彦(こいけ かずひこ、1955年 - )は、日本の医… 小池 和彦(こいけ かずひこ、1955年 - )は、日本の医学者、博士(医学)。専門は内科学、消化器病学、肝臓学。東京大学大学院医学系研究科教授、一般社団法人日本内科学会理事長、一般社団法人日本肝臓学会理事長、一般財団法人日本消化器病学会理事長等を歴任。 肝臓病、消化器病の診療と研究に携わり、その研究業績は国際的に高い評価を受けている。特に、(1) B型肝炎における肝発癌機序の解明と治療、(2) C型肝炎における肝発癌機序の解明と治療、(3) C型肝炎の代謝性疾患としての同定と病態解明・治療、(4) 非B非C型肝癌、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)の成因・病態の解明と治療に貢献した。 2010年より日本肝臓学会理事長(2018年まで)[2]、2013年より日本内科学会理事長(2016年まで)[3]、2019年より日本消化器病学会理事長(2023年まで)[4]、2023年より日本消化器関連学会機構(JDDW)理事長[5]を務める。
野矢 茂樹(のや しげき、1954年〈昭和29年〉9月15日… 野矢 茂樹(のや しげき、1954年〈昭和29年〉9月15日 - )は、日本の哲学者、論理学者。東京大学名誉教授。専攻は哲学、特に分析哲学。東京都出身。 東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学。ウィトゲンシュタイン研究の第一人者。言葉を基軸に哲学的思考を探究する。哲学書、論理学入門書の平易な解説も定評がある。著書に『語りえぬものを語る』(2011年)、『心という難問』(2016年)など。 1954年東京都生まれ。府中市立府中第六小学校、府中市立府中第五中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、東京大学理科一類に入学。1978年、東京大学教養学部教養学科基礎科学・科学哲学分科卒業。1985年、東京大学大学院理学系研究科科学基礎論専門課程博士課程単位取得退学。
内藤 明(ないとう あきら、1954年8月10日 - )は、… 内藤 明(ないとう あきら、1954年8月10日 - )は、日本の国文学者・万葉学者・歌人。早稲田大学社会科学総合学術院名誉教授。歌誌「音」編集発行人。 宮中「歌会始の儀」選者。 専門は、万葉集を中心とした日本古代の詩歌の研究。加えて、古代から近代・現代に至る和歌・短歌などの日本文学を通して、日本文化の変遷、伝統と革新、現代文化のあり様を広く考察する。 歌人としても活動し、正統的な格調を備えた作品を中心に、「食」を題材とした作品なども少なくない。 第三歌集『斧の勾玉』は、芸術選奨新人賞、寺山修司短歌賞を受賞した。「上代文学会」常任理事、現代歌人協会賞選考委員、歌壇賞選考委員などを歴任。宮中歌会始の選者を務める。
柴生田 敦夫(しぼおた あつお、1954年5月14日 - )… 柴生田 敦夫(しぼおた あつお、1954年5月14日 - )は、日本の経済産業官僚。経済産業省貿易経済安全保障局長や、財務省関税局長、富士石油代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長。 東京都出身。東京学芸大学附属高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1977年 通商産業省入省(産業政策局総務課)。1978年5月 通商産業省産業政策局産業組織政策室。1979年7月 資源エネルギー庁海洋開発室。1981年9月 通商産業省通商政策局通商企画調査室。1982年7月 留学(カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院)。1984年6月 通商政策局米州大洋州課。1986年6月 立地公害局工業再配置課。
寺尾 美子(てらお よしこ、1954年1月8日 - )は、日… 寺尾 美子(てらお よしこ、1954年1月8日 - )は、日本の法学者。元運輸安全委員会委員(常勤)。東京大学名誉教授。専門は英米法。東京大学法学部初の女性教授。 平成 30 年度退職教員の紹介 柿嶋(寺尾)美子
所澤潤(しょざわ じゅん、1954年 -2025 )は、日本… 所澤潤(しょざわ じゅん、1954年 -2025 )は、日本の教育学者。群馬大学名誉教授。専門は、教育方法学と日本教育史。 旧制高校の起源が自然発生的なものではなく、ダビッド・モルレーの建言に基く開成学校予科の改組にあったことを解明したこと、および日本統治下で学校教育を受けた台湾人の日本語によるオーラル・ヒストリーを初めて採集公開したことで知られる。 近年は、台湾人のオーラル・ヒストリー、明治大正期の理科教育史、外国籍児童生徒の教育に取り組んでいるほか、記録資料学、NIEなどにも取り組んでいる。台湾人のオーラル・ヒストリー採集は他に類を見ない研究として知られている。
河添 房江(かわぞえ ふさえ、1953年10月15日 - )… 河添 房江(かわぞえ ふさえ、1953年10月15日 - )は、日本の古代・中古文学研究者。東京学芸大学名誉教授。学位は、博士(文学)(東京大学・論文博士・1999年)。平安文学、主に『源氏物語』を専攻。 東京学芸大学附属竹早中学校、東京学芸大学附属高等学校卒業。1977年、東京大学文学部国文学科卒業。1980年、東京大学大学院人文科学系研究科修士課程修了。1985年、同博士課程単位取得退学。 1985年、東京学芸大学教育学部専任講師、1989年、同大学助教授。1994年、『源氏物語の喩と王権』(有精堂出版、1992年)で、第1回関根賞を受賞した。1999年、東京大学から博士(文学)の学位を取得、論文名は「源氏物語表現史 : : 喩と王権の位相」。
浅田 秀子(あさだ ひでこ、1953年 - )は、日本の国語… 浅田 秀子(あさだ ひでこ、1953年 - )は、日本の国語学者、日本語教師、メゾソプラノ歌手。東京都出身。 東京学芸大学教育学部附属高等学校卒、東北大学文学部国語学専攻卒業。出版社勤務、中国河北大学外文系日語科教師、有限会社日本語コスモス代表。日本大学経済学部非常勤講師。博士(文学)。2006年、タイ国立チュラーロンコーン大学・国際交流基金バンコク日本文化センター・泰日経済技術振興協会より招聘を受け、「敬語の意義と用法」について講演。学ぶ学)。2006年、タイ国立チュラーロンコーン大学・国際交流基金バンコク日本文化センター・泰日経済技術振興協会より招聘を受け、「敬語の意義と用法」について講演。
太田 道彦(おおた みちひこ、1952年12月8日 - 20… 太田 道彦(おおた みちひこ、1952年12月8日 - 2026年2月13日)は、日本の実業家。丸紅副会長、ゼビオホールディングス取締役、応用地質取締役、ユニチカ取締役、ダイエー監査役、セゾン自動車火災保険監査役などを歴任した。 東京都出身。東京学芸大学附属小金井中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1975年一橋大学商学部卒業、丸紅株式会社入社。2005年丸紅株式会社執行役員輸送機部門長。2008年丸紅株式会社常務執行役員ライフスタイル部門長。2009年日本繊維輸入組合理事長、日本繊維輸出組合理事長。2009年丸紅株式会社代表取締役常務執行役員。2010年丸紅株式会社代表取締役専務執行役員、株式会社ダイエー監査役。
千野 香織(ちの かおり、1952年8月19日 - 2001… 千野 香織(ちの かおり、1952年8月19日 - 2001年12月31日)は、日本の美術史学者。 開業医の家庭である中村家の長女として神奈川県横須賀市に生まれる。東京学芸大学附属世田谷小学校、東京学芸大学附属世田谷中学校を経て、1971年東京学芸大学附属高等学校卒業。1972年京都大学文学部入学。1976年京都大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。同年に高校の一学年上級生であったダウン・タウン・ブギウギ・バンドのキーボード奏者、千野秀一と結婚(後に離婚)。1978年東京大学大学院人文科学研究科美術史学専攻日本美術史修士課程修了。1979年名古屋徳川美術館研究員。1983年同大学院博士課程単位取得退学、東京国立博物館資料部研究員。
藤井 厳喜(ふじい げんき、1952年〈昭和27年〉8月5日… 藤井 厳喜(ふじい げんき、1952年〈昭和27年〉8月5日 - )は、日本の国際問題アナリスト、政治学者、評論家。 株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパン代表取締役。呉竹会代表幹事だったが脱会した。本名は藤井昇。 東京都江戸川区西小岩出身。江戸川区立北小岩小学校、江戸川区立小岩第三中学校、東京学芸大学附属高等学校、1977年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業。1977年から1985年までクレアモント大学大学院、ハーバード大学大学院に留学し政治学を学ぶ(ただし両大学院での学位は未取得である)。 1982年12月に自身のシンクタンクである株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパンを立ち上げ、近未来予測の会員制情報誌「ケンブリッジ・フォーキャスト・レポート」を発行した。
長谷川 眞理子(はせがわ まりこ、1952年7月18日 - … 長谷川 眞理子(はせがわ まりこ、1952年7月18日 - )は、日本の人類学者。日本芸術文化振興会理事長。総合研究大学院大学学長・教授、放送大学客員教授。専門は行動生態学、自然人類学。特に動物の性淘汰を研究、人間の進化と適応についても多角的に探究する。理学博士(東京大学、1986年)。 日本動物行動学会会長(2003-2006)、科学技術・学術審議会脳科学委員会委員等歴任。夫は同じく行動生態学者の長谷川寿一。NHK国際報道記者の辻浩平とは早稲田大学教授時代の師弟関係にあたり、ダーウィン所縁の地に帯同してフィールドワークの基礎を叩き込んだという。東京都出身。
長谷川 寿一(はせがわ としかず、1952年4月23日 - … 長谷川 寿一(はせがわ としかず、1952年4月23日 - )は、日本の行動生態学者。東京大学名誉教授。研究テーマはインドクジャクの配偶者選択、ヒト・類人猿の生活史戦略と配偶戦略、自閉症者の認知など。 神奈川県出身。同じく行動生態学者の長谷川眞理子は妻である。スタンダードプードルのキクマルを飼っている(ブラタモリ (NHK)「鷹狩り」内容より)[リンク切れ]。
渡部 直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日、男性 -… 渡部 直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日、男性 - )は、日本の文芸評論家。早稲田大学元教授。父は第18代陸上幕僚長の渡部敬太郎。2018年6月に学生に対するセクハラが発覚し、同年7月に早稲田大学教授を解任された。 2016年4月、のちに詩人として活躍する深沢レナは早稲田大学文学学術院の大学院の現代文芸コースに入学した。2017年4月20日、指導教員だった渡部は飲食店で「卒業したら俺の女にしてやる」という趣旨の発言をした。同月24日、深沢は同コースの主任の水谷八也教授に相談するが、「君に隙があった」「セクハラというのはもっとすごいやつだ」と二次加害発言を受けた。 2018年3月、深沢は退学。
外山 秀行(とやま ひでゆき、1952年2月25日 - )は… 外山 秀行(とやま ひでゆき、1952年2月25日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。 東京都出身。東京学芸大学附属高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1975年 大蔵省入省(主計局総務課)。1976年7月 主計局主計企画官付。1979年5月 外務省在ニューヨーク日本国総領事館副領事。帰国後は理財局、関税局、銀行局保険部などで勤務。1989年6月 中国財務局理財部長。1991年6月 内閣法制局第一部参事官。2000年7月 金融庁監督部総務課長。2001年1月6日 金融庁監督局総務課長。同年7月10日 札幌国税局長。2003年7月8日 内閣法制局長官総務室総務主幹。2005年7月19日 内閣法制局第四部長。
川合 眞紀(かわい まき、1952年〈昭和27年〉1月21日… 川合 眞紀(かわい まき、1952年〈昭和27年〉1月21日 - )は、日本の化学者。東京大学名誉教授。自然科学研究機構長。日本化学会会長。理化学研究所名誉研究員。分子科学研究所長。紫綬褒章受章。日本学士院会員。文化功労者。 専門は、金属表面における分子の振動励起とそれに伴う反応等の表面科学全般。 東京都世田谷区出身。1970年3月、東京学芸大学附属高等学校卒業。1971年4月、東京大学教養学部理科二類に入学。1975年3月、東京大学理学部化学科卒業。1977年3月、同大学大学院理学系研究科修士課程修了。1980年3月、同研究科博士課程修了。同年4月、理化学研究所の特別研究生となる。1983年4月、通産省工業技術院大阪工業技術試験所の非常勤臨時職員となる。
千野 秀一(ちの しゅういち、1951年11月1日 - )は… 千野 秀一(ちの しゅういち、1951年11月1日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家、即興演奏家。 幼少よりクラシックピアノを学び、東京学芸大学附属高校に進学するも、学生運動にのめりこんで中退し、その後大学入学資格検定を経て早稲田大学に進学。 1970年よりキーボーディスト、編曲家として活動を始める。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのサポートメンバーを経て正規のメンバーになった1976年ごろに中村香織と結婚し、1981年のバンド解散の翌年に離婚。坂田明、神谷重徳に合流してユニットWha-ha-haとして活動を行う一方、林英哲らとともに立ち上げたチャンゴ5などを始めとする複数のユニット活動を精力的に行う。
上田 博人(うえだ ひろと、1951年10月9日 - )は、… 上田 博人(うえだ ひろと、1951年10月9日 - )は、日本のスペイン語学者。東京大学名誉教授。 石川県出身。東京学芸大学附属高等学校卒、1975年東京外国語大学スペイン語科卒、1977年同大学院修士課程修了、スペイン・アルカラ大学で博士号取得。1977年東京外国語大学助手、1987年東京大学教養学部助教授、1996年総合文化研究科(言語情報科学)教授、2017年定年退任し、名誉教授となる。レアル・アカデミア・エスパニョーラの準会員(correspondientes)である。
小田 俊理(おだ しゅんり、1951年〈昭和26年〉8月7日… 小田 俊理(おだ しゅんり、1951年〈昭和26年〉8月7日 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士。東京都世田谷区出身[要出典]。東京工業大学名誉教授。 東京学芸大学附属高等学校を経て、東京工業大学理学部物理学科を卒業し、東京工業大学大学院総合理工学研究科で博士課程を修了。東京工業大学助手・助教授を経て教授に昇進した。高温超伝導薄膜デバイス、シリコンナノクリスタル量子ドットデバイスの研究で、ナノエレクトロニクス(超微細電子工学)の基礎を築いた。IEEE(米国電気電子技術者協会)フェロー、IEEE Electron Devices Society Distinguished Lecturer、応用物理学会フェロー。
宮崎 裕子(みやざき ゆうこ、1951年〈昭和26年〉7月9… 宮崎 裕子(みやざき ゆうこ、1951年〈昭和26年〉7月9日 - )は、弁護士出身の最高裁判所判事(在任:2018年1月9日 - 2021年7月8日)。戸籍上の氏は竹内。 東京学芸大学附属高等学校、東京大学法学部卒業。1977年司法修習生。第一東京弁護士会所属。1984年ハーバード・ロースクール修了。裁判官だった父親の「法廷の中には男女差はない」という言葉で法曹を志した。1979年に弁護士登録、長島・大野法律事務所(現・長島・大野・常松法律事務所)に所属。弁護士時代は企業法務・租税法分野を主に担当した。 2018年1月9日に最高裁判所裁判官に就任。最高裁判事として旧姓の宮崎姓を使うと表明した。
霞 信彦(かすみ のぶひこ、1951年 - )は、日本の法制… 霞 信彦(かすみ のぶひこ、1951年 - )は、日本の法制史学者。専門は日本法制史。慶應義塾大学名誉教授。東京都出身。 東京学芸大学附属高等学校卒業。1974年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1979年慶應義塾大学大学院法学研究科公法学専攻博士課程修了。法学博士(慶應義塾大学)。近代刑法史の研究者。門下生に、明治初期の刑事手続を研究する山梨学院大学法学部教授の原禎嗣がいる。
三上 たつ次(みかみ たつじ、1950年5月21日 - )は… 三上 たつ次(みかみ たつじ、1950年5月21日 - )は、NHKの元チーフアナウンサー。 東京学芸大学教育学部附属高等学校を経て立教大学卒業後、1974年入局。一旦2度目の福岡局勤務でアナウンスの現場を離れたものの、北九州局へ異動しアナウンスの現場に戻った。2010年、新人の配属と同じタイミングで60歳定年を迎えたため、嘱託職に移行し、新人・若手の指導やバックアップの要員に回った。 NHKアナウンスルームの旧サイト(現在は削除)に記載されていた内容によると、佐賀は夫人と出会った場であるという。その影響もあってか、アナウンサー生活の大半を九州北部と山口県で送っている。
池田 年穂(いけだ としほ、1950年 - )は慶應義塾大学… 池田 年穂(いけだ としほ、1950年 - )は慶應義塾大学名誉教授。歴史学者、翻訳家。専門は、移民論、移民文学、アメリカ社会史。ティモシー・スナイダーやタナハシ・コーツの著作のわが国における紹介者として知られる。 1950年横浜市に生まれる。横浜国立大学学芸学部附属横浜小学校・同中学校、東京学芸大学附属高等学校卒業。慶應義塾大学文学部史学科卒業、同修士課程修了。海保眞夫、可児弘明、上村達雄らの謦咳に接する。海保眞夫の遺志を継いで、2009年以降は翻訳にも力を入れるようになる。論文には移民関係のものが多いが、「福原有信と揺籃期の近代薬事制度」(共著者1名 1997年)は、「日本における化学史文献:日本篇」化学史研究Vol.34 (2007年)にも選ばれている。
染田屋 茂(そめたや しげる、1950年 - )は、日本の編… 染田屋 茂(そめたや しげる、1950年 - )は、日本の編集者、翻訳家。日本推理作家協会会員。筆名に佐藤和彦。 東京都出身。東北大学文学部卒業。1974年から1986年まで早川書房編集部に在籍。田口俊樹は高校時代の友人で、染田屋の紹介でミステリ翻訳家となった。退社後、翻訳者専業ののち、再び編集者に。朝日新聞社(1996年 - 2007年)、武田ランダムハウスジャパン、KADOKAWAで翻訳書編集に携わる。 訳書に、スティーヴン・ハンター『極大射程』(新潮文庫)、トマス・H・クック『死の記憶』(文春文庫)、ボブ・ウッドワード『司令官たち』(文藝春秋・共訳)などがある。
坂井 素思(さかい もとし、1950年 - )は、日本の経済… 坂井 素思(さかい もとし、1950年 - )は、日本の経済学者・社会経済学者。専門は、社会経済学・文化経済学。社会的協力論、産業・消費の近代社会論、社会経済組織論(小規模組織論、中間組織論など)、椅子生活文化論の研究者。放送大学名誉教授。放送大学客員教授。学位は、博士(人間科学)(大阪大学)。 1950年に生まれ、長野県大町市と松本市で、野生林檎のごとく信州の山奥に根を張って育った。母は大町出身、母方の祖父に坂井政市。父は上諏訪出身。父方の曾祖父に土橋長兵衛、その兄土橋八千太がいる。 彼は子どもの遊びに共通にみられる、「知りたいという好奇心を持つこと。理解する喜びを感じること。伝えたいという気持ちを持ち続けること」というブルーノ・ムナーリの言葉に由来する、三つの人生の時代を生きてきた。
東 哲郎(ひがし てつろう、1949年8月28日 - )は、… 東 哲郎(ひがし てつろう、1949年8月28日 - )は、日本の実業家。東京エレクトロン代表取締役会長兼社長兼最高経営責任者、SEMI国際役員会会長、日本半導体製造装置協会会長、日本取締役協会副会長などを歴任した。 東京都中野区野方生まれ。父は中国史学者の東一夫東京学芸大学名誉教授。母は島津氏に連なる家系で、母の従兄にNHK会長などを務めた古垣鉄郎がいた。 東京学芸大学附属高等学校を経て、1973年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。1977年東京都立大学大学院社会科学研究科修士課程修了、東京エレクトロン研究所(現東京エレクトロン)入社。 モトローラ営業部長、拡散システム部長、SPE2事業部長を経て、1990年取締役。
信元 久隆(のぶもと ひさたか、1949年5月9日 - )は… 信元 久隆(のぶもと ひさたか、1949年5月9日 - )は日本の実業家。曙ブレーキ工業元会長兼社長、日本自動車部品工業会会長、在日フランス商工会議所副会頭を歴任。レジオン・ドヌール勲章オフィシエ、藍綬褒章受章。 1949年兵庫県生まれ。東京学芸大学附属高等学校を経て、一橋大学商学部卒業。大学では経営史の米川伸一ゼミに所属。 大学卒業後の1973年、渡仏し曙ブレーキ工業の子会社であるベンディックス・フランスに入社。約5年間フランスで実務経験を積み、帰国後の1977年に曙ブレーキ工業へ入社。 取締役国際業務部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長を歴任した後、1990年に曙ブレーキ工業代表取締役社長に就任。
国井 雅比古(くにい まさひこ、1949年2月7日 - )は… 国井 雅比古(くにい まさひこ、1949年2月7日 - )は、NHKの元エグゼクティブアナウンサー。現在はフリー。都留文科大学特任教授。NPO法人日本トレッキング協会会長。オフィスカノン所属。
森 英介(もり えいすけ、1948年〈昭和23年〉8月31日… 森 英介(もり えいすけ、1948年〈昭和23年〉8月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(13期)、衆議院議長(第81代)。 法務大臣(第81代)、厚生労働副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院厚生労働委員長、衆議院原子力問題調査特別委員長、衆議院国家基本政策委員長、衆議院政治倫理審査会会長等を務めた。 父は環境庁長官、衆議院議員を務めた森美秀。三木武夫元首相の妻の三木睦子は伯母にあたる(森矗昶の次女で美秀の姉)。 東京都千代田区生まれ(本籍地は千葉県勝浦市)。東京学芸大学附属世田谷小学校、東京学芸大学附属世田谷中学校、東京学芸大学附属高等学校、東北大学工学部金属加工学科を卒業。
竹谷 宗久(たけや むねひさ、1948年8月24日 - )は… 竹谷 宗久(たけや むねひさ、1948年8月24日 - )は、ドイツの首都ベルリンを拠点に活動する日本の実業家、社会起業家。 東京都出身。ドイツ連邦共和国ベルリン市在住。東京学芸大学附属高校、慶應義塾大学文学部哲学科卒業。ドイツ・テュービンゲン市、エバーハルト・カール大学哲学部留学。 1978年、東洋エンジニアリング株式会社が建設工事を請け負った旧東ドイツ・シュベート市石油コンビナート建設現場に通訳として勤務し、現地にて正社員となる。1982年の帰国後は同社海外営業本部部員として東欧圏等営業を担当。 1990年、東西ドイツ統一後、同社ベルリン駐在員事務所長として赴任。1993年、現地法人Toyo Engineering GmbH社長に就任。