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平泉 渉(ひらいずみ わたる、1929年11月26日 - 2… 平泉 渉(ひらいずみ わたる、1929年11月26日 - 2015年7月7日)は、日本の政治家、外交官。衆議院議員・参議院議員、科学技術庁長官・経済企画庁長官を歴任。 1929年に福井県勝山市で生まれる。父は当時東京帝国大学助教授で後に教授となる国史学者の平泉澄。旧制東京高等学校を経て、1952年に東京大学法学部政治学科を卒業後、外務省入省。フランス語研修員として、フランスのグルノーブル政治学院、エクス=マルセイユ大学などに学んだ。その後、在フランス大使館に勤務し、1954年に訪仏した鹿島守之助を案内したことがきっかけで守之助に見込まれ、その三女・三枝子と結婚。やがて国連代表部二等書記官、在イラン大使館一等書記官を経て、1965年、守之助に日本に呼び戻されて鹿島建設の専務取締役となり、同年、第7回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で全国区から立候補し、初当選。
岸田 文武(きしだ ふみたけ、1926年〈大正15年〉8月1… 岸田 文武(きしだ ふみたけ、1926年〈大正15年〉8月19日 - 1992年〈平成4年〉8月4日)は、日本の通産官僚(中小企業庁長官)、政治家。元自由民主党所属の衆議院議員(5期)。位階は正四位勲二等、勲章は旭日重光章。 父は元自由党衆議院議員の岸田正記、弟は大蔵省証券局長・広島銀行会長・相談役を務めた岸田俊輔。妻は元日東製粉社長井口良二の次女。長男は衆議院議員で第27代自民党総裁、第100・101代内閣総理大臣の岸田文雄。派閥は宏池会に所属した。 広島県広島市南区段原町出身。1945年、旧制東京高等学校(現:東京大学教育学部附属中等教育学校)卒業後、東京帝国大学へ進学。しかし、戦争末期のころであり、入学早々から勉強どころではなく、連日の勤労動員に続いて、終戦間近の同年7月には、学徒動員で旭川の師団に入隊した。
松浦 功(まつうら いさお、1923年〈大正12年〉4月24… 松浦 功(まつうら いさお、1923年〈大正12年〉4月24日 - 2002年〈平成14年〉12月28日)は、日本の内務及び自治官僚、政治家。法務大臣(第63代)、参議院議員(3期)。 東京都出身。旧制東京高等学校卒業後、東京帝国大学法学部政治学科に入学。東京帝大在学中の1946年に高等試験行政科に合格。1947年、東京帝大を卒業し、旧内務省に入省(地方局配属)。自治省大臣官房総務課長、北九州市助役、消防庁長官、自治事務次官などを歴任した後、1980年の参議院議員選挙に全国区から自民党公認で出馬し初当選。1995年、自民党地方自治関係団体委員長。1996年、第2次橋本内閣の法務大臣として初入閣。
大村 襄治(おおむら じょうじ、1919年〈大正8年〉3月3… 大村 襄治(おおむら じょうじ、1919年〈大正8年〉3月30日 - 1997年〈平成9年〉12月15日)は、日本の政治家、官僚。衆議院議員(8期、自由民主党)、防衛庁長官(第39代)。父も防衛庁長官を務めた大村清一。 東京府出身。旧制東京高等学校卒業。1940年10月に高等試験行政科合格。1941年に東京帝国大学法学部法律学科を卒業し、内務省に入省。土木局属。短期現役海軍主計科士官(6期)を志願し、1941年4月、海軍経理学校に補修学生として入校し海軍主計中尉に任官。同年8月、経理学校を卒業。古鷹に配属。同年11月、南西方面艦隊所属・第3設営班主計長に転じ、ダバオ、ホロ、メナド、アンボン方面で飛行場等の設営に従事。
堀田 正久(ほった まさひさ、1915年〈大正4年〉1月4日… 堀田 正久(ほった まさひさ、1915年〈大正4年〉1月4日 - 2003年〈平成15年〉1月13日)は、日本の政治家。3代目の千葉県佐倉市長で、4期16年にわたり務める。旧佐倉藩主堀田氏当主。実業家の小佐野賢治は義弟にあたる。位階は正五位。 堀田正恒伯爵の嫡男として東京府東京市本郷区弥生町に於いて生まれる。文京区立誠之小学校、東京府立第五中学校、東京高等学校を卒業。東京帝国大学法学部政治学科に入学し、1940年(昭和15年)卒業。短期現役海軍主計科士官(4期)を志願し、1940年5月、海軍経理学校に入学して海軍主計中尉に任官。同年9月に卒業。病のため長期療養となる。1942年(昭和17年)3月、主計大尉に進む。