スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
栗原 俊秀(くりはら としひで、1983年 - )は、日本の… 栗原 俊秀(くりはら としひで、1983年 - )は、日本のイタリア文学者・翻訳家。 1983年、東京都生まれ。東京都立西高等学校を経て、京都大学総合人間学部を卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了後、イタリアに留学。イタリア国立カラブリア大学文学部専門課程近代文献学コースを卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程を研究指導認定退学後、京都造形芸術大学芸術学部通信教育部非常勤講師、千葉大学文学部非常勤講師を務める。カルミネ・アバーテ『偉大なる時のモザイク』の翻訳で、須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財・文化活動省翻訳賞を受賞。京都大学では岡田温司に、カラブリア大学ではヌッチョ・オルディネに師事。
小宮 正安(こみや まさやす、1969年 - )は、日本のド… 小宮 正安(こみや まさやす、1969年 - )は、日本のドイツ文学者、音楽評論家、横浜国立大学教授。専門はヨーロッパ文化史。 東京都生まれ。東京都立西高等学校卒、1992年東京大学文学部社会学科卒業。1995年同大学院人文社会系研究科独文科博士課程満期単位取得。2004年秋田大学教育文化学部講師。2006年横浜国立大学教育人間科学部助教授。2007年同准教授。2010年同教授。
代田 智明(しろた ともはる、1951年10月29日 - 2… 代田 智明(しろた ともはる、1951年10月29日 - 2017年10月28日)は、日本の中国文学者、元東京大学教授。地域文化(中国現代文学)専攻。 東京都に生まれる。東京都立西高等学校を経て、1976年東京大学文学部中国文学専修を卒業した。引き続き同大学大学院に進み、1978年に修士課程を修了した。 茨城大学、東京女子大学を経て、1993年に東京大学教養学部助教授となり、1998年に総合文化研究科教授に就任した。 学外では日本現代中国学会事務局長などを担当した。 2017年3月、定年で東京大学を退職し、同年10月28日に死去。
戸倉 英美(とくら ひでみ、1949年2月9日 - )は、日… 戸倉 英美(とくら ひでみ、1949年2月9日 - )は、日本の古典中国文学者。東京大学名誉教授。漢文学専攻。神奈川県出身。
池田 信雄(いけだ のぶお、1947年5月13日 - )は、… 池田 信雄(いけだ のぶお、1947年5月13日 - )は、日本のドイツ文学者。東京大学名誉教授。専門は、近現代ドイツ文学研究。 東京都中野区出身。旧姓福井。東京都立西高等学校卒業後、旧・東京都立大学人文学部独文学科にて種村季弘と川村二郎に師事し、1971年に卒業。1973年、同大学院修士課程修了。1975年、名古屋大学教養部講師、1976年から1978年まで妻の池田香代子とともにボン大学とエアランゲン大学に留学。帰国後名古屋大学助教授を経て、1982年に東京大学教養学部助教授。1991年から1993年までトリーア大学客員教授。1993年東京大学教授。2012年定年退任、名誉教授。2014年からドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州のウンメンドルフに住む。
杉橋 陽一(すぎはし よういち、1945年5月13日 - )… 杉橋 陽一(すぎはし よういち、1945年5月13日 - )は、ドイツ文学者、俳句研究家。東京大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立西高等学校卒、1969年東大文学部独文科卒、同大学院修士課程修了、1981年東大教養学部助教授、1992年教授。2009年退職。 1985-1987年、西ドイツのボッフム大学で講師。1992年『剥落する青空-細見綾子論』で俳人協会評論賞受賞。
恒川 隆男(つねかわ たかお、1940年2月 - 2016年… 恒川 隆男(つねかわ たかお、1940年2月 - 2016年10月9日 )は、日本のドイツ文学者、元明治大学文学部教授。 戦後のドイツ文学が専門だが、後年は日本近代文学についての著作もある。 東京出身。東京都立西高等学校卒、1966年東京大学文学部卒、同大学院修士課程修了。1974年東京大学教養学部助教授、教授、その後、津田塾大学教授、1990年明治大学教授。2010年定年退任。
杉浦 博(すぎうら ひろし、1934年1月19日 - 202… 杉浦 博(すぎうら ひろし、1934年1月19日 - 2024年12月21日)は、ドイツ文学者、東京大学名誉教授。リルケなどの詩が専門。 東京出身。東京都立西高等学校を経て、1957年東京大学独文科卒、1959年同大学院修士課程修了。一橋大学助教授を経て、1967年東京大学教養学部助教授、1985年教授、1994年定年退官、名誉教授。
入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3… 入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3日 - 2018年10月15日)は、日本の詩人・フランス文学者。日本芸術院会員。 第1詩集『倖せ それとも不倖せ』(1955年)以降、知的で技巧を凝らした独特の作品世界を築き、新境地を拓く。作品に『季節についての試論』(1966年)、『わが出雲・わが鎮魂』(1968年)、『遐い宴楽』(2006年)など多数。 島根県松江市出身。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せそれとも不倖せ」を出版。 詩集・詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
篠田 雅雄(しのだ まさお、1930年〈昭和5年〉11月16… 篠田 雅雄(しのだ まさお、1930年〈昭和5年〉11月16日 - )は、日本の漢文学者、元慶應義塾志木高等学校教諭。 東京外語大学中国語学科、東京大学文学部中国哲学科(学士入学)を経て、慶應義塾志木高等学校教諭。同校鉄道研究会顧問。鯉の養殖の名人としても知られる。愛称は「篠G」(しのじい)。 現、東京都世田谷区若林に女一人・男四人の五人兄弟の末っ子として生まれる。父、篠田賢則(かたのり)は海軍兵学校の元軍人。賢則は英語が得意だったため、終戦後は神奈川県高等女学校の教諭をしていた。 若林小学校・第十中學校(現、都立西高校)・東京外語大学中国語学科卒業後、東京大学文学部中国哲学科に学士入学。 若林小学校には、後に慶應義塾志木高等学校で同じく教鞭を執ることになる三田 煕(みた ひろし)がいた(1年生と6年生のときに同じクラスだった。
江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年… 江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年7月4日)は、日本のロシア文学者。東京工業大学名誉教授。本名は「馬場 宏(ばば ひろし)」。 1927年、ロシア文学研究者・外村史郎の長男として東京都で生まれた。東京府立第十中学校で学ぶ。中学の同期には経営者・詩人の堤清二がいた。第一高等学校を経て、東京大学法学部を卒業。ロシア語は独学で、終戦後実地で鍛え上げたという。 卒業後は東京工業大学助教授に着任。後に同大学教授に昇進。東京工業大学を退任後、名誉教授となった。中京大学教授もつとめた。2001年7月4日午前9時13分、気管支炎のため74歳で逝去した。 ペンネームの「江川卓」は、1953年頃から名乗っている。
荒木 繁(あらき しげる、1922年 - )は、日本の国文学… 荒木 繁(あらき しげる、1922年 - )は、日本の国文学者。和光大学名誉教授。 茨城県生まれ。1947年東北帝国大学法文学部国文科卒。同大学副手。東京都立西高等学校教諭在職中の1952年、「血のメーデー」事件で逮捕され、長く裁判で戦う(都立高校は休職扱いで給与は据え置かれたままだったという)。その後、和光大学人文学部教授。93年定年退任、名誉教授。語り物文芸、国語教育を専門とする。