スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小宮 正安(こみや まさやす、1969年 - )は、日本のド… 小宮 正安(こみや まさやす、1969年 - )は、日本のドイツ文学者、音楽評論家、横浜国立大学教授。専門はヨーロッパ文化史。 東京都生まれ。東京都立西高等学校卒、1992年東京大学文学部社会学科卒業。1995年同大学院人文社会系研究科独文科博士課程満期単位取得。2004年秋田大学教育文化学部講師。2006年横浜国立大学教育人間科学部助教授。2007年同准教授。2010年同教授。
行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 202… 行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 2020年3月13日)は、日本のレコード・プロデューサー、音楽評論家。宮城県仙台市出身。 東京都立西高校を経て早稲田大学政治経済学部卒業。1976年東芝EMI(当時)に入社。1988年ブルース・ランドヴァル(当時ブルーノート社長)、マイケル・カスクーナ(同プロデューサー)らの協力を得てブルーノートの姉妹レーベル「サムシンエルス」を社内に設立。現在まで200タイトル近くの作品を同レーベルで制作。多くはブルーノートを通じて海外でも発売されている。軽井沢録音のゴンサロ・ルバルカバ『ラプソディア』(1992年)はグラミー賞にノミネート。日本国内においてブルーノートをはじめとする多くのジャズ作品やミュージシャンを紹介し、ジャズ市場の育成に貢献。
勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本… 勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本の美術評論家、キュレーター。 岐阜県生まれ。東京都立西高等学校を経て、東北大学文学部美学美術史学科を卒業。民間企業、地方自治体、文化系財団などに勤務したのち、世田谷美術館事業部長。1995年『美術館からの逃走』で倫雅美術奨励賞受賞。油絵「風方」で第22回シェル美術佳作賞を受賞。生け花の勅使河原蒼風とは関係はない。
石川隆俊(いしかわ たかとし、1939年5月20日-2023… 石川隆俊(いしかわ たかとし、1939年5月20日-2023年2月3日)は、日本の医学者、評論家、東京大学名誉教授。 東京府福生村生まれ。東京都立西高等学校出身。1968年東京大学医学部卒業、75年医学博士。がん研究所を経て、89年東京大学医学部教授、97年4月〜99年3月医学部長。 2000年定年退官、名誉教授、東京医科大学教授、2002年米国・メリーランド大学医学部客員教授就任と同時にジョンズ・ホプキンス大学ピーボディ音楽院(英語版)ヴァイオリン科に学ぶ。公益財団法人・喫煙科学研究財団理事長を務めるかたわら、ガン発生のメカニズムを生涯のテーマとしている。性の問題を含め、「熟年の生きがい」や「音楽と脳科学」の研究に積極的に取り組む。
加藤 諦三(かとう たいぞう、1938年〈昭和13年〉1月2… 加藤 諦三(かとう たいぞう、1938年〈昭和13年〉1月26日 - )は、日本の社会学者、心理学者、評論家。早稲田大学名誉教授、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本精神衛生学会顧問、ハーバード大学ライシャワー研究所アソシエイト。1972年からニッポン放送のラジオ番組『テレフォン人生相談』のパーソナリティを務める。 1938年、東京都で生まれる。祖父は政治家の加藤政之助、父親は大学教員である。東京都立西高等学校を卒業した後、東京大学教養学部教養学科(1963年3月、人文地理、文化人類分科卒業)、同(1965年3月、国際関係論分科卒業)を経て、同大学院社会学研究科博士課程を修了した。1972年4月より早稲田大学理工学部で社会学の助教授に、1977年4月からは教授を務め、2008年に名誉教授となる。
黒田 恭一(くろだ きょういち、1938年1月1日 - 20… 黒田 恭一(くろだ きょういち、1938年1月1日 - 2009年5月29日)は、日本の音楽評論家。 1938年、東京市神田区(現在の東京都千代田区)生まれ。東京都立西高等学校、早稲田大学教育学部卒業。 在学中からクラシック音楽評を雑誌などに書き、以後、音楽評論一筋を歩んだ。新聞、雑誌への執筆が多くあり、特にコンサートやオペラ、レコードなどの評論で活躍した。 かつては隔月刊誌「暮しの手帖」の花森安治に依頼され、同誌の『レコード・ショップ』というコーナーを担当していた時期もあった。 1984年にステレオサウンド社から創刊された『音楽通信』では編集長を務めたが、半年で休刊に追い込まれた。 1999年には東京の東急Bunkamuraオーチャードホールのプロデューサーに就任。
田所 竹彦(たどころ たけひこ、1935年8月6日 - 20… 田所 竹彦(たどころ たけひこ、1935年8月6日 - 2013年8月14日)は、日本のジャーナリスト、中国評論家。
江川 三郎(えがわ さぶろう、1932年〈昭和7年〉7月10… 江川 三郎(えがわ さぶろう、1932年〈昭和7年〉7月10日 - 2015年〈平成27年〉1月18日)は、オーディオ評論家。 東京生まれ。上智大学経済学部商学科卒業。 当初はコンサートマネージメントなどの音楽関係者だったが、学生時代にオーディオ誌のライターをしており、後にオーディオ評論家になる。40代に入ってから自身でも機器の開発を始めるようになり、『レコード芸術』や『オーディオアクセサリー』などで研究発表を開始する。同じオーディオ評論家の菅野沖彦は学生時代からの友人で、菅野は「江川からオーディオを習った」と季刊アナログ誌などに記している。音楽関連の職についていた経験から、一般的なオーディオ評論家とは音楽に対するスタンスが異なる。
野末 陳平(のずえ ちんぺい、本名:同じ、旧本名:野末 和彦… 野末 陳平(のずえ ちんぺい、本名:同じ、旧本名:野末 和彦〈のずえ かずひこ〉、1932年〈昭和7年〉1月2日 - )は、日本の放送作家、経済評論家、政治家。野末陳平事務所代表。 レイク浜松カントリークラブ(引佐観光開発)代表取締役会長。落語立川流顧問。駄句駄句会同人、俳号は「野ざらし」。 参議院議員(4期)、税金党党首(初代)、参議院大蔵委員長、WWF常任理事、サイバー大学客員教授などを歴任した。 父親は鉄道院の役人で、各地の駅を設計していた。母親は岡山県岡山市の出身で、薬剤師になるため上京し、明治薬学専門学校を卒業後、薬局で働いていたとき、見合い結婚。父親が山口県立工業の教師として赴任した山口県宇部市で陳平(和彦)は生まれた。
横溝 亮一(よこみぞ りょういち、1931年1月3日 - 2… 横溝 亮一(よこみぞ りょういち、1931年1月3日 - 2015年2月17日)は、日本の音楽評論家。 探偵小説家の横溝正史の長男として東京に生まれる。少年時代に音楽評論家の属啓成から音楽理論を学んだ。東京府立第十中学校(現・東京都立西高等学校)在校中に疎開で転校し、岡山県矢掛中学校(現・岡山県立矢掛高等学校)及び早稲田大学第一文学部英文科をそれぞれ卒業。 大学卒業後に東京新聞に入社、23年間、文化部音楽担当記者を務め、1977年に退社、音楽評論家となる。 100回を超える渡航を重ね、2005年にフィンランド政府よりフィンランド獅子勲章騎士第1級章を授与される。その他、武蔵野音楽大学、東京音楽大学、昭和音楽大学、成城大学短大などで教鞭をとった。
秋山 駿(あきやま しゅん、1930年〈昭和5年〉4月23日… 秋山 駿(あきやま しゅん、1930年〈昭和5年〉4月23日 - 2013年〈平成25年〉10月2日)は、日本の文芸評論家、日本藝術院会員。位階は従四位。本名は駿(すすむ)。 東京府池袋出身。旧制東京都立第十中学校(現・東京都立西高等学校)を経て、1948年に旧制第二早稲田高等学院入学、翌年学制改革により新制早稲田大学第一文学部仏文科に移り、1953年に卒業する。1956年6月、報知新聞社に入社。1960年「小林秀雄」で『群像』第3回新人文学賞評論部門受賞。評論「内部の人間」「想像する自由」(いずれも1963年発表)などを、久保田正文や三島由紀夫に激賞された。1979年から1993年まで東京農工大学教授、1997年から武蔵野女子短期大学・武蔵野女子大学教授。
森本 哲郎(もりもと てつろう、1925年〈大正14年〉10… 森本 哲郎(もりもと てつろう、1925年〈大正14年〉10月13日 - 2014年〈平成26年〉1月5日)は、日本のジャーナリスト、評論家。東京新聞記者、朝日新聞記者を経て評論家に転身し、東京女子大学教授なども歴任した。 東京府生まれ。府立十中、府立高等学校を経て、1948年(昭和23年)、東京大学文学部哲学科を卒業。文学部時代には風刺雑誌『VAN』の編集長を務めた。大学院に進学し、翌年には在学のまま東京新聞社に入社、社会部記者となる。1950年(昭和24年)、東京大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程を修了。 1953年(昭和28年)、招聘を受けて朝日新聞社に移り、学芸部に籍を置く。1954年(昭和29年)2月、マリリン・モンローが来日した際には握手を交わした。