スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
横山 夢樹(よこやま ゆめき、2005年9月23日 - )は… 横山 夢樹(よこやま ゆめき、2005年9月23日 - )は、東京都世田谷区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・セレッソ大阪所属。ポジションはミッドフィルダー(MF)。 実父は元サッカー選手の横山博敏。実兄はベルギー・チャレンジャープロリーグ・ヨング・ヘンクの横山歩夢。 2023年3月に帝京高校から2024年に梅木怜とともにFC今治へ加入を発表。2023年4月には特別指定選手として登録された。 2024年3月3日のJ3リーグ第2節のツエーゲン金沢戦でプロデビューを果たし、第4節のY.S.C.C.横浜戦でプロ初ゴールを果たす。 2025年12月26日、セレッソ大阪へ完全移籍。
梅木 怜(うめき れい、2005年8月25日 - )は、和歌… 梅木 怜(うめき れい、2005年8月25日 - )は、和歌山県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC今治所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 2023年3月に帝京高校から2024年に横山夢樹とともにFC今治へ加入を発表。2023年4月には特別指定選手としてFC今治でプレーした。 2024年3月30日のJ3第7節のFC大阪戦でプロデビューを果たす。
石井 隼太(いしい はやた、2001年7月6日 - )は、東… 石井 隼太(いしい はやた、2001年7月6日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ベガルタ仙台所属。ポジションはディフェンダー (DF) 。 城西国際大学在学中の2023年6月、水戸ホーリーホックへの2024年加入と2023年の特別指定選手の登録が発表された。6月24日のFC町田ゼルビア戦でリーグ戦初出場。2023年シーズンは特別指定選手ながら9試合に出場した。 2025年、ベガルタ仙台に完全移籍。
三浦 颯太(みうら そうた、2000年9月7日 - )は、東… 三浦 颯太(みうら そうた、2000年9月7日 - )は、東京都昭島市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・川崎フロンターレ所属。ポジションはディフェンダー(DF)。日本代表。 中学時代はFC東京の下部組織に在籍していた。その後、帝京高等学校を経て日本体育大学に進学。 2021年6月、2023年シーズンからのヴァンフォーレ甲府加入内定、および特別指定選手承認が発表された。 2022年も引き続き特別指定選手に承認され、2月20日のJ2リーグ第1節・ファジアーノ岡山FC戦でJリーグデビューを飾った。 2023年12月22日、川崎フロンターレへ完全移籍で加入することが発表された。 2023年12月20日、TOYO TIRES CUP 2024「SAMURAI BLUE(日本代表)対 タイ代表」(2024年1月1日・国立競技場)に臨む日本代表メンバーに追加招集された。
下川 雅人(しもかわ まさと、1996年6月11日 - )は… 下川 雅人(しもかわ まさと、1996年6月11日 - )は、東京都町田市出身のプロサッカー選手。ポジションはMF。 帝京高等学校から国士舘大学に進学。 卒業後、モンテネグロの3部リーグのFKアドリアに留学。その後トライアウトを経て、2019年に同国2部リーグのFKイバルと契約。2021年に1部リーグ(モンテネグロ・プルヴァ・リーガ)のOFKチトーグラードに移籍。同年夏にFKゼタに移籍。 2022年には韓国・K3リーグの金海市庁FCに移籍。 2023年より、アスルクラロ沼津に完全移籍加入したが、試合に出場できないまま同年12月に契約を満了。2024年は所属チームが決まらなかったが、同年10月21日、アスルクラロ沼津を通じて現役引退を発表した。
古島 圭人(ふるしま けいと、1995年9月5日 - )は、… 古島 圭人(ふるしま けいと、1995年9月5日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー(GK)。 元プロサッカー選手、サッカー指導者の古島清人は実父。 湘南ベルマーレのアカデミー出身。帝京高校を経て、東京国際大学へ進学した。 2018年より、Y.S.C.C.横浜へ加入。 2020年、東京ユナイテッドFCへ移籍。2021年シーズン終了後に現役引退。
柳下 大樹(やぎした だいき、1995年8月9日 - )は、… 柳下 大樹(やぎした だいき、1995年8月9日 - )は、埼玉県出身のプロサッカー選手。ポジションは、フォワード、ディフェンダー。 中学校時代は浦和レッズジュニアユースに所属。同期に関根貴大、広瀬陸斗らがいた。帝京高校では、フォワードやセンターバックなど複数のポジションでプレーした。 2014年より、松本山雅FCへ入団。同年7月、Jリーグ・アンダー22選抜に選手登録された。 2017年より、カターレ富山へ移籍。以後、長らく富山の中心選手として活躍したが、2023年をもって契約満了となり富山を退団。 2024年、ヴァンラーレ八戸に移籍。 2025年をもってヴァンラーレ八戸との契約が満了。 2026年、いわてグルージャ盛岡に加入。
大野 耀平(おおの ようへい、1994年12月6日 - )は… 大野 耀平(おおの ようへい、1994年12月6日 - )は、東京都板橋区出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。J3リーグ・カマタマーレ讃岐所属。 帝京高校で3年時に主将を務めたが全国高等学校サッカー選手権大会への出場はならなかった。高校卒業後の2013年に常葉大学に入学して浜松キャンパスサッカー部に入部。2015年に東海学生サッカーリーグ戦1部で得点王を獲得した他、2015年および2016年は東海・北信越選抜に選出された。 2017年より京都サンガF.C.に入団した。3月12日、第3節のアビスパ福岡戦で途中出場からプロデビューを果たした。11月8日、第33節の愛媛FC戦で先発するとJリーグ初ゴールを決めた。
伊藤 剛(いとう ごう、1994年3月23日 - )は、埼玉… 伊藤 剛(いとう ごう、1994年3月23日 - )は、埼玉県出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 帝京高校から日本大学へ進学。この際に同大学を選んだ理由は元日本代表の小島伸幸がコーチを務めていたからだったが、実際には環境の変化が大きく、いまいちサッカーに集中できずにいた。そのため「今の環境を変えたい」と思うようになったという。大学1年の2月にモンテネグロに渡り、トライアウトを受験したところドルガ・ツルノゴルスカ・リーガ(同国2部リーグ)のFKゾラ・スプスに入団が決まった。 その後、モンテネグロのクラブを渡り歩いた後、2015年2月にボスニア1部のNKズビエズダ・グラダチャツと契約した。
宮尾 孝一(みやお こういち、1993年6月15日 - )は… 宮尾 孝一(みやお こういち、1993年6月15日 - )は、神奈川県大和市出身のプロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 東京ヴェルディ1969、横浜FCの下部組織出身で、帝京高校を経て、桐蔭横浜大学へ進学。 2016年より、Y.S.C.C.横浜へ加入した。 2021年、FC今治に移籍。しかしわずか1年で今治を退団。同年12月9日には、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2022年、ヴァンラーレ八戸に移籍。しかしわずか1年で契約満了となった。 2023年2月24日、ヴェロスクロノス都農への移籍が発表された。
高木 利弥(たかぎ としや、1992年11月25日 - )は… 高木 利弥(たかぎ としや、1992年11月25日 - )は、東京都世田谷区出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者・YouTuber。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。 父は、元サッカー日本代表の高木琢也。兄弟は妹が1人いる。 広島県で生まれ、1998年に父・琢也の移籍によって東京都へ転居。2005年、FC東京U-15深川に加入。同期に武藤嘉紀、上形洋介、松藤正伸ら(武藤は世田谷区立桜丘中学校の同級生でもある)。2007年にはU-15高円宮杯で全国3位に入賞するも、高木自身は小柄で線が細かったこともあって主力としての働きが出来ず、U-18への昇格を果たせなかった。2008年に進学した帝京高校では1年時から主力に据えられ、技巧派のレフティーとして中盤でプレー。
桑島 良汰(くわじま りょうた、1992年9月5日 - )は… 桑島 良汰(くわじま りょうた、1992年9月5日 - )は、和歌山県出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)・ミッドフィルダー(MF)。 帝京高校、大阪学院大学を経て、2015年よりFC大阪へ加入。 2016年、FC今治へ完全移籍で加入した。2020年、FC今治を退団。 2021年より奈良クラブに移籍。 2024年8月、ヴィアティン三重に期限付き移籍。 2024年12月3日、奈良、三重共に契約満了を、翌2025年1月18日にアルテリーヴォ和歌山への加入が発表された。
平石 直人(ひらいし なおと、1992年6月23日 - )は… 平石 直人(ひらいし なおと、1992年6月23日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。 酒匂SSSでサッカーをはじめ、横浜Jrユース新子安をへて帝京高校でプレー。その後東洋大学へ進学。 2015年、FC町田ゼルビア に加入。2015年シーズン終了後、町田ゼルビアを退団。 2016年、藤枝MYFCに完全移籍。チームメイトとなった佐々木雅人は東洋大学サッカー部の同期。 2018年よりブラウブリッツ秋田に完全移籍。同年11月24日、ブラウブリッツ秋田は契約期間の満了と来季の契約更新を行わないことを発表。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2018年12月、SC相模原への完全移籍が発表された。
稲垣 祥(いながき しょう、1991年12月25日 - )は… 稲垣 祥(いながき しょう、1991年12月25日 - )は、東京都練馬区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・名古屋グランパス所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。 4歳の時にサッカーを始める。2004年、中学進学に併せて同年新設のFC東京U-15むさしへ加入。2006年には同期の重松健太郎、碓井鉄平、梅内和磨とともに高円宮杯U-15で全国準優勝。山口隆文監督や天野賢一コーチの下で体格差をカバーする動き出し・ボールタッチを学んだが、主力に食い込むことはできなかった。 U-18への昇格を果たせず、2007年に帝京高等学校へ進学。高校入学後に身長を伸ばし、2年時よりボランチに配される機会が増えていった。
徳武 正之(とくたけ まさゆき、1991年8月18日 - )… 徳武 正之(とくたけ まさゆき、1991年8月18日 - )は、東京都小平市出身のサッカー選手。FCマルヤス岡崎所属。登録ポジションはディフェンダー。 帝京高校を経て、浜松大学(現常葉大学)へ進学してサッカー部に入部。3年時から2年間主将を務めた。 2014年より、大学で同期の小野寺建人と共にツエーゲン金沢へ入団。 2016年、アスルクラロ沼津に完全移籍。 2021年、6年在籍した沼津を退団。 2022年、FCマルヤス岡崎へ加入した。 2018年10月9日、同年9月25日に一般女性と結婚していたことを報告した。2019年2月28日、同年1月8日に第一子となる長女が誕生したことを報告した。
内田 大貴(うちだ ひろき、1990年12月15日 - )は… 内田 大貴(うちだ ひろき、1990年12月15日 - )は、千葉県成田市出身のサッカー選手。ポジションはFW。日本工学院卒業。 帝京高等学校時代に廣瀬龍や石原孝尚(現INAC神戸レオネッサ監督)の指導を受けている。高校時代の同級生に伊藤竜司、村松知輝、杉谷拳士がいた。 2012年には横浜F・マリノスに練習生として所属していた。 2013年にはパラグアイに渡り、セロ・ポルテーニョPFとプロ契約を結んだ。なお、同国の強豪であるセロ・ポルテーニョとは別クラブである。 同年7月21日にはチリのプリメーラ・ディビシオンに所属するCDウアチパトが2013-14シーズンのメンバーとして彼の加入を発表した。背番号は17番。
伊藤 竜司(いとう りゅうじ、1990年7月23日 - )は… 伊藤 竜司(いとう りゅうじ、1990年7月23日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 帝京高等学校2年次に、同校5年振りとなる全国高校サッカー選手権に出場。ヘディングでゴールを決めた。3年次も出場したが初戦敗退となった。2009年、高校卒業後にJ2・横浜FCに入団した。2010年6月、JFL・FC琉球に期限付き移籍で加入。 2012年、松本山雅FCに完全移籍で加入、2013年に再びFC琉球に期限付き移籍。同年シーズン終了後、松本・琉球から契約満了により退団。 2014年、藤枝MYFCへ移籍 するも、2月10日退団が発表された。同月15日、東京23FCへ移籍。
村松 知輝(むらまつ ともき、1990年7月10日 - )は… 村松 知輝(むらまつ ともき、1990年7月10日 - )は、埼玉県出身のサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード(FW)。 帝京高等学校時代は右サイドの快速MFとしてプレー。2年次の第86回全国高等学校サッカー選手権大会はサブだったが、翌年の第87回全国高校サッカー選手権大会は主力選手として活躍。 その後浜松大学(現常葉大学)を経て、カターレ富山に入団。2014年シーズン途中にはHonda FCに期限付き移籍で加入。 2017年のPFCマシュアル・ムバレクでのプレー後、同年12月にはJリーグ合同トライアウトに出場したが、新たな所属チームを決めないまま現役引退を発表。 その後は2020年より地元のFCカラスト埼玉南西でアマチュア選手としてプレーを再開。
山崎 侑輝(やまざき ゆうき、1990年4月21日 - )は… 山崎 侑輝(やまざき ゆうき、1990年4月21日 - )は、東京都足立区出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役選手時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダーだった。 小学5年生時にサッカーを始め、中学・高校時はFC東京の下部組織に所属。スピードのあるサイドアタッカーとして活躍した。同期には井上亮太、三田啓貴、岩渕良太、畑尾大翔、平野又三、藤原広太朗、山村佑樹、宮澤勇樹、六平光成らがいた。 2009年に井上と共に鹿屋体育大学に進学。2012年にはサッカー部主将を務めるのと併行して、特別指定選手としてJリーグ・ロアッソ熊本に登録された。同年4月30日の大分戦でJリーグ初出場。同年12月、2013年から熊本へ正式加入することが発表された。
新 裕太朗(しん ゆうたろう、1990年3月11日 - )は… 新 裕太朗(しん ゆうたろう、1990年3月11日 - )は、埼玉県上尾市出身の元サッカー選手。ポジションは、フォワード。 U-16日本代表経験を持つ。青山学院大学を経て、2012年より福島ユナイテッドFCへ入団。 2015年、アスルクラロ沼津へ完全移籍も1年で退団。
大久保 択生(おおくぼ たくお、1989年9月18日 - )… 大久保 択生(おおくぼ たくお、1989年9月18日 - )は、東京都江東区出身のプロサッカー選手。JFL・アスルクラロ沼津所属。ポジジョンはゴールキーパー(GK)。 5歳の時に兄の影響でサッカーを始め、小学4年生の時にGKへ転向。 1997年度の高校サッカー選手権で準優勝した帝京高校に憧れ、同中学校・高校へ進学。高校3年次には自身の好セーブで総体ベスト8入り。それまで代表歴は無く無名だったが同年夏にはU-18日本代表に初選出された。同年冬の選手権では2回戦で広島皆実に0-2で敗れた。 複数クラブからオファーを受けた中、三浦知良とGKコーチを務めていた田北雄気を慕って2008年に横浜FCへ加入。
浦田 延尚(うらた のぶひさ、1989年9月13日 - )は… 浦田 延尚(うらた のぶひさ、1989年9月13日 - )は、東京都品川区出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 帝京高校では2年次と3年次にインターハイに出場、2年連続で大会優秀選手に選ばれている。 2008年に横浜F・マリノスに入団。しかし出場機会は無く、2010シーズン終了後に契約満了が発表された。 2011シーズンよりサガン鳥栖に加入。念願のJリーグデビューを果たしたが、レギュラー獲得には至らず同年オフに退団が発表された。 2012シーズンより愛媛FCに加入。愛媛では開幕初年度からレギュラーに定着し、2015年にはクラブ史上最高順位の5位フィニッシュ&昇格プレーオフ進出を果たした。
浅田 大樹(あさだ だいき、1989年4月5日 - )は、東… 浅田 大樹(あさだ だいき、1989年4月5日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 2012年に法政大学からHonda FCに加入。同期入部には齋藤達也と河野大星がいる。 2014年よりJ3に加盟するFC琉球に完全移籍。 2015年を以て、FC琉球との契約が満了。2016年、藤枝MYFCに移籍。 2020年公式ホームページを開設。https://wift.jp/teams/daiki-asada/home/ 2020年をもって藤枝MYFCとの契約が満了。 2021年よりFC刈谷に移籍。しかしわずか1年で退団。そしてこの年限りで現役引退となった。
関口 訓充(せきぐち くにみつ、1985年12月26日 - … 関口 訓充(せきぐち くにみつ、1985年12月26日 - )は、東京都多摩市出身のプロサッカー選手。関東サッカーリーグ・ジョイフル本田つくばFC所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。元日本代表。 男四人兄弟の三番目として生まれる。2004年に帝京高校から仙台に入団。2007年にスーパーサブとして44試合に出場した。2008年はチームの軸となり、リーグ戦は1試合の欠場のみの41試合に出場し6得点と、チームの入れ替え戦進出に貢献した。 2009年は得点こそ減ったものの、もともとの武器だったドリブルに加え、状況によって仲間へのパスを選択するなどプレーの幅が広がり10アシストを記録。[要出典]この年リーグ戦、天皇杯含め55試合に出場し、仙台のJ2優勝、天皇杯ベスト4進出の原動力となった。
足助 翔(あすけ しょう、1985年10月28日 - )は、… 足助 翔(あすけ しょう、1985年10月28日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはDF。 帝京高校、国士舘大学時代はセンターバックを務め、2008年に東京ヴェルディに加入。サイドバックにコンバートされプレーしたが、1年で戦力外となる。シーズンオフのJリーグ合同トライアウトを経て、2009年、当時J2に昇格したカターレ富山に入団した。楚輪博監督の下ではサイドバックとして起用されたが、シーズンを通じてレギュラーポジションを獲得するには至らなかった。2010年9月に安間貴義監督が就任するとセンターバックとして起用され、11月に負傷欠場するまで全試合に出場。2011年からはキャプテンに指名された。
山腰 泰博(やまこし やすひろ、1985年9月16日 - )… 山腰 泰博(やまこし やすひろ、1985年9月16日 - )は、東京都出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ2部・tonan前橋所属。ポジションはフォワード(FW)。
横山 知伸(よこやま とものぶ、1985年3月18日 - 2… 横山 知伸(よこやま とものぶ、1985年3月18日 - 2024年1月4日)は、東京都練馬区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 石神井マメックスFC、帝京高等学校を経て、1年浪人して早稲田大学スポーツ科学部へ進学。早大蹴球部の主力メンバーとして活躍し、4年時の2007年度、全日本大学選手権で優勝を経験した。大学の同期には、兵藤慎剛、鈴木修人、山本脩斗、島村毅らがいる。 早大卒業後は大手証券会社への入社が内定していたが、川崎フロンターレ・向島建スカウトの打診を受け、内定を蹴って2008年に川崎に入団した。 加入初年度はセンターバックとして見られていたが、09年は関塚隆監督のコンバートによりMFへとポジションを移した。
大沢 朋也(おおさわ ともや、1984年10月22日 - )… 大沢 朋也(おおさわ ともや、1984年10月22日 - )は、埼玉県狭山市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード、または攻撃的ミッドフィールダー。 三菱養和スポーツクラブを経て帝京高校で中心選手として活躍。高校在学中から各年代の日本代表に選出され、2001 FIFA U-17世界選手権にも参加した。帝京高校では2学年先輩に田中達也、田村雄三、1学年上に平松大志、同期に中村英之、1期後輩に関口訓充、足助翔などがいる。 帝京高校在学時にはエースとして平山相太、中村北斗らを擁する国見高校を破り、20年ぶりの高校総体優勝を実現した。 2003年、高校卒業後にJ2の大宮アルディージャに入団してプロサッカー選手となり、同年にJリーグデビューを果たしたが、トップチームでの公式戦出場はデビュー戦の1試合のみで、2005年に大宮がJ1に昇格しても出場機会は得られないまま、同年シーズン限りで大宮とは契約満了となった。
中村 英之(なかむら ひでゆき、1984年6月3日 - )は… 中村 英之(なかむら ひでゆき、1984年6月3日 - )は埼玉県さいたま市出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF。 小学校4年から6年まで柏レイソルの下部組織チームに所属し第19回全日本少年サッカー大会で、柏レイソル下部組織として初の全国優勝を成し遂げた。 中学時代は浦和レッズの下部組織に所属し、2000年に帝京高校に進学した。2002年度全国高校総体・茨城インターハイでは決勝で長崎県立国見高等学校を倒し全国優勝。大会の優秀選手にも選出された。同級生には大沢朋也、横山知伸、山口貴弘、一年後輩には関口訓充がいた。 2003年に順天堂大学に進学し、1年次から全日本大学選抜に抜擢され、2006年の全日本大学サッカー選手権大会では小宮山尊信、佐藤健太郎、村上祐介らと共に準優勝という成績を残した。
山口 貴弘(やまぐち たかひろ、1984年5月8日 - )は… 山口 貴弘(やまぐち たかひろ、1984年5月8日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。 2000年に帝京高校に入学し、キャプテンを務めた。高校卒業後、早稲田大学へ進学し、副キャプテンを務めた。大学卒業後の2007年に湘南ベルマーレに加入し、2012年までプレー。その後、2年間のV・ファーレン長崎への期限付き移籍を経て、2015年に大分トリニータへ完全移籍した。3年間で44試合に出場し、2017年を以て現役を引退。 2018年1月、湘南ベルマーレU-15藤沢のコーチに就任した。 湘南ベルマーレへの入団時には、ポジショニングが良く、1対1に強いセンターバックと評価された。
木島 徹也(きじま てつや、1983年8月20日 - )は、… 木島 徹也(きじま てつや、1983年8月20日 - )は、千葉県千葉市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。元サッカー選手の木島良輔は実兄。 帝京高校卒業後、佐川急便東京SCに入団するも1年で退団。その後はクラブを転々とし、2008年にセレクションを経て入団したFC Mi-O びわこ Kusatsu(現・MIOびわこ滋賀)との契約満了後に現役引退を発表。しかし翌年9月に以前所属していた沖縄かりゆしFCで現役復帰。2013年1月にFC町田ゼルビアに完全移籍により加入。 2016年にはカマタマーレ讃岐でJリーグでのキャリア初の2桁得点を記録した。また同年4月17日、清水エスパルス戦で決めたゴールは、4月のJ2月間ベストゴール賞を受賞した。
平松 大志(ひらまつ だいし、1983年7月3日 - )は、… 平松 大志(ひらまつ だいし、1983年7月3日 - )は、栃木県出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(主にセンターバック(CB))。 帝京高校サッカー部入部時には「実力が下から2番目の選手だった」と述懐。帝京での1学年先輩に田中達也、田村雄三、同期に本田弘幸(本田圭佑の兄)、1期後輩に大沢朋也、2期後輩に関口訓充、足助翔などがおり、2001年高校総体でベスト8に進出。第80回全国高等学校サッカー選手権大会では作陽高校に敗れ初戦敗退。2002年に中央大学へ進学し、サッカー部主将を務めた。大学での同期に天羽良輔、田中翔太、小林優希。 2006年、水戸ホーリーホックへ入団。同年5月14日東京V戦でデビュー。
田村 雄三(たむら ゆうぞう、1982年12月7日 - )は… 田村 雄三(たむら ゆうぞう、1982年12月7日 - )は、群馬県渋川市の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 1995年に前橋ジュニアユースに入団。1998年に帝京高校に進学。サッカー部では田中達也や下嶋兄と同級生だった。2000年には東京都国体選抜に選ばれた。中央大学へ進学し、2003年・2004年と関東大学選抜に選ばれた。2005年に湘南ベルマーレに入団。2010年をもって現役を引退し、湘南の強化部スタッフに就任。 2015年12月、いわきFCの強化・スカウト部門のスタッフに就任した。2017年1月1日、いわきFCの監督に就任した。Jリーグの監督になるために必要なJFA 公認S級コーチライセンスを取得していないため、2021年シーズンをもっていわきの監督を退任して、2022年よりスポーツディレクターに就任すると発表された。
田中 達也(たなか たつや、1982年11月27日 - )は… 田中 達也(たなか たつや、1982年11月27日 - )は、山口県徳山市(現:周南市)出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード(FW)。元日本代表。 RB大宮アルディージャWOMEN所属の田中聖愛は長女。非凡なドリブルとスピードが武器だった。 3つ年上の兄の影響でサッカーを始め、小学2年生で周陽スポーツ少年団に加入する。周南市立周陽中学校3年生の時、山口県の選抜メンバーに選ばれる。周陽中学校3年時、帝京高等学校サッカー部3年に同じ徳山市出身で同姓同名(異字)の田中龍哉が所属していた縁もあり、同部のセレクションを受けて合格し、同校に進学する。1年時に全国高校選手権準優勝。
中島 俊一(なかじま しゅんいち、1982年6月16日 - … 中島 俊一(なかじま しゅんいち、1982年6月16日 - )は、群馬県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションはMF。 長野郷中学校を卒業し、帝京高校から流通経済大学を経て2005年に名古屋グランパスエイトに入団。しかし、3年間で公式戦出場が3試合と出番に恵まれず、2007年オフに戦力外通告を受ける。数チームの練習に参加したが、なかなか所属先が決まらず試練の時となったが、約半年のブランクを経て2008年シーズン途中から日本フットボールリーグのFC琉球への加入が決定。琉球でのプレーぶりが認められ、2009年からJ2の水戸ホーリーホックに移籍。この際「絶対に諦めないプレーをするので見て欲しい」と気持ちの入ったコメントを残した。
久保田 学(くぼた まなぶ、1981年6月27日 - )は、… 久保田 学(くぼた まなぶ、1981年6月27日 - )は、島根県松江市出身のサッカー選手。ポジションは、FW。引退後、横浜市内の中学校で体育教師をしている。 松江市立第二中学校からサンフレッチェ広島ユース入り。同級生は、駒野友一、森崎和幸・浩司兄弟。ユース3年次初旬には2種登録選手となるが、高校サッカーへの憧れから帝京高校へ転校した。その後、東京学芸大学へ進学、2004年には全日本大学選抜に選ばれた。 同年の8月、特別指定選手として横浜FCに選手登録、翌年2005年に同球団とプロ契約した。 2006年はニューウェーブ北九州へ移籍、活躍するも、契約満了にともないこの年限りで退団、地元に戻りペルフォルトゥーナ宍道に所属した。
ノグチピント・エリキソン(Erikson Noguchipi… ノグチピント・エリキソン(Erikson Noguchipinto、1981年1月27日 - )は、ブラジル出身の日本の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー。 旧名はエリキソン・フランク・ノグチ・ピント。2003年に日本へ帰化した。帰化前の登録名はピント、帰化後はノグチピント・エリキソン。 ブラジル・リオデジャネイロにて、ブラジル人の父親と日系ブラジル人の母親との間に生まれ、10歳の頃に日本へ移住し、埼玉県加須市の加須西中学校で3年間サッカー部で活躍する。帝京高校から練習生として大分トリニータに入団。外国籍選手枠の関係上、2002年はサガン鳥栖に期限付き移籍していた。2003年は大分トリニータに練習生として参加していたが、4月に帰化申請が認められたため正式契約となった。
ディエゴ・加藤・マラドーナ(ディエゴ・かとう・マラドーナ、本… ディエゴ・加藤・マラドーナ(ディエゴ・かとう・マラドーナ、本名:加藤 謙太郎(かとう けんたろう)、1980年10月31日 - )は日本のお笑いタレント、サッカー選手。通称「カトケン」。神奈川県横浜市出身。 特技はサッカー。中学時代は横浜マリノスジュニアユースに所属。帝京高等学校在学中は全国高校サッカー選手権大会にて2度の準優勝。後に順天堂大学に進学し、サッカー部に所属。 大学卒業後、ワタナベコメディスクールに6期生として入学。帝京高サッカー部の1学年後輩にあたる岸本拓也と「ダイヤモンズ」を結成。帝京高サッカー部のユニホームを着用してコントを行なっていた。コンビ時代はメントレGの「メントレ地球貢献プロジェクト」に出演。
矢野 隼人(やの はやと、1980年10月29日 - )は、… 矢野 隼人(やの はやと、1980年10月29日 - )は、元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW。通称“和製ロナウド”(ヴェルディ川崎の公式愛称)、“ヤナウド”。 大阪生まれ、名古屋育ち。名古屋市立高針台中学校(湊川誠隆と同級生)経て愛知FC在籍時の高校2年時に愛知県立愛知工業高等学校から帝京高校に転入。高校2年時には中心選手として、全国高校サッカー選手権大会で準優勝を経験。同時に全日本ユース選抜にも選ばれる。高い身体能力とスピード感あるドリブルが持ち味だった。 1999年には日本サッカー協会強化指定選手(現:特別指定選手)としてヴェルディ川崎でJリーグデビュー。2002年にはヴァンフォーレ甲府に期限付き移籍をしたが結局プロでは無得点という結果に終わる。
高橋 泰(たかはし ゆたか、1980年9月29日 - )は、… 高橋 泰(たかはし ゆたか、1980年9月29日 - )は、東京都町田市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションはFW。 帝京高校3年時に高校選手権に出場して大活躍するも、どこのクラブからもオファーは無く、そこへサンフレッチェ広島が選手権後にオファーし、入団となった。プロ同期入団は、池田学徳、吉田幸生、宮崎光平。初年度の1999年には早くも主力として活躍、優秀新人にも選ばれた。将来を嘱望されるものの、コンディション調整がままならず、好不調の差が激しく、徐々に出番を失う。 2004年には当時J2の大宮アルディージャに期限付き移籍するものの思うような活躍はできず。2005年、ジェフ千葉に移籍。
藤倉 寛(ふじくら ひろし、1980年4月24日 - )は、… 藤倉 寛(ふじくら ひろし、1980年4月24日 - )は、栃木県出身の元サッカー選手でポジションはDF。現在は帝京高等学校サッカー部監督。 2024年、母校・帝京高校サッカー部の監督に就任。15年ぶりに全国高校選手権出場に導いた。
中田 浩二(なかた こうじ、1979年7月9日 - )は、滋… 中田 浩二(なかた こうじ、1979年7月9日 - )は、滋賀県滋賀郡志賀町(現:大津市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(ボランチ)、ディフェンダー(センターバック、左サイドバック)。元日本代表。 妻は女優・タレントの長澤奈央。 滋賀県大津市出生。小学校低学年のころは父親の転勤の関係で転校を繰り返しており、サッカーを始めたのは神奈川県横浜市の横浜市立南戸塚小学校2年の時である。小学校3年の時、鳥取県米子市の米子市立義方小学校に転校し、そこで本格的にサッカーを始めるようになる。小学校5年の時、全日本少年大会に出場する。米子市の米子市立後藤ヶ丘中学校に進学し、中学3年の時に全国中学校大会に出場する。
貞富 信宏(さだとみ のぶひろ、1979年7月5日 - )は… 貞富 信宏(さだとみ のぶひろ、1979年7月5日 - )は、東京都出身の元サッカー選手である。ポジションはMF。 帝京高校時代は、2学年上に松波和幸(松波正信の弟)、依田光正、留学生の吉成大と江田広(共にペルー人)、同級生には中田浩二、木島良輔、藤田芳正がいる。 2009年からは横浜FCサッカースクール スクールコーチ。
木島 良輔(きじま りょうすけ、1979年5月29日 - )… 木島 良輔(きじま りょうすけ、1979年5月29日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。 同じくサッカー選手の木島徹也は実弟である。日本サッカー協会公認A級ライセンス所持。 高校時代は帝京高校の10番として活躍。2学年上には松波和幸(松波正信の弟)、依田光正、留学生の吉成大と江田広(共にペルー人)、同級生には中田浩二、貞富信宏、藤田芳正がいる。 1998年開幕前にテスト生を経て横浜マリノスに入団。古賀誠史、井手口純が同期。2000年のシーズン終盤からサイドハーフとして出場機会を増やす。2002年9月に大分トリニータに期限付き移籍し、大分のJ1昇格に貢献するが、シーズン終了後に大分と所属元の双方から戦力外となる。
森田 真吾(もりた しんご、1978年12月9日 - )は、… 森田 真吾(もりた しんご、1978年12月9日 - )は、高知県出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。ポジションはDF。 オーバーラップを武器とする左SBの選手であるが、水戸ホーリーホック所属時は中盤から前線でのプレーが多かった。 図南SC群馬(現:tonan前橋)でのプレーを最後に引退。以降は指導者の道に転じ、2019年から前橋市立前橋高等学校サッカー部の監督を務めている。
ダビド・ソリア・ヨシナリ(David Soria Yoshi… ダビド・ソリア・ヨシナリ(David Soria Yoshinari、1977年9月18日 - )は、ペルー出身の元サッカー選手。MF。日本名、吉成 大(よしなり だい)。 ペルーから日本の帝京高校に留学し、卒業後の1996年には当時JFLのコンサドーレ札幌に入団。同期入団に吉原宏太がいる。当時の札幌には優秀な外国人選手が多くいたため、若い吉成大は外国人枠から弾き出されるケースが多く、1997年限りでペルーに帰国。スポルティング・クリスタルで主力となった2000年にはペルー代表にも選ばれた。 日系人のためニックネームはチーノ(中国人)、サムライ。兄のハビエル・ソリアもペルー代表経験を持つサッカー選手である。
依田 光正(よだ みつまさ、1977年8月7日 - )は、東… 依田 光正(よだ みつまさ、1977年8月7日 - )は、東京都出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF。 帝京高校では、1学年上には熱田眞、同級生には松波和幸(松波正信の弟)、留学生の吉成大 と江田広(共にペルー人)、2学年下には中田浩二、木島良輔がいた。 2004年にモンテディオ山形よりザスパ草津(現:ザスパクサツ群馬)に加入。主に右サイドバックとして、13試合に出場。2004年、翌年のJ2リーグ参戦が決定していた草津において、その年に行われた天皇杯・5回戦の横浜F・マリノス戦においてVゴールを決め、その年の年間王者を破る大金星に貢献した。2006年オフに戦力外通告を受ける。 2007年からは群馬の育成スタッフとなり、若い世代を育てる一方でサッカー中継の解説も務めた。
青井健(あおい たけし、1977年8月5日 - )は、岐阜県… 青井健(あおい たけし、1977年8月5日 - )は、岐阜県出身のサッカー指導者、元サッカー選手。選手時代のポジションはディフェンダー。 小中学校では攻撃的ミッドフィールダーを務めていたが、帝京高校サッカー部所属時にディフェンダーにコンバート。2年時に第73回選手権で準優勝、3年時に高円宮杯第6回大会でベスト4に入る活躍を見せた。 卒業後東京ガスへ入社し、東京ガスサッカー部およびFC東京でプレー。1999年、負傷を頻発させたこともあって現役を引退。 2003年よりFCディバインのチーム代表として、育成年代のサッカー指導にあたっている。
熱田 眞(あつた まこと、1976年9月16日 - )は、東… 熱田 眞(あつた まこと、1976年9月16日 - )は、東京都町田市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 帝京高校では、2学年上に松波正信、阿部敏之、丸山良明、時岡宏昌、小峯隆幸、1学年下には松波和幸(正信の弟)、依田光正、吉成大と江田広(共にペルー人)がいた。日本高校選抜で10番を背負い、国士舘大学時代は伊藤卓、佐藤尽、今野彰、金沢丈などスタメン全員がプロになった。国士館時代日本一を多数経験。1998年のJFLでは学生ながらリーグ日本人得点2位とオールスター戦では2得点でMVPに選出された。 1999年入団後ルーキーながらレギュラーとなるが2年でJ2降格となる。J2ではアシスト王となりJ2優勝J1昇格に貢献。
阿久津貴志(あくつ たかし、1975年9月28日 - )は、… 阿久津貴志(あくつ たかし、1975年9月28日 - )は、神奈川県高座郡寒川町の元サッカー選手、元フットサル選手である。ポジションはゴレイロ。 2010年よりFリーグ湘南ベルマーレGKコーチ。 寒川町立旭小学校2年生からサッカーを始める。寒川町立旭が丘中学校、帝京高校から国士舘大学を経てアルビレックス新潟に練習生として加入。いわばエリートコースである。(本契約には至らず)。佐川急便東京SCに移籍し引退。 その後、esporte藤沢でフットサル転向し、湘南ベルマーレの前身であるP.S.T.C.LONDRINAに入団。別名「ロンドリーナの師範ゴレイロ」と呼ばれ、2003年には全日本フットサル選手権大会優勝に導いた。