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天野 市栄(あまの いちえい、1958年(昭和33年)6月2… 天野 市栄(あまの いちえい、1958年(昭和33年)6月26日 - )は、日本の政治家。元新潟県阿賀野市長(1期)。阿賀野市議会議員(2期)。 新潟県北蒲原郡水原町(現・阿賀野市)榎船渡出身。新潟県立新発田高等学校を経て、1982年に新潟大学法文学部法学科を卒業。同年、新潟県庁に入る。総合政策部統計課、農林水産部経営普及課各副参事を務めた。2007年に退職、翌年の阿賀野市長選挙に立候補し、当選する。2012年に落選。2016年と2020年の市長選挙に続けて立候補したが落選した。2020年の市長選挙に落選してから半年後の阿賀野市議会議員選挙に立候補して最下位(16位)で当選した。地域政党日本新生の代表を務め、行政書士として活動している。
加藤 博幸(かとう ひろゆき、1957年(昭和32年)2月1… 加藤 博幸(かとう ひろゆき、1957年(昭和32年)2月13日 - )は、日本の政治家。新潟県阿賀野市長(1期)。元阿賀野市議会議員(1期)。獣医師。 1957年阿賀野市(旧水原町)生まれ。1975年新潟県立新発田高等学校卒業。1979年麻布獣医科大学(現在の麻布大学)獣医学部卒業。獣医師となり、JA全農新潟県本部畜産部長を経て、2020年の阿賀野市議会議員選挙に無所属で立候補し、当選する。 阿賀野市議を1期務め、2023年12月、2024年4月に行われる阿賀野市長選挙への立候補を表明。 4月の市長選挙では元市長の天野市栄ら4人の争いとなり(現職の田中清善は不出馬)、元市長らを破って初当選した。
西脇 道夫(にしわき みちお、1954年11月 - )は、日… 西脇 道夫(にしわき みちお、1954年11月 - )は、日本の政治家。新潟県聖籠町長(2期)。 新潟県北蒲原郡聖籠町大夫に生まれる。新潟県立新発田高等学校卒業。1978年(昭和53年)3月、國學院大學経済学部卒業。1981年(昭和56年)1月、聖籠町役場に入庁。保健福祉課長、産業観光課長、税務財政課長、総務課長などを歴任。2014年(平成26年)4月、副町長に就任。 2018年(平成30年)6月13日、新聞社の取材に対し、任期満了に伴う聖籠町長選挙に立候補する意向を明らかにした。同月、副町長を辞職。現職の渡辺広吉も7期目を目指して出馬し、ともに町政を進めてきた二人が対決する構図となった。町長選挙は8月26日に行われ、西脇が渡辺を小差で破り初当選した。
小川 竹二(おがわ たけじ、1937年(昭和12年)6月17… 小川 竹二(おがわ たけじ、1937年(昭和12年)6月17日 - 2014年(平成26年)2月18日)は、日本の政治家。元新潟県豊栄市(現・新潟市)長(5期)。位階は従四位。旭日中綬章。 新潟県北蒲原郡葛塚町(現・新潟市北区葛塚)出身。葛塚町立葛塚中学校(現・新潟市立葛塚中学校)、新潟県立新発田高等学校を経て、1960年立命館大学経済学部卒。卒業後は帰郷し、農業に従事した。1966年の下越水害で被災。1971年、豊栄市議会議員に当選し、4期務める。1987年、豊栄市長に当選し、2005年に新潟市に合併するまで5期務めた。新潟県市長会長、北信越市長会長、全国市長会副会長を歴任した。2002年に新潟市長選挙に立候補した篠田昭を支援した。
木暮 山人(こぐれ やまと、1928年3月7日‐1998年5… 木暮 山人(こぐれ やまと、1928年3月7日‐1998年5月26日)は、日本の歯科医・政治家。参議院議員(2期)。 新潟県新発田市出身。旧制新発田中を経て日本歯科医学専門学校を1949年に卒業。更に法政大学法学部に進学し、1951年に卒業した。その後、日本歯科大学歯科薬理学教室研究生として在学,歯学博士の学位を取得する。 政治に早くから関心を持ち、法政大学在学中に亜細亜青年連盟を結成して1953年の総選挙に立候補。この時は得票が法定得票数にも満たず泡沫候補に終わるが、その後5回も総選挙に出馬し続けて得票を伸ばし続けた。その一方で歯科医として歯友会歯科技術専門学校の創設に関わり、歯科技工から実業界にも進出。
岩村 卯一郎(いわむら ういちろう、1927年9月8日 - … 岩村 卯一郎(いわむら ういちろう、1927年9月8日 - 2004年8月28日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。新潟県議会議員(6期)。新潟県議会議長。長男は、新潟県議会議員の岩村良一。 新潟県北蒲原郡(現在の新発田市)出身で、新発田中学校を経て17歳の時に予科練に志願。1953年、法政大学法学部卒業。渡邊良夫衆議院議員の秘書を務め、第2次岸内閣で厚生大臣に任命されたときは、大臣秘書官を務めた。 1967年から新潟県議会議員を6期務め、副議長と議長を各1年務めた。自民党新潟県連の幹事長だった1989年には、君健男が癌のため新潟県知事を辞職したのに伴って多数の同党県議から推されて知事選への立候補の意思を表明したが、後に金子清への候補者一本化に同意した。
井伊 誠一(いい せいいち、1892年(明治25年)10月5… 井伊 誠一(いい せいいち、1892年(明治25年)10月5日 - 1985年(昭和60年)1月5日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(7期)。 新潟県北蒲原郡板山村(現新発田市)で、弁護士の井伊小平太の長男として生まれた。新発田中学校(現新潟県立新発田高等学校)、第二高等学校を経て、1919年、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。神戸海上保険勤務を経て、1922年、弁護士を開業し、農民事件の弁護を数多く担当した。 1926年、労働農民党新潟県連合会執行委員に就任。1927年、労働農民党と日本労農党の共同推薦を受けて新潟県会議員に当選。さらに、新潟県参事会員、新発田町会議員、金銭債務調停委員、県地方事務所参与、借地借家調停委員、新発田中学校講師などを務めた。
登坂 良作(とさか りょうさく、1891年(明治24年)1月… 登坂 良作(とさか りょうさく、1891年(明治24年)1月4日 - 1982年(昭和57年)11月11日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員、官選函館市長。 新潟県北蒲原郡新発田町(現在の新発田市)立売町で登坂岩内の四男として生まれる。新潟県立新発田中学校、第二高等学校を経て、1917年4月、東京帝国大学法科大学(英法)を卒業。義兄堤清六が経営する堤商会(後のニチロ)に入って北洋漁業に携わりロシア帝国カムチャツカ州、千島列島に渡航した。 1918年12月、函館区で弁護士を開業。以後、函館市会議員、同議長、北海道会議員、同参事会員、(財) 相馬報恩会理事長、全国人権擁護委員会連合会理事などを務めた。
小柳 牧衛(小柳 牧衞、こやなぎ まきえ、1884年7月13… 小柳 牧衛(小柳 牧衞、こやなぎ まきえ、1884年7月13日 - 1981年12月21日)は、日本の内務官僚、政治家。官選県知事、新潟市長、衆議院議員、参議院議員。幼名は畋之助。 新潟県北蒲原郡川東村大字上楠川(現:新発田市)に生まれる。新発田中学、第一高等学校を経て、1909年に東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1910年、内務省に入り北海道属となり、1913年、北海道庁理事官に就任。 その後、青島守備軍民政部事務官、臨時震災救護事務局事務官兼総務課長、青森県内務部長、山口県書記官・内務部長、神奈川県書記官・内務部長などを歴任。1926年9月、青森県知事に就任。