スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
出澤 剛(いでざわ たけし、1973年〈昭和48年〉6月9日… 出澤 剛(いでざわ たけし、1973年〈昭和48年〉6月9日 - )は、日本の実業家。LINEヤフー株式会社代表取締役社長CEO。 長野県佐久市出身。長野県野沢北高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部を卒業後、1996年に朝日生命保険入社。八王子での営業を経て、社外留学制度を利用してオン・ザ・エッヂに出向した。2002年に同社に移籍。モバイル事業に従事し、2003年に執行役員副社長に就任。2007年に会社分割により、ライブドア(現・NHNテコラス)代表取締役社長に就任。 NHN Japan(現・Aホールディングス)、ネイバージャパン及びライブドアの経営統合により、2012年にNHN Japan取締役に就任。
柳澤 安慶(やなぎさわ やすよし、1964年10月20日 -… 柳澤 安慶(やなぎさわ やすよし、1964年10月20日 - )は、日本の実業家。株式会社ファンコミュニケーションズ(東証一部 2461)の創業者で取締役(元代表取締役社長)。 1964年長野県佐久市生まれ。長野県野沢北高等学校、成城大学経済学部卒業後、広告代理店に勤務。1994年に個人向けプロバイダー「リムネット」の立ち上げに参画、その後ショッピングモールやレンタルサーバーなどインターネット黎明期のビジネスモデルに取り組む。 1999年10月にはアフィリエイトサービスプロバイダをメイン事業にした株式会社ファンコミュニケーションズを設立。成功報酬型広告の先駆者として、当時国内ではほとんど知られていなかったネットマーケティング手法の普及に努める。
滝澤 秀之(たきざわ ひでゆき、1959年10月5日 - )… 滝澤 秀之(たきざわ ひでゆき、1959年10月5日 - )は、日本の実業家。相模鉄道株式会社代表取締役社長を経て、相鉄ホールディングス株式会社代表取締役社長。 長野県出身。長野県野沢北高等学校を経て、1984年横浜国立大学経済学部卒業、相模鉄道入社。相鉄ビルマネジメント第一営業部長を経て、2007年相模鉄道取締役に昇格。2008年常務取締役。2010年専務取締役。2011年相鉄ホールディングス執行役員。2012年相鉄ホールディングス取締役。2015年相模鉄道専務取締役。 2016年から相模鉄道代表取締役社長を務め、創立100周年にあたり知名度向上のため駅や服装、車両等のデザインリニューアルを進め、2018年には東京急行電鉄との相互直通運転による都心乗り入れに向け新車両相鉄20000系電車の投入を行った。
川手 洋一(かわて よういち、1951年4月28日 - )は… 川手 洋一(かわて よういち、1951年4月28日 - )は、日本の実業家。富士器業株式会社の取締役会長。 長野県生まれ、佐久地方で育つ。1975年に立教大学経済学部を卒業後、報知新聞社(スポーツ報知)に入社する。入社後の3年間は一般スポーツに配属され、大相撲、バスケットボール、レスリングなどの取材担当者となる。入社4年目からはプロ野球担当となり、読売ジャイアンツ、中日ドラゴンズ、東京ヤクルトスワローズの専任となる。読売ジャイアンツを担当した7年間は、監督として長嶋茂雄、王貞治、藤田元司、選手として中畑清、原辰徳、篠塚和典、江川卓などの取材を行った。中日担当時は星野仙一とも親交が深かった。 1990年に、後述の理由により報知新聞社を退社し、義父が創業した家庭用品の金物問屋であった富士器業株式会社に入社する。
岩間 辰志(いわま たつし、1939年〈昭和14年〉8月21… 岩間 辰志(いわま たつし、1939年〈昭和14年〉8月21日 - 2015年〈平成27年〉11月16日)は、日本の実業家。元サッポロホールディングス社長、名誉顧問。 長野県出身。長野県野沢北高等学校を経て1963年に早稲田大学政治経済学部を卒業。同年日本麦酒株式会社に入社(1964年にサッポロビールに社名変更)。 1998年3月に取締役、同11月常務取締役、1999年年11月代表取締役社長に、それぞれ就任。 2003年、サッポロビールの純粋持株会社化に伴い、サッポロホールディングス代表取締役社長に就任。2005年同社相談役、2007年同社名誉顧問。 2015年11月16日、慢性骨髄性白血病により76歳で死去。
井出 正一(いで しょういち、1939年6月20日 - 20… 井出 正一(いで しょういち、1939年6月20日 - 2018年9月2日)は、日本の実業家、政治家。橘倉酒造代表取締役会長。 衆議院議員(3期)、厚生大臣(第77代)、新党さきがけ代表(第2代)を歴任。 父は内閣官房長官や農林大臣、郵政大臣を務めた元衆議院議員の井出一太郎。作家の井出孫六は叔父。衆議院議員の井出庸生は甥。 長野県南佐久郡臼田町(現:佐久市)生まれ。長野県野沢北高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。大学では中国経済を研究していた。大学卒業後は、政治家である父・井出一太郎に代わって家業の酒造業の経営に携わる。 1986年、父・一太郎の引退に伴い、父の支持者から要請を受け、第38回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で旧長野2区から立候補し、初当選した。
岩井 重人(いわい しげと、1930年(昭和5年)4月25日… 岩井 重人(いわい しげと、1930年(昭和5年)4月25日 - 2018年(平成30年)1月6日)は、日本の実業家。住友不動産販売代表取締役社長、不動産流通経営協会理事長を歴任した。不動産協会不動産協会功労者表彰。 長野県佐久市出身。1949年長野県野沢北高等学校卒業、住友銀行(現三井住友銀行)入行。川崎支店長を経て、1982年代表取締役専務に昇格。1983年住友不動産取締役。1988年住友不動産代表取締役専務。1993年から14年間住友不動産販売代表取締役社長を務め、2000年には東京証券取引所市場第一部に上場を果たした。2003年不動産流通経営協会理事長、東日本不動産流通機構理事長、不動産協会理事。
田中 文雄(たなか ふみお、1910年7月29日 - 199… 田中 文雄(たなか ふみお、1910年7月29日 - 1998年1月6日)は、日本の経営者。王子製紙社長、会長を務めた。 長野県南佐久郡平賀村(現佐久市)出身。旧制野沢中学を経て、1935年に九州帝国大学農学部林学科を卒業し、同年に王子製紙に入社した。1956年に取締役に就任し、常務、副社長を経て、1968年に社長に就任。社長在任中は、北日本製紙、日本パルプ工業との合併を実現させ、紙パルプ業界の国際化に尽力した。1981年に会長に就任し、1989年から取締役相談役を務めた。1982年には病気療養中の市村修平社長に代わり、社長を一時代行した。 1979年から1987年までに日本経営者団体連盟副会長を務め、1981年には日本製紙連合会会長に就任した。
黒沢 富次郎(くろさわ とみじろう、1891年〈明治24年〉… 黒沢 富次郎(くろさわ とみじろう、1891年〈明治24年〉4月16日 - 1972年〈昭和47年〉8月29日)は、大正から昭和時代前期の政治家、実業家。衆議院議員、貴族院多額納税者議員。 長野県南佐久郡穂積村(現・佐久穂町大字穂積)の醤油製造業・黒沢陸之助(通称:丸ト)の長男として生まれる。野沢中学校(現・長野県野沢北高等学校)を卒業後、家業の醤油醸造業を継ぐ。地元の商工会長、消防組頭を経て、佐久製材社長や長野県消防協会長、佐久通運社長、長野電鉄監査役、同取締役を歴任した。 1946年(昭和21年)12月16日より1年間貴族院議員を務め、貴族院廃止後の1947年(昭和22年)の第23回衆議院議員総選挙に長野県第2区から日本自由党公認で出馬したが落選した。