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川又 竹男(かわまた たけお、1964年〈昭和39年〉8月2… 川又 竹男(かわまた たけお、1964年〈昭和39年〉8月25日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 静岡県静岡市出身。静岡県立静岡高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月に東京大学法学部を卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、同年4月に厚生省入省。 入省後、本省で大臣官房総務課企画官、老健局振興課長、社会・援護局障害保健福祉部企画課長、雇用均等・児童家庭局総務課長、大臣官房審議官(子ども家庭、少子化対策担当)、大臣官房審議官(子ども家庭、少子化対策、地域共生・自殺対策担当)などを歴任。老健局振興課長在任時には、定期巡回・随時対応型訪問介護看護の制度設計を担った。 内閣府や内閣官房で内閣府参事官(少子・高齢化対策第1担当)(政策統括官(共生社会政策担当)付)、内閣府子ども・子育て本部審議官兼大臣官房審議官(大臣官房及び共生社会政策担当)兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)、内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)を務めたほか、千葉県や文部科学省、国立国際医療研究センターに出向した。
大村 慎一(おおむら しんいち、1963年〈昭和38年〉8月… 大村 慎一(おおむら しんいち、1963年〈昭和38年〉8月26日 - )は、日本の自治・総務官僚。 1963年、静岡県出身。幼少期を旧舞阪町(現・浜松市中央区)で過ごす。1982年、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学経済学部卒業。1987年4月、自治省入省。同年7月、鳥取県地方課。1990年6月、自治省財政局地方債課。1992年4月、札幌市企画調整局調整課長。1994年4月、岐阜県企画部企画調整課長。1995年8月、岐阜県総務部財政課長。1998年4月、自治省税務局府県税課長補佐。同年7月、内閣官房副長官秘書官。 2000年7月、自治省財政局財政課長補佐。2001年1月、総務省自治財政局財政課長補佐。
大石 吉彦(おおいし よしひこ、1963年(昭和38年)5月… 大石 吉彦(おおいし よしひこ、1963年(昭和38年)5月4日 - )は、日本の警察官僚。第97代警視総監。 静岡県静岡市出身。静岡県立静岡高等学校、東京大学法学部卒業、警察庁入庁。警察庁警備局警備企画課危機管理企画官、内閣官房内閣参事官、警察庁警備局警備課長を経て、2012年安倍晋三内閣総理大臣秘書官。2019年、警察庁警備局長。2021年9月16日、警視総監。2022年9月に実施された故安倍晋三国葬儀について大石は、警察として安倍晋三銃撃事件を防げなかったことを踏まえ、「国葬儀の警備は、警視庁、ひいては警察の存在意義そのものが問われる」と述べた。2022年10月6日、警視総監退任。安倍晋三銃撃事件を受けた事実上の引責辞任と見られる。
浅川 雅嗣(あさかわ まさつぐ、1958年1月25日 - )… 浅川 雅嗣(あさかわ まさつぐ、1958年1月25日 - )は、日本の財務官僚。アジア開発銀行総裁、財務官を歴任。静岡県静岡市出身。 静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学を受験するも不合格となり、早稲田大学に入学する。仮面浪人で東京大学を受け直し入学。財政学の貝塚ゼミに入ったが、金融にも関心を持ち、館龍一郎の授業も受けていた。東京大学経済学部卒業。金融政策や国際金融に携わろうと大蔵省入りする(関税局国際第一課)。同期に中原広、羽深成樹、門間大吉、宮内豊、百嶋計、石井菜穂子、松田学等。廿日市税務署長を経て、1988年 国際金融局国際機構課課長補佐。1994年 主計官補佐として運輸省の予算を担当する。
渥美恭弘(あつみ やすひろ、1957年1月2日 - )は日本… 渥美恭弘(あつみ やすひろ、1957年1月2日 - )は日本の財務官僚。大臣官房政策評価審議官、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授、公益財団法人日本証券アナリスト協会代表理事等を経て、駐ジャマイカ兼バハマ兼ベリーズ特命全権大使。 静岡県出身。静岡県立静岡高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。昭和53年国家公務員上級甲種試験(経済)合格。1979年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1981年5月からカリフォルニア大学ロサンゼルス校(経済学)やジョンズ・ホプキンス大学(国際関係論)等に留学。1985年7月 伊勢税務署長。1993年7月 大阪国税局課税第二部長。2004年7月 国税庁長官官房企画課長。
上田 隆之(うえだ たかゆき、1956年8月30日 - )は… 上田 隆之(うえだ たかゆき、1956年8月30日 - )は、日本の経産官僚。大臣官房長や製造産業局長、通商政策局長、資源エネルギー庁長官、経済産業審議官を経て、国際石油開発帝石(現INPEX)代表取締役社長。 静岡県出身。静岡県立静岡高等学校を経て、1980年 東京大学法学部第1類(私法コース)卒業、通商産業省入省(特許庁総務課)。1987年ワシントン大学法学修士課程修了。 1989年資源エネルギー庁石油部精製課、1991年中小企業庁計画部計画課、1992年大臣官房総務課、1993年中小企業庁総務課、1994年 通商産業省通商政策局アジア太平洋地域協力企画官。1996年JETROパリ貿易保険事務所長、1999年中小企業庁中小企業制度改正審議室長、2000年資源エネルギー庁公益事業部ガス事業課長、2002年 内閣官房内閣参事官。
山田 孝夫(やまだ たかお、1949年5月29日 - 202… 山田 孝夫(やまだ たかお、1949年5月29日 - 2021年2月16日)は、日本の大蔵官僚。 静岡市出身。静岡県立静岡高等学校、京都大学法学部卒業。1973年 大蔵省入省(主税局国際租税課)。1978年7月 大館税務署長。1995年6月 造幣局東京支局長。1996年7月12日 四国財務局長。1998年7月1日 北陸財務局長。1999年7月8日 横浜税関長。2001年7月10日 退官。同年7月24日 自動車安全運転センター理事(〜2007年3月31日)。2007年4月 独立行政法人住宅金融支援機構監事。2021年2月16日 死去。 同期に金田勝年(法務大臣、外務副大臣)、佐藤隆文(日本取引所自主規制法人理事長、金融庁長官)、牧野治郎(国税庁長官)、井戸清人(日本銀行理事)、新井将敬(衆議院議員)、加藤秀樹(内閣府行政刷新会議事務局長、(公財)東京財団理事長)、花角和男(税務大学校長、総務省人事・恩給局次長)、東正和(さわやか信用金庫専務理事(代表理事)、東京国税局長、国税庁調査査察部長、関東信越国税局長)、塚原治(国際空港上屋会長、同社長、アジア開発銀行理事)らがいる。
村田 吉隆(むらた よしたか、1944年7月30日 - )は… 村田 吉隆(むらた よしたか、1944年7月30日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。元衆議院議員(7期)。
遠藤 安彦(えんどう やすひこ、1940年12月6日 - )… 遠藤 安彦(えんどう やすひこ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元自治事務次官。地域創造元会長。 1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学法学部卒業。 大分県総務部次長、同県商工労働部長、同県総務部長、財政局交付税課長、財政局地方債課長、財政局財政課長、大臣官房審議官(税務担当)、大臣官房総務審議官、大臣官房長、財政局長などを務める。 1996年9月、自治事務次官。1998年2月、地域創造理事長。財団法人日本宝くじ協会理事長、(株)日本宝くじシステム代表取締役、財団法人地方財務協会理事長、2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会事務総長を務めた。2016年、日本AED財団理事。
鈴木 正孝(すずき まさたか、1940年(昭和15年)6月2… 鈴木 正孝(すずき まさたか、1940年(昭和15年)6月22日 - )は、日本の官僚、政治家。元防衛医科大学校副校長。元参議院議員。静岡県出身。
遠山 敦子(とおやま あつこ、1938年12月10日 - )… 遠山 敦子(とおやま あつこ、1938年12月10日 - )は、日本の文部官僚。財団法人新国立劇場運営財団顧問。公益財団法人トヨタ財団理事長。公益財団法人パナソニック教育財団理事長。財団法人日本いけばな芸術協会会長。日本・トルコ協会副会長。2007年6月に株式会社NHKエンタープライズの社外取締役、2008年6月には株式会社電通の監査役にも就任している。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会評議員。
川瀨 健治(かわせ けんじ、1914年 - 1974年2月6… 川瀨 健治(かわせ けんじ、1914年 - 1974年2月6日)は、日本の商工、通産官僚。 旧制静岡中学、旧制静岡高校を経て、1937年、東京帝国大学法学部政治学科卒業。商工省入省。終戦直後、1945年8月27日、日本政府の対GHQ渉外機関として外務省に終戦連絡事務局が設立され、商工事務官を務めていた川瀬が出向。通商産業省に変わってからも様々な役職を経て、福岡通産局長に就任。1956年、熊本県で水俣病が発生し深刻となり、1959年11月、不知火海漁業紛争調停委員会が発足、寺本広作熊本県知事は通産省の意向を取り入れるために川瀬をオブザーバーに加えている。その後、東京通産局長に就任した。正四位。墓所は多磨霊園。
国塩 耕一郎(國塩、くにしお こういちろう、1905年(明治… 国塩 耕一郎(國塩、くにしお こういちろう、1905年(明治38年)9月6日 - 1986年(昭和61年)6月7日)は、昭和期の内務・警察官僚、実業家。最後の官選茨城県知事、日本音楽著作権協会理事長。位階は正五位。 岡山県赤磐郡(後の山陽町、現在の赤磐市)で、国塩達太の長男として生まれる。静岡県立静岡中学校、第一高等学校を卒業。1928年(昭和3年)10月、高等試験行政科試験に合格。1929年(昭和4年)東京帝国大学法学部政治学科を卒業。内務省に入省し広島県属となる。 以後、地方警視・愛知県警察部保安課長を経て、1935年(昭和10年)8月、警視庁警視・保安課長に就任。警官音楽隊(警視庁音楽隊)を創設した。
大竹 十郎(おおたけ じゅうろう、1888年(明治21年)7… 大竹 十郎(おおたけ じゅうろう、1888年(明治21年)7月28日 - 1979年(昭和54年)8月4日)は、日本の内務官僚。朝鮮総督府官僚。静岡県福田町長。 静岡県磐田郡福田町(現在の磐田市)に鈴木治平の五男として生まれ、大竹清一郎の養子となった。1914年(大正3年)に高等文官試験に合格し、翌年に東京帝国大学法科大学政治科を卒業した。文部属、同普通学務局勤務を経て、山口県都濃郡長、同理事官、福島県理事官、神奈川県理事官、同学務部長、佐賀県警察部長、宮崎県警察部長、三重県警察部長、岡山県警察部長、福岡県警察部長、大阪府警察部長、警視庁警務部長を歴任した。その後、朝鮮総督府に転じ、慶尚北道内務部長、警務局保安課長、平安北道知事を歴任し、1936年(昭和11年)に内務局長に就任し、中枢院書記官長も兼ねた。
小栗 一雄(おぐり かずお、1886年7月8日 - 1973… 小栗 一雄(おぐり かずお、1886年7月8日 - 1973年1月20日)は、日本の内務官僚。県知事、警視総監。 静岡県出身。小栗平七郎の四男として生まれる。静岡中学、第一高等学校を経て、1911年7月、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業し、農商務省に入り東京大林区署に配属される。同年10月、文官高等試験行政科試験に合格。その後、山林事務官補となる。 1914年4月、同郷出身の一木喜徳郎文部大臣の秘書官に就任し文部省参事官を兼務。1915年8月、一木大臣の内務大臣へ異動に伴い内務大臣秘書官に就任。1916年10月、京都府視学官となり、東京府視学官、奈良県警察部長、長崎県警察部長、警視庁衛生部長、警視庁保安部長、大阪府書記官・警察部長、兵庫県書記官・内務部長、大阪府書記官・内務部長などを歴任。
柴田 善三郎(しばた ぜんざぶろう、1877年11月 - 1… 柴田 善三郎(しばた ぜんざぶろう、1877年11月 - 1943年8月25日)は、日本の官僚。静岡県出身。
河井 彌八(かわい やはち、1877年(明治10年)10月2… 河井 彌八(かわい やはち、1877年(明治10年)10月24日 - 1960年(昭和35年)7月21日)は、日本の官僚・政治家。侍従次長や参議院議長(第4代)を歴任する。静岡県出身。 静岡県佐野郡上張村にて生まれた。1897年(明治30年)静岡県尋常中学校卒業。1904年(明治37年)7月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。 内務省に入省して佐賀県内政部長代理などを歴任する。1918年(大正7年)に内閣法制局に移り、翌年に貴族院書記官長、1926年に内大臣府秘書官長となった。1927年(昭和2年)から侍従次長兼皇后宮大夫、1930年(昭和5年)から7年間にわたって皇后宮大夫兼侍従次長として昭和天皇・香淳皇后の側近として仕えた。
笠井 信一(かさい しんいち、1864年7月22日(元治元年… 笠井 信一(かさい しんいち、1864年7月22日(元治元年6月19日) - 1929年7月25日)は、日本の内務官僚・政治家。貴族院議員。 静岡県出身。笠井勘三郎の三男として生まれる。静岡県立静岡中学校、第一高等学校を経て、1892年、帝国大学法科大学を卒業した。 1893年2月、内務省に入り、内務属として警保局に配属された。その後、警保局監獄課長、山形県参事官、岩手県警察部長、高知県書記官、台湾総督府事務官、台南県書記官、岐阜県書記官、新潟県書記官、同県第一部長、熊本県第一部長などを歴任。 1907年1月、岩手県知事に就任。1913年3月、地元出身初の静岡県知事に就任。1914年6月、岡山県知事に転じた。