スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐々木 敏(ささき さとし、1957年9月13日 - )は、… 佐々木 敏(ささき さとし、1957年9月13日 - )は、日本の栄養学者、医師、医学博士、Ph.D。専門分野は栄養疫学。東京大学名誉教授。女子栄養大学客員教授。三重県津市出身。国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部室長、国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダー等を歴任し、2007年より2023年3月まで東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授。2012年より2014年まで世界保健機関(WHO)の栄養ガイダンス専門家会議のメンバーを務めた。 「EBN (Evidence Based Nutrition、科学的根拠に基づく栄養学)」という概念を日本で早期に提唱し、日本人が健康を維持するために摂取すべき栄養素とその量を示したガイドライン「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)策定において、2005年版から中心的役割を担っている。
森田 功(もりた いさお、大正15年(1926年)6月16日… 森田 功(もりた いさお、大正15年(1926年)6月16日 - 平成10年(1998年)3月3日)は、日本の医師・作家。 大正15年(1926年)6月16日三重県一志郡竹原村(美杉村竹原宝生を経て現三重県津市)に生まれる。父は竹原村村長を務める森田治と母きみの四男として誕生した。昭和8年(1933年)竹原尋常小学校に入学した。小学校時代成績は万年2位、悪童5人組の年長者で腕白だったと伝えられる。昭和14年(1939年)三重県立第一中学(現三重県立津高等学校)の受験に失敗、1浪後の翌年入学した。昭和20年(1945年)旧制広島高等学校理科に入学したが、8月6日軍需工場で労働作業中に被爆し、3日後三重の実家へ帰郷した。
橋本 策(はしもと はかる、1881年5月5日 - 1934… 橋本 策(はしもと はかる、1881年5月5日 - 1934年1月9日)は、日本の医師、病理学者。橋本病、Hashimoto's thyroiditisを初めて記載した。 三重県阿拝郡西柘植村(現伊賀市)御代の医家に生まれる。旧制津中学校、旧制第三高等学校をへて、京都帝国大福岡医科大学(現九州大学医学部)1907年第1回卒業生として卒業。第一外科に入局。1911年4月“甲状腺ノリンパ腫様変化ニ関スル組織的並ビニ臨床的知見ニ就キテ”を福岡医科大学第17回集談会にて発表、1年後の1912年にまとめてArchiv für klinische Chirurgieに掲載した。今日では橋本病という疾患名が与えられている。
臼杵 才化(うすき さいか、1876年(明治9年)1月31日… 臼杵 才化(うすき さいか、1876年(明治9年)1月31日 - 1917年(大正6年)12月13日)は、明治時代から大正時代にかけての日本の医学者・小児科医である。東京帝国大学卒、医学博士。 日本統治時代の台湾総督府医院小児科医長、台湾総督府医学校教授に任ぜられる。 東京帝国大学より医学博士の学位を授与される。正論文『生理的並びに病的関係に基ける哺乳児腸内に於ける脂肪の運命』。 30代臼杵仁(長男)(昭和20年12月10日没)も同墓地。31代臼杵薫(次男)(昭和37年3月10日没)は三重県尾鷲市、金剛寺。(28代臼杵玄貞までの先祖の墓地は、三重県津市榊原、海泉寺にあり永代供養されている)
笠井 啓次(かさい けいじ、Keiji Kasai)は、日本… 笠井 啓次(かさい けいじ、Keiji Kasai)は、日本の歯科医師、医療法人理事長。三重県鈴鹿市に本拠を置く医療法人大木会 大木歯科医院の創設者であり、理事長・院長を務めている。 予防歯科を基盤に、インプラント治療や矯正歯科に加え、デジタル技工との院内連携を特徴とする総合歯科医療を展開している。 笠井は三重県亀山市に生まれ、1988年に三重県立津高等学校を卒業した。1989年に国立徳島大学歯学部へ入学し、1996年に卒業後、徳島大学病院小児歯科学講座に入局した。1998年には医療法人大里会うらさと歯科・大里デンタルクリニックへ入職し、臨床経験を積んだ。 2002年、三重県鈴鹿市に大木歯科医院を開院し、医療法人大木会の基礎を築いた。