スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
奥村 莉子(おくむら りこ、1996年(平成8年)9月29日… 奥村 莉子(おくむら りこ、1996年(平成8年)9月29日 - )は、三重テレビ放送 (MTV) のアナウンサー。 三重県津市出身。三重大学教育学部附属中学校、三重県立津高等学校を卒業後、慶應義塾大学商学部に進学。大学4年間、慶應義塾放送研究会に所属。また、大学1年だった2015年に津クイーンに選ばれる。後に日テレイベントコンパニオンに選ばれ、2016年4月から2017年3月まで日本テレビOha!4 NEWS LIVEの女子大生企画レポーターを務める。卒業後、2019年に三重テレビ放送に入社。 2023年9月には四日市市内のショッピングセンターで単独のトークショーを開催した。 愛犬は体重10キロのトイプードル(デカプーで、名前はレオ)で、自身のInstagramアカウントでほぼ毎回愛犬のことを投稿している。
でか美ちゃん(でかみちゃん、1991年〈平成3年〉5月3日 … でか美ちゃん(でかみちゃん、1991年〈平成3年〉5月3日 - )は、日本の歌手、タレント。本名:薩川 優希(さつかわ ゆき、旧姓:仲井)。 三重県松阪市出身。2021年12月24日、「ぱいぱいでか美」から「でか美ちゃん」に改名。音楽ライブ・トークライブを中心にDJや司会業などを行う。血液型はO型。身長158.5cm。 夫はピン芸人のサツマカワRPG。 異父兄(母の連れ子)がいる。幼い頃からハロー!プロジェクトの楽曲に親しみ、中学3年の頃から歌手になることに憧れていた。学生時代は学級委員を務めた。 高校は進学校の三重県立津高等学校で学び、軽音楽部に入って活動する。その後も歌手になりたい夢を諦められず、親の許可を得て専門学校へ進学を決意する。
ぱいぱいでか美(ぱいぱいでかみ、1991年5月3日 - )は… ぱいぱいでか美(ぱいぱいでかみ、1991年5月3日 - )は、日本のタレント。本名、仲井 優希(なかい ゆき)。三重県出身。ライブを中心にDJや司会業などを行う。血液型はO型。
本田 理紗子(ほんだ りさこ、1989年11月18日 - )… 本田 理紗子(ほんだ りさこ、1989年11月18日 - )は、日本のアイドル歌手、女優である。 三重県鈴鹿市出身。三重県立津高等学校出身。株式会社ウルトラマリンに所属し、2010年12月1日に、マキシシングル「First Story」でCDデビュー。 『RISACO First Story』
浦口 史帆(うらぐち しほ、1989年2月21日 - )は、… 浦口 史帆(うらぐち しほ、1989年2月21日 - )は、東海テレビのアナウンサー。
辻本 祐介(つじもと ゆうすけ、1977年- )は、日本の企… 辻本 祐介(つじもと ゆうすけ、1977年- )は、日本の企業家。株式会社ワンブロック代表取締役。株式会社tomoru取締役、株式会社BEARS取締役。日本大学まちづくり工学科非常勤講師、一級建築士。 1977年、三重県生まれ。津高等学校、東北大学工学部建築学科卒業後、株式会社リクルートコスモス(現 コスモスイニシア)、UDS株式会社を経て、2015年に株式会社ワンブロックを創業。京都・東京を中心に、建築・不動産を活用したまちづくり事業を手がける。中学から大学まではバレーボール部、現在はキックボクシング、ゴルフと囲碁。特に囲碁は吉原由香里と共に若者への囲碁普及団体IGO AMIGOを立上げ、現在は短期集中オンライン囲碁初段プログラム「GO ONLINE」を万波佳奈等と主催。
黒崎 竜也(くろさき たつや、1976年6月11日 - )は… 黒崎 竜也(くろさき たつや、1976年6月11日 - )は、静岡県生まれ、三重県出身の日本の競艇選手。 小学校5年生の時に三重県に移住。登録番号は3931。身長156cm。血液型AB型。81期。三重支部所属。三重県立津高等学校卒業。同期に佐々木康幸、池田浩美、池田浩二らがいる。
小林 貴虎(こばやし たかとら、1974年1月4日 - )は… 小林 貴虎(こばやし たかとら、1974年1月4日 - )は、日本の政治家。前三重県議会議員。元三重県津市議会議員(2期)。 自由民主党三重県連副幹事長。旧統一教会の関連団体である天宙平和連合(UPF)元職員。 三重県津市出身。三重大学教育学部附属小学校、三重大学教育学部附属中学校の後に、三重県立津高等学校を1992年に卒業。帝京科学大学情報科学科に進学し、インディアナ大学-パデュー大学インディアナポリス校に修士課程1年半在籍。 2011年の津市議会補欠選挙に立候補し、当選。2016年5月14日、日本会議三重・津支部の初総会において支部長に就任。続いて、2019年の三重県議会に津市選挙区から立候補し、13438票で5位で当選した。
篠原 誠(しのはら まこと、1972年 - )は、クリエイテ… 篠原 誠(しのはら まこと、1972年 - )は、クリエイティブ・ディレクター、CMプランナー、作詞家。電通のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを経て、篠原誠事務所代表取締役CEO。クリエイター・オブ・ザ・イヤー等受賞。 三重県一志郡美杉村(現:津市美杉町)川上で3兄弟の末っ子として生まれ育つ。小学校は同級生が自身含めて6人だった。 村立美杉中学校を経て、県立津高等学校には下宿から通った。ボート部に在籍した。一橋大学商学部に進学し、卒業した1995年に株式会社電通に入社。竹内弘高ゼミ出身。大学で学んだマーケティングに関心があり営業志望だったものの、クリエイティブの部署に配属となり、メンター制度で友原琢也に付きコピーライターなどをする。
橋爪 秀範(はしづめ ひでのり、1971年3月21日 - )… 橋爪 秀範(はしづめ ひでのり、1971年3月21日 - )は、NHKのチーフアナウンサー、ディレクター。 三重県立津高等学校を経て立教大学文学部卒業後、1993年入局。 通算6箇所(ラジオセンターを除く)の赴任地の内、のべ4箇所が中部地方(甲信越地方を除く)。
川端 康生(かわばた やすお、1965年1月3日 - )は日… 川端 康生(かわばた やすお、1965年1月3日 - )は日本のフリーライター。大分県中津市出身。 1971年、福岡市立大名小学校に入学。以後、福岡市立花畑中学校、津市立西橋内中学校、三重県立津高等学校、早稲田大学へ進学。 生まれは大分県中津市だが、物心つく頃には福岡市大手門(現在の中央区)在住、平和台球場に隣接する赤坂幼稚園に入園したことをきっかけに、西鉄ライオンズ→太平洋クラブライオンズ→クラウンライターライオンズ (現埼玉西武ライオンズ)の友の会に入会するほどのファンとなった。また自らも小学3年から野球に熱中、最初に入った花畑中学に野球部がなかったため中学時代は水泳部に属し、三重県転居後には中体連で優勝するほどになったが、高校時代は再び野球部に在籍し、その間成績が急降下、部活引退後も勉強に身が入らず、大学受験はすべて不合格、1年間名古屋市の早稲田予備校での寮生活を経て、1984年早稲田大学社会科学部入学。
一尾 直樹(いちお なおき、1965年 - )は、日本の映画… 一尾 直樹(いちお なおき、1965年 - )は、日本の映画監督。三重県出身、名古屋市在住。 三重県鈴鹿市出身。三重県立津高等学校卒業。名古屋大学文学部哲学科(美学美術史)卒業。 名古屋大学の映画研究会で自主製作映画(当時は8mmフィルム)に出会った。 大学卒業後、NHK名古屋局のラジオドラマ脚本募集に応募し、3年連続で入賞した。ラジオドラマ作家としてスタートを切った。 1996年、作・演出を手がけた舞台「デス・オブ・ア・ポリティカル・ボーイ」が演劇祭でグランプリを受賞した。審査委員長の筒井康隆が激賞したとされる。 2000年、脚本・監督を兼ねた劇場公開映画「溺れる人」を製作した。各国の国際映画祭に招待されるなど、注目を受けた。
池村 和也(いけむら かずや、1962年9月6日 - )は、… 池村 和也(いけむら かずや、1962年9月6日 - )は、日本の実業家。三重県出身。エスビー食品株式会社代表取締役社長。 三重県出身。1981年三重県立津高等学校、1986年上智大学文学部卒業後、エスビー食品株式会社に入社。2013年同社執行役員、2016年同社取締役執行役員、2017年同社取締役常務執行役員、2018年同社常務取締役常務執行役員マーケティング企画室担当、2021年同社常務取締役首席執行役員海外事業部担当を経て、2022年同社代表取締役社長に就任。
前葉 泰幸(まえば やすゆき、1962年〈昭和37年〉4月7… 前葉 泰幸(まえば やすゆき、1962年〈昭和37年〉4月7日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。三重県津市長(4期)。新型インフルエンザ等対策推進会議委員。 三重県津市宿屋町(現・東丸之内)生まれ。父は教員。津市立敬和小学校、高田中学校、三重県立津高等学校を経て、1985年に東京大学法学部卒業。同年自治省(現総務省)に入省。本省勤務の他、熊本県庁、国土庁、京都市役所、宮城県庁への出向も経験した。 宮城県総務部長を務めていた2005年、宮城県知事選挙に浅野史郎の後継指名を受けて無所属で出馬したが、自由民主党の推薦を受けた元宮城県議会議員の村井嘉浩に約5万票差で敗れ、次点で落選した。その後、デクシア銀行東京支店副支店長、地方公共団体金融機構審査室長を歴任。
荒木 真一(あらき しんいち 1962年 - )は、日本の環… 荒木 真一(あらき しんいち 1962年 - )は、日本の環境技官。原子力規制庁長官官房審議官兼内閣府大臣官房審議官を経て、内閣府政策統括官。 三重県鈴鹿市出身。三重県立津高等学校を経て、1987年名古屋大学大学院理学研究科修了、環境庁入庁。環境省環境管理局水環境部土壌環境課課長補佐、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部産業廃棄物課適正処理・不法投棄対策室長、大阪府環境農林水産部副理事、公害等調整委員会事務局審査官、原子力規制庁長官官房放射線防護グループ原子力災害対策・核物質防護課長、原子力規制庁原子力規制部規制企画課長等を経て、2017年から原子力規制庁長官官房審議官(併)内閣府大臣官房審議官(原子力防災担当)を務め、大飯発電所と高浜発電所で日本で初めてとなる複数の原子力発電所での同時重大事故の発生を想定した原子力防災訓練を行うなどした。
若林 茂則(わかばやし しげのり、1962年 - )は、日本… 若林 茂則(わかばやし しげのり、1962年 - )は、日本の言語学者。専門は、応用言語学・形態統語論。中央大学文学部英語文学文化専攻教授、同大元副学長。日本第二言語習得学会元会長。 早稲田大学教育学部卒業、エセックス大学大学院修士課程修了、ケンブリッジ大学大学院修士課程修了、ケンブリッジ大学英語応用言語学研究所博士課程修了(Ph.D)。第二言語習得研究の分野で最も権威のある学術誌のひとつである第二言語研究 (雑誌)への掲載(本誌への6回の掲載は、2020年現在では日本人最多)をはじめ、国際誌に多数の論文を発表している。またLinguistic Approaches to Bilingualism編集委員も務める。
神崎 正英(かんざき まさひで、1960年 - )は、日本の… 神崎 正英(かんざき まさひで、1960年 - )は、日本のセマンティック・ウェブ技術研究者。 三重県鈴鹿市に生まれる。三重県立津高等学校から京都大学文学部卒。大学では現代史を学ぶ。卒業後サントリーに入社し、横浜に移る。広報部勤務時代にコロンビア大学に留学、MBAを取得。その後、CSデジタル放送のJICを経て、1998年にゼノン・リミテッド・パートナーズを設立。 XHTML, CSS, RDF, OWLなどのウェブ標準技術を解説する記事、書籍を執筆している。2005年時点では、法政大学経営学部、慶應義塾大学文学部、京都精華大学人文学部、東京女子大学現代文化学部の講師にも携わる。また、アマチュアのコントラバス奏者でもあり、ロジャー・ノリントンの紹介でも知られる。
倉本 一宏(くらもと かずひろ、1958年(昭和33年)6月… 倉本 一宏(くらもと かずひろ、1958年(昭和33年)6月14日 - )は、日本の歴史学者。博士(論文博士・1997年)(学位論文「日本古代国家成立期の政権構造」)。専門は日本古代政治史、古記録学。国際日本文化研究センター(日文研)名誉教授、総合研究大学院大学(総研大)名誉教授。 三重県津市生まれ。1974年(昭和49年)、私立高田中学校卒業。1977年(昭和52年)、三重県立津高等学校卒業。1978年(昭和53年)、東京大学文科三類入学。土田直鎮・笹山晴生に師事。1983年(昭和58年)、東京大学文学部国史学専修課程卒業。1989年(平成元年)、同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位修得退学。
乙部 辰良(おとべ たつよし、1958年4月21日 - )は… 乙部 辰良(おとべ たつよし、1958年4月21日 - )は、日本の財務官僚、弁護士。金融庁公認会計士・監査審査会事務局長や、財務省関東財務局長等を経て、SBIインシュアランスグループ代表取締役会長兼社長。 三重県津市出身。1977年 三重県立津高等学校から東京大学文科一類に入学。1981年 東京大学法学部卒業、大蔵省入省。銀行局調査課に配属。1984年 パリ大学行政学研究科修了。1986年 大蔵省主計局法規課。1987年7月 徳山税務署長。1992年 大蔵省主計局調査課長補佐。1993年 大蔵省主計局主計官補佐(司法、警察係主査)。1994年 大蔵省銀行局調査課長補佐(総括)。1995年 大蔵省銀行局中小金融課長補佐(総括、第二地銀)。
幾原 雄一(いくはら ゆういち、1958年 - ) は、日本… 幾原 雄一(いくはら ゆういち、1958年 - ) は、日本の工学者。専門は材料科学・電子顕微鏡学。東京大学大学院工学系研究科教授、東北大学原子分子材料科学高等研究機構主任研究者、一般財団法人ファインセラミックスセンターナノ構造研究所客員主任研究者。 三重県津市出身。三重県立津高等学校卒業。東京大学大学院工学系研究科教授、日本顕微鏡学会会長。東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授、京都大学構造材料元素戦略研究拠点教授なども歴任。紫綬褒章受章。2011年、アメリカセラミックス学会フェロー選出。2013年、世界セラミックスアカデミー会員選出。 電子顕微鏡による、格子欠陥(転位・粒界)の構造解析。
黒川 みどり(くろかわ みどり、1958年 - )は、日本の… 黒川 みどり(くろかわ みどり、1958年 - )は、日本の歴史学者。被差別部落史が専門。学位は、博士(文学)(早稲田大学・2000年)(学位論文「異化と同化の間 -近代社会における被差別部落認識」)。静岡大学学術院教育学領域名誉教授。 三重県津市出身。三重県立津高等学校を経て、1981年早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業、1990年同大学院博士課程満期退学。2000年「異化と同化の間 -近代社会における被差別部落認識」で早稲田大学より博士(文学)の学位を取得。静岡大学教育学部助教授、2001年教授。2000年から2001年ミネソタ大学歴史学科客員研究員。2024年静岡大学定年退職、名誉教授。
佐々木 敏(ささき さとし、1957年9月13日 - )は、… 佐々木 敏(ささき さとし、1957年9月13日 - )は、日本の栄養学者、医師、医学博士、Ph.D。専門分野は栄養疫学。東京大学名誉教授。女子栄養大学客員教授。三重県津市出身。国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部室長、国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダー等を歴任し、2007年より2023年3月まで東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授。2012年より2014年まで世界保健機関(WHO)の栄養ガイダンス専門家会議のメンバーを務めた。 「EBN (Evidence Based Nutrition、科学的根拠に基づく栄養学)」という概念を日本で早期に提唱し、日本人が健康を維持するために摂取すべき栄養素とその量を示したガイドライン「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)策定において、2005年版から中心的役割を担っている。
茨木 政彦(いばらき まさひこ、1957年 - )は、漫画雑… 茨木 政彦(いばらき まさひこ、1957年 - )は、漫画雑誌編集者。三重県津市出身。週刊少年ジャンプ8代目編集長、およびジャンプスクエアの初代編集長。 三重県立津高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後の1980年4月に集英社に入社、週刊少年ジャンプ編集部へ配属される。徳弘正也『シェイプアップ乱』、えんどコイチ『ついでにとんちんかん』、にわのまこと『THE MOMOTAROH』、土方茂(小畑健)『CYBORGじいちゃんG』、高橋ゆたか『ボンボン坂高校演劇部』などギャグ漫画を主に担当した。ジャンプの新人ギャグ漫画賞の1つであるGAGキングの設立者や森田まさのりの初代担当でもあった。
高橋 千秋(たかはし ちあき、1956年8月2日 - )は、… 高橋 千秋(たかはし ちあき、1956年8月2日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(3期)、外務副大臣(菅直人第2次改造内閣)、経済産業大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、参議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員長、民主党政策調査会長代理・参議院政策審議会長を務めた。 三重県安芸郡安濃町(現津市)生まれ。三重県立津高等学校、明治大学農学部農学科卒業。三重県経済農業協同組合連合会に勤務した後、当時参議院議員であった井上哲夫の秘書を務める。その後、新東通信、新政策議員フォーラム三重事務局長に就任する。 1998年、第18回参議院議員通常選挙に連合の推薦を受けて無所属で三重県選挙区から出馬したが、斎藤十朗に敗れ落選した。
小久保 修(こくぼ しゅう 1956年 - )は、日本の作家… 小久保 修(こくぼ しゅう 1956年 - )は、日本の作家。三重県津市出身。 三重県立津高等学校を経て、早稲田大学教育学部国語国文学科卒。同級生に、ラズウェル細木、斎藤雅文、佐藤勝明、古木優、高田裕史、谷口理などがいた。三重県内の高等学校に勤務。「小久保修」は、小説を書くときのペンネーム。2004年、「夜を泳ぐ魚たち」で三重県文化賞文学新人賞を受賞。この作品は、定時制高等学校での勤務経験に材を取ったもの。「海」同人。
木下 俊也(きのした しゅんや、1955年10月 - )は、… 木下 俊也(きのした しゅんや、1955年10月 - )は、日本の薬剤師、臨床検査技師。学位は博士(薬学)(静岡県立大学・1992年)。一般社団法人静岡市薬剤師会事務局局長、静岡県立大学薬学部客員教授。 株式会社津村順天堂静岡工場、株式会社津村順天堂研究所、株式会社ツムラ本社での勤務を経て、日本大衆薬工業協会生薬製品委員会委員長、日本OTC医薬品協会生薬製品委員会委員長、わかくさ調剤薬局薬剤師などを歴任した。 三重県出身の薬剤師、臨床検査技師である。静岡薬科大学、静岡県立大学にて学び、津村順天堂、および、ツムラに勤務した。また、業界団体である日本大衆薬工業協会、および、日本OTC医薬品協会においては、生薬製品委員会の委員長といった役職も兼任していた。
吉田 英生(よしだ ひでお、1955年 - ) は、日本の機… 吉田 英生(よしだ ひでお、1955年 - ) は、日本の機械工学者。学位は、工学博士。専門は、熱工学・エネルギー工学。京都大学名誉教授。元Int. J. Heat and Mass TransferのEditor。元国際伝熱会議アセンブリー (AIHTC) 会長。元熱物質輸送国際センター (ICHMT) 理事会議長。 1974年三重県立津高等学校卒業。1978年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業。 1980年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程機械物理工学専攻を修了し、工学修士の学位を取得後、1983年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程機械物理工学専攻修了、工学博士。同年東京工業大学工学部機械工学科助手。
馬瀬 紀夫(ませ のりお、1953年12月26日 - )は、… 馬瀬 紀夫(ませ のりお、1953年12月26日 - )は、日本の実業家。ハーゲンダッツジャパン株式会社代表取締役社長を経て、同社取締役会長。 三重県津市出身。三重県立津高等学校を経て、1976年大阪大学経済学部卒業、サントリー入社。2005年に取締役に昇格し、以降健康食品や海外事業などを担当した。2009年サントリーホールディングス執行役員。 2011年からハーゲンダッツジャパン代表取締役社長を務め、新商品の展開や、基幹商品「ミニカップ」の供給能力強化のための設備投資などを進めた。2018年ハーゲンダッツジャパン取締役会長。
寺西 信一(てらにし のぶかず、1953年 - )は、日本の… 寺西 信一(てらにし のぶかず、1953年 - )は、日本のエンジニア、工学者。 イメージセンサ(撮像デバイス)の研究を行い、デジタルカメラの撮像デバイスの主流となっている埋込フォトダイオード(英: Pinned Photodiode)を発明したことで知られる。2017年のエリザベス女王工学賞の受賞者の一人である。 2017年現在、兵庫県立大学および静岡大学の特任教授を務める。 兵庫県生まれ。三重県立津高等学校を経て、東京大学の理学系大学院物理学専攻修士課程を修了した後、1978年、日本電気(NEC)に入り、1980年に埋込フォトダイオードを発明した。このデバイスは1984年に名付けられた。埋込フォトダイオードは、CCD(電荷結合素子)を発展させた固体撮像素子の一つで、CCDと比較して効率が向上したことで画素サイズが小さくなり画像解像度が向上した。
久野 誠(くの まこと、1952年12月19日 - ) は、… 久野 誠(くの まこと、1952年12月19日 - ) は、CBCテレビの元アナウンサー。血液型はA型。 三重県津市の出身で、三重県立津高等学校から早稲田大学教育学部へ進学。 大学卒業後の1975年に、アナウンサーとして中部日本放送に入社(同期に宇佐美百合子、相談役、CBCテレビ・CBCラジオ名誉会長の大石幼一、常勤監査役の伊藤道之)。入社当初はほぼ同時期に入社した多田しげおや小堀勝啓に次ぐバラエティ番組担当アナウンサーとしてラジオ『オー!サンデー』やテレビ『ぱろぱろエブリデイ』などの司会を担当していた。その一方で、スポーツアナウンサーとしても活動。1979年より地元プロ野球球団・中日ドラゴンズ戦中継の実況(初担当は1979年8月1日の対大洋戦のラジオ実況)や、ドラゴンズ情報番組の司会を担当している。
イケムラ レイコ(池村 玲子、Leiko Ikemura 、… イケムラ レイコ(池村 玲子、Leiko Ikemura 、1951年8月22日 - )は、日本出身の画家、彫刻家である。ドイツ・ベルリン在住。 三重県津市出身。三重県立津高等学校卒業。大阪外国語大学スペイン語学科卒業後、スペイン・セビージャのセビリア美術大学に留学。スイス・チューリッヒ、ドイツ・ニュルンベルクを経て、ベルリンとケルンを拠点に活動。1991年-2015年、ベルリン芸術大学教授。2014年から女子美術大学客員教授。 近年の大規模な展覧会には下記のものがある。
山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月1… 山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月17日 - 1988年(昭和63年)12月19日)は、1970年代から1980年代にかけてヨーロッパの歌劇場で活躍した日本のテノール歌手、音楽教育者。 三重県津市に、警察官の四男(末子)として生まれる。中学生の頃より声楽を学び始め、三重県立津高等学校を経て1969年(昭和49年)東京芸術大学音楽学部に入学した。伊藤亘行、疋田生次郎に師事。 1976年(昭和51年)同大学院を修了した後は二期会に所属した。翌1977年(昭和52年)にイタリア政府給費留学生としてローマ サンタ・チェチーリア国立アカデミアに進学。1978年(昭和53年)ミラノ・スカラ座研究所に入る。
中川 正春(なかがわ まさはる、1950年〈昭和25年〉6月… 中川 正春(なかがわ まさはる、1950年〈昭和25年〉6月10日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(9期)、文部科学大臣(第15代)、内閣府特命担当大臣(防災、「新しい公共」、男女共同参画、少子化対策)、公務員制度改革担当大臣、文部科学副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、衆議院懲罰委員長、民主党幹事長代行(第3・4・5代)、立憲民主党三重県連代表、三重県議会議員(3期)等を務めた。 三重県松阪市生まれ。三重県立津高等学校、ジョージタウン大学外交学部国際関係学科卒業。大学卒業後、国際交流基金に勤務。 1983年、三重県議会議員選挙に松阪市・飯南郡選挙区から自由民主党公認で出馬し、初当選。以後3期連続当選。
伊藤 裕作(いとう ゆうさく、1950年2月25日 ‐ )は… 伊藤 裕作(いとう ゆうさく、1950年2月25日 ‐ )は、日本の作家、風俗ライター、歌人。 三重県津市芸濃町生まれ。三重県立津高等学校卒業後、寺山修司に憧れて早稲田大学教育学部社会科に入学し、7年かけて卒業。在学中は早稲田大学短歌会に所属し短歌を作る。卒業後は明石賢生の自販機本出版社「エルシー企画」に出入りするようになり、風俗を主たるフィールドにした文筆業に就く。のち法政大学大学院に社会人入学し、戦後の娼婦小説について『娼婦学ノート』としてまとめ、その後『戦後の娼婦小説の系譜と寺山修司の娼婦観』という修士論文を書いて、国際日本学インスティテュートの修士課程を修了。この論文を含めた『私は寺山修司・考 桃色篇』を上梓する。
玉井 金五(たまい きんご、1950年2月5日 - )は、日… 玉井 金五(たまい きんご、1950年2月5日 - )は、日本の経済学者、社会政策学者。大阪市立大学名誉教授、愛知学院大学経済学部教授。専攻は社会政策。元社会政策学会代表幹事。 三重県立津高等学校の卒業生であり、2012年7月26日には同校で「少子高齢化と日本経済」の演題で講演している。また大阪三重県人会で顧問を務めている。
美宅 成樹(みたく しげき、1949年3月2日 - )は、日… 美宅 成樹(みたく しげき、1949年3月2日 - )は、日本の分子生物学者。名古屋大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。 三重県松阪市生まれ。1967年三重県立津高等学校卒業。1971年東京大学理学部物理学科卒業、1978年東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。1973年「リポゾームの音波物性の研究」で理学博士。1976年東京大学工学部物理工学科助手、1980年東京農工大学工学部助教授、1994年1月教授、2003年名古屋大学大学院工学研究科教授、2006年日本生物物理学会会長、2013年定年退任、名誉教授、豊田理化学研究所客員フェロー。
住澤 博紀(すみざわ ひろき、1948年 - )は、日本の政… 住澤 博紀(すみざわ ひろき、1948年 - )は、日本の政治学者。日本女子大学家政学部家政経済学科教授。専攻は、ドイツ現代政治、社会民主主義論、地域政党論。 三重県生まれ。三重県立津高等学校卒業。京都大学法学部卒業。1973年~1988年まで西ドイツに滞在。フランクフルト大学で博士号取得。
宮村 智(みやむら さとる、1946年(昭和21年)11月2… 宮村 智(みやむら さとる、1946年(昭和21年)11月26日 - )は、三重県出身の元大蔵官僚。 中川雅治(参議院議員)、増原義剛(前衆議院議員)が同期入省者である。1969年入省組は次官レースのトップを走っていた杉井孝(弁護士)が不祥事で辞職したこともあり、財務事務次官が出なかった。
三浦 佑之(みうら すけゆき、1946年〈昭和21年〉8月2… 三浦 佑之(みうら すけゆき、1946年〈昭和21年〉8月21日 - )は、日本の日本文学者。専門は、古代文学・伝承文学。千葉大学名誉教授。 三重県美杉村(現津市)出身。三重県立津高等学校卒業、成城大学文芸学部卒業。同大学院博士後期課程単位取得退学。 共立女子短期大学、千葉大学教授を経て、立正大学文学部文学科(日本語日本文学専攻コース)教授。2013年4月より同大大学院文学研究科長。2017年3月に同大を定年退職。 もともとは近代文学を専攻しようと思っていたが、成城大学在学中、万葉学者中西進のヤマトタケルの講義を聞いて感銘を受け、中西進に師事し古代文学を専攻した。吉本隆明『共同幻想論』の影響もあり『古事記』や『遠野物語』の民俗学的研究にも関心をもつ。
岸野 文郎(きしの ふみお、1946年 - ) は、日本の情… 岸野 文郎(きしの ふみお、1946年 - ) は、日本の情報工学者。大阪大学名誉教授。大阪大学サイバーメディアセンター長や、日本バーチャルリアリティ学会会長を務めた。 三重県出身。三重県立津高等学校を経て、1969年名古屋工業大学工学部電子工学科卒業。1971年名古屋工業大学大学院電子工学専攻修士課程修了、日本電信電話公社電気通信研究所画像通信研究部研究員。1987年日本電信電話ヒューマンインタフェース研究所主幹研究員。1989年国際電気通信基礎技術研究所通信システム研究所知能処理研究室室長。1995年名古屋工業大学より博士(工学)の学位を取得。 1996年大阪大学大学院工学研究科教授。1999年ヒューマンインタフェース学会副会長。
佐々木 敏(ささき びん、本名:ささき さとし、1942年7… 佐々木 敏(ささき びん、本名:ささき さとし、1942年7月31日 - )は、日本の男性俳優、声優。岩手県出身。
服部 重彦(はっとり しげひこ、1941年8月21日- )は… 服部 重彦(はっとり しげひこ、1941年8月21日- )は、日本の技術者、実業家。島津製作所代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長、日本航空宇宙工業会副会長、京都工業会会長等を歴任した。
小林 峻一(こばやし しゅんいち、1941年(昭和16年) … 小林 峻一(こばやし しゅんいち、1941年(昭和16年) - 2024年(令和6年)1月17日)は、日本のルポルタージュ・ノンフィクション作家。本名は小林靖彦(こばやし やすひこ)。 三重県津市生まれ。三重県立津高等学校を経て早稲田大学第一文学部独文科に入学するが、6年在籍後中退。 立花隆の下で『田中角栄研究』、『日本共産党の研究』の中心スタッフとして活躍し、ルポライターとして独立。 1994年、『闇の男―野坂参三の百年』(加藤昭共著)で第25回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1994年6月23日号から4回にわたり『週刊文春』に掲載された小林執筆の「JR東日本に巣くう妖怪」は、JR東日本の労使双方から反発を喰らい、事実上3か月近くも、駅売店「キヨスク」から『週刊文春』が姿を消す事態を生んだ。
吉村 英夫(よしむら ひでお、1940年1月1日 - )は日… 吉村 英夫(よしむら ひでお、1940年1月1日 - )は日本の映画評論家、著述家。 1940年三重県津市に生まれる。久居中学校、三重県立津高等学校、早稲田大学教育学部国語国文科卒業。1962年4月、三重県立高等学校(国語科)教諭となる。1996年3月、津東高等学校退職。1997年4月~2006年3月三重大学(共通教育機構)非常勤講師。2001年4月、愛知淑徳大学非常勤講師。2007年4月愛知淑徳大学教授。2010年4月愛知淑徳大学非常勤講師、2015年3月退職。 1979年、キネマ旬報創刊60周年記念論文「『祇園の姉妹』と溝口健二の先駆性」で佳作入選。1982年、『男はつらいよの世界』刊行などによって三重県文化奨励賞(文学部門)受賞。
奥田 務(おくだ つとむ、1939年(昭和14年)10月14… 奥田 務(おくだ つとむ、1939年(昭和14年)10月14日 - )は、日本の実業家。J.フロント リテイリング特別顧問。大丸社長を務め、松坂屋との経営統合にあっては主導的役割を担った。 三重県津市で7人兄弟の5人目として生まれる。祖父奥田喜一郎は明治末期に奥田証券を津市に創業。気性が荒く、芦屋市にも別邸を構えた相場師であった。奥田証券は大正期に入ると、大阪にも拠点を構え、三重県で最大の証券会社に成長した。父は慶應義塾大学経済学部の出身で、歌舞伎鑑賞が趣味の温和な性格だった。6人兄弟であるが、当時としては珍しく、父を含めてほとんどが東京六大学を出ていた。戦争によって母方の祖母が住んでいた飯南郡上蛸路(現・松阪市)に疎開し、祖母の家の近くで借家住まいを続けた。
秋山 和平(あきやま かずへい、1935年4月3日 - )は… 秋山 和平(あきやま かずへい、1935年4月3日 - )は、NHK放送研修センター日本語センター専門委員、NHKアナウンサー。 三重県立津高等学校、早稲田大学第一文学部国文学科卒業。同大学卒業後の1958年4月に、NHKにアナウンサーとして入局。『暮らしの経済』『話し言葉講座』などを担当。アナウンス室チーフアナウンサー、中央研修所放送研修部教授、アナウンス室次長、1990年5月、編成局アナウンス室長。1992年2月、NHK放送研修センター日本語センターエグゼクティブアナウンサーとなり、1996年8月、日本語センター音声表現研究開発室長。のち日本語センター専門委員となる。日本音声学会会員。 ※ 秋山の入局と同年に日本教育テレビアナウンサーになった押坂忍も、ともにNHKで教育を受けている。
田村 憲司(たむら けんし、1931年〈昭和6年〉7月16日… 田村 憲司(たむら けんし、1931年〈昭和6年〉7月16日 - 2021年〈令和3年〉10月11日)は、日本の実業家。日本土建名誉会長。ZTV代表取締役社長。津商工会議所会頭、三重県商工会議所連合会会長。三重県建設業協会顧問。TBSテレビアナウンサーの田村真子は孫。 三重県出身。弁護士で衆議院議員田村秢の二男。旧制津中学校を経て、1953年、中央大学法学部卒業。中外炉工業に入社。父親の勧めで日本土建に入社。 1960年、日本土建専務取締役。1966年、代表取締役社長。2007年、代表取締役会長。2016年、取締役名誉会長。 1990年、ZTV代表取締役社長。1991年、社団法人三重県建設業協会長として、三重建設図書館の設置を提案、実現する(2006年に休館。
遠藤 寛子(えんどう ひろこ、1931年 - )は、日本の児… 遠藤 寛子(えんどう ひろこ、1931年 - )は、日本の児童文学作家、教師。 三重県に生まれる。三重県立津高等学校卒業。三重大学を経て法政大学文学部史学科卒業。三重県の中学校、都立の養護学校で勤務したのち、創作および評論活動に専念する。 主な作品に『深い雪の中で』(1969年、第1回北川千代賞受賞)、『算法少女』(1974年、サンケイ児童出版文化賞受賞)など。『算法少女』は復刊ドットコムの投票を得て、2006年にちくま学芸文庫から復刊された。 「少女の友」「少女倶楽部」といった明治期から昭和初期にかけて隆盛した少女向け文芸誌の研究者でもあり、復刻本の監修も行った。
太田 蘭三(おおた らんぞう、1929年4月19日 - 20… 太田 蘭三(おおた らんぞう、1929年4月19日 - 2012年10月22日)は、三重県鈴鹿市出身の小説家。山岳推理小説の第一人者として知られる[要出典]。本名・太田 等(おおた ひとし)、別筆名に太田 瓢一郎。 三重県立津高等学校を経て中央大学法学部卒[要出典]。 同人誌「新表現」を経て1956年に太田瓢一郎の筆名で時代小説でデビュー。1958年から1963年まで時代ものの単行本の刊行を続けたが、以後単行本の刊行は止まる。その後、長年続けてきた登山と釣りの経験を生かし、釣り雑誌にエッセイや小説を連載していたが、1978年に新しい筆名太田 蘭三で『殺意の三面峡谷』を刊行して再デビュー、山岳推理の新境地を開拓した。
渥美 俊一(あつみ しゅんいち、1926年8月21日 - 2… 渥美 俊一(あつみ しゅんいち、1926年8月21日 - 2010年7月21日)は、日本の経営コンサルタント。 三重県松阪市出身。旧制津中学校、官立第一高等学校文科を経て東京大学法学部を卒業。学生時代は全国学生運動の中枢で活動。1952年に読売新聞社に入り経営技術担当記者となる。1962年にチェーンストア経営研究団体ペガサスクラブを設立、主宰。1963年にチェーンストア経営専門コンサルティング機関である日本リテイリングセンターを設立。1967年読売新聞嘱託となり、1969年に退職、コンサルタント専業となる。専門はチェーンストアの経営政策・経営戦略と基礎技術論。 渥美は、高度経済成長を達成する中でも日本人の生活の豊かさは国際水準から見れば成熟していないと捉え、製造業に比べて立ち遅れていた日本の流通分野を、チェーンストア産業づくりの推進によって近代化し、生活水準の向上を実現することをロマンとして掲げた。