スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
世古口 哲哉(せこぐち てつや、1966年12月19日 - … 世古口 哲哉(せこぐち てつや、1966年12月19日 - 2024年2月7日)は、日本の政治家。三重県明和町長(2期)。 三重県多気郡明和町出身。明和町立大淀小学校、明和町立明和中学校、三重県立宇治山田高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、京都産業大学経済学部経済学科卒業。同年4月、明和町に奉職。教育委員会事務局施設整備推進監、同委員会事務局こども課課長などを歴任。職場外では三重県高校野球OB連盟事務局長を務めている。 2018年(平成30年)3月、町を退職。同年6月20日、松阪市役所で記者会見し、任期満了に伴う明和町長選挙に立候補する意向を表明した。11月18日に行われた町長選挙に連合三重や町職員組合の支援を受けて立候補し、いずれも新人の4人の候補者を斥け初当選した。
下村 由美子(しもむら ゆみこ、1960年〈昭和35年〉11… 下村 由美子(しもむら ゆみこ、1960年〈昭和35年〉11月4日 - )は、日本の政治家。三重県多気郡明和町長(1期)。 三重県明和町生まれ。三重県立宇治山田高等学校を経て、金城学院大学卒業。1983年明和町役場に入り、町職員となる。町役場では福祉子育て、福祉保健、こどもの各課長を務める。2019年2月に明和町副町長に就任する。 2024年2月7日早朝、当時明和町長の世古口哲哉が町内の道路を歩行中に軽自動車にはねられ、搬送先の病院で死亡。町長不在となり、地方自治法の規定に伴い、副町長の下村が町長職務代理者となった。2月28日に明和町長選挙に立候補することを表明。3月15日付で副町長を辞職。3月19日告示の明和町長選挙は下村の他、3人の争いとなり、3月24日の投開票では下村が8000票余りと他の候補に大差を付け、初当選し、明和町初の女性町長となった。
山村 健(やまむら たけし、1957年〈昭和32年〉6月14… 山村 健(やまむら たけし、1957年〈昭和32年〉6月14日 - )は、日本の政治家、企業家。元衆議院議員(通算1期)。現在、「まち起こしプロデューサー」の肩書で活動している。 三重県志摩郡志摩町(現・志摩市)出身。明治大学農学部中退。様々な職業を経て、広告代理店に勤務。その後、自らの会社を設立し、イベントプロデューサーや映画製作等を行う。プロデューサーとして世界祝祭博覧会や鳥羽恐竜展などを手掛ける。 2000年に行われた第42回衆議院議員総選挙で民主党公認で三重県第5区から出馬、小選挙区では藤波孝生(自由民主党を離党し無所属で出馬した)に敗れたものの比例復活により初当選を果たす。議員在職中は経済産業委員、民主党サポーター獲得キャンペーン隊長等を務めた。
石井 智(いしい さとし、1938年5月1日 - )は、日本… 石井 智(いしい さとし、1938年5月1日 - )は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(2期)。 1938年(昭和13年)生まれで、三重県出身。1957年(昭和32年)に三重県立宇治山田高等学校を卒業。横浜ゴムに入社した。その後伊勢市議会議員(2期)三重県議会議員(2期)を経て、日本社会党の角屋堅次郎衆議院議員の後継者となった。 1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙で三重2区から立候補して初当選をした。1993年(平成5年)の第40回衆議院議員総選挙で再選されて、藤波孝生(無所属)を破り、三重県唯一の日本社会党衆議院議員となり、2期を務めた。民主党が結党された際には新党に加わらず社会民主党の所属議員となり、1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙には、藤波孝生の衆議院議員復帰の動きに対して選挙区での再選の可能性がない事から総選挙立候補を辞退して、政界から引退した。
藤波 孝生(ふじなみ たかお、1932年12月3日 - 20… 藤波 孝生(ふじなみ たかお、1932年12月3日 - 2007年10月28日)は、日本の政治家。衆議院議員(11期)。 三重県度会郡神社町(現在は伊勢市)出身。三重県立宇治山田高等学校卒業。早稲田大学商学部時代は雄弁会で活躍。当時の愛称は「神様」。 大学卒業後、家業の和菓子店に従事。伊勢青年会議所を組織し、副理事長に就任。それを選挙母体として1963年三重県議会議員に当選。1期務めた。 浜地文平から後継に指名され、1967年、自由民主党から第31回衆議院議員総選挙に三重県第2区から立候補し初当選し、以後当選11回(当選同期に山下元利・増岡博之・塩川正十郎・加藤六月・中尾栄一・武藤嘉文・坂本三十次・塩谷一夫・水野清など)。
田村 元(たむら はじめ、1924年〈大正13年〉5月9日 … 田村 元(たむら はじめ、1924年〈大正13年〉5月9日 - 2014年〈平成26年〉11月1日)は、日本の政治家。 衆議院議長(第66代)、通商産業大臣(第46・47代)、運輸大臣(第48代)、労働大臣(第33代)、衆議院議員(当選14回)、自由民主党国会対策委員長(第26代)などを歴任。 三重県松阪市(旧・大足村)に生まれる。父親の田村秢は、弁護士出身で三重県会議員を経て、1942年(昭和17年)の翼賛選挙で衆議院議員に当選した。 旧制三重県立宇治山田中学校を経て、1950年(昭和25年)に慶應義塾大学法学部卒業。中外炉工業、三重交通勤務と中学校の代用教員を経て、参議院議員の前田穰の秘書となる。
角屋 堅次郎(かどや けんじろう、1917年(大正6年)3月… 角屋 堅次郎(かどや けんじろう、1917年(大正6年)3月15日 - 2017年(平成29年)4月7日)は、日本の農林技官、労働運動家、政治家。衆議院議員(11期)。 三重県度会郡豊浜村(現伊勢市豊浜)出身。学歴は宇治山田中学(現三重県立宇治山田高等学校)を卒業。その後三重高等農林学校(現在の三重大学)農業土木学科を卒業し、さらに満洲大同学院を卒業した。 満洲国開拓総局などに勤務。従軍して陸軍中尉で終戦を迎えた。その後、農林省に勤務して、農林技官、全農林中央執行委員長、日本社会党三重県本部委員長などを歴任する。 1955年(昭和30年)2月の第27回衆議院議員総選挙で左派社会党から立候補するが落選。
梅川 文男(うめかわ ふみお、1906年〈明治39年〉4月9… 梅川 文男(うめかわ ふみお、1906年〈明治39年〉4月9日 - 1968年〈昭和43年〉4月4日)は、日本の政治家・プロレタリア文学者・労農運動家。三重県松阪市の第6代市長を歴任。 田村元(元衆議院議長・自民党最高顧問)の先輩にあたり、小津安二郎(映画監督)の後輩にあたる。また「堀坂山行」の筆名で多くの詩やエッセイ本を発表している。 1906年(明治39年)4月9日、飯南郡松阪町大字新町(現・松阪市新町)に生まれる。その後、三重県立宇治山田中等学校(現・三重県立宇治山田高等学校)を卒業する。 1924年(大正13年)、松阪第二尋常小学校代用教員となる。1926年(大正15年)、松阪第一尋常小学校に転勤し、準教員となる。
橋本 清吉(はしもと せいきち、1898年〈明治31年〉8月… 橋本 清吉(はしもと せいきち、1898年〈明治31年〉8月14日 - 1955年〈昭和30年〉7月2日)は、日本の内務官僚・政治家。正五位、勲四等。衆議院議員(改進党、当選1回)。 1898年(明治31年)三重県宇治山田町(現在の三重県伊勢市)で、橋本善三郎の二男として生まれた。 旧制 三重県立第四中学校(現:三重県立宇治山田高等学校)、旧制 第一高等学校を経て、1922年(大正11年)3月、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。卒業直前の1921年(大正10年)10月、高等試験行政科試験に合格し、卒業後1922年5月に、内務省に入り大阪府警察部の警部となる。その後内務省官僚として鳥取県警察部長、警視庁刑事部長、静岡県警察部長、内務省書記官・警保局警務課長、京都府総務部長、警保局保安課長などを歴任。
田村 秢(たむら みのる、1894年〈明治27年〉10月3日… 田村 秢(たむら みのる、1894年〈明治27年〉10月3日 - 1991年〈平成3年〉11月19日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(当選1回)。ZTV代表取締役社長田村憲司、衆議院議長田村元の父。自由民主党衆議院議員田村憲久の祖父。TBSテレビアナウンサーの田村真子は曽孫にあたる。 三重県宇治山田市岩淵町(現・伊勢市)出身。 宇治山田中学(旧三重県立第四中学校)を1912年に卒業し、金沢の第四高等学校を経て、1917年、東京帝国大学に入学。1921年、東京帝国大学法学部独法科を卒業。 松阪市で弁護士を開業した。後に三重県弁護士会会長を3期務め、日本弁護士会連合会理事を務めた。 三重県会議員、同議長を経て、1942年の第21回衆議院議員総選挙で三重2区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受けて当選する(いわゆる「翼賛候補」)。