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大森 恵子(おおもり けいこ、1967年〈昭和42年〉8月8… 大森 恵子(おおもり けいこ、1967年〈昭和42年〉8月8日 - )は、日本の環境官僚。 滋賀県甲賀市出身。滋賀県立膳所高等学校を経て、1990年(平成2年)3月に京都大学経済学部を卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(経済)に合格し、同年4月に環境庁入庁。 オランダエネルギー環境技術研究所短期留学、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部企画課循環型社会推進室長、大臣官房付(研究休職:京都大学)、総合環境政策局環境影響評価課長、総合環境政策局環境保健部環境保健企画管理課長、大臣官房会計課長、大臣官房秘書課長、大臣官房審議官(自然環境局等担当)、大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官(併)大臣官房公文書監理官、関東地方環境事務所長、大臣官房政策立案総括審議官(総括、大臣官房、環境保健部等担当)、大臣官房地域脱炭素推進審議官を歴任。
粕渕 功(かすぶち いさお、1962年1月25日 - )は、… 粕渕 功(かすぶち いさお、1962年1月25日 - )は、日本の公取官僚。公正取引委員会事務総局官房総括審議官を経て、公正取引委員会経済取引局長。 滋賀県大津市出身。滋賀県立膳所高等学校を経て、滋賀大学経済学部卒業。1984年公正取引委員会事務局入局、官房総務課配属。1993年在アメリカ合衆国日本国大使館二等書記官。1994年在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官。1998年公正取引委員会事務総局官房総務課審決訟務室長。2000年公正取引委員会事務総局経済取引局取引部取引企画課相談指導室長。2002年経済産業省商務情報政策局消費経済部消費経済対策課長。2004年公正取引委員会事務総局経済取引局取引部企業取引課長。
川嶋 真(かわしま まこと、1961年〈昭和36年〉10月3… 川嶋 真(かわしま まこと、1961年〈昭和36年〉10月3日 - )は、日本の財務官僚。 1961年(昭和36年)10月3日、滋賀県甲賀郡水口町(現在の甲賀市)で出生。 滋賀県立膳所高等学校を経て東京大学法学部を卒業したのち、1985年(昭和60年)4月、大蔵省に入省。大臣官房文書課に配属。1990年(平成2年)7月10日、高山税務署長。 国税庁長官官房企画課長、国税庁長官官房人事課長、仙台国税局長、国税庁課税部長、財務省大臣官房参事官兼大臣官房審議官(大臣官房担当)などを歴任。 2018年(平成30年)4月1日、独立行政法人造幣局理事長に就任。 2021年(令和3年)4月1日、財務省を退職。
久保 公人(くぼ きみと、1956年(昭和31年) - )は… 久保 公人(くぼ きみと、1956年(昭和31年) - )は、日本の文部官僚。文部科学省スポーツ・青少年局長などを歴任した。2016年4月より2024年3月まで、学校法人尚美学園理事長兼尚美学園大学学長。 滋賀県大津市に小学校の教師の家庭に生まれる。滋賀県立膳所高等学校を経て、京都大学法学部を卒業する。1980年(昭和55年)文部省に入省する。 2015年(平成27年)7月28日、文部科学省は久保スポーツ・青少年局長が辞任し、後任に高橋道和内閣官房教育再生実行会議担当室長を任命する人事を発表した。スポーツ・青少年局は、東京オリンピックの国立競技場建設を管轄しており、建設計画の白紙撤回に伴い、事実上の更迭と観測されている。
八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の… 八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の通産官僚、評論家、文筆家、歴史作家。徳島文理大学教授。 滋賀県大津市出身。1975年、東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。入省同期に、太田房江、石田徹、三本松進、藤田昌央など。 入省後は官費留学生として、フランス国立行政学院に1980年から2年間留学する。在職中から論壇で盛んに執筆し、「朝まで生テレビ」に出演するなど、通産省の論客として知られる存在だった。 国土庁長官官房参事官、通産省大臣官房情報管理課長を経て、アジア経済研究所総務部次長を最後に1997年に退官。1998年の滋賀県知事選挙への出馬が取り沙汰されたが実現しなかった。 松下政経塾特別研究員を経て、2004年、徳島文理大学教授に就任。
的場 順三(まとば じゅんぞう、1934年9月15日 - )… 的場 順三(まとば じゅんぞう、1934年9月15日 - )は、日本の大蔵・国土官僚。滋賀県出身。血液型はB型。第1次安倍内閣の内閣官房副長官(事務担当)を務めた。 大津市立皇子山中学校、滋賀県立大津東高等学校(現滋賀県立膳所高等学校)を経て、1957年 京都大学経済学部卒業後、大蔵省に入省(主計局総務課に配属)。同期に保田博(初代国際協力銀行総裁、大蔵事務次官、主計局長、大臣官房長)、内海孚(財務官、国際金融局長、在米国大使館公使)、森田一、藤田恒郎ら。 1962年7月 大臣官房調査課調査第二係長。1964年7月 伊勢崎税務署長。1973年7月 熊本県企画開発部長。主計局主計企画官(調整担当)、主計局調査課長、主計局主計官(文部、科学技術、文化担当)、主計局主計官(農林水産担当)、主計局総務課長などを経て、1982年6月 東京税関長。
梅沢 節男(うめざわ せつお、1931年5月9日 - 201… 梅沢 節男(うめざわ せつお、1931年5月9日 - 2013年11月12日)は、日本の大蔵官僚。国税庁長官、公正取引委員会委員長などを歴任した。 旧制滋賀県立膳所中学校(現・滋賀県立膳所高等学校)を経て、京都大学法学部を卒業。同年、大蔵省に新制後期組で入省。同期に西垣昭(海外経済協力基金総裁、大蔵事務次官、主計局長、大臣官房長、理財局長、経済企画庁長官官房長)、大竹宏繁(大和銀行総合研究所初代理事長、経済企画庁事務次官、経済企画審議官)ら。 1982年当時、次官だった高橋元は元主税局長で、田中角栄内閣において税制二課長だった際、自動車新税を企画立案するなど税のエキスパートとして知られていた。省内では第二臨調が打ち出した「増税なき財政再建」が建前にすぎず、いずれ大型増税に踏み切ることを予想し、従来の主計局長 - 大蔵事務次官という省内バランスを崩して主税出身の高橋を次官に据え、福田幸弘主税局長(のち国税庁長官)とのラインでその布陣を敷いた。
菅 健次郎(かん けんじろう、明治28年(1895年)5月6… 菅 健次郎(かん けんじろう、明治28年(1895年)5月6日 - 昭和21年(1946年)4月1日)は、日本の鉄道官僚、柔道家。国鉄バス創始者とも言われる。 滋賀県甲賀郡水口町(現在の甲賀市)出身。水口小学校卒業、旧制膳所中学校、第五高等学校を経て、1921年(大正10年)に東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。講道館柔道七段を授けられている。 鉄道省に入省。在外研究員となり、1928年(昭和3年)にアメリカに渡り、自動車運輸の重要性に着眼し、2年半、欧米にて調査研究を行った。省営自動車(旧国鉄バスの前進)の創設に尽力した。当時は外国産のバスに押され、国産バスについても外国製部品の組み立てが多く、完全な国産はできていなかったところ、運輸局長久保田敬一の指示により、国産バスの開発を推進した。