スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
野村 和輝(のむら かずき、2003年6月7日 - )は、大… 野村 和輝(のむら かずき、2003年6月7日 - )は、大阪府大阪市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 大阪市立榎本小学校5年生から野球を始め、大阪市立今津中学校時代は大阪中央リトルシニアのチームで内野手としてプレーした。 東大阪大学柏原高等学校に進学し、監督の土井健大に指導を受ける。1年生の夏からベンチに入り、その年の秋には三塁手のレギュラーとなる。高校在学中に通算27本塁打を放つ一方、3年生時に投手に挑戦して球速は最高で148km/hを記録した。 2021年11月4日に日本海オセアンリーグが実施したドラフト会議で石川ミリオンスターズから1巡目で指名を受け、高校卒業後の2022年に入団する。
杉本 達郎(すぎもと たつろう、1996年9月30日 - )… 杉本 達郎(すぎもと たつろう、1996年9月30日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン横浜キヤノンイーグルスに所属するラグビー選手。 2015年、東大阪大学柏原高校卒業後、関西大学に入る。 2019年、関西大学卒業後、NTTドコモレッドハリケーンズ(現・NTTドコモレッドハリケーンズ大阪)に加入。 2020年2月15日にジャパンラグビートップリーグ第5節ヤマハ発動機ジュビロ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、横浜キヤノンイーグルスに加入。
佐藤 凌(さとう りょう、1994年7月21日 - )は、日… 佐藤 凌(さとう りょう、1994年7月21日 - )は、日本の陸上選手。走高跳を専門とする。 2019年の世界陸上選手権の男子走高跳に出場した。 新潟県長岡市出身。秋葉中学校、東大阪大学柏原高等学校、東海大学卒業。卒業後は東日印刷に就職した。 2020年3月1日に新潟アルビレックスランニングクラブに入団し、2021年6月末日に退団した。その後はタカトミに所属した。
石川 慎吾(いしかわ しんご、1993年4月27日 - )は… 石川 慎吾(いしかわ しんご、1993年4月27日 - )は、大阪府堺市中区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 愛称は「ダイナマイト・シンゴ」(詳細後述)。 堺市立東陶器小学校1年時からソフトボールを始め、3年時から軟式野球の野田ホークスに所属。中学時代はジュニアホークスボーイズに所属。 中学時代は通算で2本しか本塁打を打っていなかったが、東大阪大柏原高に入り、自分なりのタイミングの取り方を掴むと本塁打を量産する。 主将となり挑んだ3年時の夏は、大阪府予選決勝の大阪桐蔭高戦で一時は最大5点差をつけられるも、最後は押し出し死球でサヨナラ勝ちを収め、同校初の甲子園出場を果たした。
黒田 拓真(くろだ たくま、1992年2月18日 - )は、… 黒田 拓真(くろだ たくま、1992年2月18日 - )は、大阪府東大阪市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 東大阪大学柏原高等学校を経て、流通経済大学へ進学。同級生に中山雄登、石井雄輔ら。4年次には背番号10を背負い、第37回総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントの初優勝メンバーの一員となった。 2014年の卒業後は所属チームが見つからなかったが、同年8月にレノファ山口FCに途中入団。終盤の切り札として活躍したが、2015年は4試合の出場にとどまり、11月26日に契約満了による退団が発表された。2016年1月22日に東海リーグ・FC刈谷への移籍が発表された。2017シーズンからキャプテンに就任。
新井 信善(あらい のぶよし、1989年7月13日 - )は… 新井 信善(あらい のぶよし、1989年7月13日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン宗像サニックスブルースに所属するラグビー選手。 東大阪大柏原高校卒業後、関東学院大学を経て、2013年、福岡サニックスブルース(現・宗像サニックスブルース)に加入。同年1月15日に行われたトップキュウシュウA第4節のマツダブルーズーマーズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2018年、日野レッドドルフィンズに加入。 2021年、宗像サニックスブルースに復帰。
森 雄祐(もり ゆうすけ、1988年11月10日 - )は、… 森 雄祐(もり ゆうすけ、1988年11月10日 - )は、日本のラグビー選手。 3歳からラグビーを始めた。 2007年、東大阪大学柏原高校卒業後、摂南大学に入る。 2011年、摂南大学卒業後、近鉄ライナーズに加入。 2012年9月8日に行われたジャパンラグビートップリーグ第2節の福岡サニックスブルース(現・福岡サニックスブルース)戦に途中出場で公式戦初出場を果たした。 2018年、釜石シーウェイブスに加入。 2019年、釜石シーウェイブスを退団した。
銭谷 翔(ぜにや しょう、1988年8月19日 - )は日本… 銭谷 翔(ぜにや しょう、1988年8月19日 - )は日本の政治家。大阪府四條畷市長(1期)。 大阪府四條畷市生まれ。四條畷学園幼稚園、四條畷学園小学校、四條畷学園中学校、東大阪大学柏原高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 小学校から始めたバドミントンは日本代表の腕前であり、大学時代に日本代表選手に選出された。2011年、実業団チームであるトナミ運輸株式会社に入社。2012年ロンドンオリンピックでは日本選手団に同行した。けがを機に選手生活を引退し2014年に和歌山県有田市役所に転職。2019年、四條畷市役所勤務。 2024年11月27日、四條畷市長の東修平は、自身の任期満了に伴う市長選挙で、公募で後継候補に選んだ元国連職員の篠原雄之が体調不良を理由に立候補を取りやめたと発表。
モーゼス 夢(モーゼス ゆめ、1988年2月1日 - 、男性… モーゼス 夢(モーゼス ゆめ、1988年2月1日 - 、男性)は、日本のモデル、俳優、スポーツタレント。元陸上ハードル選手。身長186cm。兵庫県尼崎市出身。日本人とアメリカ人のハーフ。2013年(平成25年)3月まではミキハウスの陸上部に所属しており、2014年(平成26年)から2015年(平成27年)までは芸能事務所B-TOKYOに所属。2016年(平成28年)からはリミックスに所属している。 黒人系のアメリカ人の父親と、日本人の母親の間に生まれた。父親はアメリカからやって来たプロダンサーで日本でも活躍している。なお、モーゼス夢の兄であるモーゼス未来も大学生のときまでハードルの選手(400m)だった。
山田 壮太郎(やまだ そうたろう、1985年8月7日 - )… 山田 壮太郎(やまだ そうたろう、1985年8月7日 - )は、日本の陸上競技選手、男子砲丸投元日本記録保持者。 兵庫県出身。中学から陸上競技を始め、砲丸投の世界に入った。柏原高等学校では砲丸投と合わせてやり投に取り組んだ。結果は予選敗退であったが、3年時に2種目でインターハイ出場を果たしている。法政大学入学後は砲丸投に専念、着実に力をつけて2008年9月の第77回日本学生陸上競技対校選手権大会で優勝を果たした。山田は大学時代に、短距離走の選手が行なうハードル練習を取り入れて投擲に必要な股関節周りの強化を図った。合わせて腹筋・背筋の強化を行なうなど、バランスを重視した強化を行ない記録を伸ばしている。
桂 ちきん(かつら ちきん、本名:峯松 明生、1985年5月… 桂 ちきん(かつら ちきん、本名:峯松 明生、1985年5月22日 - )は、大阪府松原市出身の落語家・映画評論家。吉本興業所属。上方落語協会会員。よしもと奈良県住みます芸人。 小学校の頃からお笑いに興味を持ち、学生時代はバスター・キートン、チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイド、古川ロッパなどの喜劇から日本の砂川捨丸・中村春代、横山エンタツ・花菱アチャコの漫才、また上方落語、戦前、戦後の寄席演芸、バラエティ番組にいたるまでを研究に没頭。また喜劇映画にも精通する。週に映画を20本観ている。 奈良産業大学卒業後、2008年9月に桂きん枝(現・4代桂小文枝)に入門。当初芸名は謹賀新年にちなんで「きんが」(漢字表記不明)という候補があったが却下された、ちきんの友人らに相談したら「ちきん」と「きんかん」という候補が上がり、「ちきん」が選ばれた。
阿南 徹(あなん とおる、1984年7月28日 - )は、大… 阿南 徹(あなん とおる、1984年7月28日 - )は、大分県大野郡緒方町(現在の豊後大野市)出身の元プロ野球選手(投手)。 小学3年時に野球を始める。柏原高では怪我の影響で公式戦未勝利に終わった。首都大学野球連盟所属の城西大学では4年時の春季リーグ戦で最優秀選手賞を受賞した。 2007年に社会人野球の日本通運に入団。2009年には、比嘉幹貴らと共に第38回IBAFワールドカップ日本代表に選出された。 2009年のプロ野球ドラフト会議で、オリックス・バファローズから5巡目で指名。契約金4000万円、年俸1000万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は43。 2012年11月5日に、東野峻・山本和作との交換トレードによって、香月良太と共に読売ジャイアンツ(巨人)へ移籍することが発表された。
川前 直樹(かわまえ なおき、1982年11月6日 - )は… 川前 直樹(かわまえ なおき、1982年11月6日 - )は、NTT東日本バドミントン部所属の男子バドミントン選手。奈良県出身。身長167cm、体重62kg。血液型はA型。右利き。柏原高校 - 日本大学 - NTT東日本。 両親がバドミントンプレーヤーだったこともあり、10歳の時にバドミントンを始める。小学生の時に全小シングルスで3位入賞。中学時は全中シングルスベスト8、高校時はインターハイシングルス準決勝で佐藤翔治に当たりファイナルまでいくが敗れる。高校卒業後は日本大学に進学し、2002年〜2004年のインカレでダブルス3連覇を成し遂げる。大学卒業後に名門NTT東日本に入社し、全日本総合バドミントン選手権大会では2006年に男子ダブルス準優勝、翌年の2007年には男子ダブルス優勝を果たす。
久本 祐一(ひさもと ゆういち、1979年3月14日 - )… 久本 祐一(ひさもと ゆういち、1979年3月14日 - )は、大阪府大東市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 柏原高校(現:東大阪大学柏原高校)では1年秋の府大会準決勝で福留孝介を擁するPL学園高に大敗。亜細亜大に進学。大学時代は1年上に左腕・佐藤宏志、松井光介、吉川昌宏が同期、2学年下に木佐貫洋がいて2試合登板したのみで登板機会に恵まれず、通算2試合に登板、0勝0敗、防御率5.40を記録。2001年の第72回都市対抗野球大会で河合楽器が初優勝を果たした際、若獅子賞を受賞する働きを見せ一躍注目される。同年の野球部休部に伴い、特例措置で同僚の山井大介とともにドラフト4巡目指名で中日に入団。
中村 宏紀(なかむら ひろき、1974年4月7日 - )は、… 中村 宏紀(なかむら ひろき、1974年4月7日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションは、GK。
はるな 愛(はるな あい、1972年7月21日 - )は、日… はるな 愛(はるな あい、1972年7月21日 - )は、日本のニューハーフ、タレント、歌手、俳優、実業家。本名、大西 賢示(おおにし けんじ)。
竹内 ゆうじ(たけうち ゆうじ、1971年8月21日 - 2… 竹内 ゆうじ(たけうち ゆうじ、1971年8月21日 - 2007年12月10日)は、吉本興業に所属していたお笑い芸人。大阪府大阪市出身。本名及び旧芸名は竹内 裕二(読み同じ)。私立柏原高等学校卒業(同校OBに間寛平・板尾創路など)。 実家は祖父の代から続いているおでん屋で、本人が番組に出演した時に登場したことがある。 80年代後半に大阪道頓堀で人気のあったオカルト風居酒屋「ゼノンの食卓」「蛇霊堂」でのバイト時代には 一緒に働いていた大村崑の息子(当時占い師)に「吉本に入って有名になる事が夢なんです!」といつも熱く語っていた。学生時代は田原俊彦の物まねをし学校では吉本に入る事が友人の中でも当たり前に思われていた。
木村 恵二(きむら けいじ、1965年8月30日 - )は、… 木村 恵二(きむら けいじ、1965年8月30日 - )は、大阪府守口市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小中学生時代は守口リトル、守口シニアに所属した。 柏原高では3年夏の大阪府大会でベスト8まで進出した。近畿大学に進学。大学時代は、1学年上に西岡剛、同学年に山内嘉弘(元オリックス)と小松領平(元プリンスホテル)が主戦投手であったため、控え投手として過ごす。2年秋の明治神宮大会では2試合ともに救援で登板した。当時の松田博明監督の評価は「下半身が全く使えず、カーブばかり投げる投手」という手厳しいものであった。 大学卒業後は日本生命に入社。ここで投球フォームの修正と徹底的な下半身強化に着手。
金橋 良樹(かなはし よしき、1963年11月15日 - )… 金橋 良樹(かなはし よしき、1963年11月15日 - )は、日本の俳優。身長177 cm、体重65 kg。血液型はA型。東宝ミュージカル出演を経て多数の舞台に出演。その後劇団GINGUIS FARM設立メンバーとなる。劇団リーダーとして企画・演出も手がけた。2004年劇団解散後も舞台・テレビドラマ・映画等に出演している。その他方言指導としてもメジャー作品を手がける。デビュー以降本名である平尾 良樹(ひらお よしき)の名で活動していたが、2005年8月より金橋良樹に改名した。 劇団GINGUIS FARM公演
板尾 創路(いたお いつじ、1963年〈昭和38年〉7月18… 板尾 創路(いたお いつじ、1963年〈昭和38年〉7月18日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、映画監督。お笑いコンビ・130Rのボケ担当。相方はほんこん。大阪府富田林市出身。吉本興業所属。NSC4期生。 父は川柳家の板尾岳人。既婚。1児の父。身長177 cm、体重62 kg。 ケーキ店「パルナス」三国ヶ丘店(堺市堺区)に勤める両親の息子として生まれる。私立柏原高校(現:東大阪大学柏原高等学校)卒業後、蓬萊に就職するもしばらくして退職、その後は色々な職を経験し、10代のころにケーキを持って島田紳助の家にいきなり押しかけ、弟子入りを志願したことがある。紳助には当時すでに弟子が1人いたため断られるが、吉本興業のタレント養成所であるNSCへの入学を勧められ、のちに同校の第4期生として入学した。
山田 和英(やまだ かずひで、1958年12月5日 - )は… 山田 和英(やまだ かずひで、1958年12月5日 - )は、大阪府富田林市出身の元プロ野球選手(投手)。 イタリア系アメリカ人の父と日本人の母を持つ二世で、現役時代は、そのスタイルとマスクで阪神タイガースファンに人気があった。 大阪・柏原高校(現・東大阪大学柏原高等学校)では高校三年生から本格的に投手をはじめエースとして活躍。1975年(昭和50年)秋季大阪府大会準々決勝に進むが、山田勉らを擁する大鉄高校(現・阪南大学高等学校)に敗退ベスト8に終わる。非常に優れた身体能力と運動神経を持ち、人並み外れたバネを生かした投球フォームで、球威ある快速球に加えてドロップ(縦に割れるカーブ)を武器に投げ込み、当時の関西No.1本格右腕として脚光を浴び、12球団のスカウトマンが連日、学校や家へ挨拶に来たほどの逸材であった。
間 寛平(はざま かんぺい、1949年〈昭和24年〉7月20… 間 寛平(はざま かんぺい、1949年〈昭和24年〉7月20日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優、歌手。吉本新喜劇の元座長で現在はゼネラルマネージャー。レゲエシンガーとしての活動名義および本名は間 重美(はざま しげみ)。高知県宿毛市出身。吉本興業所属。アイドルユニット「秘蔵っ子」のプロデューサー。 愛称は「寛平ちゃん」。後輩芸人や年下の著名人や一般の方からは「寛平さん」や「寛平師匠」、笑福亭鶴瓶や吉本の後輩芸人などからは「寛平兄さん」と呼ばれている。身長164 cm、体重60 kg、血液型AB型。既婚。 私立柏原高等学校卒業。既婚者。妻は吉本新喜劇の元座員で、長男はミュージシャンの間慎太郎。
常山 幹太 は、滋賀県草津市出身の男子バドミントン選手。トナ… 常山 幹太 は、滋賀県草津市出身の男子バドミントン選手。トナミ運輸所属。