スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
新井 翔太(あらい しょうた、1991年8月8日 - )は日… 新井 翔太(あらい しょうた、1991年8月8日 - )は日本の実業家。執筆家、セミナー講師としても活動する。 NINJAPAN株式会社代表取締役社長。 米国ファンド、外資系投資銀行を経て、NINJAPAN株式会社を設立する。 コロナ禍で一変した就職活動に対して、戦略的なキャリア構築サービスを提供。外銀、外コン、商社などトップ企業への内定を実現する「Abuild就活」を運営している。 1991年8月8日、兵庫県川西市に生まれる。甲陽学院中学校・高等学校を経て、2010年に京都大学総合人間学部に進学する。 アメリカ留学中に米国投資ファンドで約2ヶ月のインターンに参加}。また、シアトルの社会人野球ピュージェット・サウンド・シニア・ベースボールリーグ(英語版)で投手としてプレーした。
麻野 耕司(あさの こうじ、1979年11月3日 - )は、… 麻野 耕司(あさの こうじ、1979年11月3日 - )は、日本の起業家、実業家、投資家。ナレッジワーク創業者、同代表取締役CEO(社長)。ABEJA・SHOWROOM社外役員。妻は元AKB48の篠田麻里子。 兵庫県宝塚市出身。甲陽学院中学校・高等学校を経て、慶應義塾大学法学部卒業。 2003年 - 株式会社リンクアンドモチベーション 入社 2010年 - 中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティング部門の執行役員に着任 2016年 - 国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」立ち上げ 2018年 - 同社取締役 着任 2019年 - 同社取締役 退任 2020年 - 株式会社ナレッジワークを創業 2022年 - セールスイネーブルメントクラウド「ナレッジワーク」をリリース 2023年 - シリーズBで45億円を資金調達 主な著書:「NEW SALES -新時代の営業に必要な7つの原則-」(ダイヤモンド社)、「THE TEAM -5つの法則-」(幻冬舎)、「すべての組織は変えられる」(PHP研究所) 2026年 - 元AKB48の篠田麻里子と結婚
小田 真人(おだ まさと、1979年9月7日 - )は、日本… 小田 真人(おだ まさと、1979年9月7日 - )は、日本の実業家。兵庫県西宮市出身。 株式会社オシンテック代表取締役、探究インテリジェンスセンター長、神戸情報大学院大学客員教授。 甲陽学院中学校・高等学校、慶應義塾大学総合政策学部卒業。多摩大学大学院にて経営学修士(MBA)取得。電通国際情報サービス(現:電通総研)を経て、株式会社オシンテック設立、同最高経営責任者(CEO)。同社にて2020年にRuleWatcherを製品化した。 2022年7月に炭谷俊樹とともに、オシンテックの研究教育部門である探究インテリジェンスセンターを設立
大原 啓一(おおはら けいいち、1979年6月28日 - )… 大原 啓一(おおはら けいいち、1979年6月28日 - )は、日本の起業家、実業家。日本資産運用基盤株式会社創業者・代表取締役社長。マネックス・セゾン・バンガード投資顧問株式会社(現 マネックス・アセットマネジメント株式会社)を創業し、同社代表取締役社長を務めた。 大阪府大阪市浪速区生まれ。甲陽学院中学校・高等学校を経て、2003年3月に東京大学法学部を卒業。同年4月、株式会社野村総合研究所に入社し、株式会社野村資本市場研究所への出向を経て、2004年7月に興銀ライフアセットマネジメント株式会社(現 アセットマネジメントOne株式会社)に入社。 2007年8月から同社英国現地法人のDIAM International Ltd.(現 Asset Management One International Ltd.)に出向し、その駐在期間中の2010年7月にLondon Business Schoolで金融学修士課程を修了。
岡田 光信(おかだ みつのぶ、1973年 - )は、日本の起… 岡田 光信(おかだ みつのぶ、1973年 - )は、日本の起業家、経営者。 株式会社アストロスケール創業者兼CEO。 1973年、兵庫県神戸市に生まれる。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1995年に東京大学農学部を卒業。1997年に東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程を修了後、大蔵省主計局に入省。2001年、パデュー大学クラナートでMBAを取得。同年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2004年、ターボリナックスのCFOに就任し、一時的な金融機関勤務を経て、2009年に携帯電話の通信インフラ・サービスを手掛けるSUGAOを創業、2012年には、シニア向けお手伝いサービス「まごころサポート」を行う介護事業会社MIKAWAYA21を共同創業。
加藤 和弥(かとう かずや、1969年7月10日 - )は、… 加藤 和弥(かとう かずや、1969年7月10日 - )は、日本の実業家。加藤産業株式会社代表取締役社長、一般社団法人日本加工食品卸協会理事。 兵庫県出身。甲陽学院高等学校を経て、1992年一橋大学経済学部卒業。1994年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、加藤産業入社。1995年取締役に昇格。1999年常務取締役。2001年専務取締役。 2003年から加藤産業代表取締役社長を務め、物流の効率化による経費削減等を進め、売上高1兆円を目標にグローバル化などにあたり、2018年には1兆円の売上高を達成させた。日本加工食品卸協会理事兼務。2019年兵庫県自治賞受賞。 加藤武雄加藤産業名誉会長は父。
佐護 勝紀(さご かつのり、1967年11月1日 - )は、… 佐護 勝紀(さご かつのり、1967年11月1日 - )は、は、日本の実業家、投資家。 兵庫県出身。甲陽学院高等学校卒業後、東京大学工学系研究科精密機械工学修士課程修了。ソフトバンクグループ・元副社長。甲陽学院(67回)の同期に、国会議員の石田昌宏がいる。 1992年ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社。 一貫して証券業務に従事し、02年経営委員会メンバー就任を皮切りに、証券部門内の責任者を歴任。 07年取締役就任以降、証券部門を統括。2011年1月、ゴールドマン・サックス証券取締役副社長、2014年7月、ゴールドマン・サックス証券副会長、2015年2月、金融庁参与、2015年6月、ゆうちょ銀行執行役副社長、2016年6月、ゆうちょ銀行取締役兼代表執行役副社長、2018年6月、ソフトバンクグループ取締役副社長、2021年3月ソフトバンクグループ退社。
後藤 玄利(ごとう げんり、1967年2月4日 -)は、日本… 後藤 玄利(ごとう げんり、1967年2月4日 -)は、日本の実業家。ジャクール株式会社代表取締役、一般社団法人タグフィット代表理事、ケンコーコム株式会社創業者・元代表取締役社長。 大分県臼杵市出身。地元の製薬会社うすき製薬の創業家に生まれる。父の後藤國利は、うすき製薬の代表取締役のほか、1997年から2009年まで臼杵市長を務めた。1989年3月に東京大学教養学部基礎科学科を卒業した後、アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)勤務。 その後、1994年5月にうすき製薬に取締役として入社。当時、うすき製薬で取り扱っていた霊芝飲料「喜喜萬年」の通信販売のために、1994年11月に株式会社ヘルシーネット(後のケンコーコム→Rakuten Direct)を設立し、代表取締役に就任した。
久 義裕(ひさ よしひろ、1962年(昭和37年) - )は… 久 義裕(ひさ よしひろ、1962年(昭和37年) - )は兵庫県出身の日本の実業家。久金属工業代表取締役社長、CFP、商学修士。 甲陽学院高等学校・慶應義塾大学商学部卒業。同商学研究科博士課程単位取得。同大学講師を経て、現職。 専攻は金融史。現代金融情勢も詳しい。日本語教育の分野では、Business Japanese教育を慶應ビジネススクール (KBS)、内外金融機関で実践。その姿は英国放送協会のプログラムで紹介された。 2007年(平成19年)、父で先代社長の久正の母校神戸大学の大学院経済学研究科に「久研究奨学基金海外派遣学生」を設立。博士課程後期課程の学生に、海外の研究機関における専門教育の機会を与えている。
岩田 圭一(いわた けいいち、1957年10月11日 - )… 岩田 圭一(いわた けいいち、1957年10月11日 - )は日本の実業家。住友化学株式会社代表取締役会長。 大阪府出身。甲陽学院高等学校を経て、1982年3月に東京大学法学部卒業。同年4月住友化学工業(現住友化学)入社。 情報電子化学業務室部長、代表取締役 専務執行役員、代表取締役社長などを経て、2025年4月1日から代表取締役会長。
黒田 章裕(くろだ あきひろ、1949年9月28日 - )は… 黒田 章裕(くろだ あきひろ、1949年9月28日 - )は、日本の実業家。コクヨ代表取締役会長。祖父はコクヨ創業者の黒田善太郎、実父は黒田暲之助、叔父は黒田靖之助。 大阪府大阪市出身。甲陽学院高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。1972年にコクヨへ入社。1977年に同社取締役、その後常務取締役、専務取締役を経て、1987年に副社長に就任。1989年、叔父で三代目社長黒田靖之助の急逝に伴い、39歳で社長に就任。2015年3月27日付けで、現職。後任社長には長男の黒田英邦が務める。 2013年大阪日米協会会長。その他には全日本紙製品工業会副理事長などを務める。 2017年5月より関西経済同友会代表幹事及び2025日本万国博覧会誘致委員会副会長を丸一鋼管会長の鈴木博之やりそな銀行副会長の池田博之とともに務めた。
佐治 信忠(さじ のぶただ、1945年11月25日 - )は… 佐治 信忠(さじ のぶただ、1945年11月25日 - )は、日本の実業家。サントリーホールディングス代表取締役会長兼取締役会議長。日本アドバタイザーズ協会理事長。ACジャパン元理事長。学校法人慶應義塾評議員・理事。一般財団法人日本ウズベキスタン・シルクロード財団評議員。2020年フォーブス日本長者番付4位。保有資産額は2020年4月時点で、94億米ドル(約1兆60億円)。 平成21年7月にキリンホールディングスとの経営統合が日本経済新聞によってリークされたが、平成22年2月8日に破談が発表された。サントリーの株式の約9割を握る創業一族の位置付けなどを巡って紛糾した。統合比率に関してキリン側が事前合意を覆す強硬な条件を提示したことが原因と言われている。
藤本 勝司(ふじもと かつじ、1943年(昭和18年)7月2… 藤本 勝司(ふじもと かつじ、1943年(昭和18年)7月28日 - )は、日本の実業家。日本板硝子社長を務めた。 兵庫県出身。甲陽学院高等学校、京都大学工学部工業化学科を経て、同大大学院工学研究科を修了。1968年(昭和43年)4月、日本板硝子に入社。 2004年(平成16年)に社長に昇格し、後ろ盾となった出原洋三会長とともに最大手の旭硝子(現・AGC)に対抗してグローバル化を推し進めたが、後任に据えた外国人社長が相次いで辞任するなどの人事上の混乱を招き、またリーマンショックなどの影響で巨額の赤字を計上する事態となり、12年にはムーディーズ・ジャパンからグループ全体の信用格付けがBa3に引き下げられた。
宮崎 恒彰(みやざき つねあき、1943年2月9日 - )は… 宮崎 恒彰(みやざき つねあき、1943年2月9日 - )は、日本の実業家。元阪神電気鉄道取締役、阪神タイガースの元オーナー、取締役。 1961年、甲陽学院高等学校卒業(42回卒)。1965年、神戸大学経営学部卒業後、同年、阪神電気鉄道へ入社。経理・企画部門などを経て、1988年、関連企業の山陽自動車運送に出向後、1996年に本社取締役、2000年に常務、社長室副室長、2004年に代表取締役専務を歴任した。2002年6月に阪神コンテンツリンク代表取締役社長、7月に阪神タイガース取締役に就任。2006年から2008年6月25日まで阪神タイガースのオーナーを務めた。その他には朝日放送取締役も務めた。
辻 卓史(つじ たかし、1942年10月3日 - )は、日本… 辻 卓史(つじ たかし、1942年10月3日 - )は、日本の実業家。鴻池運輸代表取締役社長や、同社代表取締役会長を務め、東京証券取引所一部上場を実現した。 中華民国上海租界生まれ。本籍は広島県広島市。兵庫県芦屋市出身。一橋大学商学部を卒業し、中安閑一の誘いで宇部興産(現:UBE)に入社。同社のニューヨーク駐在員などを経て、1983年に妻の実父が会長を務める鴻池運輸に転じる。1989年代表取締役社長に就任。2003年より同社代表取締役会長。売上高を4倍以上に伸ばし、2013年には東京証券取引所一部上場を実現した。 この間、加藤産業監査役、成田航空ビジネス専門学校名誉校長、大阪府トラック協会会長、全日本トラック協会副会長、関西経済同友会幹事、大阪商工会議所運輸部会副部会長、在大阪ブータン王国名誉領事、日越関西友好協会理事、日本物流団体連合会理事、関西生産性本部特別顧問、大阪通関業会顧問、日本通関業連合会名誉顧問等も歴任した。
菅谷 定彦(すがや さだひこ、1939年1月7日 - )は、… 菅谷 定彦(すがや さだひこ、1939年1月7日 - )は、日本の新聞記者、実業家。日本経済新聞記者、同専務取締役後、テレビ東京社長、同会長を経て、現在は学校法人渡辺学園(東京家政大学等を運営)理事長。 兵庫県出身。妻は清泉女子大学副学長を務めた菅谷孝子。 中学校から大学までテニス選手として活躍し 、1957年には広瀬均(後にデビスカップ日本代表選手、監督)とのコンビで全日本ジュニアテニス選手権男子ダブルスで優勝している。 テレビ東京の社長としては、月1回のペース(年9 - 10回)で行われる社長定例会見において、本来経営者としてタブーであるライバル局への攻撃や個人としての私見などの発言をすることで有名であった。
山岡 淳男(やまおか ただお、1925年〈大正14年〉11月… 山岡 淳男(やまおか ただお、1925年〈大正14年〉11月28日 - 2013年〈平成25年〉8月18日)は、日本の実業家で、三代目ヤンマー(現・ヤンマーホールディングス)社長。ヤンマーグループを発展させ、中興の祖と評される。1963年から約35年間、社長を務めた。2010年から名誉会長。 1925年(大正14年)11月、山岡孫吉の次男として兵庫県に生まれる。1943年(昭和18年)旧制甲陽中学校卒(現在の甲陽学院中学校・高等学校、22回卒)、1948年(昭和23年)3月に早稲田大学理工学部を卒業後、アメリカ合衆国のコロンビア大学大学院留学を経て、1953年(昭和28年)2月、ヤンマーディーゼル株式会社(当時)に入社した。
建内 保興(たけうち やすおき、1915年(大正4年)12月… 建内 保興(たけうち やすおき、1915年(大正4年)12月20日 - 2011年(平成23年)1月7日)は、日本の石油実業家。日本石油社長及び会長を16年、石油連盟会長を11年務めた。 オイルショック後の時期に、日本石油社長及び会長を16年、石油連盟会長を11年務め、中東産油国との連携、石油業界の是正、石油エネルギーの安定供給に貢献した。この功績が認められ、1988年に瑞宝大綬章を授与された。日本石油「中興の祖」、「天皇」などと評される。 戦前の甲陽中学で野球が盛んだったこともあり、野球愛好家であった。1956年から1973年まで日本石油野球部長を務めた。その間、都市対抗野球大会では、初優勝を含めて5回の優勝を果たした。
飯田 新一(いいだ しんいち、1913年(大正2年)3月29… 飯田 新一(いいだ しんいち、1913年(大正2年)3月29日 - 1987年(昭和62年)8月12日)は、日本の実業家。髙島屋社長を務めた。 髙島屋3代目社長飯田直次郎の長男として、京都府に生まれる。 旧制甲陽中学(現・甲陽学院中学校・高等学校)を経て、早稲田大学専門部商科卒業後、1941年髙島屋へ入社。 1945年大阪支店総務部長、1948年理事、1951年5月にはアメリカに渡り、先進国の同業を視察。1952年8月取締役大阪支店長、1954年常務、1956年専務を歴任。 1960年10月に社長に就任。この間、1974年と1984年に日本百貨店協会会長に就任している。 1987年4月に日高啓に社長を譲り会長に退いた。
山口 興一(やまぐち おきかず、1909年8月13日 - 2… 山口 興一(やまぐち おきかず、1909年8月13日 - 2008年12月31日)は、日本の実業家。元関西テレビ放送代表取締役社長、元阪急電鉄副社長、元新阪急ホテル監査役、元京都大学蹴球部OBクラブ会長。 1909年、兵庫県神戸市に生まれる。1927年、甲陽中学校(現在の甲陽学院、6回卒)を卒業。その後、旧制山口高等学校を経て京都大学法学部を卒業。同大学では蹴球部に所属し、後にOBクラブ会長を務めた。 関西テレビ放送代表取締役社長、阪急電鉄副社長、新阪急ホテル監査役、阪急ブレーブスオーナー代行などを歴任した。
加藤 誠之(かとう せいし、1907年11月25日 - 19… 加藤 誠之(かとう せいし、1907年11月25日 - 1995年12月13日)は、日本の実業家。トヨタ自動車販売取締役社長、取締役会長、トヨタ自動車相談役、顧問、名古屋商工会議所副会頭、学校法人関西学院理事長、世界デザイン博覧会協会協会理事長などを歴任。日本デザインセンター創設メンバーのひとり。息子(次男)はレーシングカーデザイナーの加藤眞。 1907年11月25日、三重県伊勢市生まれ。甲陽中学校(現在の甲陽学院中学校・高等学校、4回卒)を経て、1930年に関西学院高等商業学部を卒業。日本ゼネラルモータースへ入社。 1937年、トヨタ自動車工業設立と同時に同社へ入社。1950年にトヨタ自動車販売設立に伴い、同社へ移る。
西松 龍一(にしまつ りゅういち、1903年〈明治36年〉-… 西松 龍一(にしまつ りゅういち、1903年〈明治36年〉- 2008年〈平成20年〉6月5日)は、日本の実業家。父親は、実業家の西松喬。配偶者は坂野鉄次郎の養子坂野紀美子。大阪市西区江戸堀生まれ。 1903年に大阪市西区江戸堀に生まれる。両親はインド綿花輸入を扱う輸入商社西松商店を経営していた。大阪で2年から3年ほど過ごした後に、神戸市東灘区東明に移った。その後、御影師範学校附属の小学校に通い、1916年に卒業。その後、開学まで1年待ち、1917年に甲陽中学校(現在の甲陽学院中学校・高等学校)に1回生として入学。甲陽中学卒業後は、慶應義塾大学に進学した。その後、鐘紡に就職。1933年から1938年までヨーロッパ駐在員としてロンドン、ニューヨークに赴任した。