スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
二岡 康平(ふたおか こうへい、1994年2月5日 - )は… 二岡 康平(ふたおか こうへい、1994年2月5日 - )は、鳥取県西伯郡伯耆町出身 の陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。鳥取県立鳥取中央育英高等学校、駒澤大学文学部卒業。中電工陸上競技部所属。 高校1・2年時に全国高校駅伝に出場。3年時はインターハイ鳥取県大会5000mで2位。中国地区大会7位で全国出場はならず。全日本びわ湖クロカン5kmで4位入賞。 大学ではハーフマラソンに意欲的に取り組む。4年時の第92回箱根駅伝では9区で区間2位と快走し、チームを総合3位に導く。 大学卒業後の2016年4月、中電工に入社し陸上部に所属。入部1年目の2017年金栗杯・玉名ハーフマラソン大会では、優勝した押川裕貴と同タイムながら2位と惜敗したが、自己記録を更新した。
福井 理人(ふくい まさと、1988年11月14日 - )は… 福井 理人(ふくい まさと、1988年11月14日 - )は、鳥取県倉吉市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。 鳥取中央育英高校、日本文理大学を経て、2011年にガイナーレ鳥取に入団。2012年のオフに契約満了となり退団。 愛称の「バキ」は鳥取時代にチームメイトだった岡野雅行が命名。理由は彼の上半身の肉体を見た岡野が範馬刃牙を連想したためである。 2013年、シンガポール1部リーグ(Sリーグ)のホーム・ユナイテッドに移籍するも、7月に退団。 同月よりプルヴァ・ツルノゴルスカ・フドバルスカ・リーガ(モンテネグロ1部リーグ)のFKスティエスカ・ニクシッチの練習に参加し、正式契約した。 FKスティエスカ・ニクシッチに移籍した2013-14シーズンのプルヴァ・ツルノゴルスカ・フドバルスカ・リーガ第24節、ムラドスト戦でウェイン・ルーニーを彷彿させる60mのロングシュートを叩き込んだ。
岡本 直己(おかもと なおき、1984年5月26日 - )は… 岡本 直己(おかもと なおき、1984年5月26日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は長距離走。鳥取県出身。由良育英高校(現・鳥取中央育英高校)、明治大学政治経済学部卒業。中国電力陸上競技部所属。 小学校のマラソン大会で好成績を収めたことをきっかけに、中学校で陸上部に入り本格的に陸上を始める。中学時代から都道府県対抗駅伝に鳥取県代表として出場していた。鳥取県の駅伝の強豪・由良育英高校を経て、明治大学に進学。当時の明治大学は総合優勝経験がありながらも、長らく箱根駅伝出場から遠ざかっていたが、岡本が2年生の時に14年ぶりに予選会を勝ち抜き2005年箱根駅伝への出場を決めた。以後、2007年箱根駅伝まで3年連続で明治大学は箱根駅伝本戦に出場する。
完山 徹一(かんやま てついち、1979年12月8日 - )… 完山 徹一(かんやま てついち、1979年12月8日 - )は、鳥取県倉吉市出身のフットサル選手。府中アスレティック所属。ポジションはフィクソ/アラ。 鳥取県倉吉市出身であり、由良育英高等学校を経てサッカークラブのSC鳥取に在籍した。 その後フットサルに転向し、2002年から2004年には極端なまでに足技を重視する方針を持つ奥山蹴球雑技団に在籍。 2004年には関東フットサルリーグの府中アスレティックに移籍。2007年の全日本フットサル選手権大会では決勝に進出し、後に名古屋オーシャンズとなる大洋薬品/BANFFに敗れた。 2007年には新たに創設されたFリーグに参加する名古屋オーシャンズに移籍。
盛山 玲世(せいやま さちよ、1972年 - )は、日本の女… 盛山 玲世(せいやま さちよ、1972年 - )は、日本の女子陸上競技元選手(長距離走・マラソン)。 鳥取県琴浦町(旧東伯町)出身。 東伯町立東伯中学校から鳥取県立由良育英高等学校(現・鳥取県立鳥取中央育英高等学校)に進学し、全国高等学校駅伝競走大会の女子の第1回大会に出場した。 大阪短期大学卒業後、芙蓉、ユタカ技研で競技を続けた。 1999年12月に真也加ステファンと結婚し、2児(一男一女)がいる。長女も陸上選手として実業団に所属している。
小原 工(おばら たくみ、1967年2月9日 - )は、鳥取… 小原 工(おばら たくみ、1967年2月9日 - )は、鳥取県米子市出身のトライアスロンチーム・チームテイケイ所属の選手。 鳥取県立由良育英高等学校、仙台大学体育学部卒業。高校、大学時代は水球選手。
青山 剛昌(あおやま ごうしょう、1963年〈昭和38年〉6… 青山 剛昌(あおやま ごうしょう、1963年〈昭和38年〉6月21日 - )は、日本の漫画家。鳥取県東伯郡大栄町(現:北栄町)出身。鳥取県立由良育英高等学校、日本大学藝術学部美術学科絵画コース卒。 代表作の『名探偵コナン』と『YAIBA』は、それぞれ小学館漫画賞を受賞し、テレビアニメ化やコンピュータゲーム化がされている。特に『名探偵コナン』は、連載が30年続いており、劇場アニメ化、テレビドラマ化もされている(2021年に発行部数が2億7000万冊を突破)。ほかに、『まじっく快斗』『4番サード』などの作品がある。 1963年、鳥取県大栄町(現・北栄町)に4人兄弟の次男として生まれる。子供のころから漫画が好きで描いてはいたが親に叱られるためこっそり描いていた。
小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 - 20… 小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 - 2010年1月17日)は、鳥取県東伯郡赤碕町(現・琴浦町)出身のプロ野球選手(投手)・コーチ、解説者・評論家、スポーツキャスター・タレント・俳優。 8歳の時に父親から野球用のグラブを渡され、キャッチボールを日課とするようになった。小学校時代にソフトボールをプレーし、中学時代は野球部に所属。当時は胃腸が弱かったこともあり、身長170cmに対して体重が50kgほどしかなかった。 中学卒業後の1968年に由良育英高校へ入学し、野球部に入部。当時監督を務めていた牧野紀史は当時の小林について、「特にボールが速かったわけではない。コントロールは悪くなかったが、抜群に良いというほどでもなかった」、「投げるボール自体は大したことはない」、「『どうしても欲しい』と思うようなピッチャーではありませんでした」と語る一方、「印象的だったのは、マウンドで常に小林は冷静だった」、「タテに割れるカーブを織り交ぜて、相手バッターのタイミングを上手く外す。
竹中 昭(たけなか あきら、1951年10月23日 - )は… 竹中 昭(たけなか あきら、1951年10月23日 - )は、鳥取県出身の元プロ野球選手(投手)。 鳥取県立由良育英高等学校では、1学年下で後に巨人に入団した小林繁と共に、山陰では騒がれた投手であった。 1969年のプロ野球ドラフト会議において、広島東洋カープから9位で指名され入団。 カーブのブレーキが鋭い投手であったが、性格的に大人しく[要出典]、一軍公式戦に出場することなく退団した。
川上 義博(かわかみ よしひろ、1950年10月26日 - … 川上 義博(かわかみ よしひろ、1950年10月26日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣補佐官(野田第3次改造内閣)、参議院議員(1期)、衆議院議員(1期)、鳥取県議会議員(2期)などを歴任した。 鳥取県東伯郡琴浦町の農家に生まれる。鳥取県立由良育英高等学校(現鳥取県立鳥取中央育英高等学校)、青山学院大学経営学部経営学科卒業。大学卒業後、相澤英之衆議院議員事務所に入所し、相澤の秘書を務める。1990年、相澤が第2次海部内閣で経済企画庁長官に任命された際は、大臣秘書官も務めた。 1995年、鳥取県議会議員選挙に東伯郡選挙区から出馬し、初当選した。県議時代は自由民主党に所属していた。2003年の第43回衆議院議員総選挙に際しては、自民党で鳥取2区での公認を目指していたが、公認争いでは相澤英之に敗北。