スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
武久 顕也(たけひさ あきなり、1968年(昭和43年)11… 武久 顕也(たけひさ あきなり、1968年(昭和43年)11月26日 - )は、日本の政治家。元岡山県瀬戸内市長(4期)、元邑久町議会議員(1期)。 岡山県瀬戸内市出身。1987年、岡山県立岡山操山高等学校卒業。1992年、筑波大学第二学群農林学類卒業。 1996年(平成8年)4月から2000年(平成12年)2月まで邑久町議会議員を1期務めた。2001年(平成13年)9月、バーミンガム大学公共政策大学院に留学。2003年(平成15年)12月、同大学院修士課程修了。 2003年(平成15年)10月から2009年(平成21年)6月まで監査法人トーマツの大阪事務所パブリックセクターのシニアマネジャーを務めた。
山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8… 山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8日 - )は、日本の政治家、検察官、法務官僚、弁護士(岡山弁護士会所属、登録番号43922)。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。衆議院内閣委員長、自由民主党岡山県連会長。 法務大臣(第100代)、法務大臣政務官、内閣府大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣、第4次安倍内閣)、自由民主党副幹事長を歴任した。 山下一盛・孝代夫妻の長男として香川県高松市に生まれる。父・一盛は中央大学法学部卒業の弁護士で1981年3月、京都地方検察庁検事を退官し、岡山で「山下一盛法律事務所」を開業した。両親は中央大学OBの勉強会仲間であり、結婚を機に母・孝代は試験の勉強をあきらめ、主婦として一盛を支えた。
姫井 由美子(ひめい ゆみこ、1959年〈昭和34年〉2月1… 姫井 由美子(ひめい ゆみこ、1959年〈昭和34年〉2月14日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)、岡山県議会議員(2期)、自由党岡山県連代表などを歴任した。 岡山県岡山市中区出身。岡山県立岡山操山高等学校卒業。岡山大学法文学部第二部を経て、同大学院法学研究科修了。1982年に司法書士試験合格、父の後を継いで司法書士・行政書士事務所を開業する。全国青年司法書士協議会副会長、岡山青年会議所常任理事などを歴任。 1999年、民主党公認候補として岡山県議会議員選挙(旧岡山市第1選挙区選出)に立候補し、初当選。以後連続2期を務めた。その間、民主党岡山県連の副幹事長などを務める。 2006年12月に参議院選挙立候補を表明し、2007年の第21回参議院議員通常選挙岡山県選挙区において、自由民主党前職で自民党参議院幹事長の片山虎之助を破り初当選。
大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月2… 大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月25日 - )は、日本の政治家、元建設・国土交通官僚。岡山県岡山市長(4期)。 岡山県岡山市北区東古松生まれ。岡山市立鹿田小学校、岡山市立桑田中学校、岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1977年、大学を卒業し建設省に入省。本省での勤務の他、国土庁や内閣府、熊本県への出向も経験した。2012年9月より国土交通省国土政策局長。2013年6月11日に退官。 同年10月、岡山市長選挙に自由民主党・民主党・公明党・日本維新の会岡山県総支部・連合岡山の推薦を受け、無所属で出馬。元官僚で知名度不足を危ぶむ声もあったが、選挙戦では強固な組織力をバックにつけ、元衆議院議員の高井崇志や元衆議院議員・岡山市議会議員の熊代昭彦ら4候補を破り、初当選した。
藤井 基之(ふじい もとゆき、1947年3月16日 - )は… 藤井 基之(ふじい もとゆき、1947年3月16日 - )は、日本の政治家、薬剤師。 文部科学副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、参議院議員(3期)、自由民主党参議院政策審議会長などを歴任。 岡山県岡山市生まれ。現在は神奈川県在住。岡山大学教育学部附属中学校、岡山操山高等学校、東京大学薬学部卒業。1969年、厚生省(現厚生労働省)に薬系技官として入省。薬務局麻薬課長等の役職を歴任した。 2001年に退官。同年、第19回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で比例区から出馬し、初当選。2002年には例外的に夫婦の別姓を実現させる会に参加。2004年、厚生労働大臣政務官に就任。 2007年の第21回参議院議員通常選挙では、16万票余りの票を獲得するも落選。
石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )… 石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣、参議院内閣委員長、参議院決算委員長、自由民主党政務調査会副会長、公選14・15・16・17代岡山県知事(4期)、文部科学省中央教育審議会委員(第3・4期)、自然エネルギー協議会初代会長(2011年 - 2012年)を歴任。 1945年、岡山県上道郡光政村(現・岡山市東区)に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部を卒業。1969年に建設省に入省し、岐阜県民生部児童家庭課長、建設大臣秘書官、民間住宅課長、河川総務課長、大臣官房文書課長、建設省大臣官房審議官などを歴任。
長﨑 信行(ながさき のぶゆき、1945年〈昭和20年〉6月… 長﨑 信行(ながさき のぶゆき、1945年〈昭和20年〉6月25日 - )は、日本の政治家、岡山県備前市長(1期)。 岡山県和気郡片上町(現在の備前市)に生まれる。備前町立片上小学校、岡山市立丸之内中学校、岡山県立岡山操山高等学校を経て、東京電機大学精密機械工学科を卒業する。卒業後は長﨑鉄工所に入社し、のち、1970年に同社代表取締役、2024年に会長となる。このほか備前商工会議所会頭、一般社団法人備前観光協会会長、備前交通安全協会会長などを務めた。 2025年1月、同年4月に任期満了を迎える備前市長選挙に無所属で立候補することを表明。 2025年4月20日投票の備前市長選挙に無所属で立候補し、3回目の当選を目指した現職の吉村武司に3倍以上の得票差で破り、初当選を果たした。
安宅 敬祐(あたか けいすけ、1942年(昭和17年)1月2… 安宅 敬祐(あたか けいすけ、1942年(昭和17年)1月28日 - 2020年(令和2年)8月29日)は、日本の政治家。階は正五位。岡山県岡山市長(第29・30代)。
熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月… 熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月21日 ‐ )は、日本の政治家、元厚生官僚。 衆議院議員(4期)、総務政務次官(第2次橋本改造内閣)、内閣府副大臣・内閣総理大臣補佐官(行政改革担当〈第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣〉)、市民の党「自由と責任」代表、岡山市議会議員(通算3期)などを歴任した。 岡山県御津郡一宮村尾上(現・岡山市北区尾上)の農家に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1963年、厚生省(現・厚生労働省)に入省(薬務局薬事課配属)。厚生省では年金局資金課長、大臣官房総務審議官、援護局長等を務める。1969年、ウィスコンシン大学大学院に留学し、政治学修士の学位を取得。
秋山 長造(あきやま ちょうぞう、1917年3月21日 - … 秋山 長造(あきやま ちょうぞう、1917年3月21日 - 2010年6月2日)は、日本の政治家。元日本社会党参議院議員・参議院副議長。 岡山県出身。1940年に東京大学法学部を卒業し、朝日新聞記者となる。 戦後日本社会党結成に参加。1953年の参院選に岡山県地方区から左派社会党公認で立候補、当選。1955年10月の社会党再統一後は党参議院政策審議副会長・参議院国会対策副委員長を歴任する。1964年に三木行治岡山県知事の死去に伴う知事選に社会党推薦で立候補した。この時、自民党はほとんど同期の参議院議員だった加藤武徳を擁立したため、両者による一騎討ちとなった。二人の立候補により告示日の同年10月18日付で公職選挙法の規定により両者は参議院議員を退職(自動失職)となった。
松本 一(まつもと はじめ、1915年(大正4年)1月2日 … 松本 一(まつもと はじめ、1915年(大正4年)1月2日 - 1998年(平成10年)1月16日)は、日本の政治家。第27・28代岡山市長。岡山県岡山市出身。 岡山市に生まれる。1933年岡山県第二中学校(現在の岡山県立岡山操山中学校・高等学校)卒業。1944年勲六等瑞宝章を受章。1947年上道郡幡多村助役。1951年同村長。1954年幡多村は岡山市に編入。翌1955年岡山市議会議員に当選。以後、市議を6期務め、副議長、議長に就任。1975年第40代全国市議会議長会会長、就実学園理事長に就任する。1977年紺綬褒章を受章。 1983年5月市長選にて初当選し、第27代岡山市長に就任。日本下水道協会会長 岡山市体育協会会長を務める。
舩橋 求己(ふなはし もとき、1911年(明治44年)8月1… 舩橋 求己(ふなはし もとき、1911年(明治44年)8月14日 - 1984年(昭和59年)2月4日)は、日本の政治家。3期10年にわたり京都市長を務める。全国革新市長会副会長。 岡山県岡山市出身。旧制第二岡山中学校(現;岡山県立岡山操山中学校・高等学校)、1934年京都帝国大学経済学部を卒業後、京都市役所に入庁。研修時代には交通局に所属し、市電の運転も行った。その後は住宅局、民生局、水道局(現:上下水道局)の各局長などを経て、1967年助役に就任。1971年の京都市長選に日本社会党と日本共産党の推薦を得て出馬し、前民社党代議士の永末英一らを破り初当選を果たす。 当選時は、同じく革新系の京都府知事蜷川虎三も「府市協調を歓迎する」と発言したものの、1975年の市長選では社会党の妨害によりこれまでの社共共闘が崩壊。
安井 謙(やすい けん、1911年3月22日 - 1986年… 安井 謙(やすい けん、1911年3月22日 - 1986年3月10日)は、日本の政治家。位階は従二位勲一等、勲章は旭日桐花大綬章。 参議院議長(第13代)、参議院副議長(第11代)、自治大臣(第4代)、国家公安委員会委員長(第13代)、総理府総務長官(第14代)、参議院議院運営委員長(第16代)、自由民主党参院議員会長(第10代)同参議院幹事長、参議院議員(6期)。 兄は公選初代東京都知事を務めた安井誠一郎。弟は雪印食品副社長の安井三郎。 岡山県岡山市出身。旧制岡山第二中学校、旧制第六高等学校文科乙類、1935年、京都帝国大学経済学部卒業。京都帝国大学在学中は学生運動に参加し、左翼思想に傾倒していたため周囲から「マルクス坊や」と呼ばれていた。
今川 正彦(いまがわ まさひこ、1911年(明治44年)1月… 今川 正彦(いまがわ まさひこ、1911年(明治44年)1月4日 - 1996年(平成8年)12月7日)は、日本の官僚、都市計画家・ランドスケープアーキテクト、政治家。1981年から2期8年にわたり京都府京都市長も務める。 山口県防府市出身。岡山県第二岡山中学校(岡山県立岡山操山中学校・高等学校の前身)から再興旧制山口高等学校(山口大学の前身)を経て、1935年(昭和10年)東京帝国大学農学部(東京大学農学部の前身)を卒業。折下吉延に師事。卒業後内務省に入り都市計画千葉地方委員会技師。戦前は中国勤務、1939年に北京の華北政務委員会建設総省に派遣となるがそこで終戦を迎える。都市計画の専門家として暫くは北京に残り、1946年の夏に引き揚げ、翌1947年1月に戦災復興院の施設課長に就任する。
近藤 鶴代(こんどう つるよ、1901年(明治34年)11月… 近藤 鶴代(こんどう つるよ、1901年(明治34年)11月16日 - 1970年(昭和45年)8月9日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)。日本初の女性国会議員となった39人のうちの一人であり、2人目の女性閣僚となった。 岡山県新見市に生まれる。1924年日本女子大学校家政科を卒業後、山陽高等女学校(現山陽学園高等学校)、岡山県第一岡山高等女学校(現岡山県立岡山操山高等学校)等で教諭を務める。家事や作法を教えていた。 戦後の1946年、日本進歩党衆議院議員の長兄小谷節夫が公職追放となり、兄の代わりとして、無所属で衆議院議員選挙に岡山全県区(当時)から立候補し当選、日本初の女性代議士の一人となった。
江田 憲司 は、日本の政治家、元通産官僚。