スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大竹 美喜(おおたけ よしき、男性、1939年5月14日 -… 大竹 美喜(おおたけ よしき、男性、1939年5月14日 - )は、日本の実業家。アメリカンファミリー生命保険(AFLAC)日本支社設立者、元日本における代表者・社長・最高顧問。日本における外資系生命保険・がん保険の草分け。広島県庄原市出身。 中国山地豪雪地の農家の生まれ。広島県立庄原実業高校在学中は、サッカー部を創設するなどスポーツ少年だった。広島農業短期大学(現県立広島大学)卒業後、市長から農村の指導者になって欲しいと頼まれ、1960年に畜産技師を目指し米国に留学。ところが帰国した時は高度成長期の最中で農業は衰退しかかっており、転換期で諦め、地元選出の代議士・永山忠則(元自治大臣)の秘書となる。
湯川 仁(ゆかわ まさし、旧姓:藤原、1933年6月3日 -… 湯川 仁(ゆかわ まさし、旧姓:藤原、1933年6月3日 - 1980年5月28日)は、日本の哺乳類研究家。広島県出身。 広島県比婆郡比和町(現庄原市比和地区)に生まれた。比婆郡を中心とする広島県北東部で、主に小型哺乳類の研究、特に食虫類やげっ歯類の標本収集、生活史の研究を行なった。比和自然科学博物館を基盤として行動していたが、その立場は博物館の学芸員補(1953年 - 1958年)、および比和町教育委員会職員(1958年以降)であり、実質的には在野のアマチュア研究家であった。1980年没。 死後に湯川の研究は再評価され、1997年には「第1回 野生動物の保護をめざすもぐらサミット」が比和町で開かれた。
田中 茂樹(たなか しげき、1931年(昭和6年)4月7日 … 田中 茂樹(たなか しげき、1931年(昭和6年)4月7日 - 2022年(令和4年)10月4日)は、日本の元マラソン選手、日本人初のボストンマラソン優勝者。広島県比婆郡敷信村(現・庄原市)出身。身長162cm。庄原市民栄誉賞。 1931年(昭和6年)4月7日、中国山地山間の農村・広島県比婆郡敷信村(現・庄原市)に生まれる。 14歳の時、国民学校での朝礼中、130キロ離れた広島市に投下された原爆の閃光を見た。まもなく大やけどを負った被爆者が、田中の村にもたくさん運び込まれて寺で焼かれた。「アメリカは人殺しの国じゃ」と憎悪を募らせた。 14歳で父を亡くし、2人の兄は軍隊に召集された。そのため牛の手綱を取り田畑を耕作し、母の農作業を手伝いながら1年遅れで広島県比婆西高等学校(現・広島県立庄原実業高等学校、庄原格致高等学校)比婆西高校に進学。
三原 卓三 は、広島県庄原市出身の元プロ野球選手(外野手)。