スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川端 龍(かわばた りょう、1989年11月29日 - )は… 川端 龍(かわばた りょう、1989年11月29日 - )は、日本の柔道家。大阪府豊中市出身。身長166cm。階級は60kg級。段位は三段。血液型はB型。得意技は足技と低い韓国背負い投げ。自身のYouTube上ではドンマイ川端名義で活動しており、篠原信一、野村忠宏、鈴木桂治、秋本啓之、大野将平、ウルフ・アロンなど五輪・世界大会優勝者と柔道関連の動画を中心に撮影して、柔道広報活動の一翼を担っている。 柔道は5歳の時に始めた。大阪の豊中十七中学から高校は広島県にある近大福山高校に進むと、2年の時にインターハイ60kg級で3位となった。2008年に国士舘大学に進学すると、2年の時には学生体重別で日体大2年の山本浩史を破って優勝した。
垣田 恭兵(かきた きょうへい、1988年2月2日 -… 垣田 恭兵(かきた きょうへい、1988年2月2日 - )は、兵庫県宍粟市出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg級。身長174 cm。得意技は背負投。組み手は左組み。現在は旭化成に所属。姉は52 kg級で活躍している垣田恵利。 柔道は4歳の時に一宮柔道教室で始めた。中学2年の時に1学年上の姉とともに地元の中学から強豪校の藍中学へ転向した。3年の時に全国中学校柔道大会の66kg級で3位に入った。近大福山高校2年の時にはインターハイ81kg級で3位になった。3年の時にはインターハイと全日本ジュニアで優勝した。さらにはアジアジュニアで52kg級の姉とともに姉弟優勝を飾った。近畿大学に入学すると、1年の時に全日本ジュニアで2連覇を達成するも、世界ジュニアでは3位にとどまった。
平岡 拓晃(ひらおか ひろあき、1985年2月6日 - )は… 平岡 拓晃(ひらおか ひろあき、1985年2月6日 - )は、日本の柔道家。広島県広島市出身。得意技は背負投、内股。血液型はO型。身長160cm。階級は60kg級。 廿日市市立阿品台中学校-近畿大学附属福山高校-筑波大学卒業。2016年3月まで了徳寺学園職員だった。 6歳の時、柔道経験のある父から柔道を教わる。 近畿大学附属福山高校3年生の2002年にインターハイ優勝。筑波大学へ進学。ベルギー国際大会優勝。 2004年、世界ジュニア選手権3位、講道館杯日本体重別選手権2位。2006年、グルジア国際大会2位、フランス国際大会2位、全日本選抜体重別選手権3位、講道館杯日本体重別選手権3位。2007年、グルジア国際大会優勝、全日本選抜体重別選手権3位、アジア選手権1回戦敗退、第24回ユニバーシアード競技大会2回戦敗退、嘉納杯東京国際大会優勝。
佐々木 伸次朗(ささき しんじろう、1980年4月10日 -… 佐々木 伸次朗(ささき しんじろう、1980年4月10日 -)は広島県出身の日本の柔道家。60kg級の選手。身長は159cm。組み手は右組み。 小学校1年の時にドラゴンボールの影響で空手に興味を持ち、空手衣を注文したにもかかわらず柔道衣が届いてしまったことから、羽原道場で柔道を始めることになった。城北中学から近大福山高校を経て、1999年には日本大学へ進学すると、3年の時に正力杯60kg級の決勝で東海大学の早見考道を破って優勝を飾った。4年の時には学生体重別決勝で天理大学の米富和郎に敗れて2位だった。 2003年には了徳寺学園の職員になると、講道館杯で3位になった。2004年の実業個人選手権では決勝でセコムの中野真太郎に敗れた。
中村 和裕(なかむら かずひろ、1979年2月21日 - )… 中村 和裕(なかむら かずひろ、1979年2月21日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。現在は大学教員。広島県福山市出身。柔道三段。近畿大学附属福山高等学校、国際武道大学卒業。元DEEPミドル級王者。 10歳の頃から柔道を始める。国際武道大学時代には柔道部で柏崎克彦に師事し、2000年には正力杯全日本学生体重別の100kg級で準優勝。大学卒業後には京葉ガス柔道部に所属し、2002年の全日本実業柔道個人選手権大会優勝、ドイツオープン柔道大会100kg級優勝などの実績を挙げる。100kg級では、井上康生、鈴木桂治らと肩を並べ、全日本強化選手入りを果たした。アマチュア時代には、柔道以外の格闘技に挑戦し、2001年にJTC総合格闘技大会で準優勝、全日本サンボ体重別大会で優勝している。
上口 孝太(うえぐち こうた、1976年6月16日 - )は… 上口 孝太(うえぐち こうた、1976年6月16日 - )は、神奈川県川崎市出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。195 cm。145 kg。得意技は払巻込。父は軽重量級で活躍していた上口孝文。 小学校の時は野球をやっていたが、向丘中学に入ると柔道と相撲を始めた。高校は近畿大学附属福山高校に進学すると、2年の時に金鷲旗で3位となった。大学は日大に進むと、2年の時には正力杯95kg超級で優勝を果たした。さらには無差別の学生選手権でも優勝を成し遂げた。しかし学生2冠を達成しながら、全日本ジュニアの決勝では東海大相模高校の井上康生に背負投で一本負けを喫して2位に終わった。その後の世界学生ではオール一本勝ちで優勝を飾った。
山本 旗六(やまもと きろく、1968年12月6日 - )は… 山本 旗六(やまもと きろく、1968年12月6日 - )は、広島県安芸郡出身の、日本の柔道選手である。階級は86kg級。身長177cm。 小学校2年の時に兄とともに野坂道場で柔道を始めた。 近代福山高校へ進むと、2年の時には同級生の三谷浩一郎や葉山充などとともに活躍して、高校選手権の団体戦で3位となった。3年の時には金鷲旗の決勝で世田谷学園高校と対戦すると両チームとも引き分けが続いて延長戦まで縺れ込むが、相手エースの石田輝也に山本が判定負けを喫して優勝はならなかった。続くインターハイ団体戦でも決勝で世田谷学園高校と対戦して山本をはじめ他の部員は引き分けるも、三谷が石田に合技で敗れたため1-0で2位に終わった。
三谷 浩一郎(みたに こういちろう、1968年11月18日 … 三谷 浩一郎(みたに こういちろう、1968年11月18日 - )は日本の柔道家(五段)。広島県出身。NEXCO東日本柔道部監督。2006年に近畿大学の監督に就任 広島県福山市の瀬戸内海に面した小さな町で、鉄工所を経営する家に生まれる。小学校1年次から町内の柔道場に通い始めるが、父が町内で野球のスタープレイヤーだった事もあり、幼少時代は柔道と野球の二足の草鞋を履いていた。11歳の時に父が他界してからも柔道より野球の方が熱心で、鞆中学校時代は補欠ながらも3年間野球部に籍を置いていた。 高校受験で近大福山を受けた際、面接で「柔道の黒帯を持っている」とハッタリをかまし合格。これにより超強豪柔道部での3年間が義務付けられ、その後の三谷の柔道人生が大きく変わる事となる。
竹村 典久(たけむら のりひさ、1967年10月28日 - … 竹村 典久(たけむら のりひさ、1967年10月28日 - )は、広島県出身の、日本の柔道選手である。階級は95kg級。身長170cm。弟は同じ95kg級で活躍していた竹村欣也。 近代福山高校から近畿大学に進むと、1年の時に新人体重別の95kg級で3位になった。2年の時には決勝まで進むも日大2年の秋山勝彦に敗れて2位だった。また、この年から3年連続で高校時代からの同級生である山崎茂樹などとともに活躍して優勝大会で3位になった。4年の時には正力杯決勝で秋山に敗れた。正力国際では決勝で西ドイツの選手に背負投で一本勝ちして優勝を飾った。1990年には広島県警の所属となると、講道館杯で3位、体重別では決勝で東海大学4年の甲斐康浩に敗れるも2位となった。
山崎 茂樹(やまさき しげき、1967年7月27日 - )は… 山崎 茂樹(やまさき しげき、1967年7月27日 - )は、広島県福山市出身の、日本の柔道選手である。階級は95kg級。身長183cm。 近大福山高校3年の時に新人体重別の86kg級で決勝まで進むが、世田谷学園高校2年の石田輝也に敗れて2位だった。 1986年に近畿大学へ進学すると、2年の時から3年連続で高校時代からの同級生である竹村典久などとともに活躍して優勝大会で3位となった。また、2年の時には正力国際の個人戦95kg級で3位、団体戦では2位となった。3年の時には正力国際の個人戦で再び3位だったものの、団体戦では優勝を飾った。4年の時には体重別の決勝で世界チャンピオンである新日鉄の須貝等に敗れるも2位になった。
岡田 龍司(おかだ りゅうじ、1964年2月13日 - )は… 岡田 龍司(おかだ りゅうじ、1964年2月13日 - )は、広島県出身の、日本の柔道選手である。階級は95kg超級。現役時代は身長175cm。体重120kg。 近代福山高校3年の時に金鷲旗で2位、インターハイ団体戦で3位となった。近畿大学へ進むと、2年の時に世界ジュニアの95kg超級決勝でソ連のゲナンジー・ヤレメンコに敗れて2位だった。新人体重別でも決勝で東海大学2年の樋川純に敗れた。3年の時には正力杯で3位となった。無差別で争われる学生選手権では決勝で天理大学4年の正木嘉美に敗れた。正力国際では無差別で3位になった。4年の時には正力杯で再び3位だったものの、学生選手権では決勝で天理大学3年の野村幸生を破って優勝した。
岡田 正行(おかだ まさゆき、1961年11月2日 - )は… 岡田 正行(おかだ まさゆき、1961年11月2日 - )は、広島県出身の、日本の柔道選手である。階級は95kg超級。現役時代は身長178cm。体重120kg。 近代福山高校から近畿大学へ進むと、4年の時に正力杯の95kg超級で3位となった。1984年に大阪府警の所属となると、講道館杯で3位になった。1986年の講道館杯では決勝で近畿大学教員である弟の岡田龍司を腕挫脚固で破って、全国大会初優勝を飾った。1987年の全日本選手権では史上3組目の兄弟出場を果たした。自らは初戦で敗れるも、一緒に出場した弟は3位入賞を果たした。1988年の講道館杯では3位になった。 (出典、JudoInside.com)。
中村 和裕 は、日本の男性柔道家、総合格闘家。現在は大学教員… 中村 和裕 は、日本の男性柔道家、総合格闘家。現在は大学教員。広島県福山市出身。柔道三段。近畿大学附属福山高等学校、国際武道大学卒業。元DEEPミドル級王者。