スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
藤川 翔大(ふじかわ しょうた、2000年2月11日 - )… 藤川 翔大(ふじかわ しょうた、2000年2月11日 - )は、山口県出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城所属。 岩国市立平田中学校時代は2014年の全国中学校大会でベスト4となり、大会の優秀選手に選ばれた。同年12月に行われた第23回JOCジュニアオリンピックカップには山口県選抜として出場。優秀選手に選出された。 山口県立岩国工業高等学校進学後の2015年は日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出。 2016年は7月に第4回U-22東アジア選手権の日本代表U-22(U-19で構成)、8月に第7回ユースアジア選手権の日本代表U-19に選出された。
徳田 廉之介(とくだ れんのすけ、1998年5月15日 - … 徳田 廉之介(とくだ れんのすけ、1998年5月15日 - )は、山口県岩国市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のアルバモス大阪高石所属。 兄も同じくハンドボール選手の徳田新之介。 母と兄の影響で、IDBスポーツクラブでハンドボールを始める。岩国工業高校時代は2016年の全国高校選抜大会、第67回全日本高等学校ハンドボール選手権大会(インターハイ)、国民体育大会で優勝し、3冠を達成した。インターハイでは優秀選手に選ばれた。高校卒業後は筑波大学へ進学。大学3年の2019年9月に、ポーランドリーグのタルヌフへ加入。大学卒業後もチームに在籍し、2020-21シーズンには26試合で160得点を挙げリーグ得点王に選ばれた。
加納 虹輝(かのう こうき、1997年12月19日 - )は… 加納 虹輝(かのう こうき、1997年12月19日 - )は、日本の男子フェンシング選手。種目はエペ。 2021年開催の東京オリンピックフェンシング男子エペ団体金メダリスト。2023年開催の杭州アジア競技大会男子エペ個人金メダリスト。アジア競技大会の男子エペ団体で2大会(2018年ジャカルタ・2022年杭州)連続金メダル。2024年開催のパリオリンピックフェンシング個人金メダリスト。 愛知県あま市出身。早稲田大学卒業。日本航空所属。 あま市立美和中学校、山口県立岩国工業高等学校を経て2016年、早稲田大学スポーツ科学部に入学し、フェンシング部に所属。4歳から体操競技をしていたが北京オリンピックでの太田雄貴の銀メダル獲得をテレビで観て小学6年時にフェンシングのフルーレを始める。
徳田 新之介(とくだ しんのすけ、1995年12月6日 - … 徳田 新之介(とくだ しんのすけ、1995年12月6日 - )は、山口県岩国市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ紡織九州レッドトルネードSAGA所属。 弟は同じくハンドボール選手の徳田廉之介。 山口県立岩国工業高等学校時代は2012年の第63回全日本高等学校ハンドボール選手権大会(インターハイ)で優秀選手に選ばれた。2013年には第5回男子ユース世界選手権の日本代表U-19に選出された。 高校卒業後は筑波大学へ進学。2014年には第14回男子ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選出。ジュニアアジア選手権では3位となり、日本としては1985年第5回大会以来30年ぶりの世界ジュニア選手権の出場権を獲得する。
岡本 大亮(おかもと だいすけ、1995年3月29日 - )… 岡本 大亮(おかもと だいすけ、1995年3月29日 - )は、山口県出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ車体ブレイヴキングス刈谷所属。 中部大学時代は2014年の全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)で特別賞を受賞。 2015年は第20回男子ジュニア世界選手権の日本代表U-21に選出された。 2016年は第23回世界学生選手権の日本代表U-24に選ばれた。 2017年に日本ハンドボールリーグのトヨタ車体へ加入。6月には第5回東アジアU-22ハンドボール選手権の日本代表に選ばれた。 2018年は7月に第24回世界学生選手権の日本代表U-24に選出された。 2022年の日韓定期戦で日本代表に初選出された。
助安 功成(すけやす こうせい、1994年8月6日 - )は… 助安 功成(すけやす こうせい、1994年8月6日 - )は、山口県岩国市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)の安芸高田わくながハンドボールクラブでコーチを務めている。 山口県立岩国工業高等学校時代は2012年の全国高等学校ハンドボール選抜大会で優秀選手に選出され、7月の全国高等学校総合体育大会ハンドボール競技大会(インターハイ)でも優秀選手に選出。同年9月には第5回男子ユースアジア選手権の日本代表U-19に選ばれた。 高校卒業後は大阪体育大学へ進学。2013年は第5回男子ユース世界選手権の日本代表U-19に選出された。 2017年1月に日本ハンドボールリーグの湧永製薬へ加入。
田村 卓大(たむら たかひろ、1992年8月2日 - )は、… 田村 卓大(たむら たかひろ、1992年8月2日 - )は、山口県岩国市出身の元ハンドボール選手。 実妹はハンドボール選手の田村美沙紀。 岩国市立岩国中学校時代は2007年の第16回JOCジュニアオリンピックカップで優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は山口県立岩国工業高等学校へ進学し、2010年の全日本高等学校ハンドボール選手権大会(インターハイ)でベスト4を経験。 高校卒業後は中京大学へ進学。2012年の西日本学生選手権大会で特別賞を受賞した。 2013年は西日本学生選手権大会で優秀選手賞を受賞。同年の全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)では準優勝を果たし、優秀選手賞を受賞した。 2015年4月に日本ハンドボールリーグの琉球コラソンへ加入。
野村 浩輝(のむら ひろき、1990年9月25日 - )は、… 野村 浩輝(のむら ひろき、1990年9月25日 - )は、山口県岩国市出身の元ハンドボール選手。 中京大学時代は2012年の西日本学生選手権大会で優秀選手賞を受賞し、全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)でも優秀選手賞を受賞した。 2013年1月に日本ハンドボールリーグの湧永製薬へ加入。同年の第18回ヒロシマ国際ハンドボール大会では優秀選手賞を受賞した。 2014年は第22回世界学生選手権の日本代表U-24に選ばれた。 2019-20年シーズン限りで現役を引退。
藤山 岳士(ふじやま たけし、1982年9月30日 - )は… 藤山 岳士(ふじやま たけし、1982年9月30日 - )は、山口県岩国市出身の元ハンドボール選手。 筑波大学時代は全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)で21年ぶりの優勝を果たし、優秀選手に選ばれた。 2005年にトヨタ紡織九州へ加入。 2007年に北京オリンピック男子アジア予選の日本代表に補欠として選出。 2009-10年シーズンは7mスローでリーグ2位となる27得点を記録した。 2010-11年シーズンはフィールド得点で4位となる80得点、7mスローで3位となる18得点を挙げ、得点王(98得点)のタイトルを獲得した。 2011-12年シーズンは7mスローでリーグ2位の21得点を挙げ、リーグ4位の77得点を記録。
森 慎二(もり しんじ、1974年〈昭和49年〉9月12日 … 森 慎二(もり しんじ、1974年〈昭和49年〉9月12日 - 2017年〈平成29年〉6月28日)は、山口県岩国市出身のプロ野球選手(投手)・コーチ・監督。 山口県立岩国工業高等学校卒業後、新日鐵光に入るが新日鐵グループ野球部の再編にともない、新日鐵君津へ転籍した。1996年の第67回都市対抗野球大会では優秀選手賞を受賞した。同年のドラフト会議で西武ライオンズから2位指名を受け、入団した。同期入団には和田一浩がいた。 プロ1年目の1997年シーズンは、プロ初登板が先発だった。先発としては結果を残せなかったものの中継ぎで好投したことからリリーフへ転向した。後半には石井貴と入れ替わる形で抑えに抜擢され、最終的に38試合に登板し、6勝2敗9セーブを記録成績でチームの優勝に貢献した。
田村 勲(たむら いさお、1957年3月22日 - 2000… 田村 勲(たむら いさお、1957年3月22日 - 2000年12月25日)は、山口県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 岩国工業高では、1974年夏の甲子園県予選準々決勝に進むが、宇部工業高に延長12回敗退した。同年オフにドラフト外で読売ジャイアンツに入団する。 1年目の1975年は同期入団の定岡正二、西本聖とともにオープン戦に登板するが、一軍での登板には恵まれなかった。1976年に一軍初登板、翌1977年には定岡、西本に先駆けて初勝利を果たし、1978年には中継ぎとして16試合に登板する。 サイドスローからコーナーをつく揺さぶり投法で、得意球は外角のスライダー。カーブ、シュート、シンカーも投げたが、左打者にはボールのキレが半減し、巨人ではなかなか一軍に踏みとどまれない原因となった。
芦岡 俊明(よしおか としあき、1952年4月11日 - )… 芦岡 俊明(よしおか としあき、1952年4月11日 - )は、山口県岩国市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。 岩国工高在学時は強打の内野手として知られたが、甲子園には出場できなかった。1970年のドラフトで大洋から7位指名されるも拒否し、亜細亜大に進学。東都大学野球リーグでは1971年の春季リーグで優勝を経験するが、自身の活躍の場はなく、その後は優勝に届かなかった。リーグ通算50試合出場、135打数18安打、打率.133、1本塁打、7打点。大学同期に林龍郎がいる。 1974年のドラフトでロッテより3位指名を受け入団。入団当初は主に遊撃手として起用されたが、飯塚佳寛の壁を破れず、あまり出場機会はなかった。
兼重 宏行(かねしげ ひろゆき、1951年〈昭和26年〉9月… 兼重 宏行(かねしげ ひろゆき、1951年〈昭和26年〉9月13日 - )は、日本の実業家、経営者。兼重オートセンター(のちの株式会社ビッグモーター)創業者。株式会社ヤクルト山口工場代表取締役社長、株式会社ハナテン取締役会長、株式会社ビッグモーター代表取締役社長などを歴任した。 1951年、山口県岩国市で、上に姉と兄2人がいる4番目の子として生まれた。実家は、畑仕事をしたり、近くの川でシロウオや貝、アサリなどを採って生計を立てていた。地元の小中学校を経て、岩国工業高校に進学。1970年に高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。隊所属時代に結婚し、程なく退職。その後、大手自動車ディーラーで勤務した。 1976年1月に出身地の山口県岩国市南岩国町において兼重オートセンターを創業。
松林 茂(まつばやし しげる、1947年8月23日 - )は… 松林 茂(まつばやし しげる、1947年8月23日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。投法はアンダースロー。 岩国工業高校では、1965年夏の甲子園県予選準々決勝で下関中央工に延長17回敗退。卒業後は大昭和製紙に入社。その後は大昭和製紙北海道に転籍する。大昭和製紙では野村稔、北海道では同じチームから転籍組の三田晃、成重春生など投手陣の層が厚く、都市対抗などの大舞台ではあまり活躍できなかった。しかし1972年の産業対抗では先発として起用され、準決勝に進む。日本石油の五月女豊と投手戦を展開するが、延長14回、町田公雄に決勝2点本塁打を喫し0-2で惜敗。この大会では優秀選手に選出された。
木頃 博巧(きごろ ひろよし、1937年1月12日 - )は… 木頃 博巧(きごろ ひろよし、1937年1月12日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。 岩国工業高校から1956年に阪急ブレーブスへ投手で入団。後に内野手へ転向。
澄川 喜一(すみかわ きいち、1931年5月2日 - 202… 澄川 喜一(すみかわ きいち、1931年5月2日 - 2023年4月9日)は、日本の彫刻家。勲等は文化勲章。東京芸術大学名誉教授、学校法人國學院大學顧問、日本芸術院会員、文化功労者。 島根県出身の彫刻家である。東京芸術大学美術学部教授を経て学長を務め、金沢美術工芸大学では客員教授を務めた。新制作協会の会員であり、2006年には委員長を務めた。日本芸術院会員にも選任され、文化功労者となった。また、島根県芸術文化センター グラントワのセンター長、石見美術館の館長、財団法人横浜市芸術文化振興財団の理事長などを歴任した。 島根県六日市町(現・吉賀町)生まれ。山口県立岩国工業高等学校機械科卒業。東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。
児玉 辰春(こだま たつはる、1928年 - 2019年10… 児玉 辰春(こだま たつはる、1928年 - 2019年10月14日)は、日本の児童文学作家。 戦争を語り継ぐ絵本『まっ黒なおべんとう』の著者として知られる。 広島県大竹市出身。山口県立岩国工業高等学校、神奈川大学工学部卒業。 1954年より中学校の教師として勤務した。その頃から、子供たちへの平和活動を始める。1988年、広島市立三和中学校を最後に退職し、創作活動を開始した。 1990年に「よっちゃんのビー玉」が日本子どもの本研究会選定図書、1992年に「伸ちゃんのさんりんしゃ」日本図書館協会選定図書と全国学校図書館協議会「夏休みの本」に選ばれた。 2001年、戦争の悲惨さを語り継ぐ「新世紀に戦争を語り継ぐ会」を創設した。
山下 やよい(やました やよい)は、山口県岩国市出身の打楽器… 山下 やよい(やました やよい)は、山口県岩国市出身の打楽器・マリンバ奏者、吹奏楽指導者。 所属事務所は、ハラヤミュージックエンタープライズ。 打楽器・マリンバを松嶋秀男、佐藤正二郎、佐藤須美子、吉岡考悦に師事。 吹奏楽指導者としては、母校である山口県立岩国工業高等学校吹奏楽部のコーチとして小編成ながらコンクールにて中国大会にほぼ毎年導いている。