上野 優佳(うえの ゆうか、2001年11月28日 - )は… 上野 優佳(うえの ゆうか、2001年11月28日 - )は、日本のフェンシング(フルーレ)選手。 大分県日田市生まれで、別府市で育つ。 両親は国体出場経験を持つ元フェンシング選手で、兄もフェンシング選手というフェンシング一家であったことから優佳も自然とフェンシングに興味を持つようになり、別府市立青山小学校2年に入って本格的に父の指導の下でフェンシングを始める。 小学校時代は6年生の時にデブレツェン(ハンガリー)で開催された「プロフ・ミハーイ・ハンガリーカップ・デブレツェン国際大会」12歳の部で優勝を果たした。 別府市立山の手中学校へ進学後は第2回全国中学生フェンシング選手権大会にて女子フルーレとサーブルでそれぞれ優勝し、二冠女王に輝いた。
加藤 響(かとう ひびき、2001年8月2日 - )は、日本… 加藤 響(かとう ひびき、2001年8月2日 - )は、日本の愛知県安城市出身の男子フェンシング選手。 愛知工業大学名電高等学校卒業。IH準優勝。2018年ブエノスアイレスユースオリンピックに出場し、結果は5位であった。 中央大学卒業後の2024年4月1日、オリエンタル酵母工業株式会社に入社。
加納 虹輝(かのう こうき、1997年12月19日 - )は… 加納 虹輝(かのう こうき、1997年12月19日 - )は、日本の男子フェンシング選手。種目はエペ。 2021年開催の東京オリンピックフェンシング男子エペ団体金メダリスト。2023年開催の杭州アジア競技大会男子エペ個人金メダリスト。アジア競技大会の男子エペ団体で2大会(2018年ジャカルタ・2022年杭州)連続金メダル。2024年開催のパリオリンピックフェンシング個人金メダリスト。 愛知県あま市出身。早稲田大学卒業。日本航空所属。 あま市立美和中学校、山口県立岩国工業高等学校を経て2016年、早稲田大学スポーツ科学部に入学し、フェンシング部に所属。4歳から体操競技をしていたが北京オリンピックでの太田雄貴の銀メダル獲得をテレビで観て小学6年時にフェンシングのフルーレを始める。
菊池 小巻(きくち こまき、1997年2月22日 - )は、… 菊池 小巻(きくち こまき、1997年2月22日 - )は、日本の熊本県熊本市出身の女子フェンシング選手。 専修大学商学部マーケティング学科卒業。4人兄弟の次女であり、7歳違いの兄、5歳違いの姉がいる。 フェンシングを始めたのは4歳からであり、両親共にフェンシング経験者で、父親は地元である熊本市のクラブでコーチをしていた。幼少期から兄と姉と共に練習に励み、始めた当初は父親から、「お兄ちゃん、お姉ちゃんはできるのに、どうしてできないの?」と言われ、「くやしい!負けたくない!」と兄弟に立ち向かっていた。 その後、熊本県立翔陽高等学校へ進み、2015年に専修大学フェンシング部へ入部。 2016年のフェンシングアジアジュニア選手権大会を皮切りに個人と団体優勝を続け、国内、海外で成績を修めている。
宮脇 花綸(みやわき かりん、1997年〈平成9年〉2月4日… 宮脇 花綸(みやわき かりん、1997年〈平成9年〉2月4日 - )は、日本のフェンシング(フルーレ)選手。所属先は三菱電機株式会社。 東京都世田谷区出身。父は日本フェンシング協会元専務理事の宮脇信介。祖父は皇宮警察本部長や初代内閣広報官を務めた宮脇磊介。曽祖父は最後の官選埼玉県知事を務めた宮脇倫。大叔母(磊介の末妹)・千恵子は、サンウエーブ工業社長などを務めた中村久次の長男・雄一(山武ハネウエル元勤務)に嫁いでおり、子爵加納久朗や渋沢栄一、さらには中村雄一の妹・久美子を通じて第82・83代内閣総理大臣橋本龍太郎とも縁戚関係にある。 東洋英和女学院小学部、東洋英和女学院中学部、慶應義塾女子高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業。
才藤 歩夢(さいとう あゆむ、1996年9月14日 - )は… 才藤 歩夢(さいとう あゆむ、1996年9月14日 - )は、女子のフェンシング兼近代五種の選手。マネージメントはスポーツビズ。
山田 優(やまだ まさる、1994年6月14日 - )は、日… 山田 優(やまだ まさる、1994年6月14日 - )は、日本の男子フェンシング選手。種目はエペ。 2021年開催東京五輪男子エペ団体金メダリスト。2024年パリ五輪男子エペ団体銀メダリスト。2025年フェンシング世界選手権男子エペ団体金メダリスト・個人銅メダリスト。アジア大会の男子エペ団体で2大会(2018年ジャカルタ・2022年杭州)連続金メダル。 三重県鳥羽市出身。日本大学卒業。Team SSP所属。元幹部自衛官(2等陸尉、自衛隊体育学校所属)。 小学2年からフェンシングを始め、中学でフルーレからエペに種目を転向した。三重県立鳥羽高等学校を経て日本大学文理学部体育学科に入学した。日本大学在学中の2014年に世界ジュニア選手権で日本人初優勝した。
中野 希望(なかの のぞみ、現-佐藤希望 1986年7月3日… 中野 希望(なかの のぞみ、現-佐藤希望 1986年7月3日-)は、日本の女子フェンシング(エペ)選手。
坂本 圭右(さかもと けいすけ、1984年2月2日 - )は… 坂本 圭右(さかもと けいすけ、1984年2月2日 - )は、日本の男子フェンシング選手。種目はエペ。茨城県出身、中央大学卒業。自衛隊体育学校所属の幹部自衛官(2024年9月現在、1等陸尉)。 2019年11月のフェンシング・ワールドカップを最後に第一線から退くことを決め、所属の自衛隊体育学校(朝霞駐屯地)で指導者に転身をし、後進を育成していた。引退試合とされていた2020年全日本選手権にて日本一となり、福岡・久留米の幹部候補生学校へと10カ月間、現場から離れて未修の基本教育を受けていた。 2022年1月末に朝霞駐屯地へ帰任すると、再び近代五種班のコーチとして、部下を教育する日常に戻っていた。その際に「帰ってきたし、また出てみるか。
中山 セイラ(なかやま セイラ、1983年11月22日 - … 中山 セイラ(なかやま セイラ、1983年11月22日 - )は、日本の愛知県江南市出身の女子フェンシング選手。結婚後の性は山本。 朝日大学卒業。現役時代のコーチはヴォロディミル・ルカシェンコ(英語版)。全日本選手権では3連覇を達成し、世界選手権ではベスト16入りをしている。
池端 花奈恵(いけはた かなえ、1982年12月10日 - … 池端 花奈恵(いけはた かなえ、1982年12月10日 - )は、日本の長野県出身のフェンシング(フルーレ)選手。 同志社大学卒業。2009年から京都府立乙訓高等学校保健体育教諭。フェンシング部の顧問を務めている。2007年、世界選手権の団体で3位に入り、2010年、アジア選手権の個人でも3位に入った。2011年、6回目の世界選手権代表に選ばれ、2012年、ワールドカップトリノ大会で3位に入る。同年のロンドンオリンピックでフェンシングの日本代表に選ばれ、女子フルーレ団体で7位、個人で8位に入賞した。
久枝 円(ひさがえ まどか、1979年1月11日 - )は、… 久枝 円(ひさがえ まどか、1979年1月11日 - )は、日本の女子フェンシング選手。2004年アテネオリンピック、2008年北京オリンピック日本代表選手。 熊本県出身。中学校の頃の先輩が高校に進学した後に始めたのを見て、その先輩にフェンシングを勧められ自身も興味を持ち競技を始めた。
菅原 智恵子(すがわら ちえこ、1976年8月15日 - )… 菅原 智恵子(すがわら ちえこ、1976年8月15日 - )は、宮城県気仙沼市出身の女子フェンシング選手。宮城クラブ所属。2004年アテネオリンピック、2008年北京オリンピック代表。気仙沼市立条南中学校、宮城県気仙沼高等学校(旧鼎が浦高等学校)、日本体育大学体育学部体育学科卒業。身長163cm。体重56kg。
荒木 敏明(あらき としあき、1942年5月31日 - )は… 荒木 敏明(あらき としあき、1942年5月31日 - )は日本の男子フェンシング選手。北海道歌志内市出身。 北海道札幌南高等学校、立教大学卒。全日本フェンシング選手権大会ではエペ種目を中心に11回優勝。また1978年アジア大会バンコク大会エペ競技においても優勝を果たしている。立教大学在学中に1964年東京オリンピックに出場した。 引退後は様々な大学のコーチを歴任した後に、健康科学財団の役員として沖縄県に住んでいる。
中嶋 英一(なかじま えいいち、1927年〈昭和2年〉1月1… 中嶋 英一(なかじま えいいち、1927年〈昭和2年〉1月17日 - 2004年〈平成16年〉11月25日)は、日本の元男子フェンシング選手。元日本フェンシング協会会長。宮城県出身。 1927年1月17日、宮城県栗原郡若柳町にて誕生。宮城県築館中学校(現在の宮城県築館高等学校)に進学した。中嶋は走ることが子供の頃から好きであったため、中学校では陸上部へ入部する。中学校卒業後は明治大学へと入学。明治大学にて友人にフェンシングを誘われ当日明治大学にコーチをしていた森寅雄から「足が良いし、反射神経も中々良いぞ」と褒められ、その後本格的にフェンシング選手へとなった。明治大学に在学中チームの中心選手として活躍後、東北フェンシング連盟会長、日本フェンシング協会副会長などを経て、1999年から2002年に日本フェンシング協会会長を務めた。
西岡 詩穂 は、日本のフェンシング(フルーレ)選手。