スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大畠寛美(だいばたけ ひろみ、1992年1月22日- )は、… 大畠寛美(だいばたけ ひろみ、1992年1月22日- )は、山口県で活躍するラジオパーソナリティー、ローカルタレントである。 山口県田布施町出身。山口大学教育学部附属光中学校、山口県立光高等学校在学中からラジオパーソナリティー、ローカルタレントとして活動開始。岩国短期大学幼児教育科、山口学芸大学教育学部卒業。趣味は、料理のレパートリーを増やすこと。2018年より活動休止中。
カイリ・セイン(Kairi Sane、1988年9月23日 … カイリ・セイン(Kairi Sane、1988年9月23日 - )は、日本の女性プロレスラー、パーソナルトレーナー、経営者、女優、タレント、 元ヨット選手。山口県光市出身。WWE所属。血液型O型。 旧リングネームに宝城カイリ(ほうじょう かいり)、KAIRIがある。 高校時代にヨットを始め、法政大学在学中にはヨット選手として活躍。2011年に女子プロレス団体スターダムの練習生となり、翌2012年にデビュー。宝城カイリのリングネームでワールド・オブ・スターダム王座などを戴冠した後、2017年に米国のプロレス団体WWEと契約。リングネームをカイリ・セインに変更した。第1回メイ・ヤング・クラシックで優勝し、2018年にはNXT女子王座を獲得している。
吉開 菜央(よしがい なお、1987年 - )は、日本の映像… 吉開 菜央(よしがい なお、1987年 - )は、日本の映像作家、振付師、ダンサー。山口県光市出身。山口県立光高等学校を経て、日本女子体育大学舞踊学専攻でダンスを学んだのち、東京藝術大学大学院映像研究科に進学。生き物ならではの身体的な感覚・現象を素材に、「見て、聴く」ことに集中する時間を映像として編集している。東京造形大学非常勤講師。名古屋芸術大学 芸術学部 芸術学科 美術領域 現代アートコース 特別客員教授。 映像作品「みづくろい」を監督、山口情報芸術センター(YCAM)が開催した「FILM by MUSIC 架空の映画音楽の為の映像コンペティション」で優秀賞を受賞。短編映画「自転車乗りの少女」を監督、第8回那須国際短編映画祭にて、じゃらん賞を受賞。
末岡 龍二(すえおか りゅうじ、1979年5月22日 - )… 末岡 龍二(すえおか りゅうじ、1979年5月22日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはMF、FW。 山口県光市出身。兄の影響でサッカーを始める。 進学した光高校にはサッカー部が存在せず、同好会で活動(卒業後には部に昇格)。 卒業後は中京大学サッカー部所属。2000年には全日本大学サッカー選手権優勝を経験した。在学中にアルビレックス新潟(当時J2)のトライアルの誘いを受け、2002年に入団した。 2004年にアルビレックス新潟シンガポールにレンタル移籍しリーグ戦12ゴールをあげSリーグ年間MVP候補に選出され、2005年にはアルビレックス新潟に復帰。しかし2005年度限りで退団、その後はシンガポールやタイのクラブでプレーした。
国近 友昭(くにちか ともあき、1973年4月22日 - )… 国近 友昭(くにちか ともあき、1973年4月22日 - )は、陸上競技長距離走・マラソン元選手、現指導者(NTT西日本陸上競技部監督)。山口県光市出身。主な実績に2004年アテネオリンピック男子マラソン日本代表、2003年福岡国際マラソン優勝など。 光市立浅江中学校から陸上を始め、当時の陸上部顧問であった山村進(現・聖光高等学校陸上部監督)の指導を受けて実力をつけ、山口県立光高等学校時代には田村好明教諭の指導を受けインターハイに出場した。卒業後の1992年、NTT中国に入社。1996年、広島市で開催された第1回全国都道府県対抗男子駅伝で優勝した広島県チームのアンカーを務める。長身でかつ俳優の古尾谷雅人似の爽やかイケメンで、現役時代女性から高い人気を得ていた[独自研究?]。
芳岡 統(よしおか おさむ、1968年(昭和43年)12月7… 芳岡 統(よしおか おさむ、1968年(昭和43年)12月7日 - )は日本の政治家。光市長(1期)。 山口県光市出身。光市立島田小学校、山口大学教育学部附属光中学校、山口県立光高等学校、大分大学工学部を卒業し、同大学院工学研究科を修了。新日鐵化学に勤務した後、光市役所に入る。市役所内では秘書係長、商工観光課長や議会事務局次長、教育、経済部長を務めた。 2024年4月に芳岡は10月の市長選挙に立候補することを表明、光市長市川熙の後継者に指名された。10月の市長選挙では芳岡は自民、公明、連合山口の推薦を受け、JR光駅のバリアフリー化の早期実現や、学校給食の無料化などを訴え、元市議会議長、元市議会副議長の新人2人を破り、初当選を果たした。
小西 工己(こにし こうき、1959年10月19日 - )は… 小西 工己(こにし こうき、1959年10月19日 - )は日本の実業家。株式会社名古屋グランパスエイト代表取締役社長を務めた。 山口大学教育学部附属光小学校、山口大学教育学部附属光中学校、山口県立光高等学校を経て、1982年東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。 1982年、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。長く公報を担当し、2007年トヨタインスティテュート部長。同年公報部長。2013年常務役員渉外・広報本部副本部長。2015年常務役員技術管理本部長。2016年常務役員Mid-size Vehicle Company Executive Vice President。同年常務役員総務・人事本部付。
室積 光(むろづみ ひかる、1955年4月11日 - )は、… 室積 光(むろづみ ひかる、1955年4月11日 - )は、山口県光市出身の作家。ペンネームは出身地である「光市室積」から由来。 本名の『福田 勝洋』(ふくだ かつひろ)名義で俳優としても活動している。俳優としては F ACTOR(現・ラッシュアップ)に所属していた。 八幡製鐵(現・日本製鉄)光製鐵所に勤務していた父の二男として生まれる。幼少時から読書好きで、父の書棚にあった北杜夫、三島由紀夫らの本を読みあさった。山口大学教育学部附属光小学校6年の頃、太平洋戦争末期に結成された演劇慰問部隊が極限状態の戦地で兵士を楽しませた実話を元にした俳優・加東大介の従軍手記『南の島に雪が降る』を読み、役者という仕事に特別な思いを抱くきっかけとなる。
片山 正則(かたやま まさのり、1954年5月16日 - )… 片山 正則(かたやま まさのり、1954年5月16日 - )は、日本の経営者。いすゞ自動車会長CEOを務めている。山口県出身。 山口県光市生まれ。山口大学教育学部附属光小学校、山口大学教育学部附属光中学校、山口県立光高等学校を経て、1978年に東京大学工学部を卒業し、同年にいすゞ自動車に入社。2007年6月に取締役に就任し、常務、専務を経て、2014年4月に副社長に就任し、翌年6月には社長に昇格。 2020年9月から日本自動車工業会(自工会)副会長に就任。 2023年4月から会長CEO。 2024年1月から自工会会長。トヨタ自動車・日産自動車・本田技研工業(ホンダ)以外、並びに商用車メーカー出身の人物では初めて自工会会長に就任した。
末岡 泰義(すえおか やすよし、1948年(昭和23年)5月… 末岡 泰義(すえおか やすよし、1948年(昭和23年)5月16日 - )は、日本の政治家。前・山口県光市長で、山口県市長会会長、日本の森・滝・渚全国協議会会長、全国自治体病院開設者協議会副会長などを歴任した。
市川 熙(いちかわ ひろし、1947年〈昭和22年〉9月2日… 市川 熙(いちかわ ひろし、1947年〈昭和22年〉9月2日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元山口県光市長(4期)。元光市議会議員(4期)。 山口県光市生まれ。山口県立光高等学校、早稲田大学法学部卒業。 1994年5月、光市議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。以後4期連続当選。2004年、光市の合併に伴い一旦市議を失職するが、市議選で4選を果たし、同年12月には光市議会議長に就任した。議長在任中、山口県市議会議長会会長を務める。2008年9月、光市議を辞職。光市長選挙に出馬し、山口県第1区選出の高村正彦衆議院議員の元秘書で前光市議会議員の河村龍男(民主党推薦)ら2人の対立候補を破り、初当選。
近藤 克彦(こんどう かつひこ、1937年(昭和12年)9月… 近藤 克彦(こんどう かつひこ、1937年(昭和12年)9月5日 - )は日本の銀行家。第一勧業銀行頭取やみずほフィナンシャルグループ名誉顧問を務めた。 山口県の現在の光市出身。山口県立光高等学校を経て、一橋大学経済学部に入学。大学では体育会バレーボール部に所属。大学卒業後の進路としては、自動車メーカーを希望していたが、先輩の顔をたてて、第一銀行人事部の面接を受け、大学を卒業した1960年に入行。主に人事部門、営業部門を歩む。 スタンフォード大学留学、ニューヨーク支店勤務、国際金融部長等を経て、1990年から第一勧業銀行取締役。その後人事第二部長、人事企画部長等を務めた。人事第二部長時代には旧日本勧業銀行出身者の人事を扱う人事第一部と旧第一銀行出身者の人事を扱う人事第二部を統合した。
松岡 満寿男(松岡 滿壽男、まつおか ますお、1934年〈昭… 松岡 満寿男(松岡 滿壽男、まつおか ますお、1934年〈昭和9年〉10月4日 - 2024年〈令和6年〉6月9日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、衆議院議員(1期)、山口県光市長(3期)を務めた。 旧・満洲国生まれ。戦後、山口県光市にて育つ。満寿男の名は大叔父の松岡洋右が「満洲の満、ジュネーブ(寿府)の寿から名づけた。山口県立光高等学校全日制普通科卒業。早稲田大学政治経済学部卒業。 早稲田大学を卒業後、八幡製鐵(現日本製鉄)に勤めていたが、1971年(昭和46年)に父三雄が市長在職のまま急逝し、後任の光市長候補に担ぎ出され、36歳で初当選した。その後3回当選し、行政経験のない世襲の新米市長だったが多くの功績を残した。
豊田 博(とよだ ひろし、1933年10月14日 - )は日… 豊田 博(とよだ ひろし、1933年10月14日 - )は日本の体育学者。 山口県出身。山口県立光高等学校から1957年に日本体育大学を卒業。東京大学教養学部助手、講師を経て同学部助教授。のちに千葉大学教養学部に転じ同学部教授。退官後は名誉教授。 学生時代はバレーボール選手で、教員となったのちもバレーボール選手の体力面における科学的な研究や指導方法の研究を行い、1964年の東京オリンピックでは強化コーチを務めた。発表した書籍、論文多数。 バレーボール球界では、日本バレーボール協会常任理事、専務理事を歴任。国際バレーボール連盟の副会長、技術コーチ委員長、公認コーチ指導委員なども歴任した。その著書「ジュニアバレー・コーチングマニュアル」の推薦のことばとして、日本小学生バレーボール連盟会長は「日本の小学生・中学生バレーの育ての親」と最大級の賛辞を送っている。