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千葉 逸人(ちば はやと、1982年1月18日 - )は、日… 千葉 逸人(ちば はやと、1982年1月18日 - )は、日本の数学者、東北大学材料科学高等研究所教授。博士(情報学)。 福岡県久留米市生まれ。福岡県立明善高等学校を経て、2005年京都大学工学部物理工学科卒業。2009年京都大学大学院情報学研究科数理工学専攻博士課程修了。専門は力学系理論、微分方程式、および非線形函数方程式。 大学3回生の時に『これならわかる工学部で学ぶ数学』を出版した。 また修士課程在学中に『ベクトル解析からの幾何学入門 』を出版した。(書いたのは学部4回生の時だという) 2013年より九州大学マス・フォア・インダストリ研究所准教授。 2015年に蔵本予想(蔵本モデル)の証明をした。
柿本 浩一(かきもと こういち、1955年 - )は、日本の… 柿本 浩一(かきもと こういち、1955年 - )は、日本の工学者。九州大学名誉教授。東北大学教授。専門は結晶成長学、電子材料工学、化学工学、結晶工学。 福岡県久留米市出身。福岡教育大学附属久留米中学校、福岡県立明善高等学校卒業。1979年、埼玉大学理工学部電子工学科卒業。1985年、東京大学大学院工学系研究科電子工学専門課程博士後期課程修了。東京大学より工学博士の学位を取得。同年にNEC基礎研究所研究員(-1996年)。1989年よりベルギー・ルーヴァン・カトリック大学研究員(-1991年)。1995年より東北大学金属材料研究所客員教授(-1996年)。1996年より九州大学機能物質科学研究所助教授(-2000年)。
園田 英弘(そのだ ひでひろ、1947年3月20日 - 20… 園田 英弘(そのだ ひでひろ、1947年3月20日 - 2007年4月6日)は、日本の社会学者。専門は日本社会史、比較社会学。 1947年、福岡県久留米市で生まれた。福岡県立明善高等学校を経て、京都大学教育学部に進学。東京大学大学院教育研究科に進み、修士課程を修了した。 その後、京都大学人文科学研究所助手に採用された。国立民族学博物館助教授に転じた後、1986年に国際日本文化研究センターの創設準備室が開設されると次長となり、1987年に同助教授、1994年より同センター教授。1998年からの3年間と2005年から2年間にわたり、研究調整主幹を務め、また副所長も務めた。 1994年6月、学位論文『西洋化の構造:黒船・武士・国家』を大阪大学に提出して人間科学博士号を取得。
牟田 泰三(むた たいぞう、1937年6月1日 - )は、日… 牟田 泰三(むた たいぞう、1937年6月1日 - )は、日本の物理学者である。理学博士。研究分野は、理論物理学素粒子論。 福岡県久留米市出身。福岡県立明善高等学校、九州大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院数物系研究科物理学専攻修了(理学博士)。京都大学理学部助手、同大学基礎物理学研究所助教授を経て、1982年から2001年まで広島大学理学部教授。2001年より2007年5月21日まで、広島大学学長。 2007年10月より2009年6月まで、福山大学学長。2011年から2015年まで、マツダ株式会社社外取締役。 広島大学学長在任中、同大相撲部をモデルとした映画「ちゃんこ」に学長役として特別出演した。
寺崎 昌男(てらさき まさお、1932年9月26日 - )は… 寺崎 昌男(てらさき まさお、1932年9月26日 - )は、日本の教育学者、東京大学・立教大学・桜美林大学名誉教授。東京大学教育学部長、東京大学教育学部附属中学校・高等学校(現・附属中等教育学校)校長、立教大学全学共通カリキュラム運営センター部長、立教学院本部調査役を歴任。学界では教育史学会、日本教育学会、大学教育学会の運営に携わり、日本学術会議第17・18期会員。教育史の枠を超えて大学史の研究を進め、多くの著書がある。 福岡県生まれ。福岡県立明善高等学校を経て、1957年、東京大学教育学部教育学科卒業。1959年、東京大学大学院人文科学研究科教育学専門課程修士課程修了。1962年、東京大学大学院人文科学研究科教育学専門課程博士課程単位取得退学。
伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20… 伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20日 - )は、日本の陸軍軍人、医師、医学者、著作家。太平洋戦争に従軍した後に医師となり、国際協力事業団にも参加するなどして各国の医療事情を調査した。筆名としては伊佐 三休(いさ さんきゅう)の名も用いている。 1922年、福岡県小倉市に生まれる。幼くして朝鮮の龍山に渡り、6歳まで同地で過ごした。福岡県甘木小学校、久留米市金丸小学校を経た後、中学明善校(福岡県立明善高等学校の前身の1つ)1年を修了する。1936年(昭和11年)に広島陸軍幼年学校へ入学(第40期)、1938年(昭和13年)には陸軍予科士官学校へと進み(第55期)、翌年には歩兵第26聯隊へ士官候補生隊付として配属され、満州国・チチハル駐屯並びにソ満国境のハンダガイの守備に従事した。
近藤 四郎(こんどう しろう、1918年12月13日 - 2… 近藤 四郎(こんどう しろう、1918年12月13日 - 2003年2月6日)は、日本の人類学者。 長崎市生まれ。大分県亀川の小学校を卒業後、台北第一中学校、福岡県中学明善校を経て、第五高等学校理科乙類を卒業。1941年、東京帝国大学理学部人類学科に入学。長谷部言人に師事した。1943年、繰り上げ卒業と同時に同学部副手、1945年助手、1960年助教授。1957年、「ヒトの姿勢及び歩行運動の人類学的研究 主として筋活動電流より見たる」により、東京大学理学博士。1967年、京都大学霊長類研究所初代所長に就任。1982年、京都大学を定年退官、大妻女子大学人間生活科学研究所教授。1993年、大妻女子大学を退任。
椿 宜高(つばき よしたか) は、日本の生態学者。京都大学名… 椿 宜高(つばき よしたか) は、日本の生態学者。京都大学名誉教授。京都大学生態学研究センター長や、個体群生態学会会長を務めた。 福岡県生まれ。1967年福岡県立明善高等学校卒業。1971年九州大学理学部生物学科卒業。1973年九州大学大学院理学研究科修士課程修了。1974年九州大学大学院理学研究科博士課程中退、九州大学理学部教務職員。1977年九州大学理学部助手。1980年名古屋大学農学部助手。1982年グリフィス大学客員研究員。1990年環境庁国立環境研究所総合研究官。1997年環境庁国立環境研究所上席研究官。2000年東京大学大学院農学生命科学研究科教授併任。2006年京都大学生態学研究センター教授。