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樋口 尚也(ひぐち なおや、1971年4月11日 - )は、… 樋口 尚也(ひぐち なおや、1971年4月11日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、文部科学大臣政務官(第3次安倍第2次改造内閣)を務めた。 1971年、福岡県に生まれる。 柳川市立柳河小学校、柳川市立柳城中学校、福岡県立伝習館高等学校を経て、創価大学法学部に進学。1994年3月、創価大学法学部を卒業。同年4月、清水建設入社。2012年10月、清水建設関西事業本部営業課長を退職。 2012年12月、第46回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック(単独3位)で出馬し、初当選を果たした。2014年12月、第47回衆議院議員総選挙に再び公明党から比例近畿ブロック(単独3位)で出馬し、再選される。
松永 久(まつなが ひさし、1964年〈昭和39年〉9月1日… 松永 久(まつなが ひさし、1964年〈昭和39年〉9月1日 - )は、日本の政治家。福岡県柳川市長(1期)。 福岡県柳川市出身。福岡県立伝習館高等学校、福岡大学工学部土木工学科卒業。 1989年、柳川市役所に入庁し、下水道課長、水路課長、産業経済部長、総務部長を歴任。 2024年9月、退職。同年10月3日、翌年に予定される柳川市長選挙への立候補を表明した。 2025年4月13日投開票の市長選挙では県農政連柳川支部や県商工政治連盟柳川支部などの推薦を得た松永が新人3人の争いを制し、初当選した。 4月24日、柳川市長就任。
江﨑 孝(えさき たかし、1956年8月11日 - )は、日… 江﨑 孝(えさき たかし、1956年8月11日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元参議院議員(2期)。 自治労の組織内候補であった。 福岡県三橋町(現:柳川市)生まれ。現在は東京都在住、福岡県立伝習館高等学校、法政大学社会学部卒業。 1979年、三橋町役場に就職。在職中から労働組合運動に参加し、1991年より三橋町役場職員労働組合書記長を務める。2004年より自治労福岡県本部書記長、2007年より自治労中央本部労働局長。その後、自治労中央本部特別執行委員(公務員制度改革担当)を務める。 2010年の第22回参議院議員通常選挙では、自治労の組織内候補であった高嶋良充の引退に伴い、民主党公認で比例区から出馬し、初当選した。
古賀 道雄(こが みちお、1943年(昭和18年)11月25… 古賀 道雄(こが みちお、1943年(昭和18年)11月25日 - )は、日本の政治家。元福岡県大牟田市長(第25・26・27代)、元大牟田市議会議員(3期)。旭日小綬章。 1943年(昭和18年)福岡県生まれ。福岡県立伝習館高等学校を卒業後、早稲田大学第一政治経済学部政治学科に進学。1966年(昭和41年)3月に卒業し、同年4月、三井金属鉱業株式会社に就職。1989年(平成元年)10月、同社三池事務所の所長に就任。 1991年(平成3年)5月2日、大牟田市議会議員に就任。同市議会議員を3期12年務める。2002年(平成14年)9月には、三井金属鉱業株式会社を退職。 2003年(平成15年)5月1日、任期満了により市議を辞職。
甲木 保(かつき たもつ、1902年(明治35年)11月1日… 甲木 保(かつき たもつ、1902年(明治35年)11月1日 - 1975年(昭和50年)11月30日)は、昭和期の文部官僚、実業家、政治家。衆議院議員(1期)。 福岡県三潴郡蒲池村(現柳川市)で、甲木鹿松の二男として生まれる。福岡県立中学伝習館(現福岡県立伝習館高等学校)を経て、1926年(大正15年)日本大学専門部法律科を卒業した。 文部省に入省し、同省嘱託、文部属兼厚生属、文部理事官などを歴任。1942年(昭和17年)大政翼賛会に転じ、錬成部副部長に就任。1944年(昭和19年)翼賛会を退職し、三笠製薬研究所を設立。戦後に株式会社に改組し三笠製薬社長に就任。三笠物産社長も務めた。 1949年(昭和24年)1月、第24回衆議院議員総選挙で福岡県第3区から民主自由党所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
山崎 巌(やまざき いわお、1894年〈明治27年〉9月16… 山崎 巌(やまざき いわお、1894年〈明治27年〉9月16日 - 1968年〈昭和43年〉6月26日)は、日本の内務官僚、政治家。内務三役(警保局長、警視総監、内務次官)を経て政界入りし、内務大臣、自治大臣兼国家公安委員会委員長を歴任した。正三位。勲一等。農林大臣・逓信大臣の山崎達之輔は実兄。 福岡県大川市に生まれる。福岡県立中学伝習館、第五高等学校を経て、1918年(大正7年)東京帝国大学法学部法律学科(独法)卒業。 同年、内務省入省。厚生省社会局長、官選静岡県知事、内務省土木局長、警保局長などを経て、1940年(昭和15年)警視総監に就任する。総監時代には企画院事件などを捜査する。東條内閣では内務次官を務める。
沖 蔵(藏、おき おさむ、1893年(明治26年)11月2日… 沖 蔵(藏、おき おさむ、1893年(明治26年)11月2日 - 1978年(昭和53年)10月29日)は、大正末から昭和期の弁護士・農民運動家・政治家。衆議院議員。 福岡県山門郡水上村大字小田(東山村、瀬高町を経て現みやま市瀬高町小田)で、沖健雄の二男として生まれる。福岡県立中学伝習館(現福岡県立伝習館高等学校)を経て、1918年(大正7年)東京帝国大学法科大学政治学科を卒業し、さらに1922年(大正11年)同大法学部法律学科(独法)を卒業した。 弁護士を開業し、法政大学教授、上智大学講師も務めた。1923年(大正12年)から2年間、自費でドイツを中心としたヨーロッパ各国の政治経済の状況を視察して帰国し、郷里に戻った。
成清 信愛(なりきよ のぶえ / なりきよ しんあい / な… 成清 信愛(なりきよ のぶえ / なりきよ しんあい / なるきよ しんあい、1886年(明治19年)1月2日 - 1946年(昭和21年)10月10日)は、大正から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員、貴族院多額納税者議員。 福岡県山門郡小川村(瀬高町を経て現みやま市瀬高町小川)で金山王・成清博愛、以恵子の長男として生まれる。1906年(明治39年)福岡県立中学伝習館(現福岡県立伝習館高等学校)卒業後に小学校代用教員を務めた。 その後、早稲田大学法科に入学したが、1912年(大正元年)に中退して父が経営する馬上金山に入り、県内外の鉱山の経営も行った。父の死去に伴い1916年(大正5年)家督を相続。
由布 惟義(ゆふ これよし、1850年1月9日(嘉永2年11… 由布 惟義(ゆふ これよし、1850年1月9日(嘉永2年11月26日)- 1925年(大正14年)7月22日)は、幕末の柳河藩士、明治から大正期の政治家。衆議院議員、福岡県会議長。 筑後国山門郡柳川城下奥州小路(福岡県山門郡城内村字奥州町、柳川町を経て現柳川市奥州町)で、柳河藩士の家に生まれた。1861年(文久元年9月)家督を相続した。藩校伝習館(現福岡県立伝習館高等学校)で学んだ。戊辰戦争に従軍し、二等小隊長に就任。東京市中取締に従事。1870年(明治3年10月)に帰藩した。以後、柳河藩二等隊長、三潴県凖等外戸長、福岡県9等属などを歴任した。 1878年(明治11年)12月、福岡県会議員に選出され、8期在任し、同常置委員、同議長も務めた。