スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
奥田哲也(おくだ てつや、1961年9月2日 - )は、日本… 奥田哲也(おくだ てつや、1961年9月2日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。一般財団法人運輸総合研究所専務理事ワシントン国際問題研究所長。 福岡県久留米市生まれ。父の転勤で大牟田、小郡、福岡、小倉、宗像を転々としたのち、ラ・サール高等学校を経て、1984年3月に東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。国家公務員採用上級甲種試験(法律)に合格して、1984年4月に運輸省に入省。 2016年6月21日から国土交通省鉄道局長、2017年7月7日から自動車局長を務め、2019年7月9日退官。同年11月一般財団法人運輸総合研究所専務理事・ワシントン国際問題研究所長。 2014年までの経歴の出典 父親は戸畑市(のちの北九州市戸畑区)出身。
村田 隆(むらた たかし、1961年〈昭和36年〉6月4日 … 村田 隆(むらた たかし、1961年〈昭和36年〉6月4日 - )は、日本の警察官僚。内閣危機管理監(第22代)、駐フィンランド特命全権大使などを歴任した。 福岡県北九州市小倉北区出身。ラ・サール高等学校を経て、1984年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東大法学部在学中に国家公務員採用上級試験(甲・法律)に合格。警察庁入庁。外務省在アメリカ合衆国日本国大使館参事官、警視庁第1方面本部長兼警務部参事官、警察庁警備局国際テロリズム対策課長、大阪府警察本部刑事部長、沖縄県警察本部長などを経て、2013年警察庁警備局警備企画課長。2014年警視庁刑事部長。2015年3月警察庁長官官房審議官(国際・サイバーセキュリティ担当)。
黒坪 則之(くろつぼ のりゆき、1961年4月5日 - )は… 黒坪 則之(くろつぼ のりゆき、1961年4月5日 - )は、日本の実業家。 東京都豊島区生まれ。埼玉県の上福岡市立第三小学校、茨城県の取手市立井野小学校を経て、10歳の頃より福岡県北九州市に住み、北九州市小石小学校に通学していた。 ラ・サール中学校・高等学校を経て慶應義塾大学経済学部卒。大学在学中には、国立学院神奈川本部(当時)にて中学受験対策室長、小学部長などを歴任した。1986年に日本アイ・ビー・エムへ入社。1990年、LANベンダーの草分け的存在であったアンガマン・バス(株)へ転職。同年秋には同社社長の上原政二らと共に(株)ネットワールドの設立に参画。同社教育・デモセンター長に就任。 1992年、自身でクロス・ヘッド(株)を設立し、代表取締役社長に就任。
木下 敏之(きのした としゆき、1960年〈昭和35年〉2月… 木下 敏之(きのした としゆき、1960年〈昭和35年〉2月12日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。参政党所属の衆議院議員(1期)。 東京大学法学部卒業。佐賀市長を2期務め、福岡大学経済学部産業経済学科教授などを歴任した。2025年3月に福岡大学を定年退職し、現在は同大学の非常勤講師として「九州経済論」と「情報社会と経済」を担当している。 佐賀市生まれ。母方の叔父2人が陸軍少佐(日華事変で戦死)と学徒動員(ミャンマーで戦死)で、父も陸軍士官学校の軍人だった。 佐賀大学教育学部附属小学校、ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1984年(昭和59年)、農林水産省に入省した。
松里 公孝(まつざと きみたか、1960年2月4日 - )は… 松里 公孝(まつざと きみたか、1960年2月4日 - )は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。専門はロシア史、ウクライナ史、ロシア地域政治等。 1960年、熊本県生まれ。ラ・サール高等学校を卒業後、1979年に東京大学に入学した。1985年に同大学法学部を卒業後は同大学大学院に進み、1987年に同大学大学院法学政治学研究科修士課程を修了、1991年、同博士課程を単位取得満期退学し、北海道大学スラブ研究センター(現・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)助教授となった。2000年に同センター教授に昇任。2014年より東京大学大学院法学政治学研究科教授。その間、ソ連、アメリカ合衆国、ウクライナに留学。
佐藤 光三(さとう こうぞう、1960年 - )は、日本の工… 佐藤 光三(さとう こうぞう、1960年 - )は、日本の工学者、東京大学教授。専門は地球・資源システム工学。 1978年、ラ・サール高等学校卒業。1982年、東京大学工学部資源開発工学科卒業。1987年、スタンフォード大学地球科学部石油工学科修士課程、1992年同大学地球科学部石油工学科博士課程。 1982年~1999年まで帝国石油株式会社に勤務し、2003年から東京大学地球システム工学専攻教授。
蒲原 基道(かもはら もとみち、1959年11月30日 - … 蒲原 基道(かもはら もとみち、1959年11月30日 - )は、日本の厚生労働官僚。厚生労働省大臣官房長、厚生労働省老健局長、厚生労働事務次官等を歴任し、退官後社会福祉法人友愛十字会理事長等に就任。 佐賀県佐賀市出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1982年東京大学法学部卒業、厚生省入省。年金局企画課課長補佐、外務省在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、大臣官房人事課課長補佐等を歴任。1998年厚生大臣秘書官事務取扱。1999年厚生省大臣官房政策課企画官。2002年厚生労働省労働基準局勤労者生活部勤労者生活課長。2005年文部科学省初等中等教育局幼児教育課長。2006年厚生労働省社会・援護局障害者保健福祉部障害福祉課長。
冨永 哲夫(とみなが てつお、1959年2月10日 - )は… 冨永 哲夫(とみなが てつお、1959年2月10日 - )は、日本の財務官僚。財務省近畿財務局長や、財務総合政策研究所長、国土交通省政策統括官等を歴任した。 福岡県福岡市出身。ラ・サール高等学校を経て、1982年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業、大蔵省入省。証券局総務課配属。大蔵省に内定した際には「僕はボクシング部で入れた」、「大臣官房秘書課の面接の時、“(成績が)随分悪いね” と言われました。“ええ、悪いですけど” と答えて、あとはボクシングの話だけしていました。自分の土俵に引きずりこもうとしたんですが......」と述べている。1983年6月証券局業務課。1984年9月大臣官房調査企画課。
相星 孝一(あいぼし こういち、1959年〈昭和34年〉2月… 相星 孝一(あいぼし こういち、1959年〈昭和34年〉2月4日 - )は、日本の外交官。地球規模課題審議官、外務省領事局長、駐イスラエル特命全権大使を経て、駐大韓民国特命全権大使。2024年5月、依願免職。国家公安委員会委員。 鹿児島県出身。ラ・サール高等学校を経て、1982年(昭和57年)10月東京大学教養学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1983年(昭和58年)東大を卒業して、外務省に入省した。フランス語研修。 2021年2月12日、韓国に入国したが新型コロナウイルス感染症の防疫のため隔離に応じた。同月26日、赴任後初めて外交部庁舎を訪ねて信任状の写本を提出、崔鍾建外交部第1次官と会談した。
関 好孝(せき よしたか、1959年〈昭和34年〉1月24日… 関 好孝(せき よしたか、1959年〈昭和34年〉1月24日 - )は、日本の政治家。福岡県大牟田市長(2期)。 福岡県大牟田市出身。大牟田市立倉永小学校、大牟田市立甘木中学校、ラ・サール高等学校卒業。1982年(昭和57年)3月、早稲田大学政治経済学部卒業。同年6月、福岡県庁に入庁。私学振興・青少年育成局長、環境部長などを歴任。 2019年(平成31年)3月、福岡県庁を退職。同年(令和元年)6月、一般財団法人九州環境管理協会の副理事長に就任。同年8月21日、大牟田市長の中尾昌弘が健康上の理由により次期市長選不出馬の意向を固めたことが報道により明らかとなる。これを受けて同月に九州環境管理協会を退職し、立候補することを決める。
中村 昇(なかむら のぼる、1958年10月7日 - )は、… 中村 昇(なかむら のぼる、1958年10月7日 - )は、日本の哲学研究者、中央大学教授。専門は英米哲学。ウィトゲンシュタイン、ホワイトヘッド、ベルクソンなど。 長崎県佐世保市生まれ。ラ・サール中学校・高等学校卒業。1984年中央大学文学部仏文科卒業。卒業論文指導教授は丸山圭三郎。1994年同大学院文学研究科哲学専攻博士課程満期退学。大学院では木田元に師事。 1994年駿台予備学校現代文科講師。1998年中央大学文学部専任講師、2000年助教授、2005年教授。2007年Center for Process Studies(アメリカ・カリフォルニア州、クレアモント大学)客員研究員。
森田 修(もりた おさむ、1958年8月6日 - )は、日本… 森田 修(もりた おさむ、1958年8月6日 - )は、日本の法学者(民事法)。法学博士(東京大学・論文博士・1991年)(学位論文「履行強制の法学的構造 -16~19世紀独仏の比較法史的考察を中心として-」)。東京大学名誉教授。学習院大学教授。平井宜雄に師事。妻は裁判官の森田浩美。大分県出身。
古川 康(ふるかわ やすし、1958年〈昭和33年〉7月15… 古川 康(ふるかわ やすし、1958年〈昭和33年〉7月15日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(5期)、衆議院総務委員長、自由民主党佐賀県支部連合会長。 佐賀県知事(第55・56・57代)、総務大臣政務官、国土交通大臣政務官、国土交通副大臣を歴任。息子は衆議院議員の古川あおいである。 佐賀県唐津市生まれ。佐賀大学教育学部附属中学校、ラ・サール高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1982年、自治省(現・総務省)に入省。本省勤務の他、長野県や沖縄県、岡山県、長崎県に出向する。1997年9月、第2次橋本改造内閣で自治大臣に任命された上杉光弘の秘書官を務める。
川下 大洋(かわした たいよう、1958年7月3日 - )は… 川下 大洋(かわした たいよう、1958年7月3日 - )は、俳優、ナレーター、劇作家、演出家。演劇集団「Piper」および「大田王」のメンバー。2023年からフリーランス。(旧所属事務所は吉本興業/Showtitle) 別名ドナインシタイン博士。旧芸名ははりけーん・ばんび。愛称は「ハカセ (Doc)」、「大洋さん」。 長崎県長崎市出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1983年に京都大学理学部を卒業。1978年から劇団そとばこまちに所属し、はりけーん・ばんびの名前で辰巳琢郎(当時 つみつくろう)・上海太郎・生瀬勝久(当時 槍魔栗三助)・山西惇らと共に活動、50数本の公演に出演した。 1988年に退団後、芸名を本名の「川下大洋」に改め、芝居バンドでのライブ活動や劇団MOTHER、笑殺軍団リリパットアーミー、劇団M.O.Pなどの劇団への客演を経て1997年には劇作家・演出家の後藤ひろひとと「Piper」を結成、翌98年より吉本興業所属となる。
小牧 次郎(こまき じろう、1958年4月22日 - )は、… 小牧 次郎(こまき じろう、1958年4月22日 - )は、スカパーJSATホールディングス取締役、スカパーJSAT取締役執行役員専務有料多チャンネル事業部門長兼放送本部長、スカパー・エンターテイメント代表取締役社長。 鹿児島県鹿児島市出身。 ラ・サール高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業後、1983年4月、フジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)に入社。 フジテレビ入社後、スポット営業部、営業推進部、編成局編成部、経営企画室、映画部、CS事業部に在籍。深夜番組帯「JOCX-TV2」などの番組企画開発や、映画のプロデュースに数多く携わった。また、フジテレビのCS放送にも立ち上げから関わっている。
石兼 公博(いしかね きみひろ、1958年(昭和33年)1月… 石兼 公博(いしかね きみひろ、1958年(昭和33年)1月4日 - )は、日本の外交官、裁判官。外務省アジア大洋州局長、外務省総合外交政策局長、カナダ駐箚特命全権大使兼国際民間航空機関代表部大使を経て、国際連合日本政府代表部在勤特命全権大使。2023年(令和5年)末に同職を依願退官したのち、2024年(令和6年)4月17日、長嶺安政の後任として最高裁判所判事に就任。 山口県出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1980年(昭和55年)10月東京大学法学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1981年(昭和56年)東大法学部第二類を卒業して、外務省に入省した。
貴島 誠一郎(きじま せいいちろう、1957年11月20日 … 貴島 誠一郎(きじま せいいちろう、1957年11月20日 - )は、日本のテレビドラマプロデューサー。元TBSテレビコンテンツ制作局エグゼクティブシニアプロデューサー。鹿児島県鹿児島市生まれ、慶應義塾大学法学部卒業。 実娘はテレビ朝日ドラマプロデューサーの貴島彩理。 1957年(昭和32年)鹿児島県鹿児島市生まれ。ラ・サール高等学校を経て、慶應義塾大学法学部卒業。山一證券勤務を経て1982年(昭和57年)、東京放送(現・TBSホールディングス(TBSHD)に入社。当初はドラマ志望ではなく営業部に配属、その後編成部を経験。本格的にドラマに触れたのが編成部で再放送の担当を2年ぐらいしたとき、『天皇の料理番』(1980年)や『茜さんのお弁当』(1981年)など貴島が見たいと思うドラマを再放送に選んでいたとき、視聴率に左右されることなく自分が良いと思うドラマを選択できたことが目利きにつながった。
東 和浩(ひがし かずひろ、1957年4月25日 - )は、… 東 和浩(ひがし かずひろ、1957年4月25日 - )は、日本の実業家。福岡県出身。元株式会社りそなホールディングス取締役会長・取締役兼代表執行役社長。元株式会社りそな銀行取締役会長兼代表取締役社長。元一般社団法人大阪銀行協会会長。元一般社団法人信託協会副会長。大阪商工会議所副会頭。2024年4月1日、SOMPOホールディングス株式会社取締役会議長に就任。 福岡県出身。ラ・サール高等学校を経て、1982年、上智大学経済学部卒業。同年4月、埼玉銀行(現・埼玉りそな銀行)入行。その後、りそなホールディングス執行役財務部長、りそな銀行常務執行役員経営管理室担当、りそなホールディングス取締役兼代表執行役副社長、りそな銀行代表取締役副社長兼執行役員等を経て、2013年4月1日付けでりそなホールディングス取締役兼代表執行役社長、りそな銀行代表取締役社長兼執行役員に就任。
西 研(にし けん、1957年 - )は、日本の哲学者。東京… 西 研(にし けん、1957年 - )は、日本の哲学者。東京医科大学教授。専攻は社会哲学、特にヘーゲル、ハーバーマス。その後、フッサールなど現象学分野にも関心を向けており、それに関連した著書もある(『哲学的思考』)。竹田青嗣との共著が多い。著書に『ヘーゲル・大人のなりかた』(1995年)、『哲学的再考』(2001年)、『社会学にできること』(共著 2009年)など。 また教育出版の小学6年生の教科書に書き下ろし作品(ぼくの世界、きみの世界)がある。 鹿児島県出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1982年、東京大学教養学部教養学科相関社会科学専攻卒業、1986年、同大学院総合文化研究科修士課程修了。
来賀 友志(くが ともし、1956年11月11日 - 202… 来賀 友志(くが ともし、1956年11月11日 - 2022年5月8日)は、日本の漫画原作者・編集者。本名は江畑博之。他名義として、注連木 賢(しめのぎ けん)、五條 敏(ごじょう びん)がある。鹿児島県出身。ラ・サール中学校・高等学校、早稲田大学卒。 竹書房『近代麻雀』の編集長を経て劇画原作者になる。1983年、読切「牌のレクイエム」(作画:嶺岸信明 『別冊近代麻雀』1983年12月号-1984年1月号掲載)を発表しデビュー。代表作は『天牌』(嶺岸信明作画)。 手掛ける作品は麻雀を題材にした作品が主だが、ヤクザ物やアクション物なども発表している。 漫画の原作のほかにも、フジテレビONEで放送されている麻雀バラエティ番組『極雀』に4度出場し全て優勝の偉業を成し遂げている。
松村 之彦(まつむら ゆきひこ、1956年10月27日 - … 松村 之彦(まつむら ゆきひこ、1956年10月27日 - )は、日本の実業家。丸紅代表取締役副社長CAO兼CCO兼CIOを経て、駐エストニア特命全権大使。 ラ・サール中学校・高等学校を経て、1980年一橋大学社会学部卒業、丸紅入社。2009年執行役員財務部長。2012年代表取締役常務執行役員CFO。2015年代表取締役専務執行役員CFO。2016年専務執行役員米州統括、丸紅米国会社社長・CEO。2018年代表取締役副社長執行役員CAO兼CCO兼CIO、日本貿易会常任理事。2020年特別顧問。2021年から駐エストニア特命全権大使を務め、2023年にはティート・リーサロー(エストニア語版)経済通信大臣から2025年日本国際博覧会不参加の意向の説明を受けた。
中釜 斉(なかがま ひとし、1956年〈昭和31年〉7月25… 中釜 斉(なかがま ひとし、1956年〈昭和31年〉7月25日 - )は、日本の医師、医学者。専門分野は消化器内科、ライフサイエンス、病態医化学、分子腫瘍学、がんゲノム、環境発がん。日本医療研究開発機構理事長。国立がん研究センター理事長(第3代)などを務めた。 鹿児島県出身。7人兄弟の長男で、学生時代は陸上競技に興じた。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1982年(昭和57年)3月、東京大学医学部を卒業。大学の同期生に医学者の森田明夫、小室一成らがおり、大学時代はバレーボールに興じた。 卒業後、東京大学医学部附属病院第3内科医員、国立がんセンター研究所発がん研究部研究員、東京大学医学部附属病院第3内科文部教官助手、マサチューセッツ工科大学がん研究センターリサーチフェローを経て、1992年(平成4年)3月、医学博士号を取得。
沼田 正俊(ぬまた まさとし、1956年2月4日 - )は、… 沼田 正俊(ぬまた まさとし、1956年2月4日 - )は、日本の農水官僚。元林野庁長官。鹿児島県出身。 ラ・サール高等学校、東京大学農学部を卒業し、1979年林学職で農林水産省入省。同期に沖修司林野庁長官など。山形県の鳥海山麓の森林官などを経て、2003年林野庁整備課長。その後、森林整備部長、国有林野部長を経て2010年林野庁次長。2012年林野庁長官となり、2014年辞職。
ラサール 石井(、1955年10月19日 - )は、日本のお… ラサール 石井(、1955年10月19日 - )は、日本のお笑いタレント、声優、俳優、司会者、脚本家、演出家、著作家、政治家、コラムニスト。社会民主党所属の参議院議員(1期)、社会民主党副党首。第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。 ラ・サール高等学校卒業、早稲田大学第一文学部除籍。石井光三オフィス所属。 大阪府大阪市住吉区帝塚山出身。大阪市立住吉小学校、住吉中学校卒業。快活で、児童会の会長に立候補して当選するほど目立つ子どもであった。松竹新喜劇や吉本の漫才を見て育ち、姉に連れられて宝塚歌劇団も鑑賞していた。コメディアンに憧れはあったが、クラスには必ず自分よりも面白い子がおり、二番手では無理であろうとあきらめていた。
片野坂 真哉(かたのざか しんや、1955年〈昭和30年〉7… 片野坂 真哉(かたのざか しんや、1955年〈昭和30年〉7月4日 - )は、日本の実業家。ANAホールディングス株式会社代表取締役会長兼取締役会議長。日本経済団体連合会副会長・理事。 鹿児島県笠沙町出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1979年(昭和54年)に東京大学法学部卒業。同年全日本空輸に入社。2015年(平成27年)4月、ANAホールディングス代表取締役社長に就任。 全日空のスターアライアンス加盟に社長室グループ経営推進部の主席部員として主導的な役割を担った。2017年(平成29年)には経済界大賞を受賞した。 2021年(令和3年)、フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章。
西原 寛(にしはら ひろし、1955年3月21日 - )は、… 西原 寛(にしはら ひろし、1955年3月21日 - )は、日本の化学者。東京理科大学特任副学長・総合研究院院長、東京大学名誉教授。専門分野は錯体化学・電気化学・光化学など 。 鹿児島県生まれ。東京大学の佐佐木行美教授の指導のもとで窒素固定をテーマに研究を行い、1982年に金属に配位した窒素分子を還元する反応の論文で理学博士の学位を取得した。同年、金属表面の腐食反応を研究していた慶應義塾大学の荒牧国次教授の研究室の助手となり、電気化学を学んだ。 1980年代には有機金属ポリマーの研究を開始し、1990年代から2000年代にかけて有機金属導電性ポリマーの概念の確立に貢献したほか、有機導電性ポリマーフィルムやπ共役した多核金属錯体の酸化還元挙動について報告した。
野海 正俊(のうみ まさとし、1955年〈昭和30年〉3月1… 野海 正俊(のうみ まさとし、1955年〈昭和30年〉3月11日 - 2024年〈令和6年〉11月20日)は、日本の数学者。神戸大学名誉教授、立教大学大学院理学研究科数学専攻特任教授。専門は代数解析学、特に可積分系や表現論を背景とする様々な特殊函数の代数解析的研究。学位は理学博士(上智大学・1983年)。位階勲等は正四位瑞宝中綬章。 1955年(昭和30年)宮崎県都城市生まれ。1973年(昭和48年)ラ・サール高等学校卒業、1978年(昭和53年)東京大学理学部数学科卒業。1983年(昭和58年)3月、上智大学大学院理工学研究科数学専攻後期課程修了。理学博士。1983年(昭和58年)4月、上智大学理工学部助手。
大鶴 基成(おおつる もとなり、1955年3月3日 - )は… 大鶴 基成(おおつる もとなり、1955年3月3日 - )は、日本の元検察官、弁護士。 大分県佐伯市出身。検察官として東京地方検察庁特別捜査部長、函館地方検察庁検事正、東京地方検察庁次席検事、最高検察庁公判部長などを歴任し、2011年8月に退官。弁護士登録し東京都港区のサン綜合法律事務所で客員弁護士として活動している。東京地方検察庁次席検事のときには、事実上陸山会事件の捜査の指揮を執ったと報じられた。部下の田代政弘らと共謀して虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、小沢一郎の起訴相当議決をさせたとして、偽計業務妨害罪で健全な法治国家のために声をあげる市民の会から告発されたが、嫌疑なしとして不起訴となった。
武上 純希(たけがみ じゅんき、1955年2月26日 - )… 武上 純希(たけがみ じゅんき、1955年2月26日 - )は、日本の脚本家・小説家。鹿児島県出身。 ラ・サール高等学校、日活芸術学院技術科卒業。主にテレビシリーズのアニメーションや特撮ヒーロー物の脚本、或いはシリーズ構成等を手掛けている。過去には、本名の山崎 昌三()や谷本 敬次()の筆名を用いた事もあり。 アニメーション製作会社葦プロダクションの社員として編集に携っていたが、1981年には初期の企画時から文芸スタッフも兼ねていた同社のTVシリーズ作品『戦国魔神ゴーショーグン』の第6話「光る眼の悪魔」にて、本名の山崎昌三名義で脚本家としてのデビューを果たすことになる。翌年の『魔法のプリンセス ミンキーモモ』においても本名、もしくは谷本敬次の名義で脚本を担当。
柳 弘之(やなぎ ひろゆき、1954年11月20日 - )は… 柳 弘之(やなぎ ひろゆき、1954年11月20日 - )は、日本の経営者。ヤマハ発動機社長、会長を務めた。 鹿児島県鹿児島市出身。 ラ・サール高校を経て、1978年に東京大学工学部を卒業し、同年にヤマハ発動機に入社。2007年3月に執行役員に就任し、2010年3月には社長に昇格。2018年1月には会長に就任。
中野 雅之(なかの まさゆき、1954年10月 - )は、日… 中野 雅之(なかの まさゆき、1954年10月 - )は、日本の官僚・弁護士。山口県出身。元厚生労働省大臣官房政策評価審議官。元厚生労働省政策統括官(労働担当)。元厚生労働省労働基準局長。元財務省大臣官房審議官。 山口県出身。1973年、ラ・サール高等学校卒業。1979年、東京大学法学部卒業。大学卒業後、労働省に入省。1988年、熊本県商工観光労働部職業安定課長。1998年、労働省労働基準局安全衛生部計画課長。2000年、労働省労働基準局庶務課長。2001年、厚生労働省労働基準局監督課長。2002年、厚生労働省大臣官房参事官(会計担当)。2004年、厚生労働省大臣官房地方課長。2006年、厚生労働省大臣官房政策評価審議官。
合原 一幸(あいはら かずゆき、1954年6月23日 - )… 合原 一幸(あいはら かずゆき、1954年6月23日 - )は、日本の工学者。 東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構副機構長、東京大学特別教授。学位は、工学博士。福岡県出身。 福岡県出身の数理工学者。カオスニューラルネットワークの概念を提唱したことで知られる。神経回路のような複雑性を持つネットワークを対象とした、複雑系やカオス理論の知見を応用した数理モデルの研究を行っている。 実家は電気屋で、一幸で三代目にあたる。モットーは「大統領のように働き,王様のように遊ぶ」。昆虫博士になることを夢見ていたが、カナダの学会で現在の昆虫学者が脳神経科学に近い研究をしていることを知り、夢が実現していたことを知った。
信国 一朗(のぶくに いちろう、1954年(昭和29年)4月… 信国 一朗(のぶくに いちろう、1954年(昭和29年)4月2日 - )日本の報道記者、実業家。テレビユー福島代表取締役社長、TBSホールディングス(以下「TBSHD」)・TBSテレビ常務取締役、TBSラジオ&コミュニケーションズ取締役会長、緑山スタジオ・シティ代表取締役会長、WOWOW取締役(非常勤)を務めた。福岡県出身。 ラ・サール高等学校・東京大学経済学部卒業後、1978年(昭和53年)4月にTBS入社。テレビユー山形取締役相談役で元社長の湯川哲生、元TBS報道局主席解説委員の岩城浩幸、映画プロデューサーの永田守(大映元社長永田雅一の孫)は同期。特に湯川とは東大でも同期にあたる。 入社後は報道局に配属され、社会部、取材記者、報道番組ディレクター・プロデューサーとして活躍。
二木 昭人(ふたき あきと、1954年 - )は、日本の数学… 二木 昭人(ふたき あきと、1954年 - )は、日本の数学者。学位は、理学博士(東京大学)。東京工業大学名誉教授。専門分野は微分幾何学。ケーラー・アインシュタイン計量の存在に関する二木不変量の構成で知られる。千葉大学を経て、東京工業大学助教授、教授、東京大学教授を歴任。日本数学会の「幾何学賞」「秋季賞」を受賞。
堂免 一成(どうめん かずなり、1953年9月24日 - )… 堂免 一成(どうめん かずなり、1953年9月24日 - )は、日本の化学者。東京大学特別教授・名誉教授、信州大学特別栄誉教授、理学博士。太陽光エネルギーと水だけで貴重な水素を生み出し、水素を燃料としてだけでなく二酸化炭素(CO2)と触媒させることでプラスチックを製造し、環境に有害な炭素を排出せず繰り返し使うことが可能となる光触媒の研究で知られる。 鹿児島県日置郡阿多村(後に金峰町)中津野、現在の南さつま市金峰町中津野生まれ。金峰町立大田小学校、鹿児島市立玉江小学校、金峰町立阿多中学校で学ぶ(後に阿多中は金峰中学校、大田小は阿多小学校に統廃合、金峰中・阿多小ともに現 南さつま市立金峰学園)。鹿児島市にあるラ・サール高等学校を経て、東京大学教養学部前期課程理科一類に入学し、理学部化学科に進級。
青柳 俊彦(あおやぎ としひこ、1953年〈昭和28年〉8月… 青柳 俊彦(あおやぎ としひこ、1953年〈昭和28年〉8月19日 - )は、日本の経営者。九州旅客鉄道代表取締役会長。イオン九州社外取締役。 門司港駅の重要文化財指定や復原事業に深く関与している。 息子もJR九州で勤務している。
古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、… 古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、山口県議会議員(2期)を務めた。 佐賀県佐賀市で生まれ、山口県下関市で育つ。ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大卒業後、全日本空輸に入社。 1983年、大学時代の親友である中川昭一の第37回衆議院議員総選挙出馬に伴い全日空を退社し、北海道で中川の選挙を手伝う。中川の初当選後、郷里の山口県下関市に戻り、山口県議会議員選挙に無所属で出馬して初当選した。当選後、自由民主党に入党。 県議時代は自民党山口県連青年局長を務め、下関市が地盤の安倍晋太郎の薫陶を受け媒酌人も務めてもらった。しかし安倍が死去した後、山口県連内の主導権争い(安倍晋太郎系列、林義郎系列の対立)や晋太郎の後継争い(晋太郎の二男・安倍晋三が擁立された)に巻き込まれ、古賀は自民党を離党し、1993年に新生党入党。
福留 泰蔵(ふくとめ たいぞう、1953年4月25日 - )… 福留 泰蔵(ふくとめ たいぞう、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。公明党所属。衆議院議員(2期)。
宮園 雅敬(みやぞの まさたか、1953年〈昭和28年〉4月… 宮園 雅敬(みやぞの まさたか、1953年〈昭和28年〉4月19日 - )は、日本の実業家。 佐賀県鹿島市出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1976年(昭和51年)3月、東京大学法学部を卒業。「金融を知れば世の中の仕組みが分かるのではないか」という考えと「農林水産業を支援したい」という願望から、同年4月、農林中央金庫に入庫。 入庫後、資金証券部資金課⻑、総務部総務課長、熊本支店長、総合企画部副部長、総務部副部長、秘書役、人事部長、総合企画部長などを歴任。宮園は自身の農林中央金庫職員時代について「47都道府県の生産現場を回り、生産者と膝をつき合わせた経験が金融マンとしての基礎をつくった。」とインタビューで語っている。
岡田 直敏(おかだ なおとし、1953年(昭和28年)4月1… 岡田 直敏(おかだ なおとし、1953年(昭和28年)4月15日 - )は、日本の新聞記者。日本経済新聞社顧問。 宮崎県門川町で生まれ、小・中学校は都城市で過ごす。ラ・サール高等学校を経て東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業。 ブルース・リーの映画「ドラゴンへの道」を見て、その美しさに感動したことから、大学入学後に少林寺拳法を始める。本部合宿にも参加しており、開祖の宗道臣から薫陶を受ける。少林寺拳法二段。 1976年、日本経済新聞社入社。1980年から1981年までフランスに留学しジャーナリズムを学び、1989年から2年間パリ支局長を務める。その後、常務取締役、専務取締役東京本社編集局長、取締役副社長などを歴任。
佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月… 佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の元大蔵・財務官僚。国税庁次長、財務省理財局長、内閣官房副長官補(内政担当)、内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房TPP政府対策本部国内調整総括官などを歴任した。財務省退官後、一般社団法人生命保険協会代表理事副会長、ウシオ電機株式会社取締役。佐賀県出身。 佐賀県出身。ラ・サール高等学校卒業。父親の「医者になるよりも、国のために何か大きな仕事に就いたほうがいい」という言葉の影響で弁護士及び国家公務員を目指し、東京大学法学部に進学。大学在学中、司法試験及び国家公務員採用上級甲種試験の両方に合格。
石田 潤一郎(いしだ じゅんいちろう、1952年10月26日… 石田 潤一郎(いしだ じゅんいちろう、1952年10月26日 - )は、日本の建築史学者。武庫川女子大学教授。京都工芸繊維大学名誉教授。専門分野は日本近代建築史・都市史。 鹿児島市出身。ラ・サール高等学校卒業。1976年京都大学工学部建築学科卒業。1981年同大学院博士課程満期退学、京都大学工学部助手。1987年「近代日本の府県庁舎に関する建築史的研究」で工学博士の学位を取得。1995年滋賀県立大学助教授、2001年 - 2018年京都工芸繊維大学教授、2021年武庫川女子大学教授。2000年に建築史学会賞、2003年に日本建築学会賞を受賞。
池畑 慎之介☆(いけはた しんのすけ、本名「池畑 慎之介」、… 池畑 慎之介☆(いけはた しんのすけ、本名「池畑 慎之介」、1952年8月8日 - )は、日本の歌手、俳優、タレントである。主にピーターという芸名を用いる。血液型はA型。現在は東京都在住。
寺脇 研(てらわき けん、1952年7月13日 - )は、日… 寺脇 研(てらわき けん、1952年7月13日 - )は、日本の元文部官僚。学校法人瓜生山学園理事。学校法人コリア国際学園評議員。映画評論家。映画プロデューサー。落語研究者。 官僚時代にはゆとり教育の広報を担った、ゆとり教育推進者の一人。福岡県福岡市出身。 当時は九州大学医学部講師で後に鹿児島大学医学部小児科教室教授となる医師・寺脇保の長男として生まれる。母方の祖父も小児科学の医師で九州大学医学部長や九州大学総長、久留米大学学長等を務め勲一等を受けた遠城寺宗徳。遠城寺は父・保の師でもある。10歳まで福岡で過ごした後、父の鹿児島大学医学部への赴任に伴い鹿児島県に転居。 1965年、ラ・サール中学校に首席合格。
中原 俊(なかはら しゅん、1951年5月25日 - )は、… 中原 俊(なかはら しゅん、1951年5月25日 - )は、日本の映画監督である。本名:中原 俊弘(なかはら としひろ)。日本映画大学教授。ポルノ映画から出発し、以降はジャンルに囚われずに様々な題材を広く取り扱う。 鹿児島市草牟田出身。ラ・サール高等学校、東京大学文学部宗教学科を卒業。1976年に日活に入社する。鈴木清順、大林宣彦、市川崑、根岸吉太郎等の助監督を務めた。 1982年に日活ロマンポルノの『犯され志願』でデビュー。以降日活ロマンポルノにて活動し、1985年に日活を退社しフリーとなる。 フリーランスになってからは、一般映画・テレビドラマ・オリジナルビデオへと活動の幅を広げる。 1990年11月に、吉田秋生原作の『櫻の園』を発表する。
黒木 雅文(くろき まさふみ、1951年(昭和26年) - … 黒木 雅文(くろき まさふみ、1951年(昭和26年) - )は、日本の外交官、国際公務員。駐セルビア特命全権大使、外務省参与等を経て、アジア海賊対策地域協力協定情報共有センター事務局長。 宮崎県出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、一橋大学法学部を卒業し、1974年(昭和49年)4月外務省に入省する。外務省では対外経済協力部門を歩み、経済協力局調査計画課長、経済協力局審議官等を経て、平成14年8月より経済産業省大臣官房審議官(貿易経済協力局担当)を務めた。独立行政法人国際協力機構(JICA)理事兼財団法人日本国際協力システム理事を経て、2009年8月26日から2013年2月23日までカンボジア駐箚特命全権大使。
髙橋 青天(たかはし はるたか、1950年10月7日 - )… 髙橋 青天(たかはし はるたか、1950年10月7日 - )は、日本の経済学者。明治学院大学名誉教授、2020年より神戸大学経済学研究科研究員。専門は、マクロ経済学。特に、経済成長理論(ターンパイク理論)と、公共経済学を専門分野としている。 福岡県出身。ラ・サール高等学校卒、同志社大学経済学部卒、ロチェスター大学大学院経済学Ph.D.取得。所属学会は、American Economic Association、日本経済学会、日本財政学会。
古賀 信行(こが のぶゆき 1950年8月22日 - )は、… 古賀 信行(こが のぶゆき 1950年8月22日 - )は、日本の実業家。旭日大綬章受章。野村ホールディングス取締役執行役社長兼CEOを務めたほか、日本経済団体連合会審議員会議長、交通政策審議会会長などを歴任した。 福岡県大牟田市生まれ。 大牟田ルーテル幼稚園[要出典]、大牟田市立中友小学校、大牟田市立松原中学校、ラ・サール高等学校を経て、1970年に東京大学法学部へ入学し、1974年に卒業、野村證券株式会社(現、野村ホールディングス株式会社)へ入社した。 企画畑でMOF担などを務め、同郷福岡出身の自見庄三郎元金融担当大臣とのパイプなどを誇り、現場には疎いが、当局からの信頼が厚い優秀なMOF担とされた。
山元 正博(やまもと まさひろ、1950年3月17日 - )… 山元 正博(やまもと まさひろ、1950年3月17日 - )は、日本の微生物学者。博士(農学)。株式会社源麹研究所代表取締役会長、株式会社河内源一郎商店代表取締役社長。鹿児島県鹿児島市清水町生まれ。在霧島スロバキア共和国名誉領事
片峰 茂(かたみね しげる、Shigeru KATAMINE… 片峰 茂(かたみね しげる、Shigeru KATAMINE、1950年 - )は、日本の医師、船医、医学者。学位は医学博士(東北大学大学院・1982年)。専門はウイルス学。長崎みなとメディカルセンター・理事長。長崎大学・第14代学長(2008年 - 2017年)。元国立大学協会副会長。 長崎県長崎市船大工町に生まれる。実家は1865年創業の薬局。父は医学者として長崎大学に勤務し寄生虫等を研究。長崎大学熱帯医学研究所の2代目所長を務めた。 一人っ子だったため、親元を離れたい思いがあり、県外の高校を受験する親友の影響を受けて、ラ・サール高等学校に進学した。大学は関東か関西の理工学部への進学を希望していたが、当時の社会情勢(学生運動、東大紛争による東京大学の入試中止等)から、地元の長崎大学医学部へ進んだ。