澁木 克栄(しぶき かつえい、1953年4月10日 - )は… 澁木 克栄(しぶき かつえい、1953年4月10日 - )は、日本の医学者・神経科学者・臨床脳生理学者。新潟大学脳研究所名誉教授。医学博士(東京大学)。 新潟県燕市(旧西蒲原郡吉田町)出身。新潟県立三条高等学校、東京大学医学部卒業。1993年2月、新潟大学脳研究所教授に就任。内因性蛍光による脳機能のイメージングに関する研究に取り組んだ。新潟日報賞(学術部門)受賞。2019年4月より柏崎総合医療センター勤務。2021年4月より精神科専攻医(新潟大学精神科専門研修プログラム)。
花岡 千春(はなおか ちはる、1953年4月10日 - )は… 花岡 千春(はなおか ちはる、1953年4月10日 - )は日本のピアニスト。長野県松本市出身。男性。
脇坂 明(わきさか あきら、1953年4月9日 - )は、日… 脇坂 明(わきさか あきら、1953年4月9日 - )は、日本の経済学者。学習院大学経済学部教授。専門は、労働経済学。主要な研究テーマは、ワーク・ライフ・バランス、人事労務管理、女性労働などである。 日本経済学会、社会政策学会、日本人口学会、キャリアデザイン学会(常務理事)、日本労務学会に所属。内閣府男女共同参画会議 監視・影響調査専門会ワーキングチーム委員、東京都男女平等参画審議会委員(起草委員会委員、専門調査会会長)、東京都新宿区男女共同参画推進会議委員、厚生労働省今後の仕事と家族の両立に関する研究会委員などに従事。2007年学習院大学経済経営研究所でWLB(ワーク・ライフ・バランス)指標を開発。
寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は… 寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は、日本の通産官僚・経産官僚。 資源エネルギー庁電力・ガス事業部長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、原子力安全・保安院次長、経済産業省商務流通審議官、原子力安全・保安院院長(第5代)などを歴任。 1953年に生まれた。愛媛県立宇和島東高校を卒業し、東京大学に進学。経済学部にて経済学を学ぶ。1976年、東京大学を卒業。 1976年、通商産業省に入省した。同期には岡田克也、岡田秀一(経済産業審議官)がいる。大阪通商産業局総務部総務課長や、近畿通商産業局総務企画部総務課長を務めるなど、通商産業省の地方支分部局にて課長職を務めた。
えもり えりこ(1953年4月9日 - )は、日本の女性声優… えもり えりこ(1953年4月9日 - )は、日本の女性声優、ナレーター。埼玉県熊谷市出身。身長153cm。プロダクション・タンク所属。
林 桂(はやし けい、1953年4月8日 - )は、日本の俳… 林 桂(はやし けい、1953年4月8日 - )は、日本の俳人。本名・政美。 群馬県利根郡新治村(現みなかみ町)生まれ。群馬県立沼田高等学校を経て新潟大学法文学部卒。1983年から10年間群馬県立桐生高等学校にて、文芸部、俳句クラブの顧問を務め、教え子に、山口晃(画家・評論)、青木陽介、青木重治、木村徹、山田耕司、今泉康弘がいる。 中学時代より作句、高校時代、鈴木石夫指導の「歯車」、加藤楸邨主宰の「寒雷」に入会。高柳重信選の『俳句研究』50句競作に登場し注目される。1978年、澤好摩、夏石番矢らと「未定」創刊。1998年、「吟遊」創刊に参加。2001年、伊藤信吉、中島敏之、水野眞由美、佐藤清美らと「鬣TATEGAMI」創刊、代表同人となる。
萩原 流行(はぎわら ながれ、1953年〈昭和28年〉4月8… 萩原 流行(はぎわら ながれ、1953年〈昭和28年〉4月8日 - 2015年〈平成27年〉4月22日)は、日本の俳優、タレント、ダンサー。東京都世田谷区出身。妻は舞台女優の萩原まゆ美。 世田谷高等学校卒業。 舞台、テレビドラマを中心に、俳優として活躍した。 所属事務所は、劇団ザ・スーパーカムパニイ、玉川高島屋ソニー販売店での売り子のアルバイト、つかこうへい事務所、オーケープロダクションを経て、最終所属は個人事務所。 1986年に『蒲田行進曲』で映画デビュー。2000年代以降は役者活動だけでなく、バラエティ番組などにも出演していた。 2008年12月、自身の俳優としてのDNAを継承すべき場として萩原流行アクターズスタジオを開設。
大河原 雅子(おおかわら まさこ、1953年〈昭和28年〉4… 大河原 雅子(おおかわら まさこ、1953年〈昭和28年〉4月8日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)、東京・生活者ネットワーク代表委員、東京都議会議員(3期)等を歴任した。 神奈川県横浜市生まれ。横浜市立城郷小学校、フェリス女学院中学校・高等学校、国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。大学卒業後、黒澤明の下で助監督や作品のプロデューサーを務めた松江陽一の映画・舞台製作会社「アトリエ41」に入社した。1979年に結婚して千葉県柏市に転居し、この時期に生活協同組合に加入した。1988年、東京都世田谷区に転居し、東京都に食品安全条例の制定を求める直接請求運動に参加して以来、環境問題等の活動に関わる。
益子 英明(ましこ ひであき、1953年 <昭和28年> 4… 益子 英明(ましこ ひであき、1953年 <昭和28年> 4月8日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。茨城県大子町長(第15代)、同町議会議長(第31代)を務めた。 茨城県大子町出身。駒澤大学卒業。大子町議会議員、2009年に同町議会議長。2010年12月の大子町長選挙で、2期目を目指した現職の綿引久男を60票差で破り初当選。2014年12月の選挙で、元職の綿引久男に敗れる。2018年12月の選挙で、再び立候補するも落選。高梨哲彦が当選。県町村議長会副会長、大子造園土木会長、町森林組合理事などを歴任。 2025年秋の叙勲で旭日双光章を受章した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
大石 利雄(おおいし としお、1953年4月8日 - )は、… 大石 利雄(おおいし としお、1953年4月8日 - )は、日本の総務官僚。総務事務次官を経て、一般財団法人地方財務協会理事長、学校法人自治医科大学理事長。 千葉県出身。千葉県立千葉高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1976年 自治省入省。同年7月 静岡県財政課長。1978年4月 消防庁消防課。1979年5月 自治省財政局調整室。 2005年9月15日 消防庁次長。 2008年8月1日 自治大学校長。2009年7月14日 大臣官房長。2010年1月15日 大臣官房総括審議官(広報、政策企画担当)。2012年9月11日 総務審議官(自治行政担当)。2013年6月 消防庁長官。
遠山 茂樹(とおやま しげき、1953年〈昭和28年〉4月8… 遠山 茂樹(とおやま しげき、1953年〈昭和28年〉4月8日 - )は、日本のロボット研究者。東京大学工学博士、東京農工大学名誉教授。球面超音波モータやその応用製品、農作業用動作支援スーツなどを開発。ロボットの動力学シミュレータや設計支援ソフトでも実績がある。東京大学助手、東京農工大学助教授、同教授、同大学発ベンチャーの株式会社オーケー・ロボティクス代表取締役、東京国際工科専門職大学教授を歴任。 1974年に東京大学工学部精密機械工学科を卒業。同大学大学院工学系研究科に進学し、1978年に修士課程修了。1981年に博士課程を修了し、工学博士の学位を取得する。高野政晴のもとでロボットの高速化に取り組み、平行クランク機構や最短時間制御を導入した。
西側 よしみ(にしがわ よしみ、1953年4月8日 - )は… 西側 よしみ(にしがわ よしみ、1953年4月8日 - )は、大阪府茨木市出身の元競泳選手。現在は茨城県守谷市在住。武庫川女子大学短期大学部卒業。オリンピックに3大会連続で出場した。現在は村山よしみの名前で日本水泳連盟常務理事、社団法人日本マスターズ水泳協会理事やトータル・オリンピック・レディス会幹事等を務める。 夫の村山隆志は1976年モントリオールオリンピックボート競技エイト代表で、現在はトランスメタ日本法人代表取締役社長である。 吉広紀代子 『わたし流、プレッシャー物語-オリンピックの女たちの素敵な生き方』 日本文化出版、1988年(ISBN 4-93-103382-2)
小川 正史(おがわ まさし、1953年4月7日 - )は、日… 小川 正史(おがわ まさし、1953年4月7日 - )は、日本の外交官。 山梨県出身。1979年(昭和54年)東京大学文学部を卒業し、外務省に入省した。在ミャンマー日本国大使館参事官、中国モンゴル課日中経済室長、人事企画官、2011年(平成23年)9月、人事課調査官を経て、2013年(平成25年)9月11日から、ネパール駐箚特命全権大使。2018年(平成30年)7月、KDDI顧問。
山形 和幸(やまがた かずゆき、1953年4月7日 - )は… 山形 和幸(やまがた かずゆき、1953年4月7日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。ポジションは捕手。 山口県桜ヶ丘高等学校では2年生の時、1年上の吉武正成とバッテリーを組み、1970年春季中国大会県予選準決勝に進むが早鞆高に完封負け。同年夏の甲子園県予選でも、準決勝で松崎泰治のいた防府商に惜敗した。その後は新チームとなり、1年下の木本茂美を主戦投手として秋季中国大会県予選準決勝に進むが、柳井高に敗退。 1971年のドラフトに広島から6位指名され入団。強肩強打の捕手として期待されたが、最初の年のキャンプでスライディング・キャッチ練習で肩をケガ、野球選手としての道を断たれた。 一軍公式戦に出場がなく、1973年限りで引退。
甲斐 よしひろ(かい よしひろ、1953年〈昭和28年〉4月… 甲斐 よしひろ(かい よしひろ、1953年〈昭和28年〉4月7日 - )は、日本のミュージシャン、タレント。本名、甲斐 祥弘(読み同じ)。「祥」は正確には衣偏につくりが羊。福岡県出身。自身で設立した甲斐オフィス所属。妻は元女優の竹田かほり、次女はシンガーソングライターの甲斐名都。 ※ 甲斐が参加しているユニット(『KAI FIVE』や『松藤×甲斐』など)の楽曲は除く。 ※太字は現在のレギュラー。
河本 昭義(かわもと あきよし、1953年4月7日 - )は… 河本 昭義(かわもと あきよし、1953年4月7日 - )は、日本のバレーボール指導者。岡山県笠岡市出身。現在はV・プレミアリーグの岡山シーガルズ部長兼総監督。
赤木 完爾(あかぎ かんじ、1953年(昭和28年)4月7日… 赤木 完爾(あかぎ かんじ、1953年(昭和28年)4月7日 - )は、日本の国際政治学者。慶應義塾大学法学部教授。専門は、国際政治史、安全保障、戦争史。
綾 宏(あや ひろし、1953年(昭和28年)4月7日 - … 綾 宏(あや ひろし、1953年(昭和28年)4月7日 - )は、日本の政治家。香川県坂出市長(3期)。元坂出市議会議員(6期)。 香川県坂出市出身。1977年(昭和52年)3月、学習院大学経済学部卒業。 1987年(昭和62年)5月2日、坂出市議会議員に就任。計6回当選。その間、議長を2回、副議長を1回務めた。 2009年(平成21年)5月17日に行われた坂出市長選挙に出馬。現職の松浦稔明を破り初当選。投票率は63.06%だった。6月4日、市長就任。2013年(平成25年)、無投票で再選。2017年(平成29年)、無投票で3選。 2021年(令和3年)の市長選挙で元香川県議会議員の有福哲二に敗れ落選。
松下 豊(まつした ゆたか、1953年4月7日 - 2007… 松下 豊(まつした ゆたか、1953年4月7日 - 2007年1月23日)は、元静岡朝日テレビのアナウンサー、記者である。 53歳没。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松西高等学校、國學院大學を卒業、静岡県民放送(静岡けんみんテレビ、現:静岡朝日テレビ)の第1期生として入社し、スポーツアナウンサー、報道部記者などをつとめた。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
亘理 格(わたり ただす、1953年4月7日 - )は、日本… 亘理 格(わたり ただす、1953年4月7日 - )は、日本の法学者。専門は行政法。博士(法学)。北海道大学名誉教授。宮城県白石市出身。指導教官は藤田宙靖(東北大学名誉教授・元最高裁判事)。 略歴は以下のとおり。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
宇津木 妙子(うつぎ たえこ、1953年4月6日 - )は、… 宇津木 妙子(うつぎ たえこ、1953年4月6日 - )は、埼玉県比企郡中山村(現在の川島町)出身の女子ソフトボール選手(内野手)・指導者。身長158cm。 2004年のアテネ五輪のソフトボール日本代表。アテネではとにかく足を使った攻撃を多用、外野の守備を強化。予選4位で通過したが3位決定戦でオーストラリアに敗れ銅メダルを獲得。福山雅治がアテネまで慰問に訪れた。
鳥坂 九十九(とりさか つくも、1953年4月6日 - )は… 鳥坂 九十九(とりさか つくも、1953年4月6日 - )は、香川県小豆郡内海町((現・小豆島町))出身の元プロ野球選手(投手)。
見形 和久(みかた かずひさ、1953年4月6日 - )は、… 見形 和久(みかた かずひさ、1953年4月6日 - )は、日本の政治家。栃木県塩谷郡塩谷町長(4期)。 東京農業大学を卒業後、塩谷町役場に就職。以後、31年間町職員として勤務した。2008年(平成20年)8月の塩谷町長選に町職員を退職して無所属で立候補するも、元県議の手塚功一に敗れ落選。 2012年(平成24年)8月の町長選に再度立候補し、現職の手塚を破り初当選した。同年8月29日、町長に就任した。 2016年(平成28年)8月の町長選では、自民党の推薦を受けた前職の手塚を破り再選した。 2020年(令和2年)8月の町長選では、前回町議選トップ当選の福田徳弥に283票差に迫られるも3選。 2024年(令和6年)8月の町長選では、前回町議選トップ当選の鈴木恵美らをかわし4選。
坂本秀夫(さかもと ひでお、1953年4月6日- )は、日本… 坂本秀夫(さかもと ひでお、1953年4月6日- )は、日本の経営学者、明星大学教授。 福井県春江町(現坂井市)生まれ。1976年早稲田大学商学部卒業。87年同大学院商学研究科博士後期課程満期退学。2005年「日本中小商業問題の解析」で商学博士。1987年富士短期大学専任講師となり、90年助教授、97年教授、2001年明星大学経済学部・経済学研究科教授となる。2005年第2回日本商業施設学会賞および第9回日本流通学会賞受賞。中小企業が専門。
保倉 幸恵(ほくら さちえ、1953年4月5日 - 1975… 保倉 幸恵(ほくら さちえ、1953年4月5日 - 1975年7月8日)は、日本の元モデル、女優。 劇団若草の出身。幼い頃から舞台女優として活躍し、1960年代から1970年代にかけて「週刊マーガレット」、「女学生の友」、「少女フレンド」などの少女雑誌に少女モデルとして頻繁に登場していたほか、「週刊朝日」でも1970年1月2日号から1971年12月31日号までカバーガールを務めた。その後、「週刊朝日」には、「幸恵のミニ・アドバイス」という買い物情報を織り交ぜたエッセイを不定期連載し、1975年3月まで続いた。若草時代の同期生に女優の桃井かおりがいる。少女を中心に高い人気を得るが、その後モデル業を引退した。
両角 正芳(もろずみ まさよし、1953年4月5日 - )は… 両角 正芳(もろずみ まさよし、1953年4月5日 - )は、日本の政治家。長野県立科町長(1期)。元立科町議会議員(1期)。 長野県立科町藤沢出身。1972年(昭和47年)3月、長野県蓼科高等学校卒業。同年4月、東京都内の出版社に就職。1979年(昭和54年)4月、立科土地改良区に転職。2014年(平成26年)3月、定年退職。同年4月、農事組合法人飯島農園に入社。同年11月、退職。 2015年(平成27年)4月、立科町議会議員に初当選。 2019年(平成31年)4月21日に行われた立科町長選挙に立候補。現職の米村匡人と元町議の村松浩喜を破り初当選した。4月30日、町長就任。※当日有権者数:6,135人 最終投票率:76.25%(前回比:-3.64pts)
山下 雅也(やました まさや、1953年4月5日 - )は、… 山下 雅也(やました まさや、1953年4月5日 - )は、日本の実業家。元本田技研工業常務取締役。同社購買部門のトップを務め、部品調達改革を主導した。長崎県出身。慶応義塾大学経済学部卒業。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1977年に慶応義塾大学経済学部を卒業後、本田技研工業(ホンダ)入社。同社では主に購買部門を担当し、2002年購買本部四輪購買一部長、2003年取締役、2005年執行役員を経て、2006年熊本製作所所長に就任した。同製作所は世界各地にある同社の二輪車生産拠点を支援するマザー機能を担うようになっていたが、海外製と比べ高価な日本製の部品を高い割合で調達しており、生産コストが高まっていた。
市川 幹雄(いちかわ みきお、1953年4月5日 - )は、… 市川 幹雄(いちかわ みきお、1953年4月5日 - )は、東京都出身のプロゴルファー。 市川ゴルフ興業所属。 17歳からゴルフを始め、日本大学卒業後の1977年にプロ入りする 。 1982年のアジアサーキット・マレーシアオープンでは2日目に田中泰二郎と並んで首位タイのテリー・ゲール( オーストラリア)、デニー・ペプラー( アメリカ合衆国)と2打差の5位タイと健闘。 1989年の水戸グリーンオープンでは磯崎功と並んで太田慶治・小島昭彦に次ぐ3位タイ、1990年のミズノTOKYOオープンでは最終日に68をマークして5位タイに入ったが、2000年のフィランソロピートーナメントを最後にレギュラーツアーから引退。
佐藤 誠二(さとう せいじ、1953年4月5日 - )は、日… 佐藤 誠二(さとう せいじ、1953年4月5日 - )は、日本の会計学者。静岡大学理事・副学長などを経て、同志社大学商学部教授、静岡大学名誉教授、静岡鉄道監査役。 栃木県宇都宮市生まれ。1976年明治大学商学部卒業。1983年明治大学大学院商学研究科博士課程退学。1984年鹿児島経済大学経済学部専任講師。1986年静岡大学人文学部助教授。1991年ヴュルツブルグ大学経済学部客員教授。1995年静岡大学人文学部教授。2000年ミュンスター大学経済学部客員教授。2002年博士(経営学)。2004年静岡大学理事・副学長(財務・施設担当)。2009年静岡大学人文学部長・大学院人文社会科学研究科長。2015年同志社大学商学部特別客員教授、静岡大学名誉教授。
村田 弘司(むらた ひろし、1953年4月5日 - )は、日… 村田 弘司(むらた ひろし、1953年4月5日 - )は、日本の政治家。元山口県美祢市長(新制、2期)。 山口県於福村(現・美祢市於福町)出身。美祢市立於福小学校、美祢市立於福中学校、山口県立大嶺高等学校卒業。1977年(昭和52年)3月、明治大学農学部卒業。大学在学中はSF同好会に所属し、短編科学小説を書いていた。同年4月、美祢市役所に入庁。 2006年(平成18年)4月、美祢市・美東町・秋芳町合併協議会事務局長に就任。 2008年(平成20年)3月21日、旧美祢市は美東町および秋芳町と新設合併し、新市制による美祢市となった。これに伴って4月27日に行われた美祢市長選挙で初当選。市長選挙では小竹伸夫・旧市長が企画課長などの手腕を買って後継指名し、有力市議らがバックアップして選挙戦を有利に戦った。
細野 友希 (ほその ともき、1953年4月5日 - ) は… 細野 友希 (ほその ともき、1953年4月5日 - ) は、日本の地方公務員。東京都下水道局流域下水道本部長、同収用委員会事務局長を歴任。瑞宝小綬章受章。 早稲田大学政治経済学部卒業。1977年4月東京都庁入庁。東京都立国際高等学校事務室長、東京都中央卸売市場経営管理部企画課長、府中病院 (現・東京都立多摩総合医療センター) 事務局長、出納長室会計制度担当部長、下水道局総務部長、2010年7月 同局流域下水道本部長、2011年7月 松浦將行を後任として同職を退任し、藤井芳弘の後任として収用委員会事務局長。 2012年7月に東京都庁退職後、同年9月から東京下水道エネルギー株式会社代表取締役社長。
大橋 直松(おおはし なおまつ、1953年4月5日 - )は… 大橋 直松(おおはし なおまつ、1953年4月5日 - )は、秋田県南秋田郡飯田川町(現・潟上市)出身で花籠部屋に所属した元大相撲力士。本名は門間 静広(もんま しずひろ)。179cm、97kg。最高位は西十両13枚目。得意技は左四つ、吊り、上手投げ。 1969年7月場所で初土俵、1975年5月場所で十両に昇進。しかし、その場所は5勝10敗と大きく負け越して1場所で陥落した。その後も幕下で3場所連続で負け越し、1976年1月場所では三段目に陥落、1場所で幕下へ復帰するも十両復帰は果たせずに1977年7月場所限りで引退。
小山田 春樹(おやまだ はるき、1953年4月4日 - )は… 小山田 春樹(おやまだ はるき、1953年4月4日 - )は、フリーアナウンサー。神奈川県逗子市出身、京都府京都市在住。元日本テレビアナウンサー。現在はスモールフェイス所属。
大澤 眞理(おおさわ まり 1953年4月4日 - )は、日… 大澤 眞理(おおさわ まり 1953年4月4日 - )は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。専門は社会政策。日本学術会議会員。学位は、経済学博士(東京大学・1987年)。群馬県出身。 代表著作は『イギリス社会政策史-救貧法と福祉国家-』など。1993年度第13回山川菊栄賞受賞。
三谷 宏幸(みたに ひろゆき、1953年4月4日 - )は、… 三谷 宏幸(みたに ひろゆき、1953年4月4日 - )は、日本の実業家。 兵庫県出身。灘中学校・高等学校、東京大学工学部機械工学科卒業。カリフォルニア大学バークレー校大学院工学修士号取得。スタンフォード大学大学院経営工学修士号取得。川崎製鉄、ボストン・コンサルティング・グループでの勤務を経て、日本ゼネラル・エレクトリック入社。ゼネラル・エレクトリック航空機エンジン北アジア部門社長、ゼネラル・エレクトリック横河メディカルシステム社長、ゼネラル・エレクトリック副社長を歴任。2007年、ノバルティスファーマ代表取締役社長、翌年よりノバルティスホールディングジャパン株式会社代表取締役社長を兼務。現在は、レイヤーズコンサルティング顧問を務めている。
幕内 秀夫(まくうち ひでお、1953年4月4日 - )は、… 幕内 秀夫(まくうち ひでお、1953年4月4日 - )は、健康・料理評論家。 伝統食と民間食養法の研究をする「フーズアンドヘルス研究所」を主宰。学校給食と子どもの健康を考える会代表。 ホリスティック医学を目指した「帯津三敬病院」で管理栄養士を務める。粗食をすすめていて、マスコミへの出演、本の出版多数。 茨城県生まれ。茨城県立土浦第三高等学校、東京農業大学農学部栄養学科卒業。管理栄養士。 幕内の著書『変な給食』における三重県松阪市の学校給食の献立を批判する記述が実際と異なる盛り付けを描写しているとして松阪市が2011年ブックマン社に抗議した。 2014年SAPIOの記事で「愛知県江南市の学校給食でやきそばと一緒にメロンパンが提供されている」と幕内が書いたことについて、事実誤認であるとして江南市が同誌に抗議し、同誌編集長が江南市を訪れ謝罪した。
水島 朝穂(みずしま あさほ、1953年4月3日 - )は、… 水島 朝穂(みずしま あさほ、1953年4月3日 - )は、日本の法学者。専門は、憲法学・法政策論・平和論。特に、日本とドイツを中心に憲法の平和主義、平和の法政策論の研究を行う。学位は、博士(法学)(早稲田大学・論文博士・1997年)(学位論文「現代軍事法制の研究 -脱軍事化への道程」)。早稲田大学法学学術院名誉教授。 著書・共著は合計80冊以上(分担執筆書を含む)。論文、評論、書評、新聞連載、エッセー等多数。 NHKテレビ「視点・論点」、NHK衛星第一放送「BS討論」、NHKラジオ第一放送「新聞を読んで」レギュラー(「ラジオあさいちばん」内、1997-2011番組終了)のほか、TBSやテレビ朝日、文化放送等のニュースコメント、テレビ朝日『朝まで生テレビ!』などに出演。
仁科 亜季子(にしな あきこ、1953年〈昭和28年〉4月3… 仁科 亜季子(にしな あきこ、1953年〈昭和28年〉4月3日 - )は、日本の女優である。本名は仁科 章子(読み同じ)。仁科 明子(読み同じ)の名でデビューするも、活動休止を経て、1999年に芸能界復帰の際に芸名を仁科 亜季子へと改名している。東京都目黒区出身。身長158cm。B84cm、W58cm、H86cm(1975年1月)。CINEMACT→イマージュエンターテインメント所属。信濃大町観光大使。 学習院女子高等科卒業。油絵が好きで、美大に行くつもりだったが、父と雑誌に載ったグラビアを見たNHKのプロデューサーの薦めにより、1972年(昭和47年)、庄司薫原作のテレビドラマ 『白鳥の歌なんか聞えない』(NHK、銀河ドラマ)出演を機に芸能界デビューした。
柏木 登(かしわぎ のぼる、1953年4月3日 - )は、日… 柏木 登(かしわぎ のぼる、1953年4月3日 - )は、日本のテレビプロデューサー。BS日本常勤監査役。 日本テレビにてチーフプロデューサー、人事部長、情報センター長、事業局長等を歴任後、中京テレビ常務取締役、バップ代表取締役社長を務めた。 島根県松江市出身。島根県立松江北高等学校、一橋大学社会学部卒業後、1977年に日本テレビに入社。ディレクターとして『木曜スペシャル』『11PM』『アメリカ横断ウルトラクイズ』などといった人気番組を担当。1987年、ディレクターとして『time21』の「涙をこらえて笑わせて」で放送文化基金賞を受賞。その後、チーフプロデューサーに昇格し、『スーパーテレビ情報最前線』や『ザ!鉄腕!DASH!!』『行列のできる法律相談所』をスタートさせるほか、主に情報番組やバラエティ番組を担当した。
渡邊 昌彦(わたなべ まさひこ、1953年4月3日 - )は… 渡邊 昌彦(わたなべ まさひこ、1953年4月3日 - )は、日本の医師。医学博士。日本内視鏡外科学会名誉理事長・北里大学北里研究所病院院長。専門は消化器外科。消化器疾患、特に大腸疾患の専門医として知られる人物である。 1953年、東京都出身。1979年に慶應義塾大学医学部卒業。その後慶應義塾大学病院を皮切りに国立がんセンター研究所研修医、東京電力病院に勤務。 1988年にアメリカ合衆国ワシントン州立大学に留学、本場の消化器外科治療法、特に内視鏡・腹腔鏡手術を学び、1992年に日本へ帰国後、慶應義塾大学医学部へ復帰した際には日本で初となる大腸癌腹腔鏡手術を執刀した。 2000年に慶應義塾大学医学部講師、2003年に北里大学へ転じて北里大学医学部外科学主任教授に就任。
橋本 和正(はしもと かずまさ、1953年〈昭和28年〉4月… 橋本 和正(はしもと かずまさ、1953年〈昭和28年〉4月3日 - )は、日本の経営者、銀行家。関西アーバン銀行頭取を務めた。岡山県出身。 1976年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、同年に住友銀行に入行した。2007年に常務に就任し、2010年に銀泉社長を経て、2014年6月には関西アーバン銀行頭取に就任。2019年4月から関西みらい銀行会長を務めた。
2代目 若乃花 幹士(わかのはな かんじ、1953年4月3日… 2代目 若乃花 幹士(わかのはな かんじ、1953年4月3日 - 2022年7月16日)は、青森県南津軽郡大鰐町出身で二子山部屋に所属した大相撲力士、第56代横綱。本名は下山 勝則(しもやま かつのり)。引退後は年寄・間垣。 大関時代までの四股名は「若三杉」だったが、横綱昇進を機に師匠の四股名「若乃花」を継承した(大関まで名乗った若三杉も当時部屋付き年寄だった11代荒磯の元関脇若三杉彰晃の四股名を継承したものである。)身長186cm、体重133kg。血液型はA型。現役時代の愛称は下の名前の勝則から「カンボ」と呼ばれていた。師匠であった初代若乃花の娘婿となったが、後に離婚。 小学校二年から青森県下の相撲大会に出場、大鰐地区の小学生相撲大会で4年連続優勝、中学2年の夏休みの作文には「将来は横綱か大関になりたい」と書いた。
迫本 淳一(さこもと じゅんいち、1953年4月2日 - )… 迫本 淳一(さこもと じゅんいち、1953年4月2日 - )は、日本の実業家・弁護士。松竹株式会社代表取締役社長。 東京都文京区出身。父は本州製紙元専務の迫本省一。母方の祖父は松竹元会長の城戸四郎。曾祖父(父方の祖母の父)は富士製紙元社長の大川平三郎。 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部と法学部法律学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクール修了。 小中学生時代は水泳が得意で、小6の時には慶應幼稚舎の新記録、中2の時には神奈川県の学年新記録を樹立し、中3の時には関東大会で優勝した。高校ではハンドボール部のキャプテンとしてチームを率い、弱小だったチームをインターハイ出場に導いた。
唐池 恒二(からいけ こうじ、1953年〈昭和28年〉4月2… 唐池 恒二(からいけ こうじ、1953年〈昭和28年〉4月2日 - )は、日本の経営者。九州旅客鉄道取締役相談役、九州観光機構会長、事業構想大学院大学特別招聘教授。九州旅客鉄道代表取締役会長等を歴任。 本籍は大阪府である。大阪府立三国丘高等学校、京都大学法学部卒業。高校・大学では柔道部に所属 し、本人曰く「大学時代は柔道ばっかりしてまして4年の夏も大会があって就職活動してなかった」といい、1977年(昭和52年)4月の日本国有鉄道入社も「柔道部の先輩につられて」と述懐している。九州旅客鉄道社長の青柳俊彦、東海旅客鉄道会長の柘植康英とは同期に当たる。東京北鉄道管理局に配属。国鉄バス棚倉営業所長などを務め、労組交渉に長く携わった。
吹石 徳一(ふきいし とくいち、1953年4月2日 - )は… 吹石 徳一(ふきいし とくいち、1953年4月2日 - )は、和歌山県日高郡南部川村(現在のみなべ町)出身の元プロ野球選手(内野手)・スカウト、野球指導者。
渡邉 芳樹(わたなべ よしき、1953年〈昭和28年〉4月1… 渡邉 芳樹(わたなべ よしき、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 北海道岩見沢市出身。北海道岩見沢東高等学校を経て、1971年、東京大学に入学。 1975年(昭和50年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、厚生省に入省。老人保健医療対策本部事務局を経て、1984年(昭和59年)、外務省に出向。在スウェーデン日本国大使館書記官を務めた。厚生省復帰後は、厚生省大臣官房総務課課長補佐、同政策課課長補佐、保険局医療課保険医療企画調査室長、厚生省大臣官房広報室長、保険局保険課長、高齢者介護対策本部事務局次長、内閣官房内閣審議官、児童家庭局家庭福祉課長、保険局国民健康保険課長、保険局総務課長などを歴任。
石渡 明(いしわたり あきら、1953年4月1日 - )は、… 石渡 明(いしわたり あきら、1953年4月1日 - )は、日本の地質学者。勲等は瑞宝重光章。専門は地質学・岩石学。東北大学教授を経て、環境省原子力規制委員会委員。米国地質学会フェロー、元日本地質学会会長。オフィオライト研究などで著名。日本学術会議連携会員。 神奈川県鎌倉市生まれ。東京都狛江市出身。狛江市の小学校・中学校を経て、志望していた都立高校の入学試験に不合格となったため追加募集を行っていた東京都立神代高等学校に進学し、1971年卒業。高校では柔道部を経て、2年次から地学部に所属。国立旧一期校理学部の入学試験に不合格となったため、1971年国立旧二期校であった横浜国立大学教育学部地学教室入学。
道休 誠一郎 (どうきゅう せいいちろう、1953年4月1日… 道休 誠一郎 (どうきゅう せいいちろう、1953年4月1日 - 2026年2月3日)は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。タレントの紗栄子は姪にあたる。 宮崎県宮崎市生まれ。宮崎県立宮崎南高等学校、上智大学外国語学部卒業。上智大卒業後はコロンビア大学国際公共政策大学院修士課程に留学。1979年(昭和54年)、シティバンクに就職。1982年から野村證券に勤務。2003年、JICAからインドネシア財務省に派遣される。 2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で宮崎2区から出馬。自由民主党の江藤拓に敗れるも、比例九州ブロックで復活し、初当選した。道休の当選により、2005年の第44回衆議院議員総選挙で米沢隆が落選して以来、4年ぶりに民主党が宮崎県で議席を獲得した。
佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月… 佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の元大蔵・財務官僚。国税庁次長、財務省理財局長、内閣官房副長官補(内政担当)、内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房TPP政府対策本部国内調整総括官などを歴任した。財務省退官後、一般社団法人生命保険協会代表理事副会長、ウシオ電機株式会社取締役。佐賀県出身。 佐賀県出身。ラ・サール高等学校卒業。父親の「医者になるよりも、国のために何か大きな仕事に就いたほうがいい」という言葉の影響で弁護士及び国家公務員を目指し、東京大学法学部に進学。大学在学中、司法試験及び国家公務員採用上級甲種試験の両方に合格。
日比野 勤(ひびの つとむ、1953年4月1日 - )は、日… 日比野 勤(ひびの つとむ、1953年4月1日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。東京大学名誉教授。国法学を主たる研究対象とする。芦部信喜門下。 政治学者の御厨貴とは駒場の同窓生。指導教授は芦部信喜である。 東京大学法学部では、憲法第一部(人権分野)、第二部(統治機構)と国法学の授業を担当。国法学の演習を持つこともある。 精神科医の土居健郎に私淑しており、国法学説に精神医学の知見を導入することを試みている。 ドイツ国法学の議論を取り上げる論文のほか、日本の省庁再編に関する論考をいくつか発表している。 憲法・国法学の講義では戦前の憲法書を薦め、戦前憲法学説の解説をすることが多い。 助手論文ではR・スメントの所謂「実質的憲法理論」を対象とした。