山川 竜司(やまかわ りゅうじ、1970年4月2日 - )は… 山川 竜司(やまかわ りゅうじ、1970年4月2日 - )は、日本の元プロレスラー。 本名、山川 征二(やまかわ せいじ)。北海道川上郡弟子屈町出身。身長176.5cm、体重90kg。大日本プロレス所属。 1994年10月25日、神奈川・南足柄市体育センター、対ポイズン澤田戦にてデビュー。 以後、NOW(1994年)、東京プロレス(1994年 - 1995年)、大日本プロレス(1995年 - )と、活躍の場を移してきた。 リングネームの改名歴は、本名でデビューの後、1996年8月に「竜司山川」と改名したがすぐに現在の「山川竜司」へ改名した。 「不死身」という言葉を「不自身」と間違えて書いてしまい、以降彼の通り名として定着してしまった。
山本 進(やまもと すすむ、1966年〈昭和41年〉10月1… 山本 進(やまもと すすむ、1966年〈昭和41年〉10月17日 - )は、日本の政治家。東神楽町長(3期)。 高校教師の父と看護師の母の長男として弟子屈町で生まれる。1985年(昭和60年)3月、北海道旭川東高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、北海道大学法学部を卒業し、同年4月に東神楽町役場に入庁する。 入庁後、企画振興課都市計画係長、総務課情報管理係長、総務企画課主幹、まちづくり推進課主幹などを歴任する。 長らく東神楽町職員として総務・企画に携わり、町長を支える立場であったが、先代の川野恵子町長と議会が対立したことや副町長が辞任したことなどを受けて、行政に対する危機感を感じ、東神楽町長選挙への出馬を決意する。
琴ヶ嶽 綱一(ことがたけ こういち、 1952年9月24日 … 琴ヶ嶽 綱一(ことがたけ こういち、 1952年9月24日 - 2024年2月24日)は、北海道川上郡弟子屈町出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は竹内 孝一(たけうち こういち)。最高位は西前頭筆頭(1977年5月場所)。現役時代の体格は186cm、114kg。得意手は左四つ、吊り。 実家は農家で、牛乳配達のアルバイトや父の内職を手伝うなどした事が、体を作る下地になったという。力士を志したのは、中学3年生の時の事である。 上京して佐渡ヶ嶽部屋に入門し、1967年11月場所にて、15歳で初土俵。翌年1月、「琴緑」の四股名で序ノ口に付いた。 以来順調に番付を上げ、1974年1月、21歳で新十両昇進。
木下 大門(きのした だいもん、1946年 - )は、日本の… 木下 大門(きのした だいもん、1946年 - )は、日本のイラストレーターで、昭和時代終期から活躍する浮世絵師。 1946年、北海道弟子屈町生まれ。弟子屈高校を卒業後、18歳の時に上京して、20歳で独立「もんあみ」というペンネームでイラストレーターとして活躍していた。その後、1980年、中国北京にある栄宝斎という木版画工房を見学、浮世絵師として立つ決意を固めた。明治以来80年の間途絶えていたが、江戸時代の先人の浮世絵作品から錦絵の型を独学し、勝川春章、勝川春英ら勝川派の絵を踏襲、伝統的浮世絵作品を制作した。1985年1月の新・両国国技館落成時にはそのこけら落とし初日前日、当時の相撲博物館館長で元武蔵川理事長の市川さんの「錦絵は相撲に相応しいので復活したい」という一声で相撲浮世絵の復興を願って筆を持つこととなり、財団法人日本相撲協会の認可を得て大相撲錦絵の絵師として版元の京都版画院と提携、多くの作品を展開している。
大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月2… 大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 - 2013年(平成25年)1月19日)は、北海道川上郡弟子屈町出身(出生地は樺太敷香郡敷香町、現在のロシア極東連邦管区サハリン州ポロナイスク市)で二所ノ関部屋に所属した大相撲力士。第48代横綱。優勝32回(6連覇:2回)・45連勝などを記録した。昭和時代の大横綱。位階は正四位。本名は納谷 幸喜(なや こうき)、出生名はイヴァーン・マルキャノヴィチ・ボリシコ(Іван Маркіянович Боришко)で、ウクライナ人の父親を持つ。母親の再婚により住吉 幸喜(すみよし こうき)と名乗っていた時期もあった。 1940年(昭和15年)、ウクライナ人の元コサック騎兵将校、マルキャン・ボリシコの三男として、日本の領有下にあった南樺太の敷香町(ロシアの呼び名サハリン州ポロナイスク)に生まれた。
岡堂 哲雄(おかどう てつお、1932年 - 2018年6月… 岡堂 哲雄(おかどう てつお、1932年 - 2018年6月23日)は、日本の臨床心理学者。臨床心理士・家族心理士。教育学博士(東北大学)。文教大学名誉教授。専門は、臨床心理学・家族心理学・家族療法。北海道弟子屈町出身。
弟子 シギ子(てし シギこ、1931年〈昭和6年〉3月10日… 弟子 シギ子(てし シギこ、1931年〈昭和6年〉3月10日 - 2024年〈令和6年〉4月1日)は、日本のアイヌ文化伝承者。阿寒アイヌ民族文化保存会で、結成当初から中心的な役割をはたし、古式舞踊の伝承・保存に尽力した。また、伝統楽器ムックリの名手として、日本国外の口琴大会への参加をはじめ、国際交流を通してアイヌ文化を世界に紹介されるなど、アイヌ文化の振興並びに普及啓発に寄与した。 北海道川上郡弟子屈村(現在の弟子屈町)屈斜路コタンで誕生した。アイヌの生まれながら、自身はすでにアイヌ語やアイヌの風習を禁じられていたが、親戚や周囲の人々のアイヌ語やサコロベ(英雄叙事詩)などのアイヌ文化に囲まれて育った。