西舘 勇陽(にしだて ゆうひ、2002年3月11日 - )は… 西舘 勇陽(にしだて ゆうひ、2002年3月11日 - )は、岩手県二戸郡一戸町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 一戸町立一戸南小学校で3年生の時に野球を始め、一戸町立一戸中学校では軟式野球部に所属し、2年時に全国中学校軟式野球大会に出場。また3年時には岩手県選抜にも選ばれた。 花巻東高等学校では1年夏からベンチ入りし、同校OBの菊池雄星や大谷翔平に次ぐ「新怪物候補」として注目されたが、腰痛に苦しんだ。2年春の第90回記念選抜高等学校野球大会に出場し、大阪桐蔭との準々決勝で大会初登板するも7失点し、チームも大敗した。同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会にも出場し、下関国際との初戦で延長10回に勝ち越された直後に救援登板したが、チームはそのまま敗れた。
福盛田 悠(ふくもりた はるか、1991年10月14日 - … 福盛田 悠(ふくもりた はるか、1991年10月14日 - )は、ミヤギテレビのアナウンサー。同時期には青木秀尚、中西涼も入社している。 岩手県二戸郡一戸町出身。フェリス女学院大学文学部日本文学科卒業。O型。 2011年フェリス女学院大学の学園祭でフェリストロンゲストで優勝しミスフェリスになる 学生時代の2012年8月から2013年2月まで、BSフジNEWSの第23期女子大生キャスターとして、火曜日を担当。 2014年4月に秋田朝日放送へアナウンサーとして入社し、2017年3月に退社。 2017年4月に福島テレビへアナウンサーとして入社。FTV在籍中にフジテレビドキュメンタリー大賞のナレーションを担当し、最高賞の大賞を受賞。
釜石 慶太(かまいし けいた、1987年4月10日 - )は… 釜石 慶太(かまいし けいた、1987年4月10日 - )は、日本の元陸上競技選手、陸上競技指導者。岩手県一戸町出身。仙台育英高校陸上競技部女子駅伝監督を務める。 小学校1年から距離スキーを始めた。中学校では野球部に所属しながら、スキーや陸上でも活躍したが、高校では陸上一本に絞ろうと決めていた。 仙台育英陸上競技部から声がかかり進学。当時の名将である渡辺高夫監督の指導のもと、1年生の時は怪我に泣かされたが、2年、3年と都大路を走り区間賞を獲得。チームの3連覇に貢献した。 高校卒業後は東洋大学に進学。箱根駅伝には1年生と2年生の際に山登りの5区を走り、4年時にはキャプテンを務めるなど、トップレベルの選手として活躍した。
白坂 長栄(しらさか ちょうえい、1922年7月23日 - … 白坂 長栄(しらさか ちょうえい、1922年7月23日 - 2015年7月8日)は、岩手県二戸郡一戸町野田坂出身のプロ野球選手(内野手)・二軍監督・スコアラー。 一戸町で広大なリンゴ園を営む農家の三男として生まれる。兄が通っていた福岡中学に進み、野球部に入部。在学中は甲子園出場はならなかった。卒業後、仙台鉄道局へ就職するが、1年勤務したのち、先輩の誘いで華中鉄道に移籍。その後応召され、近衛歩兵第1連隊に配属となり、北支戦線で5年ほど軍隊生活を送った。復員後はかつて在籍していた仙台鉄道局盛岡に復帰し、投手として活躍。のち沢藤光郎(後に近鉄パールスに入団)が入団すると、遊撃手に転向した。 1948年のシーズン中に大阪タイガースに入団。
小田野 柏(おだの かしわ、1917年1月14日 - 201… 小田野 柏(おだの かしわ、1917年1月14日 - 2013年9月)は、岩手県二戸郡一戸町出身のプロ野球選手(外野手)。1938年から1942年まで投手も兼任した。 岩手県二戸郡一戸町の生まれ。小学校時代に少年野球の全国大会に出場し、その活躍が認められて福岡中学に進学。 福岡中学時代に第17回全国中等学校優勝野球大会に出場した。その後、青森営林局、仙台鉄道局を経て、1938年に阪急軍へ投手として入団。同年に応召され、1942年にプロに復帰し外野手へ転向。青森営林局時代に、東京ジャイアンツの沢村栄治と対戦した(三球三振)。肩を壊す前の全盛期の沢村と対戦した貴重な証人である。ちなみに川上哲治がプロ入りして最初に対戦した投手が小田野柏である(結果はライトフライ)。