村上 良子(むらかみ りょうこ、1949年8月6日 - )は… 村上 良子(むらかみ りょうこ、1949年8月6日 - )は、日本の紬織作家。倉敷芸術科学大学名誉教授。紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)。 秋田県横手市出身。横手市立朝倉小学校、横手市立鳳中学校、秋田県立横手城南高等学校卒業、東京造形大学グラフィックデザイン科中退。志村ふくみに師事。1999年から2018年まで倉敷芸術科学大学教授として教鞭をとった。2018年から倉敷芸術科学大学名誉教授。
佐貫 亦男(さぬき またお、1908年(明治41年)1月1日… 佐貫 亦男(さぬき またお、1908年(明治41年)1月1日 - 1997年(平成9年)6月28日 )は、日本の航空技術者、航空宇宙評論家、作家、エッセイスト。 秋田県平鹿郡横手町(現・横手市)生まれ。秋田県立横手中学校(秋田県立横手高等学校の前身)卒業、1931年(昭和6年)に東京帝国大学工学部航空学科を卒業した。 東京帝国大学卒業後、軍命で日本楽器製造(現ヤマハ)に赴きプロペラの設計を行う。陸軍の九七式戦闘機を担当した。1941年に、ユンカース社からフルフェザー機構・圧縮木材製プロペラ技術導入のため、第二次世界大戦最中のドイツに出張する。 しかし同年6月に、独ソ戦開戦のためにドイツからソビエト連邦に直行するシベリア鉄道経由の帰路が絶たれ、1943年11月まで在独し、その後中立国を迂回する形で帰国した。
鈴木 清(すずき きよし、1907年4月29日 - 1993… 鈴木 清(すずき きよし、1907年4月29日 - 1993年2月18日)は、日本のプロレタリア作家、政治家。 秋田県平鹿郡旭村(現・横手市)出身。横手中学から山形高等学校へ進学するも社会運動にかかわって中退。 山形高校在学中に紺野与次郎らとともに社会主義運動に入る。その後上京し、東京合同労組書記などを経て職工になる。1929年、四・一六事件に連座し逮捕される。ほどなくして創作活動に入り、『監房細胞』(1931年)などの小説を著し、日本プロレタリア作家同盟の秋田支部を結成して活動した。作家同盟解散後も創作活動を続けたが、1940年には東北農業研究所を設立、農村での改良運動にかかわる。 第二次世界大戦後は政治活動も行い、1946年には旭村の村長職もつとめた。
石川 達三(いしかわ たつぞう、1905年〈明治38年〉7月… 石川 達三(いしかわ たつぞう、1905年〈明治38年〉7月2日 - 1985年〈昭和60年〉1月31日)は、日本の小説家。社会性の濃い風俗小説の先駆者で、『蒼氓』により第1回芥川賞受賞。華中従軍から得た『生きてゐる兵隊』は発禁処分を受けた。戦後は、新聞小説や社会における個人の生活、愛、結婚をテーマにした作品でベストセラーを連発。書名のいくつかは流行語にもなった。記録的手法に拠る問題意識の明確な作風が特徴。社会的・文壇的活動も活発で、日本ペンクラブ会長、日本文芸家協会理事長、日本文芸著作権保護同盟会長、アジア・アフリカ作家会議東京大会会長などを務めた。日本芸術院会員。 秋田県平鹿郡横手町(現・横手市)に父石川祐助、母ウンの三男として生まれる(兄弟妹は7人、のち異母弟妹4人)。
樋渡 ヨシ(ひわたり ヨシ、1860年(万延元年)- 193… 樋渡 ヨシ(ひわたり ヨシ、1860年(万延元年)- 1933年(昭和8年)5月12日)は、日本の人形作家である。 出羽国平鹿郡(後の同平鹿町、現在の横手市)に生まれる。後にかつて鍋島藩付の陶工であり天保期に秋田に移住した野田宇吉の長男、樋渡金太郎と結婚し夫と共に義父からもらった粘土を用いた土人形の制作に携わった。その後は夫は病死し、1874年(明治7年)頃に上吉田村中山に移住し土人形で生計を立てる。 その後は地方回りの歌舞伎を着想した事によって、『熊谷と敦盛』や『常磐御前』、『お軽』等約200の演目を土人形で再現した。後にこれらの人形は「中山人形」と呼ばれ名を馳せ、二代目の子や三代目の孫樋渡義一に継いだ。