ツクイヨシヒサ(つくい よしひさ 1975年9月23日 - … ツクイヨシヒサ(つくい よしひさ 1975年9月23日 - )は、日本のマンガ評論家、ライター、編集者。栃木県足利市出身。本名は津久井幹永。有限会社アンド・エーシー代表。 栃木県立足利高等学校、駒澤大学文学部卒業。大学在学中からライターとしての活動を始める。編集プロダクションを経て、フリーライター、編集者として活躍後、2004年に有限会社アンド・エーシー設立。 主にマンガ、野球、各種サブカルを中心に執筆。野球ライターとして雑誌『週刊ベースボール』『野球太郎』など、サブカルライターとして雑誌『週刊SPA!』『AERA』ほか、サイト『コミックナタリー』や各種書籍、ムック等に寄稿。戦国時代、江戸時代、幕末、三国志、時代劇などの歴史分野も手がける。
青山 みゆき(あおやま みゆき、1954年12月1日 - )… 青山 みゆき(あおやま みゆき、1954年12月1日 - )は、日本の詩人、歌人、評論家、翻訳家、アメリカ文学者。元聖徳大学准教授。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利女子高等学校卒業。アメリカペンシルベニア州立インディアナ大学大学院文学修士課程修了。アメリカ文学とイギリス文学を中心に学ぶ。アメリカに学部生として滞在中に、創作の授業で英語詩を書きはじめる。 1981年に帰国後、新川和江と吉原幸子が発行編集人である「現代詩ラ・メール」に参加。「ラ・メール」にフェミニズムやジェンダー論の視点から女性詩人論を書いていたが、新川や吉原をはじめ、高橋順子、鈴木ユリイカ、國峰照子、小池昌代、中本道代などに接し、多大な影響を受けて本格的に日本語で詩作をはじめる。
須永 朝彦(すなが あさひこ、1946年(昭和21年)2月5… 須永 朝彦(すなが あさひこ、1946年(昭和21年)2月5日 -2021年(令和3年)5月15日 )は、歌人、小説家、評論家。幻想的な作風が特徴。栃木県足利市出身。 少年時代から和歌・短歌・俳句・詩などに親しみ、在原業平、和泉式部、式子内親王、藤原良経、藤原定家、與謝蕪村、与謝野鉄幹、與謝野晶子、北原白秋、木下杢太郎、日夏耿之介、安西冬衛などを愛誦。日本古典は『源氏物語』などの王朝物語や戦記から中世の短篇物語、江戸文芸全般に至るまで広く親しむ一方、能・浄瑠璃や歌舞伎など。近代文学は森鷗外・幸田露伴・泉鏡花・谷崎潤一郎・佐藤春夫・稲垣足穂・三島由紀夫など。外国文学はE.T.A.ホフマン、スタンダール、メリメ、トーマス・マンなどを愛読。
栗田 英男(くりた ひでお、1912年(大正元年)12月20… 栗田 英男(くりた ひでお、1912年(大正元年)12月20日 - 1996年(平成8年)10月4日)は、日本の商人(肥料商)、実業家(東京毎夕新聞社主、鉱山経営者)、総会屋、衆議院議員、美術評論家(栗田美術館創設者)。中央大学法学部中退。 栃木県足利市の豪商出身。復員後の1946年第22回衆議院議員総選挙に、栃木県全県区から諸派扱いで初出馬したが落選。 翌1947年の第23回衆議院議員総選挙では、新設の旧栃木県第2区から民主党公認で立候補し、初当選。政界進出と同時に栗田政治経済研究所を設立した。 在職中、栗田の拠出した金が汚職に用いられた疑惑が持ち上がり、1948年の衆議院不当財産取引調査特別委員会で証人喚問された。
久保 貞次郎(くぼ さだじろう、1909年5月12日 - 1… 久保 貞次郎(くぼ さだじろう、1909年5月12日 - 1996年10月31日)は、日本の美術評論家、小中学生を対象とした創造主義美術教育運動の指導者。跡見学園短期大学学長、町田市立国際版画美術館初代館長なども務めた。婚家の莫大な資産をもとに美術品蒐集でも知られ、芸術家の支援も行なった。旧姓・小此木。小此木真三郎は弟。 栃木県足利町で金物店を営む小此木仲重郎、ヨシの次男として生まれる。3歳で母を亡くし、継母と姉を母替わりに育つ。足利尋常西小学校、栃木県立足利中学校(旧制)を経て、成蹊高等学校 (旧制)に進学。欧米に憧れを抱いていた貞次郎は、1927年に国際語エスペラントを新聞広告で知って寮友らと学習を始め、1928年に日本エスペラント学会に入会。
吉田 六郎(よしだ ろくろう、1908年5月9日- 1986… 吉田 六郎(よしだ ろくろう、1908年5月9日- 1986年3月8日)は、ドイツ文学者、文芸評論家、東京都立大学名誉教授。 栃木県足利市生まれ。松本高等学校文科乙類を経て、1932年東京帝国大学独文科卒。33年桐生高等工業学校教授。37-38年文部省から派遣されベルリン大学に学ぶ。39年陸軍教授、42年第四高等学校教授、1950年金沢大学助教授、51年東京都立大学助教授、60年教授。 1971年「ホフマン - 浪漫派の芸術家」で東京大学文学博士。72年都立大を定年退官。E・T・A・ホフマンの翻訳・研究と夏目漱石に関する評論を書き、藤代素人、秋山六郎兵衛、板垣直子らの、『吾輩は猫である』がホフマンの『牡猫ムルの人生観』に影響を受けたという説を論駁し、漱石は聞きかじってはいたが『猫である』はオリジナルな作であると論じた(吉田六郎教授略歴「人文学報」都立大、1972年)。