若林 芽育(わかばやし めぐみ、1974年8月14日 - )… 若林 芽育(わかばやし めぐみ、1974年8月14日 - )は、日本のフリーアナウンサー、政治家。宇都宮市議会議員(1期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校、文教大学情報学部卒業後の1997年、鹿児島放送に入社した。6年間アナウンサーを務める。退社後フリーアナウンサーとなりTBSテレビの『はなまるマーケット』の「とくまる」コーナーに不定期に出演した。 2004年からは地元のとちぎテレビに移り生放送番組のキャスターを務めた。栃木放送がとちぎテレビの子会社になってからはラジオパーソナリティなども務めた。 翌年の宇都宮市議会議員選挙出馬の準備のため、2022年12月をもってすべてのレギュラー番組を降板した。
松井 正一(まつい しょういち、1965年(昭和40年)9月… 松井 正一(まつい しょういち、1965年(昭和40年)9月12日 - )は、日本の政治家。栃木県鹿沼市長(1期)。元立憲民主党栃木県議会議員(5期)、元鹿沼市議会議員(2期)。 栃木県鹿沼市出身。1984年栃木県立鹿沼高等学校卒。同年鹿沼市役所に入る。2003年鹿沼市議会議員に当選。2期務める。2008年栃木県知事選挙と同時に行われた栃木県議会議員補欠選挙に民主党公認で立候補し、無投票で初当選。栃木県議を5期務め、立憲民主党の県副代表や幹事長を務めた。 ほか、鹿沼市PTA連絡協議会会長、鹿沼市立中央小学校PTA会長、鹿沼市立西中学校PTA会長などを務めた。 2024年6月9日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で立候補。
小林 幹夫(こばやし みきお、1954年〈昭和29年〉1月2… 小林 幹夫(こばやし みきお、1954年〈昭和29年〉1月22日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元自由民主党栃木県議会議員(5期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立宇都宮高等学校を経て、日本歯科大学を卒業。鹿沼市内で歯科医院を開業し、鹿沼市議会議員を4期務める。2003年栃木県議会議員に無所属で立候補し、初当選。後に自由民主党に入る。栃木県議を5期務め、2012年に副議長、2017年に議長に就任した。2023年の県議選で落選。 2024年6月9日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で立候補。自民党と公明党の推薦を受けたが、元立憲民主党県議の松井正一に敗れた。※当日有権者数:78,411人 最終投票率:52.72%(前回比:2.87pts) 落選後、市内の有権者に配布されていたチラシが映画版「スラムダンク」のポスターに酷似してるとの指摘があり、著作権法に触れるおそれがあるとする声が上がった。
佐藤 信(さとう しん、1946年(昭和21年)11月17日… 佐藤 信(さとう しん、1946年(昭和21年)11月17日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元栃木県鹿沼市長(4期)。元栃木県議会議員(5期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校卒業後、高崎経済大学入学。高崎経済大学を卒業し、1969年(昭和44年)4月、藤井産業株式会社に就職。1972年(昭和47年)4月、鹿沼市役所に再就職。 1991年(平成3年)4月、栃木県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後5期連続当選し、18年間県議を務める。県議時代は民主党に所属した。 2008年(平成20年)5月25日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で出馬。3選を目指す現職の阿部和夫を破り初当選した(佐藤:37,378票、阿部:15,440票)。
木島 日出夫(きじま ひでお、1946年9月5日 - )は、… 木島 日出夫(きじま ひでお、1946年9月5日 - )は、日本の政治家、弁護士。栃木県鹿沼市出身、栃木県立宇都宮高等学校卒業、東京大学法学部中退。
小林 守(こばやし まもる、1944年10月26日 - 20… 小林 守(こばやし まもる、1944年10月26日 - 2023年1月17日)は、日本の政治家。位階は従四位。 衆議院議員(4期)、栃木県議会議員(2期)、自治政務次官(村山内閣)、衆議院環境委員長、市教育委員会教育長、立憲民主党栃木県連常任顧問を歴任した。 栃木県鹿沼市出身。1969年、東京教育大学文学部史学科卒業。卒業後、鹿沼市役所に奉職。人事係長などを務める。 1984年に市役所を退職し、栃木県議会議員選挙に立候補して初当選。以後2期連続当選。 1990年に行われた第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧栃木1区より立候補し当選。以後4期連続当選を果たす。 1994年に成立した村山内閣では自治政務次官を務めた。
大橋 喜美(おおはし きみ、1905年(明治38年)1月29… 大橋 喜美(おおはし きみ、1905年(明治38年)1月29日 – 1999年(平成11年)6月1日)は、日本の教育者、政治家。衆議院議員(1期)。 栃木県鹿沼市出身。1925年、東京女子高等師範学校文科卒。島根県立浜田高等女学校、滋賀県大津市高等女学校の教員を経て、結婚により宮崎県延岡市に移る。夫の死後、故郷の鹿沼へ戻り、栃木県立鹿沼高等女学校講師になる。 1946年の第22回衆議院議員総選挙では宮崎県から日向民主党公認で立候補して初当選した。当選後は国民協同党に入るが、翌1947年の第23回衆議院議員総選挙では宮崎1区から民主党公認で立候補したが落選。1949年の第24回衆議院議員総選挙では選挙区を栃木1区に移して立候補したが落選した。
湯沢 三千男(ゆざわ みちお、明治21年(1888年)5月2… 湯沢 三千男(ゆざわ みちお、明治21年(1888年)5月20日 - 昭和38年(1963年)2月21日)は、大正・昭和期の日本の政治家、内務官僚。宮城・広島・兵庫県知事や東條内閣の内務大臣を務め、戦後も自由民主党参議院議員として活動した。