萩原 貴則(はぎわら たかのり、1973年11月17日 - … 萩原 貴則(はぎわら たかのり、1973年11月17日 - )は、スキー・元ノルディック複合・ワールドカップ代表。群馬県利根郡片品村出身。 地元で行われた国体を契機に競技生活に入る。群馬県武尊高等学校(現群馬県立尾瀬高等学校)、早稲田大学、トーエネックに順次所属した。1999年からワールドカップを転戦。1999年のワールドカップBでは準優勝という快挙を成し遂げる。国内では第56回、第58回の国民体育大会冬季大会スキー競技大会で優勝。2003年には第81回全日本スキー選手権大会でノルディックコンバインドに優勝するなど名実ともに日本のトップ選手として活躍。 2003年限りで第一線を退き、後進の指導に当たっている。
星野 敏(ほしの さとし、1961年(昭和36年)4月7日 … 星野 敏(ほしの さとし、1961年(昭和36年)4月7日 - )は、日本の実業家、レーシングドライバー、元フェンシング選手。NEXUSCEO(取締役代表執行役員)。元日本フェンシング協会会長。群馬県利根郡片品村出身。 経営者としては関東圏を中心に展開するパチンコホール「D'STATION」の運営会社NEXUSのCEO、アスリートとしては企業として後援しているカーレースに自らも参戦してレーシングドライバー、学生時代にはフェンシング選手として全日本選手権を制覇するなど多彩な顔を持つ。 群馬県立沼田高等学校を経て、1984年、法政大学を卒業。 片品村で舞茸や谷川岳の材木などを運搬する運送会社を経営する家に生まれる。
星野寛(ほしの ひろし、1955年〈昭和30年〉6月23日 … 星野寛(ほしの ひろし、1955年〈昭和30年〉6月23日 - )は、日本の政治家。群馬県議会議員(7期)。過去には、第90代群馬県議会議長、群馬県議会副議長を務めた。株式会社尾瀬岩鞍リゾート代表取締役。 群馬県利根郡片品村出身。1974年(昭和49年)、群馬県立前橋高等学校卒業。1979年、早稲田大学法学部を卒業。1980年、尾瀬開発株式会社に入社。 1991年(平成3年)、沼田青年会議所理事長となり、翌年日本青年会議所「町づくりネットワーク推進委員会」副委員長、さらに翌年「環境教育プログラム委員会」委員長となった。 1995年(平成7年)、群馬県議会議員選挙に初当選。1999年に再選。2003年に3選。
平野 長靖(ひらの ちょうせい、1935年〈昭和10年〉8月… 平野 長靖(ひらの ちょうせい、1935年〈昭和10年〉8月24日 - 1971年〈昭和46年〉12月1日)は、日本の自然保護運動家。群馬県利根郡片品村出身。高度経済成長の中、尾瀬を自然破壊から守った人物として有名である。 尾瀬沼畔で山小屋・「長蔵(ちょうぞう)小屋」を経営する平野長英の長男として生まれる。沼田国民学校、片品中学校、群馬県立沼田高等学校を経て1954年に京都大学に進学。1959年に京都大学文学部国史学科を卒業した。大学卒業後は北海道新聞社に入社したが、家業を継承する予定であった弟が死亡したため、1963年に退職。長蔵小屋の3代目経営者となった。 当時は日本各地で道路建設が相次ぎ、1966年に着工された、大清水から尾瀬へ乗り入れ沼山峠と結ぶ自動車用道路(現在の国道401号線にあたる)建設も進もうとしていた。
千明 康(ちぎら やすし、1903年1月1日 - 1986年… 千明 康(ちぎら やすし、1903年1月1日 - 1986年7月19日)は、日本の実業家、馬主、競走馬生産者。株式会社丸沼温泉ホテル会長、千明牧場代表を務めた。 1903年1月1日、群馬県利根郡片品村出身。千明賢治の長男。旧制沼田中学校、旧制新潟高等学校を経て東京帝国大学農学部林学科に進学し、1930年に卒業。大学院で2年間学んだのち南満洲鉄道に入社し、1937年退社。この間1936年に日光華厳滝エレベーター株式会社、株式会社丸沼温泉ホテル各社長に就任。また1949年6月より日光国立公園観光株式会社社長に就任し、1950年8月に辞任するまで同職に在任。このほか群馬官材事業協会、国有林材生産組合、群馬県養鱒漁業協同組合などで要職を務めた。