鈴木 義弘(すずき よしひろ、1962年11月10日 - )… 鈴木 義弘(すずき よしひろ、1962年11月10日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(5期)、国民民主党副代表・同埼玉県連会長。 衆議院決算行政監視委員長、国民民主党幹事長代理、改革結集の会政調会長(初代)、埼玉県議会議員(4期)などを歴任。 埼玉県三郷市生まれ。日本大学第一高等学校、日本大学理工学部卒業。大学卒業後の1985年4月より、土屋義彦参議院議員の秘書を務める(土屋は1992年、参議院議員を辞職し、埼玉県知事に転身)。 1999年、埼玉県議会議員選挙に東11区(現・東10区 三郷市)から立候補し、初当選した。以後県議を4期13年務め、県議会環境防災農林委員長、文教常任委員長、暮らしの安全・安全対策特別委員長等を歴任。
美田 長彦(みた おさひこ、1933年(昭和8年)11月2日… 美田 長彦(みた おさひこ、1933年(昭和8年)11月2日 - )は、日本の政治家。元埼玉県三郷市長(第7代 – 第9代)。旭日中綬章受章。 埼玉県三郷市出身。東京都立小石川高等学校(現・東京都立小石川中等教育学校)を経て、学習院大学政経学部卒。卒業後は埼玉県庁に入り、1975年、埼玉県議会議員(自由民主党)に当選する。県議を5期務め、1994年、三郷市長に当選する。市長を3期務め、2006年の市長選挙では、元三郷市議会議員で前市長の実子である木津雅晟に敗れた。このほか三郷市国際交流協会会長、住みよい三郷をつくる会の代表を務めた。
木津 三郎(きづ さぶろう、1914年(大正3年)6月12日… 木津 三郎(きづ さぶろう、1914年(大正3年)6月12日 - 没年不明)は、日本の政治家。埼玉県三郷市長(第4代 – 第6代)。 実子は現三郷市長の木津雅晟。 埼玉県北葛飾郡早稲田村(現・三郷市)出身。埼玉県立粕壁中学校(現・埼玉県立春日部高等学校)、東京専修学院卒。卒業後は早稲田村役場に奉職する。その後は三郷村、三郷町、三郷市に勤務し、市制施行後に収入役、助役となる。1982年、三郷市長選挙に立候補して当選する。市長を1994年までの3期務めた。1995年、勲四等旭日小綬章を受章した。
白石 敏夫(しらいし としお、1910年(明治43年)4月2… 白石 敏夫(しらいし としお、1910年(明治43年)4月2日 - 1995年(平成7年)11月5日)は、日本の政治家。埼玉県三郷市長(初代 - 第3代)。 埼玉県北葛飾郡八木郷村(のち東和村、現・三郷市)出身。1935年、報知新聞社に入る。その後、満州国に渡り、満州国協和会中央本部に勤務する。間もなく帰国し、1943年、東和村会議員となる。議員を一時辞めて、出版業に従事する。 1957年、三郷村議会議員となり、のち同村助役に就任する。 1967年、三郷町長に当選、 町長2期目の1972年、三郷町の単独市制施行により、 初代の三郷市長となる。1975年、初めての市長選挙で再選(通算3選・4期)。
神谷 弥平(彌平、かみや やへい、1875年(明治8年)11… 神谷 弥平(彌平、かみや やへい、1875年(明治8年)11月15日 - 1944年(昭和19年)6月17日)は、日本の農業経営者、政治家。衆議院議員、埼玉県北葛飾郡彦成村長。 埼玉県葛飾郡谷口村(のち北葛飾郡彦成村、現:三郷市谷口)で、神谷長吉の長男として生まれる。農業を営む。 彦成村会議員、同村長、北葛飾郡会議員、同議長、埼玉県会議員などを務めた。1920年5月、第14回衆議院議員総選挙で埼玉県第四区から憲政会所属で出馬して当選。第15回総選挙で再選され、衆議院議員を連続二期務めた。 その他、彦成信用組合長、埼玉県産業組合連合会理事、北葛飾郡農会副会長などを務め、宮内省主猟局から鳥類保護事務を嘱託された。
佐藤 乾信(さとう けんしん、嘉永3年(1850年)11月2… 佐藤 乾信(さとう けんしん、嘉永3年(1850年)11月21日 - 明治43年(1910年))は、日本の政治家。潮止村会議員。 葛飾郡二郷半領戸ヶ崎村(三郷市)の加藤家に生まれ、埼玉郡八條領川崎村の佐藤家の婿となる。明治8年(1872年)頃伊勢野村戸長、同9年頃川崎村戸長、同13年頃南川崎村惣代、同17年頃伊勢野村連合戸長を務めた。水利に尽力し、葛西用水路第一部普通水利組合の議員を務めた。明治15年(1882年)戸ヶ崎渡しの所に戸ヶ崎村の加藤謙光と共同出資で収銭橋を架け、両人の性を取り藤橋と名付けた。 また同18年と同25年からの2期、県会議員を務めた。明治10年代(1877年 - )から活発な政治活動を行い、明治14年(1881年)7月に法律研究・演説結社である嚶鳴社の影響を受け、高橋荘右衛門らと草加嚶鳴社を結成した。