ブライアン・ジョセフ・バルザー(Bryan Joseph B… ブライアン・ジョセフ・バルザー(Bryan Joseph Balzer, 2004年10月27日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。MLBのサンディエゴ・パドレス傘下所属。 日本メディアではバルザー・ブライアンの表記もみられる。 神奈川県横須賀市生まれ。父親が米国人、母親が日本人のハーフである。父親の仕事の都合で5歳から小学校3年生まで米国ニュージャージー州で過ごし、この間の小学1年時に現地で野球を始めた。 常総学院高等学校では当初内野手としてプレーしていたが、2年秋に監督の島田直也に強肩を見込まれ投手へ転向。3年夏時には練習試合で最速154km/hを計測しNPBやMLBのスカウトにも注目されていたが、度重なる故障もあり公式戦の登板は1イニングのみに留まった。
青山 美夏人(あおやま みなと、2000年7月19日 - )… 青山 美夏人(あおやま みなと、2000年7月19日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 横須賀市立城北小学校3年時に幼馴染の誘いで地元の少年野球チームに入り野球を始め、横須賀市立衣笠中学校在学時は硬式野球のクラブチームである横須賀シニアでプレーしていた。 横浜隼人高等学校に進学し、2年秋からエースを務めた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は南神奈川県大会初戦(2回戦)で横浜商業に敗れた。高校の1学年後輩に佐藤一磨、2学年後輩に加藤大がいる。 亜細亜大学に進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋のリーグ戦では防御率1位を記録するなど活躍したが、3年時は右肩の炎症に悩まされた。
金満 梨々那(かねみつ りりな、1999年8月10日 - )… 金満 梨々那(かねみつ りりな、1999年8月10日 - )は、神奈川県横須賀市出身の女子野球選手(捕手)・代表選手、野球指導者。2022年から読売ジャイアンツ女子チーム所属(1期生・初代主将)。 兄の影響で小学2年時にソフトボールを始めて、小学5年時に葉山町にある学童軟式で宮本和知主宰・総監督の葉山巨人軍に入団し野球を始める。中学では軟式野球部はあったが女子部員の制約や両親への金銭的負担などを考えて一度はバドミントン部に入部するも、野球が忘れられず県内の女子硬式クラブチームのオール京急に入団。女子硬式野球部がある新潟の開志学園高等学校へ進学。2017年に第1回 女子野球アジアカップでU-18日本代表に初選出され優勝に貢献し、最優秀守備選手に選ばれた。
北野 洸貴(きたの こうき、1988年4月27日 - )は、… 北野 洸貴(きたの こうき、1988年4月27日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。プロでは育成選手であった。 野球を始めた時から遊撃手としてプレーしており、横浜創学館高時代も遊撃手として活躍。同期に秋山翔吾がいた。 神奈川大学に進学すると、当時のキャプテンが遊撃手を務めていたため、コーチの打診により外野手に転向した。俊足と強肩を活かし活躍し、3年時には日本代表に選出され、その頃からプロ入りを意識するようになった。4年秋にはベストナインを受賞し、リーグ戦2位から明治神宮大会へ出場するとベスト4。 2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議にて東京ヤクルトスワローズから育成1位指名を受けた。
秋山 翔吾(あきやま しょうご、1988年4月16日 - )… 秋山 翔吾(あきやま しょうご、1988年4月16日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 日本プロ野球におけるシーズン最多安打記録(216本・2015年)保持者。 2歳で野球を始め、1995年の卒園文集には「やきゅうせんしゅになりたいです。いちろう(イチロー)みたいにひっとうちたいです。」と書いていた。横須賀市立大津小学校に入学した小学1年からソフトボールチームの「大津スネークス」に入部。コンマ1秒でも早く一塁へ到達するよう右投げ左打ちに変更。左打ちのフォームは父親から指導された。父親の指導は厳しく、小学生時点で大津中学校の陸上部に入部し中学生と一緒に陸上の練習をしていた。
坂田 遼(さかた りょう、1986年10月2日 - )は、神… 坂田 遼(さかた りょう、1986年10月2日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 出生は神奈川県横須賀市であるが、幼少時に北海道帯広市へ転居、同市立稲田小学校3年生の時に野球を始める。小学校4年生の時、横須賀に戻ってきて、久里浜小学校から神明中学校に通う、横須賀リトルリーグ、シニアで野球を続ける。 横浜創学館高等学校2年時に県高校野球秋季大会で優勝(当時は5番打者)。高橋徹と同期で、2学年後輩に秋山翔吾がいた。住まいを転々としているのは自衛官である父親の仕事の影響である。 高校卒業後函館大学へ進学、商学部ビジネス・アスリート専攻塾に所属。1年から4番を打ち、北海道六大学野球リーグで2年秋と4年春の2度、首位打者、ベストナイン4回。
早坂 圭介(はやさか けいすけ、1984年6月19日 - )… 早坂 圭介(はやさか けいすけ、1984年6月19日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)、野球指導者。 横須賀市立不入斗中学校時代には、軟式野球の横須賀スターズクラブでプレー。横浜商工高校(現在の横浜創学館高校)の在校時には、春夏ともに阪神甲子園球場の全国大会への出場を果たせなかった。3年生だった2002年の夏には、神奈川大会の準々決勝で桐蔭学園に敗れている。 2002年のドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズからの8巡目指名を受けたことを機に入団。横浜商工高校出身者から初めてのプロ野球選手になった。背番号は68。 2003年には一軍公式戦14試合で2盗塁を記録。イースタン・リーグ公式戦では、22盗塁で盗塁王を獲得した。
西山 麗(にしやま れい、1984年3月8日 - )は、神奈… 西山 麗(にしやま れい、1984年3月8日 - )は、神奈川県横須賀市出身の女子ソフトボール選手(内野手)。元ソフトボール日本代表。2008年北京オリンピック金メダリスト。 中学時代に心臓弁移植を行ったことから、臓器移植を行った日本で唯一のオリンピック金メダリストとなる。 神奈川県横須賀市の生まれで実家は釣り船屋である。決して恵まれた環境とは言えなかったものの小さい頃から運動をすることが大好きで、小学生時代はバスケットボールをしていた。 ただ、生後1ヶ月に大動脈弁狭窄(きょうさく)・閉鎖不全症と診断され、医師より激しい運動を禁じられ持久走や吹奏楽などは特に禁じられていた。 横須賀市立常葉中学校進学時に医師に「激しい運動をやめるように」と言われたことを受けて、攻守があり休みが取れるということからソフトボールに転向した。
内藤 雄太(ないとう ゆうた、1983年11月29日 - )… 内藤 雄太(ないとう ゆうた、1983年11月29日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。現役時代は横浜DeNAベイスターズに所属していた。 1983年、横須賀市で生まれ、小学生時代は横浜スタジアムに通いつめた。ある日の試合前、内藤に「今日打ってくるからな」と声をかけてきた佐伯貴弘がフェンス直撃のタイムリーツーベースを放って以来、ベイスターズと佐伯のファンになったというエピソードがある。横浜商工高等学校では身長が180cmを超えて主軸を任されていたが、2年秋の時点で体重が65kgと体型が細かったため、屈伸運動や毎日500本以上の素振りに取り組み、3年夏には体重を72kgまで増やした。
山本 賢寿(やまもと けんじゅ、1981年4月8日 - )は… 山本 賢寿(やまもと けんじゅ、1981年4月8日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者、政治家。 横須賀市立工業高等学校で3年生の時にエースとして夏の神奈川県大会に登板。4回戦で敗退し甲子園出場はできなかった。 翌年に帝京大学へ進学し、首都大学リーグで1年生から開幕戦に登板するなどエースとして活躍。2002年の秋季リーグ(3年時)で2部降格となったが、翌年の春季リーグで8勝1敗と好投し、優勝決定戦、入れ替え戦を合わせ13試合で11勝挙げ1部復帰の立役者となる。1部リーグで通算40試合登板、12勝18敗。 大学2年時に全日本代表でのプロ野球キャンプ派遣で読売ジャイアンツへ派遣されている。
髙山 樹里(たかやま じゅり、1976年10月21日 - )… 髙山 樹里(たかやま じゅり、1976年10月21日 - )は、神奈川県横須賀市出身の女子ソフトボール選手(投手)、ボブスレー選手、スケルトン選手。元ソフトボール日本代表。2000年シドニーオリンピック銀メダリスト、2004年アテネオリンピック銅メダリスト。 トータル・オリンピック・レディス会 会長、日本車椅子ソフトボール協会 会長、NPO法人 ソフトボール・ドリーム 理事、全日本アーチェリー連盟 理事、日本ハンドボール協会理事、日本アンチ・ドーピング機構 アスリート委員、日本プロ野球OBクラブ理事、神奈川県スポーツ推進審議会審議委員、ソフトボールの講習会(主にピッチング指導)やYouTubeやテレビのゲスト出演もしている。
森笠 繁(もりかさ しげる、1976年10月4日 - )は、… 森笠 繁(もりかさ しげる、1976年10月4日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(外野手)、プロ野球コーチ。 1976年に神奈川県小田原市で生まれ、横須賀市で育つ。国学院久我山高等学校では3年時の全国高等学校野球選手権西東京大会でベスト8。関東学院大学に進学後、1イニングに満塁本塁打と3ラン本塁打を放ち、スカウトから注目を集め、「金本2世」と評されていた。最優秀選手3回、首位打者1回、最多打点3回、ベストナイン4回。 1998年、ドラフト4位で広島東洋カープに入団。 即戦力ルーキーとして1999年(1年目)より29試合に出場する。同年4月7日の対阪神タイガース戦(広島市民球場)で、2番ライトでプロ入り初スタメン出場。
今関 勝(いまぜき まさる、1971年2月9日 - )は、神… 今関 勝(いまぜき まさる、1971年2月9日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(投手)。
飯田 孝雄(いいだ たかお、1962年3月22日 - )は、… 飯田 孝雄(いいだ たかお、1962年3月22日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元アマチュア野球選手(内野手)、野球指導者。 桐蔭学園高等学校を経て、法政大学に入学し、1983年秋に東京六大学野球リーグで優勝に貢献し、ベストナインに選ばれた。明治神宮大会は準決勝で東海大の高野光に完投され敗退。同期には小早川毅彦、銚子利夫がいる。大学卒業後に、社会人野球の日本IBM野洲のチームでプレーした。 1987年には第6回インターコンチネンタルカップと第14回アジア野球選手権大会の日本代表にも選ばれた。 その後は、社業の傍らでWIEN94でプレーした後に日本IBM野洲の監督、副部長を務め、法政大学の助監督、永和商事ウィングのコーチを経て、2022年時点では東京経済大学の監督を務めている。
水上 善雄(みずかみ よしお、1957年8月9日 - )は、… 水上 善雄(みずかみ よしお、1957年8月9日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(内野手)。現在は福岡ソフトバンクホークス二軍監督。
竹之内 雅史(たけのうち まさし、1945年3月15日 - … 竹之内 雅史(たけのうち まさし、1945年3月15日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)・野球指導者。現在は、羽衣国際大学野球部総監督を務めている。