小野 一(おの はじめ、1965年 - )は、日本の政治学者… 小野 一(おの はじめ、1965年 - )は、日本の政治学者。学位は、法学修士。工学院大学教育推進機構教授。専門は現代ドイツ政治。 福井県敦賀市出身。1990年一橋大学社会学部卒。1992年北海学園大学大学院法学研究科修士課程修了(恩師:山本佐門 )1998年に一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。1998年工学院大学工学部共通課程専任講師。2003年より工学院大学工学部助教授。2007年同准教授。2017年より現職を務める。2023年に駒澤大学法学部非常勤講師となる。
桜井 由躬雄(さくらい ゆみお、1945年(昭和20年)1月… 桜井 由躬雄(さくらい ゆみお、1945年(昭和20年)1月31日 - 2012年(平成24年)12月17日)は、日本の歴史学者、東南アジア史学者、東京大学名誉教授。 1945年、福井県敦賀市生まれ。東京大学文学部東洋史学科で学び、1967年に卒業。同大学大学院文学研究科に進んで、1977年に博士課程満期退学。 卒業後は京都大学東南アジア研究センターの助手となった。1983年、同センター助教授に昇進。1989年、学位論文「ベトナム村落の形成:村落共有田=コンディエン制の史的展開」を東京大学に提出して文学博士号を取得。1990年、東京大学文学部東洋史学科助教授に着任。1992年、学位論文「ヴェトナム紅河デルタの開発特性と水田水利の発達過程に関する研究:東南アジア主要河川デルタ開発との比較において」を提出して農学博士号を取得。
辻 茂(つじ しげる、1930年3月29日 -2017年7月… 辻 茂(つじ しげる、1930年3月29日 -2017年7月2日)は、日本の美術史学者。東京藝術大学名誉教授。西洋美術史専攻。 福井県敦賀市出身。東京藝術大学美術学部藝術学科卒。イタリアに留学後、同大で教え、日本におけるイタリア美術史の権威の一人として指導に当たった。東京藝術大学美術学部助教授、教授。1997年定年退官、名誉教授。1996年『遠近法の発見』でマルコ・ポーロ賞受賞。ルネサンス期の遠近法の研究で知られた。 2011年11月瑞宝中綬章受章。 退官後はイタリアで在住していた。肺炎のため、入院先のイタリア中部オルビエトの病院で亡くなった。
山本 俊一(やまもと しゅんいち、1922年10月24日 -… 山本 俊一(やまもと しゅんいち、1922年10月24日 - 2008年12月13日)は、日本の医師、衛生学者。 福井県敦賀市生まれ。1946年東京帝国大学医学部卒。47年医師国家試験合格、東大衛生学教室助手。60年医学博士、東京大学医学部助教授。1965年教授。83年定年退職、名誉教授、東京都老人総合研究所副所長。1987年聖路加看護大学教授、92年副学長。96年退職。1986年東京都文化賞受賞。公衆衛生の研究に尽力し、はじめてのハンセン病の歴史を執筆、ハンセン病訴訟では熊本地裁に原告側意見書を提出した。
松木 治三郎(まつき じさぶろう、1906年2月21日 - … 松木 治三郎(まつき じさぶろう、1906年2月21日 - 1994年5月24日)は、日本の牧師、神学者。 福井県敦賀生まれ。1934年日本神学校を卒業後、日本基督教会木更津教会(1941年より、日本基督教団)、熊本坪井教会牧師を経て、1951年に関西学院大学文学部神学科教授、翌1952年から同大神学部教授として、聖書釈義、新約学を講義。1968年から神学部長を務めた。1974年に定年退職後は聖書解釈研究所を主宰した。 このほか、日本新約学会会長(1960年 - 1986年)、日本基督教団塚口教会主任牧師(1953年 - 1991年)を務めた。
東郷 豊治(とうごう とよはる、1905年4月28日 - 1… 東郷 豊治(とうごう とよはる、1905年4月28日 - 1969年3月17日)は、日本の心理学者、良寛研究家。 福井県敦賀市生まれ。1930年京都帝国大学文学部心理学科卒。1945年新潟県高田師範学校教授、1955年大阪外国語大学教授。 伝記『良寛』で1957年度読売文学賞受賞。堀口大學、鈴木虎雄と協力し良寛全集編さん・研究を行った。
西野 嘉一郎(にしの かいちろう、1904年8月21日 - … 西野 嘉一郎(にしの かいちろう、1904年8月21日 - 2003年1月14日)は、日本の実業家、経営学者。学位は、商学博士(早稲田大学・論文博士・1957年)(学位論文「経営分析 その理論と方法に関する研究」)。国鉄監査委員、健保組合連会長、東洋英和女学院理事長を歴任。藍綬褒章、勲三等旭日中綬章、勲二等瑞宝章受章。 福井県敦賀市出身。1926年小樽高等商業学校(現小樽商科大学)卒。三機工業、東京建鉄を経て、1934年芝浦製作所に入社。芝浦マツダ工業経理部長、芝浦製作所経理部長を経て、1945年取締役。のち常務、専務、副社長を歴任。1957年「経営分析 その理論と方法に関する研究」で商学博士(早稲田大学)の学位を取得。
大道 安次郎(だいどう やすじろう、1903年5月1日 - … 大道 安次郎(だいどう やすじろう、1903年5月1日 - 1987年1月11日)は、日本の経済学者、社会学者。専攻はマルクス主義及びアダム・スミス研究。関西学院大学教授。初代社会学部長、図書館長。 福井県敦賀市出身。旧制敦賀商業学校(現福井県立敦賀高等学校)首席を経て、1927年関西学院高等商業学部(現関西学院大学)卒。同時に九州帝国大学へ進学し、1930年高等商業学部講師に就任。以後、助教授、教授となり、19944年、旧制大学法文学部教授に移籍。新制大学後、文学部教授となり、1960年の社会学部設立に際して中心的役割を果たし、初代社会学部長に就任。1972年定年退職。だが、おもにマルクス主義とアダム・スミスを研究した。
左近 義弼(さこん よしすけ、慶応元年9月5日(1865年1… 左近 義弼(さこん よしすけ、慶応元年9月5日(1865年10月24日) - 昭和19年(1944年)9月1日)は、日本の聖書学者、聖書翻訳者。青山学院の教授(1907年-1937年)。子としては、東京神学大学名誉教授左近義慈、『落城日記』などの著者・左近義親、医師の左近さくらがいる。東京神学大学元学長左近淑は義理の孫。 越前国敦賀に近い杉津出身の農家に生まれる。父・左近孫太夫、母・そうの三男。姉・さき、兄・孫太夫、次兄・中蔵。 1877年に小学校・尋常科を卒業。父の農作業を手伝いながら、向学心に燃えて福沢諭吉の『世界国尽』や『学問のススメ』を読みふける。 1880年には、小学校教師に就任。1882年福沢諭吉の元で学ぶため上京して、翌年、慶應義塾で学び、1884年からは時事新報社で働きながら学業を続ける。