寺沢 拓敬(てらさわ たくのり、1982年 - )は、日本の… 寺沢 拓敬(てらさわ たくのり、1982年 - )は、日本の応用言語学者、教育社会学者。関西学院大学社会学部准教授。 長野県塩尻市出身。東京都立大学人文学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学、2013年「新制中学校英語の「事実上の必修化」成立に関する実証的検討 《国民教育》言説および社会構造の変化との連関を中心に」で博士(学術)。千葉商科大学非常勤講師、国立音楽大学非常勤講師、日本学術振興会特別研究員(PD)、オックスフォード大学ニッサン日本問題研究所客員研究員を経て現職。専門分野は言語社会学、英語教育制度とその歴史。 英語をめぐるイデオロギーの計量的分析や、英語教育における制度に関して歴史的アプローチによる分析を行う。
東原 伸明(ひがしはら のぶあき、1959年5月 - )は、… 東原 伸明(ひがしはら のぶあき、1959年5月 - )は、日本の国文学者、高知県立大学教授。 長野県塩尻市出身。國學院大學文学部国文科卒業、同大学院博士課程後期単位取得満期退学。2009年「古代散文文学史における語り・言説・テクストの研究」で文学博士(名古屋大学)。1997年県立高知女子大学文学部助教授、2007年教授、2011年校名変更で高知県立大学文化学部・人間生活学研究科教授。専門は中古の物語・日記。
碓井 稔(うすい みのる、1955年4月22日 - )は、日… 碓井 稔(うすい みのる、1955年4月22日 - )は、日本の実業家、機械工学者。セイコーエプソン取締役会長。前・代表取締役社長。 長野県塩尻市生まれ。父親は国鉄職員であった。 長野県松本深志高等学校から東京大学工学部へ進学。大手自動車関連メーカー勤務を経て、1979年11月に信州精器(現セイコーエプソン)に入社。 1988年、インクジェットプリンターの新方式ヘッド開発メンバーとなり、1990年にはKH(緊急ヘッド)プロジェクトのリーダーとなった。これがマイクロピエゾ方式インクジェットプリンターの開発、商品化につながったことから「プリンターの父」とも称される。 その後、役員、取締役を歴任し、2008年6月に代表取締役社長に就任。
田中 虔一(たなか けんいち、1937年 - 2018年3月… 田中 虔一(たなか けんいち、1937年 - 2018年3月18日)は、日本の化学者。専門は、触媒化学。 長野県塩尻市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1961年横浜国立大学工学部応用化学学科卒業。1972年北海道大学工学部助教授。1979年北海道大学触媒研究所(現・北海道大学触媒科学研究所)助教授。1984年東京大学物性研究所助教授。1987年同研究所教授。退官後、同大学名誉教授。1999年埼玉工業大学先端科学研究所教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
熊井 英水(くまい ひでみ、1935年10月10日 - )は… 熊井 英水(くまい ひでみ、1935年10月10日 - )は、日本の水産学者。近畿大学農学部名誉教授、学校法人近畿大学本部理事。農学博士。近畿大学水産研究所元所長。 長野県塩尻市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年、広島大学水畜産学部を卒業、近畿大学白浜臨海研究所(現・水産研究所)副手に就任。以来、約半世紀にわたり、一貫して魚類の養殖にたずさわる。数々の海産魚の完全養殖に成功したほか、交雑魚の研究でも成果をあげた。1983年同農学部教授。1991年から2008年まで同水産研究所所長。 2002年には、研究チームのリーダーとして、難しいと思われていたクロマグロの完全養殖を成功に導いた。世界初の成果である。
嶋崎 昭典(しまざき あきのり、1928年8月20日 - 2… 嶋崎 昭典(しまざき あきのり、1928年8月20日 - 2025年8月5日)は、日本の農学者。長野県塩尻市出身。信州大学繊維学部 名誉教授、農学博士(1960年 東京大学)。 高度経済成長期、製糸業も自動繰糸機全盛期へと向かう中(1950~1960年代)、製糸工程の統計的管理法、定粒繰糸・定繊自動繰糸の基礎理論を確立。戦後日本の製糸業界発展に寄与すると共に、現在は世界的に普及した自動繰糸機の工程管理手法の礎を築いた。 信州大学教授就任後(製糸・管理工学)は、数多くの学生を指導、国際的にも門戸を拡げ世界各国の学生を受け入れた。 教授時代の中国蘇州丝绸工学院(現:蘇州大学)との交流は、後に岡谷蚕糸博物館名誉館長就任後に、岡谷市と蘇州絲博物館(英語版)との学術交流協定締結へと繋がった。
酒井 琢朗(さかい たくろう、1917年 - 2005年11… 酒井 琢朗(さかい たくろう、1917年 - 2005年11月14日)は、日本の人類学者。長野県塩尻市出身。東京歯科医学専門学校(現東京歯科大学)卒。愛知学院大学名誉教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
征矢野 晃雄(そやの てるお、1889年1月22日 - 19… 征矢野 晃雄(そやの てるお、1889年1月22日 - 1929年4月26日)は、日本の神学者、哲学者である。 長野県塩尻市出身。1910年(明治43年)日本基督教会富士見町教会で植村正久に洗礼を受ける。富士見町教会有志青年の寄宿舎山上寮に材料する第一高等学校、東京帝国大学を卒業する。卒業後は、福岡高等学校教授に就任した。 1926年(大正15年)に植村正久の死後、東京に戻り東京神学社、東京女子大学で哲学を教える。東京神学社の同僚に高倉徳太郎がいる。 戸山教会(信濃町教会)に転会し、高倉の協力者になった。カント、ヤーコプ・ベーメ、トマス・アクィナス、アウグスティヌスなどの研究を進めた。 1929年(昭和4年)に神奈川県茅ヶ崎町の自宅で病死した。
田中 貢一(たなか こういち、1881年12月24日 - 1… 田中 貢一(たなか こういち、1881年12月24日 - 1965年2月25日)は、日本の植物学者。 長野県東筑摩郡広丘村(現塩尻市)出身。明治35年(1902年)長野県師範学校在学中のに信濃博物学会創設に参画し、編集主任として「信濃博物雑誌」の発行にあたった。また東宮(のちの大正天皇)の巡幸により同校を訪れた際には、予め採集したトガクシショウマ(トガクシソウ)を献上した。同36年(1903年)卒業、上水内郡古牧小学校訓導となる。同37年(1904年)牧野富太郎の斡旋により東京帝国大学農学部実科の池野成一郎の助手となった。大正2年(1913年)帝国駒場農園が設立されると、技術長として農産物種子検査や苗木の育成、全国の小学校の学校植物園の普及事業に従事した。
吉江 喬松(よしえ たかまつ、1880年9月5日 - 194… 吉江 喬松(よしえ たかまつ、1880年9月5日 - 1940年3月26日)は、フランス文学者、詩人、作家、評論家、早稲田大学教授。号は孤雁。