羽田 一平(はだ いっぺい、2000年12月15日 - )は… 羽田 一平(はだ いっぺい、2000年12月15日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 中学時代はFC岐阜の下部組織に所属していた。作陽高校では2年時と3年時に全国高等学校サッカー選手権大会に出場。卒業後は桐蔭横浜大学に進学し、2022年には全日本大学サッカー選手権大会優勝を果たした。2022年10月18日、2023年シーズンからのFC岐阜加入内定が発表された。 2023年3月5日、J3リーグ開幕戦のギラヴァンツ北九州戦でJリーグデビューを飾った。2024シーズン終了後、契約満了により退団。 2025年1月、2024シーズンをもって現役を引退することが発表された。
藤井 智也(ふじい ともや、1998年12月4日 - )は、… 藤井 智也(ふじい ともや、1998年12月4日 - )は、岐阜県岐阜市出身のプロサッカー選手。 Jリーグ・湘南ベルマーレ所属。 ポジションはミッドフィールダー(MF)。 中学時代は全く無名の選手でベンチを温めて過ごす日々が続き、引退試合はベンチ外であった。当時のレギュラー選手を見返すべく進学校の岐阜県立長良高校へ進み、文武両道の校風の中強みである1対1のマッチアップを磨いた。高校3年間で全国高等学校総合体育大会(インターハイ)・全国高等学校サッカー選手権大会共に県予選ではベスト8が最高成績であった。 高校サッカーの引退後、卒業生と顧問の伝手で立命館大学体育会サッカー部のセレクションを受験。立命館大のスポーツ推薦は全国大会での顕著な成績や年代別日本代表への選出歴が無ければ一般的に受験さえできず、高校まで全国的には無名の選手だった藤井には受験機会が与えられただけでも異例であったが、レギュラー格の選手との1対1で10戦10勝とアピールに成功、推薦入学を勝ち取った。
山﨑 貴雅(やまざき たかまさ、1992年3月17日 - )… 山﨑 貴雅(やまざき たかまさ、1992年3月17日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 岐阜県立岐阜工業高等学校から専修大学に進学。2014年に東海社会人サッカーリーグ1部のFC刈谷に加入。2015年より水戸ホーリーホックに移籍した。同年7月に鹿児島ユナイテッドFCに育成型期限付き移籍。 2016年、ヴァンラーレ八戸に期限付き移籍し、シーズン終了後に完全移籍した。 2018年、北信越フットボールリーグ1部のサウルコス福井に移籍。7月に現役を引退。
岩本 知幸(いわもと ともゆき、1989年10月25日 - … 岩本 知幸(いわもと ともゆき、1989年10月25日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF。 東海学園高校から阪南大学へ進学し、2012年に当時関西サッカーリーグ2部に所属していたFC大阪に加入。 2018年シーズン、JFLベストイレブン受賞。 2023年11月29日、2023シーズンをもって現役引退が発表された。
冨成 慎司(とみなり しんじ、1987年2月22日 - )は… 冨成 慎司(とみなり しんじ、1987年2月22日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 2002年、サンフレッチェ広島ユースに入団。同期に前田俊介、桒田慎一朗、髙萩洋次郎、髙柳一誠、大屋翼、森脇良太、藤井大輔、佐藤昭大。主にFWやトップ下でプレーした。在籍時に日本クラブユース選手権2連覇、高円宮杯およびJユースカップ優勝と2年連続ユース2冠に貢献した。 2005年、福岡大学に入学。同期に山口和樹がいる。2年までFW、3年でMF(ボランチ)、4年で右サイドバックにコンバートされる。2006年には総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント準優勝に貢献。
片桐 淳至(かたぎり あつし、1983年8月1日 - )は、… 片桐 淳至(かたぎり あつし、1983年8月1日 - )は、岐阜県出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。 第80回全国高等学校サッカー選手権大会で得点王を獲得し、2002年、岐阜工業高校から名古屋グランパスエイトに入団したが、名古屋では出場機会に恵まれず、2004年はアルゼンチンのクラブを名古屋からのレンタル移籍で渡り歩く。2005年に名古屋に復帰するも出番は無く、シーズン途中にJFLのFCホリコシへレンタル移籍。ホリコシではシーズン途中の加入ながらJリーグと海外リーグを経験した即戦力として重宝され、リーグ戦では10試合に出場し4得点を挙げた。 2006年から、名古屋から東海1部リーグのFC岐阜へ完全移籍。
土屋 貴啓(つちや たかひろ、1983年7月11日 - )は… 土屋 貴啓(つちや たかひろ、1983年7月11日 - )は、岐阜県岐阜市出身のサッカー選手。
髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - … 髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。 大学卒業後2003年にジュビロ磐田に加入。しかし、アルノ・ヴァンズワムの前に出場機会をなかなか得られず、さらに2005年には日本代表の川口能活が加入したこともあり、同年からは期限付き移籍でコンサドーレ札幌に在籍。この年は10試合に出場した。 しかし、林卓人の牙城を崩すには至らず、2006年に移籍期間が終了すると磐田から契約非更新とされたため、2007年の当初は練習生として札幌に加入していたが、後に正式契約を勝ち獲った。しかし同年に左足甲を骨折した影響もあってレンタル移籍から復帰した高木貴弘にポジションを譲り、2008年までの2年間は公式戦出場はなかった。
髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - … 髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - )は、岐阜市出身のサッカー選手。左利き(投げ・蹴り)のGK。
小井土 正亮(こいど まさあき、1978年4月9日 - )は… 小井土 正亮(こいど まさあき、1978年4月9日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 小学校時代よりサッカーを始め、岐阜県立各務原高校から筑波大学体育専門学群に進学。蹴球部に入部して、3年次の第48回全日本大学サッカー選手権大会および4年次の第49回全日本大学サッカー選手権大会で2年連続準優勝を経験した。 2001年に大学を卒業し筑波大学大学院に通いながら、水戸ホーリーホックに入団して6試合に出場した。1年で現役を引退して、2002年の大学院修士2年次より蹴球部のヘッドコーチに就任した。 大学院修了後の2004年に柏レイソルのテクニカルスタッフ、2005年から2010年まで清水エスパルスのアシスタントコーチを歴任。
松波 正信(まつなみ まさのぶ、1974年11月21日 - … 松波 正信(まつなみ まさのぶ、1974年11月21日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード(FW)。 帝京高等学校では、2学年上は森下仁志、1学年上には清野乙彦と清野公彦兄弟、同学年には阿部敏之、丸山良明、小峯隆幸、時岡宏昌、2学年下には熱田眞がいた。松波和幸は実弟。 2年生次に出場した第70回全国高校サッカー選手権では7得点を挙げ大会得点王に輝き、同校を優勝に導いた大型ストライカーとして注目を集めた。3年時に一旦は大学進学を決めていたが、現地観戦した第1回ナビスコカップで盛り上がりを目のあたりをしてプロ入りを決断する。開幕したばかりのJリーグの4クラブ(名古屋グランパスエイト、鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド市原)からオファーがあり、ガンバ大阪に加入。
東明 有美(とうめい ゆみ、1972年(昭和47年)6月1日… 東明 有美(とうめい ゆみ、1972年(昭和47年)6月1日 - )は、日本の元女子サッカー選手、博士、大学教員。選手時代のポジションは主にディフェンダー(右サイドバック)だが、フォワードやミッドフィールダーとして登録されたこともある。 岐阜県岐阜市出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て天理大学卒業。後に大阪教育大学大学院にも在籍した。 岐阜高校に在学していた1988年、プリマハムFCくノ一に加入。ディフェンスの要として日本女子サッカーリーグでは第7回日本女子サッカーリーグ(1995年)と第11回日本女子サッカーリーグ(1999年)の2度の制覇に貢献した。 日本代表でも活躍し、世界選手権(W杯)では第2回大会(1995年)と第3回大会(1999年)に、またアトランタオリンピック(1996年)にも出場した。
下川 健一(しもかわ けんいち、1970年5月14日 - )… 下川 健一(しもかわ けんいち、1970年5月14日 - )は、岐阜県出身の元サッカー選手。ポジションはGK。元日本代表。 岐阜工業高校時代から将来を嘱望され、1989年に古河電気工業サッカー部に入部。すぐさまレギュラーの座を掴み日本サッカーリーグ新人王を受賞すると、Jリーグ開幕後のジェフユナイテッド市原でも1993年と1997年の一時期(前者は怪我、後者は白井淳にポジションを奪われていたため)を除き、長年にわたり守護神としてゴールマウスを守り続けた。 U-20日本代表、U-23日本代表など各年代の代表を経験。バルセロナ五輪(U-23)のアジア予選ではフル出場している。日本代表への初召集は1990年のアジア大会。