藤井 健志(ふじい たけし、1962年12月4日 - )は、… 藤井 健志(ふじい たけし、1962年12月4日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。内閣官房内閣審議官、財務省主計局次長(次席)、国税庁次長を経て、国税庁長官、内閣官房副長官補を務めた。 島根県松江市出身。小学校4年まで松江で過ごした。開成高等学校から東京大学文科一類に入学。国家公務員採用上級甲種試験(法律)合格。東京大学法学部卒業。1985年旧大蔵省入省。 『ロクマル』と呼ばれ、優秀な人間がそろっていると評判の期だった。他の24人は東大法学部14人、同大学経済学部4人、同大学教養学部2人、同大学工学部1人、京大経済学部1人、一橋大経済学部1人、東工大1名である。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
由木 文彦(ゆき ふみひこ、1960年〈昭和35年〉10月8… 由木 文彦(ゆき ふみひこ、1960年〈昭和35年〉10月8日 - )は、日本の建設・国土交通・復興官僚。 島根県松江市出身。島根県立松江北高等学校を経て、1983年(昭和58年)3月に東京大学法学部を卒業。国家公務員採用上級甲種試験(法律)に合格し、1983年4月に建設省に入省。 2015年7月31日から国土交通省住宅局長、2017年7月7日から総合政策局長、2018年7月31日から国土交通審議官を務め、2020年7月20日に復興庁事務次官に就任し、2021年7月1日退官。 2022年(令和4年)6月28日、東日本高速道路代表取締役社長に就任。
太田 充(おおた みつる、1960年4月17日 - )は、日… 太田 充(おおた みつる、1960年4月17日 - )は、日本の財務官僚。日本政策投資銀行代表取締役会長。元財務事務次官。 島根県松江市出身。1979年3月、島根県立松江南高等学校卒業。1983年3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年4月、大蔵省入省(主計局総務課)。 2011年8月2日、財務省主計局次長に就任。同年9月2日、野田内閣が発足。野田佳彦の内閣総理大臣秘書官に就任。 2015年7月7日、財務省大臣官房総括審議官に就任。 2017年2月17日、安倍晋三首相は、学校法人森友学園に売却された豊中市の国有地をめぐる問題で、衆議院予算委員会で民進党の福島伸享から追及を受けると、「私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい」と答弁した。
大庭 誠司(おおば せいじ、1959年6月23日 - )は、… 大庭 誠司(おおば せいじ、1959年6月23日 - )は、日本の総務官僚。さいたま市副市長や、内閣官房内閣審議官、消防庁次長等を歴任した。 島根県松江市生まれ。松江市立雑賀小学校、島根大学附属中学校、島根県立松江南高等学校を経て、東京大学工学部卒業、自治省入省。 1989年秋田県地方課長。1992年秋田県財政課長。1996年から福島県に企画調整部参事として出向。原子力政策の見直しに当たるなどした。1997年福島県生活環境部次長。1999年福島県企画調整部長。2002年内閣官房内閣参事官(安全保障・危機管理担当)。2005年総務省自治財政局財政課財政企画官。同年さいたま市副市長。2009年消防庁消防・救急課長。
細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5… 細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5日 - )は、日本の政治家、元通産官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党総務会長(第54代)、清和政策研究会会長。島根県松江市出身。
山野 幸吉(やまの こうきち、1916年〈大正5年〉3月10… 山野 幸吉(やまの こうきち、1916年〈大正5年〉3月10日 - 1998年〈平成10年〉7月8日) は、日本の内務・自治官僚。初代沖縄・北方対策庁長官。位階は正四位。 島根県松江市出身。松江高等学校を卒業し、1941年10月、高等試験行政科試験に合格。同年12月、東京帝国大学法学部を卒業。翌1942年、内務省に入省し神奈川県属となる。 短期現役海軍主計科士官(8期)を志願し、1942年1月、海軍主計中尉に任官し海軍経理学校に入校。同年5月、同校を卒業。1943年11月、海軍主計大尉に昇進し終戦を迎えた。 戦後、内務省に復帰し、静岡県商工課長、自治省公務員課長、千葉県総務部長、総理府特別地域連絡局長などを経て、1970年5月、沖縄・北方対策庁長官に就任した。
細田 吉蔵(細田 吉藏、ほそだ きちぞう、1912年〈明治4… 細田 吉蔵(細田 吉藏、ほそだ きちぞう、1912年〈明治45年〉5月2日 - 2007年〈平成19年〉2月11日)は、日本の運輸官僚、政治家、弁護士。衆議院議員(10期)。正三位勲一等。松江市名誉市民。 長男は衆議院議長、自由民主党幹事長、内閣官房長官、衆議院議員(11期)を歴任した細田博之。 島根県松江市西茶町に細田義一郎、千代乃の間に6人兄弟の4番目として生まれる。生家は、屋号を丸吉印「細田本店」、「細田油店」と称する油卸問屋。実父義一郎の弟・六助、つやの夫妻に子供がいなかったため、生まれてすぐに養子にだされ、養父母に育てられる。養母が薬屋を開いており、両方の店を手伝いながら少年時代を過ごす。
近藤 英明(こんどう ひであき、1902年8月19日 - 1… 近藤 英明(こんどう ひであき、1902年8月19日 - 1991年10月27日)は、日本の内務官僚、国会職員。参議院草創期の1949年から1953年までの間、参議院事務総長を務めた。 島根県松江市出身。1927年に東京帝国大学法学部政治科を卒業し、内務省に入省。1931年12月に貴族院書記官に任ぜられ、以後、貴族院事務局で委員課長、議事課長、庶務課長を務めた。 この間、1935年の天皇機関説事件の際には、菊池武夫男爵による政府に対する緊急質問の通告を聞いた美濃部達吉から一身上の弁明のための発言通告を受け、近藤は恩師でもある美濃部に対し、一身上の弁明をせずに黙殺する方が賢明であり、菊池男爵のような右翼議員はいかによく説明しても納得するわけはなく、菊池が屈服したとしても背後の右翼勢力を刺激するだけである旨を伝えたが、美濃部は「お前の言うところは十分わかる。
岡 正雄(おか まさお、1882年〈明治15年〉12月27日… 岡 正雄(おか まさお、1882年〈明治15年〉12月27日 - 1948年〈昭和23年〉10月3日)は、日本の内務・警察官僚。憲政会系官選県知事、内務省警保局長。 島根県松江市出身。岡政徳の長男として生まれる。第一高等学校を卒業。1909年、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業し大学院に進む。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1910年、内務省に入省し、北海道庁属となる。 以後、北海道庁事務官補、同理事官、佐賀県理事官、新潟県理事官、青森県警察部長、鳥取県内務部長、愛知県警察部長などを歴任。 1924年7月、富山県知事に就任。県営林造成、第二次伏木港築港工事、県営電力開発などに尽力。憲政会系と見られていたが、公正な県政運営により県民の信頼を得た。
間宮 龍真(まみや たつま、1882年(明治15年)4月2日… 間宮 龍真(まみや たつま、1882年(明治15年)4月2日 - 没年不詳)は、日本の内務官僚。東京市麻布区長。 島根県松江市出身。佐々木龍夫の五男として生まれ、間宮興孝の養子となった。1907年(明治40年)に東京外国語学校を卒業した後、長崎高等商業学校助教授を務めた。1914年(大正3年)11月、文官高等試験行政科試験に合格し、1917年(大正6年)内務省に入省して埼玉県属となり、同南埼玉郡長、島根県飯石郡長、同理事官、島根県学務部長、埼玉県学務部長を歴任し、1931年(昭和6年)に大分県警察部長に就任した。 退官後、東京市に入り、教育局庶務課長、同社会教育課長を務め、1937年(昭和12年)に麻布区長となった。
佐藤 信安(さとう のぶやす、1874年〈明治7年〉4月5日… 佐藤 信安(さとう のぶやす、1874年〈明治7年〉4月5日 - 1964年〈昭和39年〉8月1日)は、内務官僚、広島市長。 島根県松江市生まれ。1899年(明治32年)、東京帝国大学法科大学を卒業し、司法官試補となった。その後、1900年(明治33年)に東京帝国大学大学院に入学し、同年には歩兵第21連隊に召集された。1902年(明治35年)、司法官試補を辞職して弁護士を開業した。1909年(明治42年)より検事となり、各地方の裁判所に勤務した。1913年(大正2年)、熊本県警察部長に転じ、翌年には山口県警察部長に就任した。さらに福島県内務部長を務めた。 1922年(大正11年)4月17日から1925年(大正14年)1月21日まで第14代広島市長を務めた。
若槻 禮次郞(わかつき れいじろう、慶応2年2月5日(186… 若槻 禮次郞(わかつき れいじろう、慶応2年2月5日(1866年3月21日) - 昭和24年(1949年)11月20日)は、日本の大蔵官僚、政治家。栄典は正二位勲一等男爵。旧姓は奥村。幼名は源之丞。号は克堂。新字体にて若槻 礼次郎(わかつき れいじろう)と表記されることもある[注釈 1]。