星島郁洋(ほしじま いくひろ、1976年9月12日 - )は… 星島郁洋(ほしじま いくひろ、1976年9月12日 - )は、岡山県出身の元官僚。元Bリーグ・香川ファイブアローズ代表取締役社長兼GM。岡山県岡山市出身。 1976年(昭和51年)岡山県岡山市に生れる。その後、地元の岡山県立大安寺高等学校を経て、京都大学法学部へ進学する。2001年(平成13年)同大学を卒業し、4月、経済産業省に入省する。 2005年8月よりアメリカ合衆国カリフォルニア州に留学。 2007年5月から中小企業庁金融課課長補佐。 2010年4月、初めてbjリーグ公式戦を観戦し経営に興味を持つ。 2010年7月、経済産業省を退職し、高松ファイブアローズ代表取締役社長兼GMに就任。2016-17シーズンをもって退任後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、現在は経営コンサルティング会社勤務。
山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8… 山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8日 - )は、日本の政治家、検察官、法務官僚、弁護士(岡山弁護士会所属、登録番号43922)。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。衆議院内閣委員長、自由民主党岡山県連会長。 法務大臣(第100代)、法務大臣政務官、内閣府大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣、第4次安倍内閣)、自由民主党副幹事長を歴任した。 山下一盛・孝代夫妻の長男として香川県高松市に生まれる。父・一盛は中央大学法学部卒業の弁護士で1981年3月、京都地方検察庁検事を退官し、岡山で「山下一盛法律事務所」を開業した。両親は中央大学OBの勉強会仲間であり、結婚を機に母・孝代は試験の勉強をあきらめ、主婦として一盛を支えた。
藤本 隆史(ふじもと たかふみ、1965年〈昭和40年〉3月… 藤本 隆史(ふじもと たかふみ、1965年〈昭和40年〉3月23日 - )は、日本の警察官僚。 岡山県岡山市出身。岡山県立岡山朝日高等学校を経て、1987年(昭和62年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、警察庁に入庁。 広島県警察本部刑事部捜査第二課長、警察庁長官官房総務課課長補佐、警察庁刑事局暴力団対策部暴力団対策第一課課長補佐、大分県警察本部警務部長、警察庁長官官房人事課理事官、警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策総務課長、兵庫県警察本部刑事部長、警察庁長官官房会計課会計企画官、警察庁生活安全局地域課長、香川県警察本部長、警察庁長官官房国家公安委員会会務官、警視庁生活安全部長、警察庁長官官房人事課長、警察庁長官官房首席監察官、警察庁長官官房総括審議官などを歴任。
藤原 章夫(ふじわら あきお、1964年(昭和39年)3月2… 藤原 章夫(ふじわら あきお、1964年(昭和39年)3月21日 - )は、日本の文部官僚。文部科学事務次官を務めた。 岡山県岡山市出身、岡山県立岡山芳泉高等学校(6期生)を経て、1986年3月東京大学法学部卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、1987年4月に文部省入省。課長補佐時代には、愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件を受けて国会対応や関係各方面との調整に当たった。 2017年には、文部科学省天下り問題では当時の人事課長として停職処分(1カ月)を受けた。 2023年8月8日、文部科学事務次官に就任。GIGAスクール構想に取り組んだ。 2025年7月15日、文部科学事務次官退任。
小野 洋(おの ひろし、1963年〈昭和38年〉3月9日 -… 小野 洋(おの ひろし、1963年〈昭和38年〉3月9日 - )は、日本の厚生・環境技官。 岡山県岡山市出身。岡山県立岡山大安寺高等学校を経て、1987年(昭和62年)3月、東京大学大学院工学系研究科都市工学専門課程を修了。同年、厚生省に入省し、同年4月、環境庁長官官房秘書課に配属。 その後、1999年(平成11年)1月、国際協力事業団海外長期研修でオーストラリアのニューサウスウェールズ大学に留学。地球環境局総務課研究調査室室長補佐、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部産業廃棄物課課長補佐などを経て、2005年(平成17年)9月より国際復興開発銀行に派遣。その後、地球環境局総務課研究調査室長、総合環境政策局環境影響評価課環境影響審査室長を務め、2012年(平成24年)4月に富山県理事に就任。
板東 久美子(ばんどう くみこ、1954年4月25日 - )… 板東 久美子(ばんどう くみこ、1954年4月25日 - )は、日本の文部・文科官僚。公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン理事、令和臨調運営幹事。 文部科学審議官、消費者庁長官、日本司法支援センター理事長、国立病院機構理事を歴任した。岡山県岡山市生まれ(出身が徳島県となっているプロフィールもある)。文部科学事務次官の山中伸一は入省同期。夫は元経産省官僚で、元日本貿易保険理事長の板東一彦。
大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月2… 大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月25日 - )は、日本の政治家、元建設・国土交通官僚。岡山県岡山市長(4期)。 岡山県岡山市北区東古松生まれ。岡山市立鹿田小学校、岡山市立桑田中学校、岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1977年、大学を卒業し建設省に入省。本省での勤務の他、国土庁や内閣府、熊本県への出向も経験した。2012年9月より国土交通省国土政策局長。2013年6月11日に退官。 同年10月、岡山市長選挙に自由民主党・民主党・公明党・日本維新の会岡山県総支部・連合岡山の推薦を受け、無所属で出馬。元官僚で知名度不足を危ぶむ声もあったが、選挙戦では強固な組織力をバックにつけ、元衆議院議員の高井崇志や元衆議院議員・岡山市議会議員の熊代昭彦ら4候補を破り、初当選した。
石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )… 石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣、参議院内閣委員長、参議院決算委員長、自由民主党政務調査会副会長、公選14・15・16・17代岡山県知事(4期)、文部科学省中央教育審議会委員(第3・4期)、自然エネルギー協議会初代会長(2011年 - 2012年)を歴任。 1945年、岡山県上道郡光政村(現・岡山市東区)に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部を卒業。1969年に建設省に入省し、岐阜県民生部児童家庭課長、建設大臣秘書官、民間住宅課長、河川総務課長、大臣官房文書課長、建設省大臣官房審議官などを歴任。
藤原 一郎(ふじわら いちろう、1922年(大正11年)1月… 藤原 一郎(ふじわら いちろう、1922年(大正11年)1月13日 - 2000年(平成12年)7月18日)は、昭和から平成時代の通産官僚。実業家。通産事務次官。電源開発社長、同顧問。 岡山県岡山市出身。藤原末作・貞子の長男として生まれる。旧制一高を経て1948年(昭和23年)東京大学法学部政治学科を卒業し、翌1949年商工省総務局に入る。同期に牧野隆守、村上信二郎、平松守彦、大永勇作(元中小企業信用保険公庫総裁)、大薗英夫(元日本自転車振興会理事長)らがいる。大臣秘書官事務取扱、貿易振興局輸出保険課長、大臣官房審議官、化学工業局化学第一課長、企業局外資課長、貿易振興局貿易振興課長、産業政策局総務課長、中小企業庁小規模企業部長、通産省大臣官房審議官、生活産業局長、官房長、通商政策局長を経て、1981年(昭和56年)6月、通産事務次官に就任した。
秋山 龍(あきやま とおる、1905年2月28日 - 200… 秋山 龍(あきやま とおる、1905年2月28日 - 2000年1月3日)は、日本の運輸官僚。海運総局長官・運輸事務次官を務めたのち、日本空港ビルデング初代社長や東京モノレール社長を歴任した。通産官僚の秋山收は子。 岡山県岡山市出身。1924年第六高等学校 (旧制)文科甲類卒業。1928年京都帝国大学法学部卒業。逓信省に入省(淀橋郵便局)。海運局次長、運輸省参事官、海運局長などを経て、1948年海運総局長官。1949年6月運輸事務次官。1952年1月退官。日本空港ビルデングの設立に参加、民間資本を集めて1953年に初代社長に就任した。のち相談役。このほか、東京モノレール社長(1965年)、東京シティ・エアターミナル会長、ロイヤルパークホテル社長、国際港湾協会初代事務総長、日本航空協会会長(1991年)も務めた。
岡田 包義(おかだ かねよし、1900年 <明治33年> 4… 岡田 包義(おかだ かねよし、1900年 <明治33年> 4月19日 - 2000年 <平成12年> 7月6日)は、日本の内務官僚。徳島県知事、北海道庁長官。位階は正四位。 岡山県岡山市出身。岡田吟平の五男として生まれる。第六高等学校を経て、1924年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。1923年12月、高等試験行政科試験に合格。1924年、内務省に入り東京府属となる。以後、社会局勤務、茨城県事務官、静岡県経済部長、和歌山県総務部長、長崎県総務部長、福岡県書記官・総務部長、同内政部長などを歴任。 1945年6月、徳島県知事に就任。1947年2月、官選最後の北海道庁長官に就任し、同年4月に退任。1950年6月、北海道開発庁が発足すると、初代次長(事務次官)に就任し、1953年1月に退官した。
久安 博忠(ひさやす ひろただ、1900年〈明治33年〉2月… 久安 博忠(ひさやす ひろただ、1900年〈明治33年〉2月25日 - 1981年〈昭和56年〉9月4日)は、日本の内務・警察官僚、実業家。官選秋田県知事。岡山県岡山市出身。 岡山県吉備郡大井村(現:岡山市)出身。久安平治郎の二男として生まれる。その後、旧制岡山中学(現:岡山県立岡山朝日高等学校)を経て、第六高等学校を卒業。1923年12月、高等試験行政科試験に合格。1924年、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。内務省に入省し社会局属となる。 以後、地方警視として島根県警察部・神奈川県警察部・長崎県警察部・兵庫県警察部各勤務、警視庁警視として総監官房・特別高等部各勤務、宮城県書記官・学務部長、栃木県書記官・警察部長、長崎県書記官・警察部長、神奈川県書記官・警察部長、宮城県内政部長などを歴任。
岩本 熊雄(いわもと くまお、明治4年3月21日(1871年… 岩本 熊雄(いわもと くまお、明治4年3月21日(1871年5月10日) - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人、鉄道官僚。一年志願兵を経て将校となり、鉄道会社勤務を経て帝国鉄道庁・鉄道省に出仕。札幌鉄道局苗穂工場長や北海道鉄道管理局旭川工場長等を歴任する。東京府士族で官位は陸軍歩兵少尉従五位勲四等。 岡山県岡山市富田町に生まれ、1893年(明治26年)に東京工業学校機械工芸部機械科を卒業、同年12月、一年志願兵として歩兵第2連隊に入隊。1895年(明治28年)7月、歩兵少尉任官と共に予備役となり日本鉄道株式会社に入社、汽車課に勤務する。同年10月、勲六等瑞宝章を受章。1896年(明治29年)2月、盛岡工場に転属。
有松 英義(ありまつ ひでよし、1863年7月25日〈文久3… 有松 英義(ありまつ ひでよし、1863年7月25日〈文久3年6月10日〉- 1927年〈昭和2年〉10月24日)は、明治から昭和初期の官僚、政治家。寺内内閣の法制局長官を務めた。通称は梅次郎。字は子華。 備前国御野郡岡山城下に岡山藩士有松正義の長男として生まれる。1881年(明治14年)、岡山師範学校を卒業後、窪屋郡帯江小学校の教員をしながら漢学者西毅一の門下となる。陸奥宗光の著書を読んで上京して洋学を学ぶことを志した。相談を受けた同門の先輩である小松原英太郎は師である西が自由民権運動に没頭するのを憂慮して、1884年(明治17年)有松を獨逸学協会学校専修科に入学させた(小松原は同校の母体である獨逸学協会の会員であった)。
青木 保(あおき たもつ、1852年1月3日(嘉永4年12月… 青木 保(あおき たもつ、1852年1月3日(嘉永4年12月12日)- 1908年(明治41年)3月27日)は明治時代の日本の文部官僚、教育者。旧足守藩士。 嘉永4年12月12日(1852年1月3日)、青木元永の長子として備中国足守に生まれる。幼名は英之進。藩校・追琢舎を経て犬飼松窓、山田方谷らに漢学を学んだのち、明治3年(1870年)12月に足守藩選出の貢進生として大学南校に入学。貢進生制度が廃止され、校名が南校、第一大学区第一番中学と移り変わる中、英語専攻の学級に在籍して学業を続け、明治6年(1873年)4月に同校が専門学校である開成学校(ほどなく東京開成学校と改称)に改組されると法学科の予科に編入されている。
香川 真一(かがわ しんいち、天保6年4月6日(1835年5… 香川 真一(かがわ しんいち、天保6年4月6日(1835年5月3日) - 1920年(大正9年)3月8日)は、日本の官僚、実業家。元備前岡山藩士。岩倉具視に随行して、欧米を視察。大分県令(現在の知事に相当)。大分県令を退いてのち、実業界に転じ、岡山殖産協会会頭や岡山商業会議所会頭などを歴任。岡山地方の産業の発展に尽力。本姓は岡。通称は英太郎。別名は忠武。 1835年、現・岡山市北区船頭町に、岡山藩士の家に生まれ、西洋式砲術を学んだ。明治2年(1869年)、権大参事。明治4年(1871年)、岩倉使節団に先立つ半年前に第1回欧米視察団に選ばれ、津田弘道らとともに欧米を視察した。翌年に帰国した後は、伊万里県参事、ついで静岡県参事に任じられた。
久山淳爾(くやま じゅんじ)は日本の財務官僚。 岡山県岡山市… 久山淳爾(くやま じゅんじ)は日本の財務官僚。 岡山県岡山市出身。岡山県立岡山芳泉高等学校、大阪大学法学部卒業。2000年 大蔵省入省(大臣官房文書課)。2001年1月6日 財務省大臣官房文書課。2005年6月から1年間、ケンブリッジ大学へ留学。2010年 在ベトナム大使館一等書記官。2018年7月13日 徳島県保健福祉部長。2019年5月1日 徳島県経営戦略部長。2020年7月22日 内閣官房内閣参事官(内閣人事局)兼総務省行政管理局管理官(独法制度総括・特殊法人総括、外務)。
村中 健一(むらなか けんいち)は、日本の大蔵・財務官僚。国… 村中 健一(むらなか けんいち)は、日本の大蔵・財務官僚。国税庁名古屋国税局長や、財務省横浜税関長を経て、退官後、日本決済情報センター代表取締役社長。 岡山県岡山市出身。岡山県立岡山芳泉高等学校を経て、大阪大学法学部卒業後、1982年大蔵省入省(銀行局総務課)。1986年7月証券局総務課企画係長。1987年7月小千谷税務署長。1988年7月公正取引委員会事務局経済部調整課長補佐。1990年銀行局特別金融課長補佐。宮内庁長官官房主計課長等を経て、2008年仙台国税局長。2009年郵便貯金・簡易生命保険管理機構理事。2011年6月中国財務局長。2012年8月総務省大臣官房審議官(公営企業担当)。2014年7月名古屋国税局長。
服部 高明(はっとり たかあき)は、日本の内閣府官僚、社会保… 服部 高明(はっとり たかあき)は、日本の内閣府官僚、社会保険労務士、行政書士。内閣参事官や、消費者庁審議官、内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官などを歴任した。 岡山県岡山市出身。岡山県立岡山操山高等学校を経て、1985年に岡山大学経済学部を卒業。同年経済企画庁に入庁した。科学技術庁や大蔵省への出向や、総務省情報通信政策局情報流通振興課情報流通高度化推進室長を経て、2003年に内閣府国民生活局市民活動促進課長に昇任。2004年に内閣府国民生活局消費者企画課長に異動。 2010年から内閣府大臣官房参事官(総務課、会計課及び政策評価広報課担当)兼官民競争入札等監理委員会事務局参事官、内閣官房内閣参事官(内閣広報室)。
岡崎 助一(おかざき じょいち)は、日本の高等学校教員、地方… 岡崎 助一(おかざき じょいち)は、日本の高等学校教員、地方公務員、文部官僚。文部省体育局体育官や、日本体育協会副会長、東京2020オリンピック競技大会国内競技団体協議会議長等を歴任した。旭日中綬章受章。 岡山県岡山市出身。1968年に東京教育大学体育学部を卒業後、岡山県立高等学校保健体育教諭を経て、1978年岡山県教育委員会指導主事。1983年に文部省入省後、和歌山県教育委員会保健体育課長、文部省体育局教科調査官、文部省体育局生涯スポーツ課課長補佐、文部省体育局体育官、文部省体育局競技スポーツ課長を歴任した。1998年日本オリンピック委員会理事。1999年日本体育協会理事・事務局長。2005年日本体育協会常務理事。
髙原 修司(たかはら しゅうじ)は、日本の国土交通官僚。国土… 髙原 修司(たかはら しゅうじ)は、日本の国土交通官僚。国土交通省大臣官房審議官、海上保安庁交通部長等を経て、新関西国際空港代表取締役副社長、一橋大学大学院経営管理研究科特任教授。 岡山県岡山市出身。岡山大学教育学部附属中学校、愛光高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業後、1988年に運輸省(現国土交通省)に入省した。経済協力開発機構出向、海上保安庁総務部国際課補佐官等を経て、1997年運輸省運輸政策局環境・海洋課補佐官。 運輸省港湾局計画課企画調査室補佐官を経て、2003年国土交通省航空局監理部国際航空課航空交渉官。2004年国土交通省海事局外航課国際機関条約対策室長。2005年国土交通省大臣官房総務課企画官(鉄道局)。