森本 章倫(モリモト アキノリ、1964年(昭和39年)4月… 森本 章倫(モリモト アキノリ、1964年(昭和39年)4月 - )は、日本の交通工学者、都市計画研究者。第38代日本都市計画学会会長。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、宇都宮大学助手、助教授、教授などを経て、現在は早稲田大学理工学術院 創造理工学部教授。博士(工学) (早稲田大学)、技術士(建設部門)。日本都市計画学会会長のほか、日本交通政策研究会常務理事、土木学会 コンサルタント委員会 副委員長。芳賀・宇都宮LRT協議会会長。専門は土木計画学、交通工学。山口県出身。 山口県岩国市生まれ。岩国市立麻里布小学校、岩国市立麻里布中学校、山口県立岩国高等学校を経て、1983年04月 早稲田大学 理工学部 土木工学科 (現・社会環境工学科)入学。
中村 克洋(なかむら かつひろ、1951年1月18日 - )… 中村 克洋(なかむら かつひろ、1951年1月18日 - )は、元NHKアナウンサーで、現在はフリーアナウンサー兼広島経済大学教授。 山口県岩国市出身。山口県立岩国高等学校、早稲田大学教育学部を卒業。 1974年4月にNHKに入局。米子放送局(当時)、山口放送局、函館放送局などでの勤務を経て、1981年に東京(放送センター)アナウンス室に配属。『NHKニュースワイド』リポーター、『どんなモンダイQてれび』、『NHKナイトワイド』『スポーツタイム』(土曜日)、『サンデースポーツスペシャル』キャスター、『歴史誕生』などの番組を担当した。 1992年6月、広島放送局へ異動。1994年には広島アジア大会の開会式と閉会式の番組司会を担当。
中岡 成文(なかおか なりふみ、1950年 - )は、日本の… 中岡 成文(なかおか なりふみ、1950年 - )は、日本の哲学者。大阪大学名誉教授。専門は、臨床哲学、倫理学。 山口県岩国市出身。広島学院高等学校卒、1973年京都大学文学部哲学科卒、1978年同大学院文学研究科博士課程哲学専攻単位習得満期退学。1980年福岡女子大学専任講師、1981年助教授、1987年大阪大学教養部助教授、1994年大阪大学文学部助教授、1996年同文学研究科教授。2001年医学系研究科「医の倫理学」教授を兼任。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター (CSCD) 初代センター長を務めた。2014年定年退任。 ヘーゲル哲学から出発して、西田幾多郎、田辺元、三木清などに取り組み、鷲田清一らと共に臨床哲学の運動を起こした。
岩本 晋(いわもと すすむ、1943年1月14日 - )は、… 岩本 晋(いわもと すすむ、1943年1月14日 - )は、日本の医学博士、大学教授である。山口県岩国市周東町出身。山口県山口市在住。米国ミシガン州立大学大学院修了。(山口大学医学部公衆衛生学講座にて医学博士取得。)
湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019… 湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019年8月4日)は、日本の経済学者、新潟大学名誉教授。比較文明史、環境経済学、経済人類学、コミュニティ論など。 山口県岩国市生まれ。1953年東京大学文学部仏文学科卒業、サラリーマンとなるが約9年後に大学院に入り、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。新潟大学人文学部助教授、経済学部教授。96年定年退官、名誉教授、常磐大学コミュニティ振興学部教授を経て客員教授。 2016年4月に瑞宝中綬章を受章した。 [増補新版]『世界史の想像力-文明の歴史人類学をめざして』/新評論1996
瀧本 敦(滝本 敦、たきもと あつし、1927年4月9日 -… 瀧本 敦(滝本 敦、たきもと あつし、1927年4月9日 - )は、日本の植物学者、京都大学名誉教授。 山口県岩国市出身。1950年京都大学農学部農林生物学科卒、同大学院中退、1961年「短日植物の花芽形成を支配する光条件」で農学博士。京大農学部助手、講師、助教授を経て、1967年教授、1991年定年退官、名誉教授となる。日本植物学会・日本植物生理学会名誉会員。日本植物生理学会功績賞を受賞。花を咲かせる開化ホルモンを研究した。
小松 茂美(こまつ しげみ、男性、1925年3月30日 - … 小松 茂美(こまつ しげみ、男性、1925年3月30日 - 2010年5月21日)は、古筆学者、美術史学者。 1925年、山口県岩国市で生まれた。1938年、広島の旧制崇徳中学校(現崇徳高等学校)に進学し、1942年、旧制山口県立柳井中学校(現山口県立柳井高等学校)を卒業。国鉄マンであった父に従い広島鉄道局に勤務。1945年8月6日、爆心地から1.7キロ、広島駅近くの庁舎内にて被爆。戦後も国鉄、次いで広島陸運局で働きながら、「平家納経」の美に魅せられ、その研究に邁進。26歳の時に、学術書としても優れた厳島観光案内書『いつくしま』を出版した。 1951年、運輸省自動車局への転勤にともない上京。私淑していた源氏学者池田亀鑑のもとで、学問への姿勢と研究方法を身に付けた。
伊藤 武男(いとう たけお、1893年12月10日 - 19… 伊藤 武男(いとう たけお、1893年12月10日 - 1976年10月1日)は、日本の蚕糸学者。上田繊維専門学校の校長、信州大学の学長を務めた。農学博士。山口県岩国市出身。 絹のタンパク質の物理化学的研究で知られ、絹糸を構成するフィブロインおよびセリシンについて、そのアミノ酸組成を解明し、「農芸化学会誌」に発表した。
藤岡 市助(ふじおか いちすけ、安政4年3月14日〈1857… 藤岡 市助(ふじおか いちすけ、安政4年3月14日〈1857年4月8日〉 - 大正7年〈1918年〉3月5日)は、日本の工学者・実業家。東京電気株式会社(後の東芝)創業者。日本に電気および電球灯を普及させた功績があり、「日本のエジソン」、「電力の父」と評される。 安政4年3月14日(1857年4月8日)、周防国岩国(現在の山口県岩国市)に生まれた。父は岩国藩士の藤岡喜介、母はウメであり、市助は長男だった。慶応元年(1865年)には岩国藩藩校の養老館に入った。 14歳だった1871年(明治4年)には新設された岩国兵学校に入学し、1872年(明治5年)には岩国英国語学所に移った。1873年(明治6年)には英語教師がいなくなったことで、しばらく藤岡が英語の授業を担当したという逸話もある。
東 沢瀉(ひがし たくしゃ、天保3年10月9日〈1832年1… 東 沢瀉(ひがし たくしゃ、天保3年10月9日〈1832年11月1日〉 - 明治24年〈1891年〉3月28日)は、幕末の岩国藩士・儒学者(陽明学者)。諱は正純、通称は崇一郎、号は白沙、沢瀉。沢瀉の号は、明治になってから用いている。 天保3年(1832年)10月9日、周防国岩国錦見に生まれる。藩校養老館では、大草馨堂、南部五竹と並んで学内の三博士と称せられた。その後、江戸に出て佐藤一斎らに陽明学を学ぶ。文久3年(1863年)3月、養老館の助教に任用されるが、朱子学中心の学風と合わず、1年で辞任した。岩国藩の佐幕的姿勢に満足せず、尊王攘夷を唱えて必死組を組織し、栗栖天山や南部五竹らと共に兵制改革を進める。