香西 志帆(こうざい しほ、1976年7月29日 - )は、… 香西 志帆(こうざい しほ、1976年7月29日 - )は、日本の映画監督、映像作家、脚本家。 香川県高松市出身。小学生3年生頃に自作の小説を書き始める。中学時代は漫画制作に手を染め、14歳の時に『りぼん』に作品が掲載された。 大学時代はジャーナリスト(新聞記者・アナウンサー)志望だったが、いずれも採用に至らなかった。地元の百十四銀行に就職する。就職は、リクルーターから社内報があると言われたことが理由だった。 銀行で広報を担当し、全国社内報コンクールで金賞を受賞するなどしたが、29歳の時に「今から目指せる夢」として脚本家になることを着想する。 その後、映画作家(脚本と監督を担当することが多い)として数多くの作品を制作。
つげ のり子(つげ のりこ、1971年2月9日 - )は、日… つげ のり子(つげ のりこ、1971年2月9日 - )は、日本の作家、皇室ライター、放送作家、Yahoo!オーサー、日本脚本家連盟会員、日本放送作家協会会員。別名・原くるみ。 香川県高松市出身。香川県立高松西高等学校、東京女子大学を卒業後、安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)株式会社に女性総合職として入社。4年半の勤務後に、テレビ業界に転身。 放送作家として、テレビのワイドショーから政治経済番組、ラジオ番組まで幅広いジャンルを手掛ける。 2001年(平成13年)の愛子内親王誕生以来、テレビ東京の皇室番組で構成を担当して約20年間、皇室番組の構成を担当。同時に皇室研究をライフワークとしている。
多田 容子(ただ ようこ、1971年(昭和46年) - )は… 多田 容子(ただ ようこ、1971年(昭和46年) - )は、日本の小説家、古武術研究家。三重県伊賀市在住。 香川県高松市に生まれ、兵庫県尼崎市園田で育つ。1993年に京都大学経済学部卒業。在学中から小説を書き始める。卒業後は保険会社に入社するも同年12月に退職。小説家への道を目指す。時代小説大賞には1996年から3年連続で最終候補に残る。1999年、『双眼』(講談社)にてデビュー。 小学生の頃からテレビの時代劇のファン。武術・古武術・忍術・手裏剣術についても造詣が深く、講演も行っている。居合道3段。2004年に兵庫県芸術奨励賞を受賞。2013年から三重県伊賀市に在住。
暁 玲華(あかつき れいか、1969年 - )は、日本の占い… 暁 玲華(あかつき れいか、1969年 - )は、日本の占い師、風水師、作家。神社やパワースポットに関する著作、雑誌記事がある。 東京都世田谷区[要出典]生まれ、香川県高松市育ち。香川大学教育学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、千葉大学工学部建築学科卒業。玉木雄一郎は高校の同級生。 大学卒業後は鹿島建設に入社。退社後、風水や神社研究の傍ら神社本庁神職資格を取得。2002年4月から1年間東京大学大学院新領域創成科学研究科の非常勤研究職員を務める。全国の神社を巡るうちに見えない力の偉大さを痛感し、大地の霊気や人の魂の光の大切さを伝えようと「暁玲華」として活動を開始。現在は主に弓前文書の「神文」の研究家として活動している。
宇川 直宏(うかわ なおひろ、1968年4月12日 - )は… 宇川 直宏(うかわ なおひろ、1968年4月12日 - )は、日本の現代美術家、映像作家、グラフィックデザイナー、VJ、文筆家。香川県高松市出身。 DOMMUNE代表。MOM/N/DAD PRODUCTIONS主宰。Mixrooffice代表。GODFATHER主宰。ANOMALY所属。京都造形芸術大学情報デザイン学科教授(2002-2019の17年間)。日本自然災害学会正会員。2013年度、2014年度、2015年度文化庁メディア芸術祭審査委員。2015年度アルスエレクトロニカ(リンツ・オーストリア)審査委員。2015年度高松メディアアート・フェスティバル・ゼネラルディレクター、キュレーター、審査委員長。
黒名 ひろみ(くろな ひろみ、1968年2月4日 - )は、… 黒名 ひろみ(くろな ひろみ、1968年2月4日 - )は、日本の小説家。 香川県高松市生まれ、在住。武庫川女子大学短期大学部を卒業後、脚本家を目指して、10年間シナリオの勉強をする。2011年頃、地元の小説教室に勧誘されたことをきっかけとして、小説を執筆するようになる。2015年、「温泉妖精」で第39回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。 宮沢賢治の作品について、何度も繰り返し手に取っており、「何歳になって読んでも発見があり、面白く読めるところが素晴らしい。いつか、年代を問わず人の心に響く小説を書きたい」と語っている。
小西 マサテル(こにし まさてる、1965年8月19日 - … 小西 マサテル(こにし まさてる、1965年8月19日 - )は、日本の放送作家、ミステリー作家、日本推理作家協会員。香川県高松市出身。本名は小西 正晃(読み同じ)。 高松第一高等学校在学時に落語研究会に入部し、笑いの世界の第一歩を歩む。当時の高座名は「朝起亭めやに」。落研の先輩には元参議院議員の喜岡淳のほか、1学年上にウッチャンナンチャンの南原清隆がいる。高校への在学当時は落研に所属するかたわら、同校OBが作った想呂家落語会にも所属し、芸名を想呂家ねっくと名乗っていた。当時はツービートやB&Bなどによる漫才ブーム真っ盛りであり、古典落語そっちのけで先輩である想呂家元気と「ファミリーレストラン2分の1」というコンビ名で漫才に力を入れ、地元のテレビ番組やラジオ番組にもよく出演していた。
太田 愛(おおた あい、1964年9月2日 - )は日本の脚… 太田 愛(おおた あい、1964年9月2日 - )は日本の脚本家、小説家。香川県高松市出身。青山学院大学文学部仏文科卒。ミリアゴンスタジオ所属。 小劇団で10年ほど脚本を担当した後、1997年に『ウルトラマンティガ』第21話「出番だデバン!」でテレビ脚本家としてデビューした。当時は塾講師をしながら合間をぬって脚本を執筆していた。映像作品への参加を志望していたことから、筑摩書房で実相寺昭雄の本を担当した先輩から円谷プロダクションへの参加を勧められ、プロデューサーの笈田雅人へプロットを提出し「出番だデバン!」が採用された。『ウルトラマンネクサス』では同作品でシリーズ構成を担当した長谷川圭一の要望により第3クールのメインライターを担当した。
川本 晶子(かわもと あきこ、1962年7月5日 - )は、… 川本 晶子(かわもと あきこ、1962年7月5日 - )は、日本の小説家。 香川県高松市出身。香川県立高松高等学校を卒業する。高校卒業後、上京する。演劇活動に携わるフリーライターを経る。 2005年、「刺繍」で第21回太宰治賞を受賞する(同時受賞は、津村記久子「マンイーター」)。趣味はアイスホッケーとカート。
高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は… 高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は、香川県高松市出身の作家。本名は若狭雅信。 香川大学学芸学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、京都大学文学部言語学科卒業。京都の出版社に勤務。 1977年、「榧の木祭り」で新潮新人賞を受賞、同作で同年下半期(1978年1月)芥川賞を受賞。当時は山科区で学習塾経営をしていた。 芥川賞受賞後は小説を書く機会は減り、京都に関するエッセイや古代史関連の著作が中心になっている。連歌会の宗匠としても活動する。
菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作… 菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作家、児童文学作家、教育評論家。香川県高松市生まれ。 少年時代を山陰の禅寺で過ごす。 京都大学理学部物理学科卒業。32年間神奈川県立定時制高等学校教諭を務め退職。和光大学講師。1964年『女の勤行』で第10回岸田國士戯曲賞受賞。1982年『善財童子ものがたり』で第29回産経児童出版文化賞受賞。
咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年… 咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年4月24日)は、日本の小説家。 香川県高松市出身。 旧制高松中学、海軍兵学校、旧制高松中学、旧制六高を経て、東京大学法学部を卒業後、住友倉庫に入社し、1976年に退社。1977年に企業小説「左遷」を発表し、中間管理職の哀歓を描いて話題となる。サラリーマン小説を多く書き、のち歴史小説も書いた。1988年に58歳で他界。
香川 茂(かがわ しげる、1920年4月14日 - 1991… 香川 茂(かがわ しげる、1920年4月14日 - 1991年5月13日)は、日本の児童文学作家、教育評論家。 香川県高松市中新町出身。旧制高松中学から日本大学(芸術科)に進むも中退し、香川県師範学校を卒業。 終戦まで北支と満洲で軍隊生活を送る。戦後、高松市内の小・中学校で教鞭をとった。1951年に上京。川越市立富士見中学校を振り出しに、1960年志木市立志木中学校の校長となり、1980年新座市立新座中学校の校長を最後に退職した。 その間作家として活動、1967年「セトロの海」で野間児童文芸賞、1980年「高空10000mのかなたで」で小学館文学賞受賞。 「中学生文学」を創刊し、編集長を務めて文学教育にも取り組んだ。
十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日… 十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日 - 1963年〈昭和38年〉8月28日)は、香川県出身の作家、文芸評論家、編集者。 本名は十返 一(とがえり はじめ)。筆名=大方宗多(オオカタ ソウダ)。 高松市生まれ。料亭・淀川楼の長男に生まれる。 旧制高松中学校を経て、1935年(昭和10年)日本大学芸術科卒業。在学中から中河与一主宰「翰林」の同人となり、文芸時評を連載。東京市麹町区土手三番町に下宿していたとき、近所の吉行エイスケに師事。 森永製菓宣伝部に勤務。後に、第一書房に入社して「新文化」(「セルパン」改題) 編集長。 戦後、丹羽文雄に勧められて十返肇という筆名を名乗る。
神崎 清(かんざき きよし、1904年8月31日 - 197… 神崎 清(かんざき きよし、1904年8月31日 - 1979年3月2日)は、日本の小説家、文筆家。 島本 志津夫(しまもと しづお)の筆名も用いた。 香川県高松市出身。旧姓は河野であった。 兵庫県立第二神戸中学校(現・兵庫県立兵庫高等学校)から大阪高等学校に進学。大阪高等学校在学中の1925年に大阪で創刊された文芸同人誌『辻馬車』に藤沢桓夫らとともに参加。 東京帝国大学文学部国文科を1928年に卒業。卒業後、大森高等女学校(現・三田国際学園中学校・高等学校)の教員を務めたが、思想的な理由により1930年に退職に追い込まれる。以後、文筆業に就く。 島本志津夫名義で映画『女學生と兵隊』の原作も手がけた。