長島 厚(ながしま あつし、1923年 - ) は、日本の陸… 長島 厚(ながしま あつし、1923年 - ) は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大尉。1945年8月の「占守島の戦い」の生き残り。 佐賀県武雄市出身。1938年(昭和13年)に、陸軍予科士官学校進学のため佐賀県立武雄中学校を中退する。 1938年(昭和13年)陸軍予科士官学校に入学する。1941年(昭和16年)7月、陸軍士官学校(55期)卒業後、関東軍戦車第四連隊に配属となり、第五方面軍将校として札幌に赴任するが、第九十一師団戦車第十一連隊指揮官として千島列島の占守島に着任する。 1945年(昭和20年)8月15日にソ連軍が爆撃を開始。8月18日未明にはソ連軍部隊が占守島の竹田浜に上陸し、その「占守島の戦い」に大尉として応戦することとなる。
