神代 慶人(くましろ けいと、2007年10月25日 - )… 神代 慶人(くましろ けいと、2007年10月25日 - )は、熊本県熊本市出身のプロサッカー選手。ブンデスリーガ・アイントラハト・フランクフルト所属。ポジションはフォワード。 ロアッソ熊本のアカデミー出身。2023シーズン終了後に、ロアッソ熊本とプロ契約を結ぶことが発表された。熊本がユース在籍中の選手とプロ契約を結ぶのは、道脇豊に続いて2人目。 2024年3月20日、J2リーグ第5節のベガルタ仙台戦で途中出場し、16歳4ヶ月でプロデビュー。2024年3月30日、途中出場したJ2リーグ第7節のジェフユナイテッド千葉戦でプロ初ゴールを決め、J2リーグ最年少得点の記録を更新した(16歳5か月5日)。
道脇 豊(みちわき ゆたか、2006年4月5日 - )は、熊… 道脇 豊(みちわき ゆたか、2006年4月5日 - )は、熊本県熊本市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・アビスパ福岡所属。ポジションはフォワード。 ロアッソ熊本のアカデミー出身。ユースチームに所属していた2022年に2種登録選手としてトップチームに登録された。3月21日、J2のV・ファーレン長崎戦にて、15歳ながらベンチ入りを果たす。シーズン終了後、クラブ史上初の飛び級でプロ契約を締結した。 2023年、2月26日にJ2リーグ開幕戦の栃木SC戦で途中出場し、16歳10ヶ月でプロデビューを達成した。天皇杯2回戦のサガン鳥栖戦では2ゴールを奪い勝利に貢献した。熊本はその後、クラブ史上初の天皇杯ベスト4に進出したが、ベスト4進出を決めた準々決勝・ヴィッセル神戸戦で途中出場すると、相手選手と接触し転倒し鎖骨骨折の重症を負った。
安達 秀都(あだち しゅうと、2004年7月15日 - )は… 安達 秀都(あだち しゅうと、2004年7月15日 - )は熊本県熊本市出身のサッカー選手。Jリーグ・ザスパクサツ群馬所属。ポジションはミッドフィールダー。 ヴィッセル神戸のアカデミー出身。U-18チーム在籍中だった2022年シーズンには2種登録選手としてトップチームに登録された。2022年8月2日、同期の寺阪尚悟・冨永虹七とともに2023年シーズンからトップチームに昇格することが発表された。 2023年3月26日、ルヴァンカップ・グループステージの横浜FC戦でトップチームデビューを飾った。 2024年、いわてグルージャ盛岡に育成型期限付き移籍。 2025年、ザスパ群馬に育成型期限付き移籍。 2026年1月3日、ザスパ群馬への育成型期限付き移籍期間の延長が発表された。
飯星 明良(いいほし あきら、2002年11月8日 - )は… 飯星 明良(いいほし あきら、2002年11月8日 - )は、熊本県熊本市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ロアッソ熊本所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 熊本県熊本市出身で、地元のサッカークラブを経てロアッソ熊本ユースに所属していた。その後九州産業大学に進学し、2024年5月23日、2025年シーズンからのロアッソ熊本加入内定が発表された。 2025年シーズンはシーズン中盤以降で出番を増やし、右足からのクロスやミドルシュートで存在感を示した。[要出典]
田尻 康晴(たじり こうせい、2001年6月27日 - )は… 田尻 康晴(たじり こうせい、2001年6月27日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)、ディフェンダー(DF) ロアッソ熊本のアカデミー出身。熊本ユースでは主将を務め、高校3年次の2019年8月、トップチームに2種登録された。 2020年より、トップチームへ昇格した。プロ入り後はサイドバックへとコンバートされたが、ベンチ入りは無かった。 2022年、JFLの高知ユナイテッドSCに育成型期限付き移籍。2022年10月26日にロアッソ熊本との契約が2022年を以て満了となることが発表された。 2022年12月26日に高知ユナイテッドSCへの完全移籍を発表。
小島 圭巽(こじま けいたつ、2001年6月21日 - )は… 小島 圭巽(こじま けいたつ、2001年6月21日 - )は、熊本県熊本市出身のサッカー選手。QUEENLAND NPL(2部相当)、GOLD COAST KNIGHTS所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)、ディフェンダー(DF)。 ロアッソ熊本ユース時代には、天皇杯2回戦・サガン鳥栖戦にて公式戦デビューを達成した。 2020年よりユースから昇格してロアッソ熊本に入団した。 2022年1月、おこしやす京都ACへの期限付き移籍が発表された。2022年10月26日にロアッソ熊本との契約が2022年を以て満了となることが発表された。同年11月29日、カンセキスタジアムとちぎで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。
衛藤 幹弥(えとう みきや、1999年9月29日 - )は、… 衛藤 幹弥(えとう みきや、1999年9月29日 - )は、熊本県熊本市出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)で主にサイドバックを務める。 中学校から高校まで6年間ロアッソ熊本のアカデミーに所属。 2018年より、トップチームへ昇格した。 プロ入り後はボランチや左右のサイドバックを中心に出番を伺った。2019年シーズンにプロデビューを果たし、2020年シーズンは主に右サイドバックとして出番を重ねたが、同シーズンをもって契約満了で退団した。 2020年12月28日に鹿児島ユナイテッドFCへの移籍が発表された。 2022年1月22日、練習中に負傷。左アキレス腱断裂で全治約6か月の診断。
満田 誠(みつた まこと、1999年7月20日 - )は、熊… 満田 誠(みつた まこと、1999年7月20日 - )は、熊本県熊本市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはフォワード(FW)。元日本代表。 満田は熊本県出身で、中学卒業後に県をまたいで広島ユースに所属。小学校時代のチームメイトには坂本一彩がいた。2017年にはトップチームに2種登録されるも昇格には至らず。流通経済大学に進学し、2018年には全日本大学選抜にも選ばれた。2021年2月、仙波大志と共に2022年シーズンのサンフレッチェ広島加入内定が発表され、同年3月に特別指定選手として承認。 2022年、サンフレッチェ広島に正式加入。背番号は「39」。2月23日、ルヴァンカップ・GL第1節の徳島ヴォルティス戦でプロデビュー。
岩下 航(いわした わたる、1999年4月1日 - )は、熊… 岩下 航(いわした わたる、1999年4月1日 - )は、熊本県熊本市中央区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ロアッソ熊本所属。ポジションはディフェンダー(サイドバック、センターバック、ウィングバック)。 広島東洋カープのアドゥワ誠は小学校時代の同級生。 熊本生まれで中学までは熊本で過ごす。 中学はJFAアカデミー熊本宇城(3期生)に進学。 高校は前橋育英高等学校へ進学。「選手権で日本一を取る。出るんじゃなくて、勝ちたいと思った。日本一取れる可能性があるのはどこか」と考えた進路が前橋育英だったという。当時は早く自立したい、親元を離れてサッカーで勝負したいという思いもあった。2015年・2016年の2年連続で全国高等学校サッカー選手権大会に出場。
髙江 麗央(たかえ れお、1998年6月27日 - )は、熊… 髙江 麗央(たかえ れお、1998年6月27日 - )は、熊本県熊本市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜FC所属。ポジションはミッドフィールダー。 熊本出身で中学時代にはロアッソ熊本下部組織でプレー。東福岡高等学校に進学すると2年生の時に、攻撃的MFとして全国高校サッカー選手権大会の優勝に貢献した。2016年9月15日、ガンバ大阪への内定が発表された。2016年11月14日、全国高校サッカー選手権大会福岡予選の決勝では直接FKをきめて本大会進出に貢献した。高校最後の高校サッカー選手権では準々決勝で東海大仰星高校に0-1で敗れて引退となった。 2017年よりガンバ大阪に加入した。3月20日、J3第2節のSC相模原戦ではG大阪U-23として2試合連続のフル出場を果たした。
大竹 麻友(おおたけ まゆ、1997年1月30日 - )は、… 大竹 麻友(おおたけ まゆ、1997年1月30日 - )は、熊本県熊本市出身の女子サッカー選手。ノジマステラ神奈川相模原所属。ポジションはフォワード。 小学校4年生からルネサンス熊本フットボールクラブに加入。中学時代には熊本市立城西中学校サッカー部にも所属しており、中学3年時には部活動を終えてから益城ルネサンス熊本FCの練習に参加し、U-15・U-18・トップチームのすべてのカテゴリーのレギュラーであった。 2012年、日ノ本学園高等学校に進学し、1年生ながら背番号11をつけ、この年から全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会において初めて実施された女子サッカー競技で優勝し、以降自身が在学中に3連覇を達成した。
上野 真実(うえの まみ、1996年9月27日 - )は、熊… 上野 真実(うえの まみ、1996年9月27日 - )は、熊本県熊本市出身 の女子サッカー選手。サンフレッチェ広島レジーナ所属。サッカー日本女子代表。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 小学校の時は熊本YMCAで水泳をやっており、公式大会への出場記録も残っている。サッカーは兄の影響で始め、熊本アクアサッカークラブジュニアに在籍していた。 中学校は鹿児島県の神村学園へ進学し、ここで本格的にサッカーに取り組む。中学年代では2年次に第15回全日本女子ユース (U-15)サッカー選手権大会に出場、準決勝で浦和レッドダイヤモンズジュニアユースレディースに敗れている。 2012年に神村学園高等部に進み、2013年1月に開催された第21回全日本高等学校女子サッカー選手権大会に1年生ながらレギュラーとして出場し、決勝戦に進出したが常盤木学園高等学校に敗れて準優勝となった。
坂本 広大(さかもと こうだい、1995年9月20日 - )… 坂本 広大(さかもと こうだい、1995年9月20日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 ロアッソ熊本のアカデミー出身で、高校3年次の2013年4月、トップチームに2種登録された がトップチーム昇格は叶わず、中京大学に進学した。 大学では右足のシュート力を武器に活躍し、2018年よりロアッソ熊本へ加入した。怪我もあり出場機会は限られたが2018年シーズンは2ゴールを記録した。2019年シーズンも怪我で離脱することが多く、出番は限られた。2020年シーズンは出番は限られ、終了間際の途中交代が多く、同シーズンで契約満了となり退団した。2021年シーズンには自身の弟である坂本亘基の加入が内定していたが、兄弟揃ってのプレーは叶わなかった。
甲斐 敬介(かい けいすけ、1993年9月22日 - )は、… 甲斐 敬介(かい けいすけ、1993年9月22日 - )は、熊本県熊本市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
西 翼(にし つばさ、1990年4月8日 - )は、熊本県熊… 西 翼(にし つばさ、1990年4月8日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 Kリーグ時代の登録名は翼(ハングル: 츠바사)。 ルーテル学院中学校在籍時に第36回全国中学校サッカー大会で優勝。内部進学した同高校では1年時に高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ九州で優勝、2年時には第86回全国高等学校サッカー選手権大会に出場。3年時には背番号10番を付けていたが、第86回全国高等学校サッカー選手権大会の熊本県予選決勝で大津高等学校に敗れている。高校時代には秋吉泰佑が1年先輩で在籍していた。 高校卒業後は専修大学に進学。在籍時は2012年の第86回関東大学サッカーリーグ戦(1部)で優勝。
中田 健太郎(なかた けんたろう、1989年5月13日 - … 中田 健太郎(なかた けんたろう、1989年5月13日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 ルーテル中時代はトップ下の選手として全国中学校サッカー大会で、2年生時にベスト4、3年生時に優勝した。卒業後は豊田大谷高校に進学し、名古屋グランパスエイトユースに進む。同ユースでは怪我などもあり2年まで出場機会に恵まれなかったが、3年になると左サイドバックに定着した。なお豊田大谷高校の同級生に花井聖がいる。 高校卒業後に横浜FCへ入団。2010年を最後に一時現役を退いていたが、2013年にデッツォーラ島根E.Cで現役復帰を果たす。 2014年、FC刈谷へ移籍。 2015年、tonan前橋へ移籍。
網田 慎(おうだ まこと 、1989年4月28日 - )は、… 網田 慎(おうだ まこと 、1989年4月28日 - )は、熊本県熊本市出身のサッカー選手。ポジションはDF、MF。 熊本県立大津高校出身で、2年生時から左サイドハーフのレギュラーに定着。2、3年生時に全国高校総体、2年生時に全国高校サッカー選手権に出場する。高校卒業後、地元のロアッソ熊本に加入。地元出身選手として同期入団の吉田智志と共に期待された。 2010年シーズンは北信越1部のAC長野パルセイロに期限付き移籍。 2011年、北信越1部へ昇格したアルティスタ東御へ完全移籍。 2013年、長野県リーグ2部のアルティスタグランデへ完全移籍。 2019年3月、リベルタス千曲FCへ移籍。
秋吉 泰佑(あきよし たいすけ、1989年4月18日 - )… 秋吉 泰佑(あきよし たいすけ、1989年4月18日 - )は、熊本県熊本市出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 ルーテル学院高校サッカー部の主将として、第86回全国高等学校サッカー選手権大会に出場した。同期には、吉田智志・水本勝成が在籍していた。 卒業後はアルビレックス新潟シンガポールでキャリアを始め、2シーズンプレーする。2010年、アルビレックス新潟の練習参加オファーを断り、アームド・フォーシズFCに加入し、同年のAFCチャンピオンズリーグ2010に出場した。2012年1月にカザフスタン・プレミアリーグに所属するFC Kaisarのトライアルを受けるも入団には至らなかった。
大谷 幸輝(おおたに こうき、1989年4月8日 - )は、… 大谷 幸輝(おおたに こうき、1989年4月8日 - )は、熊本県出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。Jリーグ・アルビレックス新潟所属。
久木田 紳吾(くきた しんご、1988年9月24日 - )は… 久木田 紳吾(くきた しんご、1988年9月24日 - )は、熊本県熊本市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダーおよびフォワード。 小学校3年から本格的にサッカーを始め、熊本県立熊本高等学校へ進学。熊本高では県大会ベスト8が最高であった。 高校卒業後、東京大学教養学部理科2類に進学し、3年時からは工学部都市工学科都市計画コースを専攻。東大の入学式で挨拶に立った東大教授の福島智の「誰も挑戦したことのないことに、挑戦することに価値がある」という言葉に感銘を受け、「本気で『東大出身者で初のJリーグ入り』を目指す」と公言するようになった。 東大ではア式蹴球部に所属し、2010年に主将を務め、大学東京都選抜に選ばれた一方、卒業後のJリーグ入りを目指して自分のプレー映像が入ったDVDを作成し、これを各クラブに送付するなどのアピールも行った。
栗山 裕貴(くりやま ゆうき、1988年9月15日 - )は… 栗山 裕貴(くりやま ゆうき、1988年9月15日 - )は、熊本県出身のサッカー指導者、元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード、ミッドフィールダー。JFL・鹿児島ユナイテッドFC所属。 2008年7月、対セレッソ大阪戦でJリーグ初出場を果たすと、その試合で初ゴールを奪うデビューを飾った。2009年6月に松本山雅FCへ完全移籍したが12月に契約満了につき退団。その後、2010年に三菱重工長崎サッカー部、2011年にヴォルカ鹿児島、2013年にFC KAGOSHIMAと九州サッカーリーグ内での移籍を繰り返す。 2014年、鹿児島ユナイテッドFCに移籍。同年限りで現役を引退し、U-15監督に就任。
三原 雅俊(みはら まさとし、1988年8月2日 - )は、… 三原 雅俊(みはら まさとし、1988年8月2日 - )は、熊本県熊本市西区出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 ルーテル学院高校在学中の2006年、特別指定選手としてサガン鳥栖に登録された。8月12日、J2第33節の柏レイソル戦でJリーグ初出場。 高校卒業後の2007年、ヴィッセル神戸に入団。4月16日、ヤマザキナビスコカップの名古屋グランパスエイト戦でプロデビューを果たした。 2009年6月24日、ツエーゲン金沢に期限付き移籍。 2010年にヴィッセル神戸に復帰。8月8日、J1第17節の浦和レッドダイヤモンズ戦でプロ初ゴールを決めた。 2014年、V・ファーレン長崎に期限付き移籍。
副島貴司(そえじま たかし、1988年4月11日 - )は、… 副島貴司(そえじま たかし、1988年4月11日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2008年シーズンで契約満了となり、サガン鳥栖を退団することとなった。
岡本 賢明(おかもと やすあき、1988年4月9日 - )は… 岡本 賢明(おかもと やすあき、1988年4月9日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手。現役時のポジションはMF。 父親の影響で4歳からサッカーを始めストイコビッチに憧れ技術を磨いた。小学校時代は地元のクラブチームブレイズ熊本でプレー。中学からは熊本のルーテル学院中学校・高等学校に進学した。同学年には三原雅俊、園田清次、栗山裕貴、副島貴司がいる。中学時代は全国中体連で3位、高校2年、3年時には高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会に出場した。 2006年11月7日、コンサドーレ札幌が2007年の新加入選手として獲得を発表した。同じく高卒新人の同期入団には岩沼俊介がいる。清水、東京V、鳥栖など他のJクラブからも勧誘を受けていたが、それらを断っての加入だった。
松尾 昇悟(まつお しょうご、1987年7月28日 - )は… 松尾 昇悟(まつお しょうご、1987年7月28日 - )は、熊本県熊本市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。
西 弘則(にし ひろのり、1987年2月25日 - )は、熊… 西 弘則(にし ひろのり、1987年2月25日 - )は、熊本県熊本市東区出身の元プロサッカー選手。現役時代の登録ポジションはミッドフィールダー。 熊本国府高校卒業後、流通経済大学に進学。大学では2年生時からレギュラーに定着し、総理大臣杯優勝や2度の関東大学リーグ制覇に貢献した。 2009年より地元のロアッソ熊本に加入。初年度は8得点を挙げた。 2011年より大分トリニータに移籍。古巣となる熊本戦では2011年、2012年と2年連続で得点を決めた。2013年自身初めてJ1リーグでプレー。公式戦33試合に出場(内25試合で先発出場)。リーグ戦では無得点に終わったが、同年の天皇杯4回戦・柏レイソル戦で決勝点となるゴールを記録し、大分の天皇杯最高成績となるベスト8進出に貢献した。
長谷川 豊喜(はせがわ とよき、1986年4月18日 - )… 長谷川 豊喜(はせがわ とよき、1986年4月18日 - )は、熊本県出身のサッカー指導者・元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 2005年に熊本県のルーテル学院高校から、サガン鳥栖に入団。主に攻撃的MFとして出場し、初出場から2試合連続ゴールを決めるなど、1年目から活躍した。2006年には右SBにコンバートされ、レギュラーとして活躍した。 2008年シーズンを以って鳥栖との契約が満了。2009年より当時大分県リーグ1部に所属したHOYO Atletico ELAN(現:ヴェルスパ大分)に移籍。2018年は原一生が現役を引退した為クラブ最古参選手となったが、2試合の出場に留まり同年限りで現役を引退。
西森 正明(にしもり まさあき、1985年3月12日 - )… 西森 正明(にしもり まさあき、1985年3月12日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 流通経済大学時代は4年間コンスタントに出場機会はあったものの、レギュラーに定着することはなかった。2007年より地元ロッソ熊本(後のロアッソ熊本)に加入。同年JFL第7節のアルテ高崎戦に初出場。以降は負傷離脱した約1か月間を除き、左サイドハーフのレギュラーに定着した。 Jリーグ参入が決まった後もチームにとどまり、準レギュラーとしてチームの一員として活躍していた。藤田俊哉が熊本在籍時にそのセンスの高さを認めるなど潜在能力の高さは示していたが、2012年シーズンを持って契約満了となり、当時九州サッカーリーグのFC KAGOSHIMAに移籍した。
原田 拓(はらだ たく、1982年10月27日 - )は元プ… 原田 拓(はらだ たく、1982年10月27日 - )は元プロサッカー選手。ポジションはMF。 熊本県熊本市出身。地元の大津高校を卒業後、2001年に名古屋グランパスに入団。同年1stステージ第11節のコンサドーレ札幌戦(厚別)で公式戦デビューを果たした。 2004年に大分トリニータに移籍すると、当時のハン・ベルガー監督からレギュラーに抜擢され、同年1stステージ第11節の清水エスパルス戦(日本平)では公式戦初ゴールも記録した。しかし、ベルガー監督の退任後は徐々に出場機会が減り、2005年6月には出場機会を求め川崎フロンターレに期限付き移籍し、2006年から完全移籍。2007年のAFCチャンピオンズリーグでは、グループリーグ第5節のアレマ・マラン戦(等々力)、同第6節のバンコク・ユニバーシティFC戦(Royal Thai Army Stadium)で2試合連続ゴールを記録した。
吉村 和紘(よしむら かずひろ、1979年11月19日 - … 吉村 和紘(よしむら かずひろ、1979年11月19日 - )は、熊本県熊本市出身の元サッカー選手。
土肥 洋一(どい よういち、1973年7月25日 - )は、… 土肥 洋一(どい よういち、1973年7月25日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。 中学校1年生の時にサッカーを始めた。1992年、熊本県立大津高等学校卒業後の日本サッカーリーグが内定していたが、足の骨折により契約が流れた。 プロ選手への夢を諦めきれず、日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の番組内企画「GENKI FC」(コーチはセルジオ越後)に出演。Jリーグクラブへのアピールを行い、ジャパンフットボールリーグ・日立製作所サッカー部(後の柏レイソル) との契約を果たした。 加藤竜二らとのポジション争いを経て正GKの地位を掴み、1996年にはアトランタ五輪バックアップメンバー選出や、JOMOカップ出場など活躍を見せたが、1998年以降は南雄太 や吉田宗弘の台頭を受け、ベンチ入りメンバーからも外れがちとなっていた。
森山 佳郎(もりやま よしろう、1967年11月9日 - )… 森山 佳郎(もりやま よしろう、1967年11月9日 - )は、日本の元サッカー選手(DF)、指導者。熊本県熊本市東区出身。元サッカー日本代表、JFA公認S級コーチ。2024年より、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に所属するベガルタ仙台の監督を務める。 熊本市立東町小学校時代の小学3年にサッカーを始めた。野球部が小学4年からしか入部できず、それまでの一年間体を鍛える目的でサッカー部に入部したが、思った以上に楽しく小学校卒業までサッカーを続けた。熊本市立錦ヶ丘中学校入学を機にバスケットボール部へ入部したが、中学2年の時にサッカー部へ編入した。 熊本県立第二高等学校から鹿児島の大学に進学し、将来は高校の体育教師になろうと考えていたが、入学願書の提出期日を間違えてしまい、結局一浪してしまう。