岡野 涼子(おかの りょうこ、1978年 - )は、日本の地… 岡野 涼子(おかの りょうこ、1978年 - )は、日本の地方政治家。大分県議会議員で、自由民主党所属。 大分県日田市出身。大分県立日田高等学校を経て、共立女子大学を卒業した。大学卒業後、大分放送に入社し、テレビ制作部に配属。朝の情報番組「かぼすタイム」にレポーターとして出演した。水郷ひた観光親善大使を務めた。 結婚を機に退職後、キャリアコンサルタントを取得し、大分大学COC+推進機構に勤務した。 一般社団法人NINAU(2018年)や株式会社ENTO(2019年)を設立した。 2023年4月の大分県議会議員選挙に、日田市の選挙区から無所属で立候補して当選した。
原田 啓介(はらだ けいすけ、1958年12月6日 - )は… 原田 啓介(はらだ けいすけ、1958年12月6日 - )は、日本の政治家。元大分県日田市長(3期)。 日田市立月隈小学校、日田市立東部中学校卒業。1977年(昭和52年)3月、東海大学附属第五高校(現・東海大学付属福岡高等学校)卒業。 1994年(平成6年)、日田市で同市出身の筑紫哲也を学長に据えた市民大学「自由の森大学」が開校する。原田は開校した年の4月から1996年(平成8年)3月まで自由の森大学の実行委員長を、同年4月から2003年(平成15年)5月までは事務局長を務めた。 2003年(平成15年)7月13日に行われた日田市長選挙に出馬するも現職の大石昭忠に僅差で敗れる(大石:17,303票、原田:15,932票)。
椋野 美智子(むくの みちこ、1956年3月25日 - )は… 椋野 美智子(むくの みちこ、1956年3月25日 - )は、日本の政治家、元厚生官僚。大分県日田市長(1期)。元大分大学福祉科学研究センター教授。専門は社会保障、福祉政策、少子化対策。1998年、第2次橋本龍太郎内閣において日本政府として初めて少子化をテーマとした平成10年版厚生白書「少子社会を考える-子どもを産み育てることに『夢』を持てる社会を」を小泉純一郎厚生大臣の下、責任執筆した官僚として知られている。 大分県日田市生まれ。1978年、東京大学法学部卒業。厚生省(現・厚生労働省)に入省。在フランス社会保障制度調査員、浦和市福祉部長、内閣府高齢社会対策参事官、厚生労働省社会・援護局総務課長など政府の保健医療福祉を所管する課を歴任。
大石 昭忠(おおいし あきただ、1942年(昭和17年)8月… 大石 昭忠(おおいし あきただ、1942年(昭和17年)8月8日 - )は、日本の元政治家。大分県日田市の第7代市長を務めた。 日田市出身。横浜国立大学経済学部卒業後、30年間にわたり安宅産業や伊藤萬などの商社で勤務。主に食品畑を歩み、その間西ドイツの駐在員や、居酒屋チェーン副社長も務めた。1991年よりシダックス取締役。1995年に日田市長に初当選。3期にわたり日田市長を務めたが、4選を目指した2007年7月29日の市長選挙で新人の佐藤陽一に大差で敗れ落選した。 2010年6月から、国際協力機構(JICA)のシニア海外ボランティアとしてアルゼンチン南部のパタゴニアに赴任した。 就任後、職員を100人削減して440人にするなど、行政改革を推進した。
畑 英次郎(はた えいじろう、1928年〈昭和3年〉9月10… 畑 英次郎(はた えいじろう、1928年〈昭和3年〉9月10日 - 2023年〈令和5年〉8月4日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲章は勲一等瑞宝章。 通商産業大臣(第56代)、農林水産大臣(第19代)、衆議院議員(7期)、民主党副代表、太陽党幹事長、大分県日田市長(3期)等を歴任した。 大分県日田市生まれ。1946年、武蔵工業専門学校(現東京都市大学)を中退し、出身地である日田市の市役所に入庁。その後、旧大分1区選出の衆議院議員・広瀬正雄の秘書に転じる。 1968年、日田市長選挙に立候補し、初当選。市長を3期11年務め、1979年に3期目の任期途中で辞職。同年の第35回衆議院議員総選挙に自由民主党の公認を受け、旧大分1区から広瀬の地盤を引き継いで出馬し、当選した(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・麻生太郎・小里貞利・岸田文武・白川勝彦・丹羽雄哉・亀井静香・吹田愰・宮下創平・亀井善之・船田元らがいる)。
石松 安次(いしまつ やすじ、1924年(大正13年)11月… 石松 安次(いしまつ やすじ、1924年(大正13年)11月17日 - 2018年(平成30年)3月20日)は、昭和から平成時代の政治家。位階は正五位。 大分県日田市長。日田市名誉市民。 日田市出身。高等小学校卒業。 日田商工会議所会頭を経て、1979年(昭和54年)から日田市長に4選。1995年(平成7年)引退した。市政、郷土の振興発展の実績から、2000年(平成12年)9月、日田市名誉市民に推挙された。 2018年(平成30年)3月20日、心不全のため死去した。
浅沼 享子(あさぬま きょうこ、1904年2月1日 - 19… 浅沼 享子(あさぬま きょうこ、1904年2月1日 - 1981年3月10日)は、昭和時代の政治家。衆議院議員(1期)を務めた。浅沼稲次郎の妻。旧姓は武田 享子(たけだ きょうこ)。 1904年(明治37年)大分県日田市生まれ。父は歯科医の武田恒市。 17歳で結婚したが、婚家の封建的な家風になじめず離婚。東京へ上京し、洋裁学校に通うために喫茶店で働きながら生計を立てる。そこで客として頻繁に訪れていた社会主義者の浅沼稲次郎(のち日本社会党委員長)と出会い、1928年(昭和3年)秋に結婚した。 1945年(昭和20年)、日本社会党に入党し、婦人問題研究会常任理事となる。しかし1960年(昭和35年)10月12日、夫の浅沼稲次郎が日比谷公会堂での演説中に山口二矢に刺殺された。
中野 猪之助(なかの いのすけ、1872年7月21日(明治5… 中野 猪之助(なかの いのすけ、1872年7月21日(明治5年6月16日)- 1938年(昭和13年)1月18日)は、明治後期から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。 大分県日田郡、のちの三芳村(現日田市下井手町)で、中野伍兵衛の二男として生まれる。漢学を修めた。 1899年(明治32年)福岡県久留米市京町で久留米製材所を設立し材木商を営む。のちに東京で合資会社中野材木店(京橋木挽町)を開店した。その他、久留米材木同業組合長、九州材木連合協会長、日田実業銀行取締役、九州材木専務取締役、久留米商業会議所特別議員、同顧問なども務めた。 政界では、久留米市会議員、同参事会員に在任。1924年(大正13年)5月、第15回衆議院議員総選挙(大分県第5区、無所属)で当選し、立憲民政党に所属して衆議院議員に1期在任した。
中村 元雄(なかむら もとお、1839年10月15日(天保1… 中村 元雄(なかむら もとお、1839年10月15日(天保10年9月9日) - 1903年(明治36年)1月24日)は、日本の政治家、大蔵・内務官僚。群馬県知事、貴族院議員、錦鶏間祗候。幼名は豊作、別名は平太夫、少介。 豊後国日田出身。町年寄・中村善右衛門の子。咸宜園に入り広瀬淡窓に学んだ。明治元年(1868年)、日田県諸取調掛となり、同県大属、大分県権典事を歴任。1874年頃に大蔵省租税大属に転じ、租税寮七等出仕、大蔵省権少書記官、同権大書記官などを務めた。1886年、大蔵省主税局長に就任。 1891年4月、群馬県知事に就任。廃娼の方針を維持し、水利組合の設置や、養蚕糸業の振興に尽力した。1896年1月に知事を退任し、同年1月31日、貴族院勅選議員に任じられ死去するまで在任。