垣添 徹(かきぞえ とおる、1978年8月12日 - )は、… 垣添 徹(かきぞえ とおる、1978年8月12日 - )は、大分県宇佐市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名同じ。愛称はトオル、カッキー。身長177cm、体重139kg、血液型はA型。最高位は東小結(2004年3月場所)。得意手は突き、押し。現在は年寄・雷。趣味は音楽鑑賞とサウナ入浴。 小学校時代にはわんぱく相撲全国大会に出場し、中学時代には全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学生横綱となり、地元ではその強さが知れ渡っていた。中学時代には相撲部でありながら陸上競技の地区大会にも出場して活躍し、100メートル走で優勝している。また、大分の同郷である横綱・双葉山の生涯がNHKにてドラマ化された際には、少年時代の垣添が少年時代の双葉山役として出演を果たしている。
豊ノ海 義美(とよのうみ よしみ、1939年3月28日 - … 豊ノ海 義美(とよのうみ よしみ、1939年3月28日 - )は、大分県宇佐郡長洲町(現役当時、現・同県宇佐市)出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は西尾 義美(にしお よしみ)。最高位は西前頭18枚目(1958年11月場所)。現役時代の体格は178cm、83kg。得意手は左四つ、寄り、内掛け、切り返しなど。 地元の中学校を卒業後上京し、同郷の元横綱・双葉山が率いる時津風部屋へ入門。1954年5月場所で初土俵を踏んだ。 同場所では番付外と新序でともに好成績を挙げたため、同年9月場所では序ノ口を飛び越して、序二段に付け出された。なお、当初より四股名は、「豊ノ海」であった(由来は、大分県北部と福岡県東部地域の旧称「豊前」と「瀬戸内海」から)。
玉ノ川 正行(たまのかわ まさゆき、1924年3月6日 - … 玉ノ川 正行(たまのかわ まさゆき、1924年3月6日 - 没年不明)は、二所ノ関部屋に所属した元大相撲力士。本名は恵良 正行(えら まさゆき)。現在の大分県宇佐市出身。176cm、92kg。最高位は西十両7枚目。得意技は右四つ、押し。 1943年5月場所に初土俵。1950年5月場所に十両昇進。自己最高位まで番付を上げた1951年1月場所は初日から休場し、この場所限りで廃業した。廃業後はプロレスラーに転向した。
宇佐ノ山 英策(うさのやま えいさく、1921年1月11日 … 宇佐ノ山 英策(うさのやま えいさく、1921年1月11日 - 没年不明)は、昭和時代の大相撲力士。立浪部屋→双葉山道場→時津風部屋所属。本名は永松 英策。最高位は十両9枚目。 大分県宇佐郡四日市町(現宇佐市)出身。立浪部屋に入門し、1938年5月本名の「永松」で初土俵を踏む。同郷で部屋の横綱双葉山が独立し、双葉山道場(のち時津風部屋)を興すと移籍した。1943年5月で十両に昇進したが、一度も勝ち越すことなく最後の十両だった1947年5月で廃業した。
豊錦 規矩雄(とよにしき きくお、1912年10月4日 - … 豊錦 規矩雄(とよにしき きくお、1912年10月4日 - 没年不明)は、昭和時代の大相撲力士。井筒部屋→九重部屋→朝日山部屋所属。本名は上田 菊男(うえだ きくお)。最高位は東十両8枚目。得意技は突っ張り、右四つ、寄り。 大分県宇佐市出身。井筒部屋に入門し、1927年1月場所に初土俵を踏む。その後、同郷の大関・豊國福馬が独立した際に九重部屋に移籍した(その後朝日山部屋に移籍)。1934年1月場所に十両に昇進したが、2場所続けて負け越し、幕下に陥落。「祝洋」に改名後の1937年1月場所に廃業した。
双葉山 定次(ふたばやま さだじ、1912年2月9日 - 1… 双葉山 定次(ふたばやま さだじ、1912年2月9日 - 1968年12月16日)は、大分県宇佐郡天津村布津部(現:大分県宇佐市下庄)出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。第35代横綱。位階は従四位。本名は龝吉 定次(あきよし さだじ)。 現在も破られていない69連勝の大相撲記録を樹立し、太平洋戦争前の日本で国民的人気を得た。横綱在任時代に双葉山相撲道場を創立して指導者(親方)となり後進力士を育て時津風一門を形成、日本相撲協会理事長として運営の改善にも取り組んだ。 1912年2月9日に大分県宇佐郡天津村布津部(現:大分県宇佐市下庄)で生まれる。5歳の時に吹き矢が自身の右目に直撃して負傷し、右目が半失明状態になった。