タカハタ 秀太(たかはた ひでた、1962年12月13日 -… タカハタ 秀太(たかはた ひでた、1962年12月13日 - )は、日本の映像ディレクター、脚本家、映画監督。富山県立福野高等学校卒業、青山学院大学法学部中退。妻は藤原理恵。 学生時代、テレビ番組制作会社・IVSテレビ制作でアルバイトを始め、演出家・伊藤輝夫(現テリー伊藤)に師事。夏休み期間だけのつもりでいたが、ADが次々と辞めていく中、誰かが弁当を発注しないと収録現場が困るだろう、という思いで辞められず、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』でディレクター・デビュー(当時クレジットは「高畑秀太」表記)。担当コーナーは「失恋傷心バスツアー」シリーズなど。 後にフリーランスとなり、WOWOW開局時には多くの音楽ライブ・ドキュメンタリー番組を手掛ける。
新井 章仁(あらい あきひと、1962年12月3日 - )は… 新井 章仁(あらい あきひと、1962年12月3日 - )は、ドキュメンタリー番組の演出家、テレビディレクターである。 長野県飯田市出身。長野県飯田高等学校卒業。ドキュメンタリー番組のディレクターとして活躍中。 アシスタント時代は、毎日放送『中村敦夫の地球発22時』などの番組に従事する。その後、フリーディレクターとして数々のドキュメンタリー番組を手がける。 日本テレビ「Time21」で津軽海峡のサメ獲り漁師の親子鷹をテーマにした「津軽海峡にサメを追え!」で日本民間放送連盟賞を受賞した。その後、ATP賞なども受賞している。 2007年には、テレビ朝日で放送された番組『特捜!』で海上保安庁の潜水士研修の様子を取材し、「ザ・リアル海猿」というサブタイトルで放送した番組がATPグランプリ2007を受賞した。
小霜 和也(こしも かずや、1962年10月22日 - 20… 小霜 和也(こしも かずや、1962年10月22日 - 2021年9月22日)は、日本のコピーライター、クリエイティブ・ディレクター。 1962年兵庫県西宮市生まれ。1986年、東京大学法学部卒業。同年博報堂に入社し、コピーライターとして配属される。1998年に退社する。 以降、クリエイティブ・ディレクターおよびコピーライターとして広告制作の企画や、マーケティングアドバイザーとしてマスメディア・Webを統合する広告コミュニケーションの設計に従事した。PlayStation、サントリー、キリンビール、積水ハウスなど、100社近い企業の広告キャンペーンに携わっており、広告賞を多数受賞し、映画の脚本、ゲーム開発、作詞なども手掛けた。
山崎 隆明(やまざき たかあき、1962年9月28日 -)は… 山崎 隆明(やまざき たかあき、1962年9月28日 -)は、日本のクリエイティブディレクター・CMプランナー・コピーライター。 京都府生まれ。日本大学芸術学部・大学院芸術学研究科卒業後、電通関西支社を経て、2009年に独立し、株式会社ワトソン・クリックの代表取締役を務める。クーポン付きフリーペーパーのシリーズCMや、俳優の大滝秀治と岸部一徳のやりとりが独特の世界を醸し出す殺虫剤のCMなど、話題作を多数手がけた。映像にナレーションをあわせるアフレコ・アテレコの技術に長け、ホットペッパーのクーポンマガジンシリーズでは多くの作品に自ら声の出演をしている(通常、CMプランナーは脚本家なので自らは出演しない)。
田中秀幸(たなか ひでゆき、1962年7月25日 - )は日… 田中秀幸(たなか ひでゆき、1962年7月25日 - )は日本のアートディレクター。株式会社フレイムグラフィックス代表。静岡県浜松市出身。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。
田中秀幸(たなか ひでゆき、1962年7月25日 - )は、… 田中秀幸(たなか ひでゆき、1962年7月25日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー。 株式会社フレイムグラフィックス代表。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松西高等学校、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。 主に、テレビ番組やCM、ゲーム、広告、音楽、PV等でキャラクターデザインや映像デザイン、ディレクションを幅広く手がけている。ポップでキュートでありながらやや毒気も含む、独特のデザインセンスは若手クリエイターを始め、多くの支持を受けている[要出典]。 パソコン1台あればCGが作れる環境が整い始めた時期に、1992年にフジテレビ系『ウゴウゴルーガ』に参加し、注目を浴びる。
山下 規介(やました きすけ、1962年6月19日 - )は… 山下 規介(やました きすけ、1962年6月19日 - )は、日本の俳優、脚本家、映像ディレクター。実父は脚本家のジェームス三木、母はエッセイストの山下典子。既婚。1女の父。血液型はAB型。ジェンコエージェンシー所属。 神奈川県横浜市出身。桐蔭学園高等学校、立教大学卒業。 1983年に、大林宣彦監督の映画『廃市』で俳優デビュー。解答者として出演した『象印クイズ ヒントでピント』ではテクニカルクイズで幾多の好成績を残した。司会の土居まさるからは、父も同番組に出演していたことからか「キスケ」と呼ばれた。 かつてバラエティー番組で語ったところによると、若い頃レコード(シングル)を発売したこともあったが、たった5枚しか売れず、レコード会社から大目玉を食らったという。
加藤 大幸(かとう ひろゆき、1962年3月9日 - )は、… 加藤 大幸(かとう ひろゆき、1962年3月9日 - )は、日本のディレクター。東京都出身。 慶應高校時代より「映画部」に所属し、8ミリ映画を数々製作。慶應大学8ミリ・シネクラブ時代に製作した「木洩日」は、文芸坐ル・ピリエで行われた「第1回六大学対抗シネマ戦」で最多観客投票を受ける(その年の優勝は慶應大学だった)。 1984年、Vivia(テレビ朝日映像(株))に入社。ワイドショー、『邦子と徹のあんたが主役』『H・I・P』などを担当後、1993年にエンタテインメント情報番組『AXEL』を立ち上げ。チーフ・ディレクターとして5年半以上担当した(司会・高橋幸宏)。その後会社内のドラマ班立ち上げの際、監督デビュー、その後は、2000年、いかりや長介&伊藤蘭ナレーションによるドキュメント風番組『人生の楽園』のチーフ・ディレクター&プロデューサーを担当。
IKKO(イッコー、1962年〈昭和37年〉1月20日 - … IKKO(イッコー、1962年〈昭和37年〉1月20日 - )は、日本のメイクアップアーティスト、美容家、ビューティーディレクター、タレント、書家。 本名は豊田 一幸(とよだ かずゆき)。雅冬炎(みやび とうえん)の名前で書家としても活動している。所属事務所はGLAD。 福岡県田川郡福智町(旧・方城町)出身。4人兄弟の長男で姉2人、妹1人がいる。美容師の母の影響で、本人曰く「小学校6年生くらいでは、もう日本髪結えていた」という。 福岡県立西田川高等学校を経て、北九州美容専門学院(現福岡美容専門学校北九州校)卒業後、横浜市の高級美容室「髪結処 サワイイ」に美容師として住み込みで勤め始める。8年間の修行ののち、ヘアメイクアップアーティストへ転身するため退職。
ボブ田中(ぼぶたなか、1962年 - )は、日本のクリエイテ… ボブ田中(ぼぶたなか、1962年 - )は、日本のクリエイティブディレクター、マーケッターである。 宮城県出身。中央大学杉並高等学校卒業、中央大学法学部卒業。オハイオ・ウェスリアン大学中退。うお座。血液型はA型。 アイデアクリエイター。宮城県生まれ。本田技研工業、大広、ADKを経て、2011年プランニング&クリエイティブ事務所「ボブ田中事務所」を設立。代表取締役を務める。これまでにフマキラー、東武鉄道などの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブディレクションを手がける。マスメディアに頼らないメディアニュートラルなコミュニケーションデザインは内外で高い評価を得ている。2006年カンヌ国際広告祭、2007年アジア太平洋国際広告祭で審査員を務めた。
米村 浩(よねむら ひろし、1962年 - )は、日本のクリ… 米村 浩(よねむら ひろし、1962年 - )は、日本のクリエイティブディレクター。 1962年石川県金沢市生まれ。1985年金沢美術工芸大学商業デザイン科卒業。株式会社博報堂を経て、2001年にWieden+Kennedy Tokyo入社。2009年にWieden+Kennedy Tokyoから独立し、小霜和也とノープロブレムを創立。2014年、ECDとして博報堂に復職。2020~2023年まで博報堂フェローを務める。広告学校(広告批評)講師。東京ADC・東京TDC 会員。
京田 光広(きょうた みつひろ、1962年 - )は、日本の… 京田 光広(きょうた みつひろ、1962年 - )は、日本のテレビディレクター、プロデューサー。NHK職員。 2018年現在、NHK神戸放送局・放送部シニアディレクター。東京大学卒。 1986年NHK入局。2006年からはNHK大阪放送局にて、阪神・淡路大震災をテーマにした数々の特集番組を手がける。2014年からNHK神戸放送局。「シンサイミライ学校」という防災の専門番組を開発もした。
竹内 スグル(たけうち スグル、1962年 - )は、神戸市… 竹内 スグル(たけうち スグル、1962年 - )は、神戸市出身の映像ディレクター、映画監督、カメラマンである。早稲田大学商学部卒。 この項目は、テレビ番組に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル テレビ/ウィキプロジェクト 放送または配信の番組)。
中村剛(なかむら つよし、1962年 - )は、日本の似顔絵… 中村剛(なかむら つよし、1962年 - )は、日本の似顔絵イラストレーター、アートディレクター。愛知県西尾市出身。愛知県立一色高等学校、名古屋造形芸術短期大学卒業。 現在、内閣府認証 特定非営利法人 日本似顔絵検定協会 理事 公認似顔絵師。一般財団法人日本似顔絵師協会常務理事。合同会社 似顔絵倶楽部 代表。心似顔絵塾 塾長。栄中日文化センター/ぎふ中日文化センター 講師。
釘宮 陽一郎(くぎみや よういちろう、1961年〈昭和36年… 釘宮 陽一郎(くぎみや よういちろう、1961年〈昭和36年〉11月27日 - )は、日本の映像ディレクター、プロデューサー、実業家。神奈川出身。 有限会社トラッシュスタジオ代表取締役社長。2021年「ショッツアワード」アニメーション部門審査員。 日本大学生産工学部卒業後、友人の漫画家長谷川裕一のアシスタント、H-IIロケットのシステムエンジニアを経て、タイトーに就職した。販促・宣伝マンとしてゲーム作品のCM、プロモーション映像を手がける。2001年「ガラクタ名作劇場ラクガキ王国」(PS2)では、宣伝プロデューサーを担当した。同ゲームでは、スタジオジブリ作品「ギブリーズepisode2」とのタイアップ、スタジオジブリ協力で、アドシネ、エンディングアニメーション(演出:田辺修 作画監督:佐藤好春)を制作するなど、その時代のプロモーション活動は、WEB記事で紹介されている。
永井 一史(ながい かずふみ、1961年10月7日 - )は… 永井 一史(ながい かずふみ、1961年10月7日 - )は、日本のアートディレクター、クリエイティブディレクター。父はグラフィックデザイナーの永井一正。 株式会社HAKUHODO DESIGN代表取締役社長。多摩美術大学教授。東京ADC会員、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)七代目会長。東京ブランディング戦略会議委員。多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム エグゼクティブ・スーパーバイザー。 東京都港区生まれ。1985年 多摩美術大学美術学部デザイン学科卒業。同年、株式会社博報堂入社。アートディレクター、シニアクリエイティブディレクターを歴任。 2003年 博報堂の子会社である株式会社HAKUHODO DESIGNを設立、代表取締役社長に就任。
中島 英樹(なかじま ひでき、1961年8月30日 - 20… 中島 英樹(なかじま ひでき、1961年8月30日 - 2022年2月3日 埼玉県久喜市出身)は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー。国際グラフィック連盟会員。東京ADC会員。 1961年8月30日 埼玉県久喜市に生まれる。デザインの専門教育は受けていない。複数のデザイン事務所を経たのち清水正己デザイン事務所で雑誌『Cut』のチーフデザイナーを務め、ロッキング・オンを経て、1995年に有限会社中島デザインを設立。 2022年2月3日、動脈硬化による脳梗塞のため死去。60歳没。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
谷山 雅計(たにやま まさかず、1961年8月25日 - )… 谷山 雅計(たにやま まさかず、1961年8月25日 - )は、日本のコピーライター、クリエイティブディレクター。大阪府吹田市出身。
Mr.バニー(みすたーばにー、 1961年8月19日 - … Mr.バニー(みすたーばにー、 1961年8月19日 - 、本名 : 成井一充(なるい かずみち)は、宮崎県のフリーテレビディレクター、ローカルタレント、ラジオパーソナリティー。
佐藤 直樹(さとう なおき、1961年8月7日 - )はグラ… 佐藤 直樹(さとう なおき、1961年8月7日 - )はグラフィックデザイナー・アートディレクター・ペインター。東京都生まれ。獅子座、AB型。 デザイン会社「Asyl(アジール)」代表。3331デザインディレクター。美学校講師。多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授。 北海道教育大学卒業後、信州大学山本哲士研究室にて研究生として教育社会学・言語社会学を学ぶ。その後美学校・菊畑茂久馬絵画教場などに在籍、 修了する。肉体労働から編集まで数々の仕事を転々とした後、翔泳社を経て独立。 『WIRED』日本版がサンフランシスコ現代美術館パーマネントコレクションに選ばれた他、複数の仕事でニューヨークADCメリット賞等を受賞。
佐藤 尚之(さとう なおゆき、1961年6月1日 - )は、… 佐藤 尚之(さとう なおゆき、1961年6月1日 - )は、日本・東京都出身のコミュニケーション・ディレクター、クリエイティブ・ディレクター、著作家。 電通時代にマスメディア広告の第一線で活躍した後、1995年にいち早く個人サイトを立ち上げ人気サイトに。インターネットの普及に伴う情報環境と広告の変化を最初期より指摘し、メディアを横断して設計するコミュニケーション・デザインの分野を開拓した。その後、一過性の話題や拡散ではなく企業やブランドを愛してくれるファンとの中長期的な信頼関係を築く「ファンベース」の概念を提唱したことで知られる。近年は、AI時代における人間関係やコミュニティのあり方についても積極的な発信と実践を行っている。
中山 千彰(なかやま ちあき、1961年5月7日 - )は、… 中山 千彰(なかやま ちあき、1961年5月7日 - )は、制作会社イースト勤務の「僕らの音楽2」担当テレビプロデューサーで、元ニッポン放送名物ディレクター。
大岩 直人(おおいわ なおと、1961年3月23日 - )は… 大岩 直人(おおいわ なおと、1961年3月23日 - )は、日本のクリエイティブ・ディレクター。 東京経済大学コミュニケーション学部教授。 岐阜県大垣市出身。一橋大学社会学部卒。河村錠一郎ゼミで美術史、美学を専攻。 1984年(株)電通に入社後、空間デザイン分野でプロモーションプランナーとして経験を積んだ後、1990年後半よりクリエイティブ部門に異動。 2000年代半ばには、小学館のキャンペーンで世界3大広告賞の一つカンヌ国際広告祭で銀賞受賞、2015年にはマツコロイド他で銅賞を受賞。 電通コミュニケーション・デザイン・センター専任局次長、電通統合ディレクションルーム専任局次長を経て、2015年に(株)電通を退社。
グ・スーヨン(具 秀然、1961年1月3日 - )は、日本で… グ・スーヨン(具 秀然、1961年1月3日 - )は、日本で活動する韓国国籍のCMディレクター、映画監督、小説家、作詞家。 山口県下関市生まれの在日韓国人二世。株式会社デルタモンドから株式会社サン・アドに移り、26歳でディレクターデビュー。 1994年にGOO TV CAMPANY ltd.設立。 2001年に『ハードロマンチッカー』で小説家デビュー。 2003年の『偶然にも最悪な少年』で映画初監督。 長編映画3作目となる『ハードロマンチッカー』が2011年10月に第24回東京国際映画祭で上映され、同年11月に公開された。
鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「… 鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「報道2001」ディレクター、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現在解説委員であるジャーナリスト。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授 1961年北海道函館市生まれ。神奈川県立小田原高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、農林中央金庫で外国為替ディーラーなどを経て、1992年フジテレビに入社。2020年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科卒業。著書に「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」、「日経電子版の読みかた」、編書に「2020教育改革のキモ」。映倫の年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。
信友 直子(のぶとも なおこ、1961年 - )は、日本のテ… 信友 直子(のぶとも なおこ、1961年 - )は、日本のテレビディレクター、ドキュメンタリー映画監督。 広島県呉市生まれ。呉市立片山中学校、広島大学附属高等学校を経て、東京大学文学部を卒業後、森永製菓に入社。広告部に所属していた際に、グリコ・森永事件の取材を受けたことが契機となり、映像制作プロダクションに転職。 北朝鮮拉致問題やひきこもり、若年性認知症などの社会的なテーマや大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎にスポットを当てた企画(ザ・ノンフィクション『情念の男〜ギリヤーク尼ケ崎〜』)、草食男子の生態という文化的なテーマなど100本近くのテレビ番組を制作。 2006年に休暇中のインドで列車と接触して骨盤骨折し、2007年には乳がんを発症。
山本 高史(やまもと たかし、1961年 - )は、日本のコ… 山本 高史(やまもと たかし、1961年 - )は、日本のコピーライター、クリエイティブディレクター。京都府出身。
渡邉 良重(わたなべ よしえ、1961年-)は、日本のアート… 渡邉 良重(わたなべ よしえ、1961年-)は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー。 1961年山口県生まれ、山口大学卒業。DRAFT.,Ltd.を経て2012年に植原亮輔と共にKIGIを設立。企業やブランドのアートディレクション、グラフィックデザイン、空間ディレクション、プロダクトデザインのほか、アートプロジェクト等にも参加。展覧会やイベント等を企画しながらクリエイションの“場”を作る活動も行う。
柿沼 朱里(かきぬま しゅり 1960年11月29日 - )… 柿沼 朱里(かきぬま しゅり 1960年11月29日 - )は、日本の企業家、データサイエンティスト、ITコラムニスト、クリエイティブディレクター、DJ、トラックメイカー。
長嶋 甲兵(ながしま こうへい、1960年11月9日 - )… 長嶋 甲兵(ながしま こうへい、1960年11月9日 - )は、テレビ番組のディレクター。広島県出身。テレコムスタッフ所属。ATP賞の審査委員長。上智大学文学部卒業。 主に芸術、文学、政治、井上陽水などをテーマに奇妙な手法のドキュメンタリー番組を演出。1997年「詩のボクシング」で放送文化基金賞大賞、2000年「世紀を刻んだ歌~花はどこへいった」でATP賞グランプリ受賞。演出家として担当した「詩のボクシング」で2006年、第32回放送文化基金賞個人・グループ部門(放送文化分野)受賞、第60回芸術選奨新人賞を受賞。
鈴木 通代(すずき みちよ、1960年11月1日 - )は、… 鈴木 通代(すずき みちよ、1960年11月1日 - )は、元静岡放送 (SBS) のアナウンサー、ラジオディレクターを経て、フリーアナウンサー。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松南高等学校、専修大学法学部卒業。大学在学時にはアナウンス専門学校に通い、同じクラスの友人と日本テレビで電話オペレーターのアルバイトをしていた。 大学を卒業後、1983年に静岡放送に入社。報道制作局アナウンス部に配属され、同局のアナウンサーになる。2010年代にはアナウンス業務と並行してラジオ局編成制作部の管理職も務め、副部長就任を経て2014年3月15日付で部長に昇進している。 2016年3月、静岡放送の系列会社である静岡新聞社へ転属。
成田 洋一(なりた よういち、1960年10月12日 - )… 成田 洋一(なりた よういち、1960年10月12日 - )は、日本のCMディレクター。 1960年、秋田県出身。法政大学文学部卒。現在は、フリーで活動している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
吉江 善太(よしえ ぜんた、1960年8月14日 - )は、… 吉江 善太(よしえ ぜんた、1960年8月14日 - )は、日本のCMディレクター。東京都出身。黒田秀樹事務所所属。 1983年、早稲田大学第一文学部卒業。1983年、電通映画社入社。1994年、フリーに転向。 受賞歴はACC賞、ADC賞、ギャラクシー賞、電通広告賞、ニューヨークフェスティバルなど多数。 2023年からは京都芸術大学 新領域大学院 コミュニケーションデザイン領域 映像デザイン分野の教員を務める。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
雨宮 秀彦(あめみや ひでひこ、1960年(昭和35年)6月… 雨宮 秀彦(あめみや ひでひこ、1960年(昭和35年)6月25日 - )は、日本のテレビ演出家、テレビディレクターでWEBディレクター。日本テレビ放送網情報・制作局エグゼクティブディレクターを務めた。 裏ワザ動画を配信するYouTubeチャンネル「裏ワザ倶楽部」代表。クリエイター養成スクール「雨宮秀彦 動画クリエイタースクール」代表。読売理工医療福祉専門学校TVディレクター学科非常勤講師。東京2020公式ライブ配信番組『2020 FAN TV』総合演出。三宅健YouTubeチャンネル「健ちゃんの食卓」企画、演出、出演。 1983年、日本テレビ(現・日本テレビホールディングス)に入社。『11PM』『アメリカ横断ウルトラクイズ』『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』などのディレクターを経て、1994年に『嗚呼!バラ色の珍生!!』、1997年に『伊東家の食卓』を企画・演出。
犬童 一心(いぬどう いっしん、1960年6月24日 - )… 犬童 一心(いぬどう いっしん、1960年6月24日 - )は、日本の映画監督、CMディレクター、脚本家。ADKアーツ所属後、株式会社スカイドラム代表。現在も東京都在住。 東京都生まれ。法政大学第一高等学校(現:法政大学高等学校)在学中より自主制作映画の監督、製作をスタートする。1979年、『気分を変えて?』の脚本・監督を務め、ぴあフィルムフェスティバル入選。入選後、黒沢清、手塚眞らと知り合い、交友を深める。 自主制作時代、池袋文芸坐(現・新文芸坐)主催のMWC(マインド・ウェーブ・シネマ)に参加、1982年『赤すいか黄すいか』(16mmフィルム)、1983年『夏がいっぱい物語』(8mmフィルム)などのフィルムによる作品を手がけた。
田辺 豊治(たなべ とよはる、1960年5月12日 - )は… 田辺 豊治(たなべ とよはる、1960年5月12日 - )は、日本の自動車技術者、モータースポーツディレクター。東京都出身。本田技研工業所属。 ホンダグループのモータースポーツ分野で、エンジン部門の要職を歴任。後年はホンダF1のテクニカルディレクターを務めた。 1984年、玉川大学工学部機械工学科卒業後、本田技研工業に入社。市販車用のエンジン開発に携わる。 1986年、ホンダのF1プロジェクトに異動し、マクラーレン・ホンダのゲルハルト・ベルガー担当エンジニアとしてチームに加わる。ホンダの第2期F1活動終了に伴い、1993年よりアメリカに移り、当時のチャンプカー・ワールド・シリーズ(CART)向けエンジンの研究開発に関わる。
加茂 啓太郎(かも けいたろう、1960年3月3日 - )は… 加茂 啓太郎(かも けいたろう、1960年3月3日 - )はソニー・ミュージックエンタテインメント RED制作部所属。東京都出身。 1983年、青山学院大学卒業後、東芝EMI(→EMIミュージック・ジャパン、現ユニバーサルミュージック)に入社。邦楽ディレクター・A&Rとしてちわきまゆみ、サンディー&ザ・サンセッツ、THE WILLARD、村田和人、EARTHSHAKER、原田喧太、THE FUSE、ジャックスの再発等を担当。 1996年にはつボイノリオの「金太の大冒険」の再発、ベスト・アルバム『あっ超ー』にディレクターとして関わる。 宣伝に移動、発掘育成にも関わる。 1998年より新人発掘担当となり、EMI内に「Great Hunting」を立ち上げる。
〆谷 浩斗(しめたに ひろと、1960年2月28日 - )は… 〆谷 浩斗(しめたに ひろと、1960年2月28日 - )は、テレビディレクター・スーパーバイザー。 株式会社メディアシード所属。元日本テレビ放送網の関連会社NTV映像センターのディレクターで、『進め!電波少年』のユーラシア大陸横断ヒッチハイクの同行ディレクターとして知られる。 和歌山県(東京都とも)出身。血液型B型。 日本大学農獣医学部卒。IVSテレビ制作入社。ディレクター時代に『進め!電波少年』を担当し、司会の松村邦洋をはじめ出演者から鬼と恐れられるほどの厳格な存在だった。放送業界で出演者やスタッフに対する厳しさはトップクラスであり、加賀まりこが「愛のムチよ。逆に愛情があるからそういうこと言うのよ。
水谷 貴哉 (みずたに たかや、1960年2月26日 - )… 水谷 貴哉 (みずたに たかや、1960年2月26日 - )は、日本の撮影監督、CGディレクター、アニメーション演出家である。兵庫県尼崎市出身。 大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。亜細亜堂を経て、フリーの演出家としてぎゃろっぷ作品を中心に活躍した後、オー・エル・エムの創立に参加。1990年代後半から徐々に演出方面からCG制作や撮影監督の役職へとシフトしていき、2000年代からは撮影監督としてオー・エル・エム作品に携わっている。 代表作に『劇場版ポケットモンスター』シリーズ、『鋼鉄天使くるみ』など。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
柘植 伊佐夫(つげ いさお、1960年1月27日 - )は、… 柘植 伊佐夫(つげ いさお、1960年1月27日 - )は、日本のビューティーディレクターおよび人物デザイナー。長野県伊那市出身。 1979年より美容界へ入りヴィダルサスーンの技術を習得する。1982年にモッズヘアへ入社。ヘアメイクアーティストとして活動する。 1990年、「第一回日本ヘアデザイナー大賞」(Japan Hairdressing Award) を受賞、1991年同アワードで「セッションスタイリスト優秀賞」を受賞。1999年、手塚眞監督『白痴』で映画全体のヘアメイク監督を担当する。 2003年、庵野秀明監督『キューティーハニー』の担当よりヘアメイク監督から「ビューティーディレクター」へ改称する。
藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、… 藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、アーティスト、ディレクターである。秋田公立美術大学美術学部アーツ&ルーツ専攻および秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科教授。金沢美術工芸大学客員名誉教授。株式会社藤スタジオ代表取締役。NPO法人アーツセンターあきた理事長。NPO法人プラスアーツ副理事長。 2014年から2016年まで十和田市現代美術館の館長を務めた。青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに派遣され美術を教える。この時の体験と、また国際協力の場で議論される適正技術は、その後の芸術活動に影響を与えた。また自身の芸術活動を「OS作品」と呼び、アートワーク『かえっこ』をライフワークとして取り組んだ。
勝谷 ケンシ(かつや けんし、1960年 - )kenleg… 勝谷 ケンシ(かつや けんし、1960年 - )kenlegendは、日本のCMディレクター、映像作家、演出家、シンガーソングライター、コンポーザー。 熊本県生まれ大阪府育ち。大阪芸術大学放送学科卒業後、CM製作会社ESPAにてCMの制作、企画演出に携わる。1987年フリーランスとして独立。以降、CMにかかわらず、あらゆる分野の映像の企画演出を手掛る。また、音楽コンポーザーとしても活動。CMなどの映像コンテンツを企画段階から音楽も含めてトータルでクリエイトすることを心情としている。勝谷ブラザーズの長兄。次男ヒロシはベーシスト、三男はキーボーディストで、Mr.Childrenをはじめ様々なアーティストのサポートメンバー、プロデューサーとして活躍中のSunny。
高間 大介(たかま だいすけ、1960年 - )は、日本放送… 高間 大介(たかま だいすけ、1960年 - )は、日本放送協会に所属するディレクター、映像プロデューサー。『NHKスペシャル』枠をはじめとする科学教養番組を多く手掛けている。また、番組に関連した書籍の著作も担っている。 1960年生まれ。東京大学文学部を卒業後、1984年に日本放送協会に入局する。NHK岡山放送局に勤務した後、スペシャル番組部などに異動する。この頃生活情報番組『ためしてガッテン』のディレクターを担当し、教養番組『サイエンスアイ』のチーフ・プロデューサーを務める。2004年にはヒトの先祖の進化を題材とするNHKスペシャル『地球大進化〜46億年・人類への旅』のプロデューサーを担当し、2005年には連動する科学読本『46億年 わたしたちの長き旅』をNHK出版から出版。
種田 陽平(たねだ ようへい、1960年 - )は、大阪府出… 種田 陽平(たねだ ようへい、1960年 - )は、大阪府出身のプロダクションデザイナー、アートディレクター。 武蔵野美術大学油絵学科卒業。在学中から絵画助手として寺山修司監督作品『上海異人娼館』などに参加。榎戸耕史監督『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』で劇場用一般映画デビュー。その後、数々の話題作の美術を務めている。 『スワロウテイル』で第20回日本アカデミー賞・優秀美術賞、『不夜城』で第18回香港電影金像奨・最優秀美術監督賞、第22回日本アカデミー賞・優秀美術賞を受賞。『キル・ビル Vol.1』では米国美術監督協会の最優秀美術賞にノミネート。『THE 有頂天ホテル』『フラガール』で第61回毎日映画コンクールの美術賞、第30回日本アカデミー賞・優秀美術賞を受賞。
坂井 律子(さかい りつこ、1960年 - 2018年11月… 坂井 律子(さかい りつこ、1960年 - 2018年11月26日)は、日本のテレビディレクター、ノンフィクション作家。 1960年生まれ。1985年に東京大学文学部卒業後、NHK入局。札幌放送局、東京の番組制作局のディレクター、プロデューサーとして、福祉、医療、教育などの番組に携わる。特に出生前診断の問題については、番組制作のみならず、共著を含む数冊の著作を執筆。NHK放送文化研究所主任研究員などを経て、制作局青少年・教育番組部専任部長。2014年6月より山口放送局長、2016年4月より編成局主幹(総合テレビ編集長)。 2016年に膵癌への罹患が判明、2018年11月26日逝去。癌患者として、またジャーナリストとしての自らの経験と知見を書き綴り、逝去後の2019年2月、岩波新書『〈いのち〉とがん』として出版された。
星野 淳一郎(ほしの じゅんいちろう、1960年 - 201… 星野 淳一郎(ほしの じゅんいちろう、1960年 - 2017年12月1日)は、日本のテレビディレクター。 『笑っていいとも!』、『夢で逢えたら』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』などフジテレビを代表するバラエティ番組のディレクターとして知られ、主にウッチャンナンチャン、ダウンタウンの番組で演出・監修業務を担当した。 早稲田実業学校ではブラスバンド部に所属し、高校生の頃からアルバイトとしてフジテレビでADを務めていた。『THE MANZAI』のアルバイトADだった学生時代に、番組のターゲットを学生に当てることを発案し、大学の落語研究会やプロレス研究会に動員をかけて約400人の学生を集め観覧をさせたことで若者の間に漫才ブームを巻き起こした。
鹿毛 康司(かげ こうじ、1959年12月26日 - )は、… 鹿毛 康司(かげ こうじ、1959年12月26日 - )は、日本のマーケター、クリエイティブ・ディレクター、CM監督、プランニング、コピーライター、作詞・作曲家。『株式会社かげこうじ事務所』代表、『グロービス経営大学院大学』教授、『筑紫女学園大学』客員教授、『日経クロストレンド』アドバイザリーボードメンバー、『Ad-tech』東京ボードメンバー、『エステー株式会社』コミュニケーションアドバイザー。別名、特命宣伝部長 高田鳥場(たかだのとりば)。早稲田大学商学部卒業、ドレクセル大学修了(MBA)。 福岡県飯塚市生まれ。福岡県立嘉穂高等学校から二浪を経て早稲田大学商学部に進学。2年次に広告論の亀井昭宏ゼミに入り、アマチュアバンドの活動にも励んだ。
とまと あき(1959年11月20日 - 、本名・河田明裕)… とまと あき(1959年11月20日 - 、本名・河田明裕)は、日本の小説家・ライトノベル作家・脚本家・漫画原作者・音楽ディレクター。とまとあき名義の際には、妻の塚本裕美子と共同でクレジットされることが多い。戸的あきという表記もある。東京都立板橋高等学校卒業。 漫画家ゆうきまさみと親交があり、「究極超人あ〜る」や「機動警察パトレイバー」、「アッセンブル・インサート」などの、ゆうきまさみ原作のOVAなどの制作に多く関わっている。とまとあきがゆうきまさみと知り合ったのは、とまとあきが高校生、ゆうきまさみがまだ本格的な連載をしていなかった会社員の頃であり、江古田にある喫茶店「まんが画廊」で出会ったのがきっかけだという。
今村 悦朗(いまむら えつろう、1959年10月26日 - … 今村 悦朗(いまむら えつろう、1959年10月26日 - )は、日本のテレビプロデューサー、ディレクター、映画監督。女性アイドルグループSKE48およびNGT48の元劇場支配人。鹿児島県出水市出身。 約30年間に渡ってテレビ業界で活躍し、プロデューサー、ディレクターとして関わった番組は300本を数える。また、映画制作にも関わり、2006年公開の「調布空港」では監督・脚本を手がけている。 2014年3月、恩師である秋元康の命を受け、SKE48劇場支配人に就任。翌2015年4月には新たに結成されたNGT48の初代劇場支配人に就任した。 2019年1月8日にNGT48のメンバーである山口真帆が前年12月に暴行被害に遭っていたことを告発すると、今村はNGT48の管理責任者の立場でありながらかかる事態に対する説明を行わないまま公の場から姿を晦ましてしまい、その姿勢に世間から批判が集中した。
工藤統太郎(くどうとうたろう 1959年9月20日-)は、日… 工藤統太郎(くどうとうたろう 1959年9月20日-)は、日本の舞台演出家、TVディレクター、イベントプロデューサー。北海道出身。アクターズスタジオを設立。アメリカのミレニアムダンスコンプレックスの日本法人元代表。中華人民共和国ミスユニバース名誉顧問。株式会社JAIP代表取締役。ジャイプトーキョー、バッケンレコード、ロックスターレコード、ギャングスターレコード、ロックスター音楽出版&ディベロップメント、外国人就労支援センター、ADMアランディーノマーケティングリサーチ社、各社代表。血液型B型。 北海道室蘭市の地方紙室蘭民報社に勤める両親の長男として生誕。4歳から音楽教室、7歳からピアノを習う。 後に母親が飲食店の多店舗経営に乗り出し一時期家は裕福であったようだ。