大島 賢三(おおしま けんぞう、1943年〈昭和18年〉5月… 大島 賢三(おおしま けんぞう、1943年〈昭和18年〉5月14日 - 2021年〈令和3年〉5月29日)は、日本の外交官。外務省経済協力局局長、国際平和協力本部事務局長、国際連合事務次長(人道問題担当)、オーストラリア駐箚特命全権大使、国際連合政府代表部特命全権大使、国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員、原子力規制委員会委員などを歴任した。 広島県広島市東区牛田出身。1961年広島大附属高校時代にAFSでアメリカ合衆国に1年間留学。 1965年東京大学在学中サンケイスカラシップで英国留学、1967年、東京大学法学部を中退し、4月、外務省入省。 フランス語研修、在フランス大使館・在インド大使館・在オーストラリア大使館・在アメリカ大使館勤務などを経て、1990年在アメリカ合衆国日本国大使館公使、1993年8月国際協力事業団総務部長 1995年8月アジア局審議官、国際社会協力部長、1997年経済協力局長、人間の安全保障・科学技術協力・国連改革担当大使を務めた。
日向 精義(ひなた せいぎ、1943年2月22日 - )は、… 日向 精義(ひなた せいぎ、1943年2月22日 - )は、日本の外交官。東京都出身。 慶応義塾大学経済学部卒、同大法学部大学院卒。1970年外務省入省、フランスに語学研修。1988年米国ハーバード大学国際問題研究所フェロー、1989年から1993年在ニューヨーク日本総領事館副総領事、その後、駐メキシコ公使、駐マダガスカル大使、TICAD担当大使、駐モロッコ大使を歴任。 2018年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
稲川 照芳(いながわ てるよし、1943年‐)は、日本の外交… 稲川 照芳(いながわ てるよし、1943年‐)は、日本の外交官 。 駐ウルグアイ、駐ハンガリー特命全権大使を歴任した。 1943年 岐阜県生まれ。中津川市の親元を離れ、長野県の松本深志高等学校(第14回卒業生)に松本市の下宿から通学。高校2年時よりドイツ語学習を始め、大学入試もドイツ語で受験、東京大学在学中に民間の複数の会社が立ち上げたスカラーシップで当時の西ドイツのフライブルク大学に1年間留学。
沼田 貞昭(ぬまた さだあき、1943年 - )は、日本の外… 沼田 貞昭(ぬまた さだあき、1943年 - )は、日本の外交官。 兵庫県生まれ、出生から半年後に転居し東京都出身。東京都立西高等学校、東京大学法学部第3類卒、1966年4月外務省入省。 1972年から1976年までアメリカ局北米一課に勤務、田中角栄・三木武夫等歴代首相の英語通訳を務めた。1994年駐英特命全権公使、1998年外務報道官、2000年駐パキスタン大使を歴任、2003年から沖縄担当大使を務め在任中に発生した沖国大米軍ヘリ墜落事件への対応を担当した。 2004年駐カナダ大使兼国際民間航空機関政府代表部大使、2007年退官。2018年瑞宝重光章受章。
ムハンマド・ヌルル・イスラーム(ベンガル語: মুহম্মদ… ムハンマド・ヌルル・イスラーム(ベンガル語: মুহম্মদ নূরুল ইসলাম、英語: Muhammad Nurul Islam、1943年 - )はバングラデシュの外交官。チッタゴン生まれ。旭日章受賞者。2017年現在、在チッタゴン日本国名誉総領事館において名誉総領事の地位にある。日本国名誉総領事館はバングラデシュ全土で102ある(チッタゴンでは15)外国公館等のうちの一つである。 ヌルル・イスラームは1943年にイギリス領インド帝国のチッタゴンに生まれ、幼少時代もチッタゴンで過ごす。1963年にダッカ大学チッタゴン校を卒業。1968年に国際交流基金(Japan Foundation)の奨学金を利用して東京大学で日本語学の課程を修了した。
朝海 和夫(あさかい かずお、1943年(昭和18年) - … 朝海 和夫(あさかい かずお、1943年(昭和18年) - )は日本の外交官。EU大使等を務めた。名誉法学博士(アマースト大学・2005年)。 栄光学園高等学校を経て、1962年(昭和37年)一橋大学商学部入学。マーケティング専攻。体育会空手部に所属。大学入学時には、公務員になるつもりはなかったが、大学在学中の1964年(昭和39年)に外務公務員上級試験に合格し、1965年(昭和40年)に外務省入省。その後在外研修員としてアマースト大学卒業(政治学)。 外務省では大臣官房総務課首席事務官、北米二課長、安倍晋太郎外務大臣秘書官、カナダ公使等を経て、第3回気候変動枠組条約締約国会議等を担当したのち、2000年(平成12年)4月国際貿易経済・地球環境問題担当大使に就任。
浦部 和好(うらべ かずよし、1942年11月25日 - )… 浦部 和好(うらべ かずよし、1942年11月25日 - )は、日本の外交官。富山県警察本部長、外務省欧亜局長、外務省大臣官房長、内閣官房副長官補、在エジプト特命全権大使等を務めた。 東京都出身。東京都立立川高等学校を経て、1966年に一橋大学法学部を卒業し外務省入省。フランス語研修を受ける。条約局、在ベルギー大使館、在フランス大使館一等書記官、在大韓民国大使館参事官、富山県警察本部長、ストラスブール総領事などを歴任。 1995年外務省欧亜局長就任。1997年にロシアのイリューシン第一副首相が予定されていた訪日を突然中止し、スイスを訪問していた問題では、アレクサンドル・パノフ駐日ロシア大使を呼び出して説明を求めたが、パノフ大使は「本国の事情については知らない」と説明するのみであり、その後橋本宏外務報道官は「理解に苦しむ。
中村 芳夫(なかむら よしお、1942年11月18日 - )… 中村 芳夫(なかむら よしお、1942年11月18日 - )は、日本の財界人・外交官(元バチカン駐箚特命全権大使)。日本経済団体連合会の顧問・参与。菅義偉内閣・内閣官房参与。 2010年から2014年にかけて、経団連の副会長と事務総長を兼務していた。 1942年、東京府に生まれる。1961年4月、慶應義塾大学経済学部入学、1968年に慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了後、経団連(現 日本経団連)に入局する。1970年、米国のジョージタウン大学にフルブライト奨学生として派遣され、同大学院博士課程終了。国際経済部長、常務理事、専務理事、事務総長代行を経て、2006年、事務総長に就任する。2010年より副会長・事務総長。
内田 富夫(うちだ とみお、1942年(昭和17年)11月8… 内田 富夫(うちだ とみお、1942年(昭和17年)11月8日 - )は、日本の外交官、シリアおよびスウェーデン駐箚特命全権大使等を務めた。 1942年(昭和17年)11月8日、福岡県福岡市に生まれる。第二次世界大戦・太平洋戦争中は、佐賀県に疎開する。灘高等学校を経て、1965年(昭和40年)東京大学法学部を卒業し、外務省に入省する。フランス、ベトナム、中国、韓国の各大使館、在外公館に勤務。1989年(平成元年)6月、外務省大臣官房外務参事官兼中近東アフリカ局。1991年(平成2年)[要検証 – ノート]12月、外務省大臣官房審議官兼中近東アフリカ局。1992年(平成3年)[要検証 – ノート]2月、欧州共同体(EC)日本政府代表部公使。
折田 正樹(おりた まさき、1942年7月29日 - 202… 折田 正樹(おりた まさき、1942年7月29日 - 2022年12月14日)は、日本の外交官。駐英大使などを歴任した。退官後は中央大学法学部教授(担当は国際組織法)・ロースクール兼担教員(担当は国際交渉論)。日本国際フォーラム参与、政策委員。
野上 義二(のがみ よしじ、1942年6月19日 - )は、… 野上 義二(のがみ よしじ、1942年6月19日 - )は、日本の官僚、外交官。2009年より日本国際問題研究所理事長兼所長。他に、公益財団法人東芝国際交流財団理事、公益財団法人世界平和研究所評議員などを務める。
茂田 宏(しげた ひろし、1942年(昭和17年)6月13日… 茂田 宏(しげた ひろし、1942年(昭和17年)6月13日 - )は、日本の外交官。1999年から2002年までイスラエル駐箚特命全権大使。認定NPO法人岡崎研究所 理事長。 1942年(昭和17年)和歌山県古座町(現在の串本町)出身。古座中学校卒業。1965年(昭和40年)東京大学中退、外務省に入省する。ハーバード大学留学を経て、1967年度には、外務省在ソ連邦日本国大使館とソ連邦対外文化連絡国家委員会の合意に基づき、松井啓及び宮鍋幟らとモスクワ大学派遣研究員を務めた。 外務省欧亜局ソヴィエト連邦課長、1992年(平成4年)駐露公使、1996年(平成8年)外務省国際情報局長、総理府国際平和協力本部事務局長を経て、1999年(平成11年)8月、駐イスラエル大使。
川島 裕(かわしま ゆたか 1942年5月2日 - )は、日… 川島 裕(かわしま ゆたか 1942年5月2日 - )は、日本の官僚、元外交官。侍従長(第8代)。外務事務次官を務めた。
中村 義博(なかむら よしひろ, 1942年 - )は、日本… 中村 義博(なかむら よしひろ, 1942年 - )は、日本の外交官。 ザンビア駐箚特命全権大使、ウルグアイ駐箚特命全権大使を歴任した。 滋賀県大津市出身。1966年、外務省入省に伴い、京都大学法学部中退。外務省派遣で米国ダートマス大学 (経済学専攻)卒業。外務省官房査察室長、欧亜局大洋州課長、在ロサンゼルス総領事館首席領事、その他, オーストラリア大使館、ジュネーブ軍縮代表部、イラク大使館勤務の後、ユーゴスラビア公使・代理大使を経て、1997年から2000年までザンビア大使、2002年から2005年までウルグアイ大使等を歴任した。その間、原子力問題(2年)、資源・エネルギー問題(2年)、中東産油国問題(2年)、軍縮問題(2年)等担当。
登 誠一郎(のぼる せいいちろう、1942年 - )は、日本… 登 誠一郎(のぼる せいいちろう、1942年 - )は、日本の外交官。外務省中近東アフリカ局長、内閣官房内閣外政審議室長 、経済協力開発機構日本政府代表部特命全権大使を歴任。 兵庫県出身。東京大学法学部卒業後、1964年に外務省入省。1990年在アメリカ合衆国日本国大使館公使。1994年ロサンジェルス総領事。1996年外務省中近東アフリカ局長。1998年内閣審議官、内閣官房内閣外政審議室長兼内閣総理大臣官房外政審議室長兼インドシナ難民対策連絡調整会議事務局長。2000年軍縮会議日本政府代表部特命全権大使。2002年経済協力開発機構日本政府代表部特命全権大使。2005年に退官後、日本政府観光局理事や、日本コングレス・コンベンション・ビューロー副会長、安保政策研究会理事を歴任。
中本 孝(なかもと たかし、1942年 - 2003年)は、… 中本 孝(なかもと たかし、1942年 - 2003年)は、日本の外交官。内閣官房長官秘書官、内閣官房内閣審議官、式部副長などを経て、駐ギリシャ特命全権大使を務めた。 東京都出身。一橋大学法学部を卒業し、1965年に外務省入省。在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部一等書記官などを経て、1982年外務省アジア局南西アジア課長。 1984年藤波孝生内閣官房長官秘書官。1986年外務大臣官房書記官。同年在連合王国日本国大使館参事官。1988年在イスラエル日本国大使館参事官。 在イスラエル日本国大使館公使を経て、1991年外務省大臣官房外務参事官、内閣官房内閣外政審議室内閣審議官。1993年外務省大臣官房審議官。
大塚 清一郎(おおつか せいいちろう、1942年 - )は、… 大塚 清一郎(おおつか せいいちろう、1942年 - )は、日本の外交官、エッセイスト。外務省大臣官房文化交流部長を経て、駐スリランカ特命全権大使、駐スウェーデン特命全権大使を務めた。 東京都生まれ。高校3年次にAFSでミネソタ州の高校に1年間留学したのち、愛知県立旭丘高等学校に編入。1966年に一橋大学商学部を卒業し外務省に入省後、ミネソタ州のカールトン・カレッジに留学。 外務省アジア局外務参事官等を経て、1991年初代エディンバラ総領事に就任。スコットランドでバグパイプに惹かれ練習を開始。その後、在タイ日本国大使館公使や、外務省大臣官房文化交流部長を経て、1997年からニューヨーク総領事(大使)を務めた際に、同地でメキシカンバンド「トリオ・ロス・ディプロマティコス」を結成。
伊藤昌輝(いとう まさてる、1941年11月19日 - )は… 伊藤昌輝(いとう まさてる、1941年11月19日 - )は、日本の外交官、翻訳家。日本古典文学のスペイン語訳を手がけている。 外務省入省時は専門職(中級職)であったが、その後の活躍により上級職に昇格している。
加藤 良三(かとう りょうぞう、1941年9月13日 - )… 加藤 良三(かとう りょうぞう、1941年9月13日 - )は、日本の外交官、12代プロ野球コミッショナー、三菱商事特別顧問で2009年6月より社外取締役。埼玉県生まれ、秋田県由利郡由利町(のちの由利本荘市)出身。 成蹊高等学校を経て東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業。東大法学部在学中に外務公務員試験に合格し、1965年(昭和40年)に外務省入省。イェール大学で英語研修。 アメリカンスクール(英語研修組)のエースとして早くから嘱望されていた。1995年(平成7年)、北朝鮮外交に対応するため、加藤がアジア局長に、同期でアメリカンスクールの折田正樹が北米局長に任命された。総合外交政策局長、外務審議官(政務担当)などを歴任し、2001年(平成13年)10月に駐米大使に任命される。
法眼 健作(ほうげん けんさく、1941年8月2日 - )は… 法眼 健作(ほうげん けんさく、1941年8月2日 - )は、日本の外交官。国際連合事務次長、駐カナダ大使など歴任。現在は日加協会会長、株式会社アライヴン社外取締役。東京府(現・東京都)出身。
浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、… 浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、日本の弁護士、外交官。民間人初の駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使や、アフリカ協会顧問、土佐高校理事等を務めた。 東京都に生まれ、高知県で育つ。旧姓中谷。中谷貞頼元衆議院議員は父。中谷元元防衛大臣は甥。土佐高等学校を経て、1964年国際基督教大学卒業した翌年に結婚、3人の子供と授かり、家庭と両立しつつ、並行して弁護士の資格を取り、1972年第一東京弁護士会弁護士登録。2000年ブラッドフォード大学平和研究大学院修了、修士。司法研修所の同期からの要請で、2002年から民間人としては初となる駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使を務めた。
浅井 基文(あさい もとふみ、1941年7月3日 - )は、… 浅井 基文(あさい もとふみ、1941年7月3日 - )は、日本の元外交官、政治学者。 愛知県生まれ。愛知県立西尾高等学校卒業。1963年3月、東京大学法学部中退。同年4月、外務省に入省。同期には野村一成ら。 中国語研修(台湾及び米国ハーバード大学)、アジア局中国課、条約局条約課、在オーストラリア大使館、在ソ連大使館、調査部分析課を経て、条約局国際協定課長(1978年 - 1980年)、在中国大使館参事官(1980年 - 1983年)、アジア局中国課長(1983年 - 1985年)、イギリス国際戦略研究所研究員(1986年 - 1987年)などを歴任。 1988年に外務省から文部省に出向し、東京大学教養学部教授(国際関係論)に就任。
時野谷 敦(ときのや あつし、1941年(昭和16年)4月 … 時野谷 敦(ときのや あつし、1941年(昭和16年)4月 - )は日本の外交官。タイ駐箚特命全権大使を歴任した。 1962年(昭和37年)京都大学法学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1963年(昭和38年)外務省に入省した。同年8月に渡米し、米国フレッチャー・スクールで在外上級研修員として語学研修する。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
森本 敏(もりもと さとし、1941年〈昭和16年〉3月15… 森本 敏(もりもと さとし、1941年〈昭和16年〉3月15日 - )は、日本の国際政治学者、航空自衛官、外交官、政治家。防衛政策における論客家。 拓殖大学顧問、拓殖大学特任教授、21世紀臨調運営委員、防衛法学会顧問。拓殖大学第19代総長。野田内閣で民間人閣僚として初めて防衛大臣を務めた。 東京府東京市(現東京都)生まれ。大阪府立豊中高等学校を経て、防衛大学校本科(電気工学専攻、第9期生)卒業後、航空自衛隊に入隊。1977年(昭和52年)から外務省アメリカ局(現北米局)安全保障課に出向。 1979年(昭和54年)に航空自衛隊を退官し、正式に外務省入省。航空自衛官退官時の階級は3等空佐(米国などでいう「少佐」)。
佐藤 俊一(さとう しゅんいち、1941年2月10日 - )… 佐藤 俊一(さとう しゅんいち、1941年2月10日 - )は元・外交官、ナカノフドー建設監査役、パイオニア社外取締役。岡山県出身。趣味・特技はゴルフ、スキー、器楽。 1964年に東京大学教養学部を卒業と同時に外務省に入省。1983年に国際連合局政治課長、1984年に国際連合局政策課長、1985年に在フランス日本国大使館参事官、1987年4月にフランス大使館公使、1989年に官房外務参事官・兼・内閣官房外政審議室審議官、同年に官房審議官、1991年9月に在モントリオール総領事、1994年2月に文化交流部長、1995年8月に中南米局局長、1997年7月に在ポーランド日本大使、2000年5月から2003年11月まで在ベルギー日本大使を勤め、同年12月に退官。
阿南 惟茂(あなみ これしげ、1941年1月16日 - 20… 阿南 惟茂(あなみ これしげ、1941年1月16日 - 2024年11月13日)は、日本の外交官。駐中華人民共和国日本国大使(2001年 - 2006年)、新日本製鐵株式会社顧問(2006年6月 - 2016年5月)などを歴任。父は陸軍大臣、陸軍大将の阿南惟幾。外務省チャイナ・スクール(中国語研修組)の重鎮として知られる。 東京生まれ。東京都立西高等学校を経て、1964年、東京大学法学部を卒業。1967年、外務省に入省した。同期には次官になった竹内行夫、高野紀元(駐韓大使、外務審議官)上田秀明(駐オーストラリア大使)、阿部信泰(駐スイス大使・国連事務次長)、大島賢三(駐オーストラリア大使・国連事務次長)、天江喜七郎(駐ウクライナ大使・中東アフリカ局長)、山崎隆一郎(駐フィリピン大使)、黒川祐次(駐コートジボワール大使)らがいる。
田中 三郎(たなか さぶろう、1941年 - )は、日本の外… 田中 三郎(たなか さぶろう、1941年 - )は、日本の外交官。内閣情報調査室次長や、シドニー総領事、駐キューバ特命全権大使等を歴任した。 東京生まれ。福井県立武生高等学校、東京外国語大学外国語学部英米学科を経て、オックスフォード大学哲学・政治・経済学部(Philosophy, Politics and Economics)卒業。外務省欧亜局大洋州課首席事務官、外務省情報文化局報道課外国プレス室長、外務大臣官房総務課査察室長、外務大臣官房領事移住部領事第二課長、在ハンガリー日本国大使館参事官、在英国日本国大使館参事官、在ルーマニア日本国大使館参事官、在プレトリア日本国総領事館首席領事、在ハンガリー日本国大使館公使、在英国日本国大使館広報文化センター所長、在タンザニア日本国大使館公使などを経て、1989年岐阜県国際交流センター理事長、岐阜県理事。
伊藤 庄亮(いとう しょうすけ、1941年 - )は、日本の… 伊藤 庄亮(いとう しょうすけ、1941年 - )は、日本の外交官。内閣官房内閣審議官兼インドシナ難民対策連絡調整会議事務局長等を経て、2000年(平成12年)から2003年(平成15年)までパラグアイ駐箚特命全権大使を務めた。 1965年慶應義塾大学法学部卒業。同年外務公務員採用中級試験合格。1966年外務公務員採用上級試験合格。1974年には在クウェート日本大使館占拠事件で人質となる。1985年在タンザニア日本国大使館参事官。1987年外務大臣官房領事移住部旅券課長。1990年外務大臣官房外務参事官兼大臣官房領事移住部。同年在ミュンヘン日本国総領事総領事。1994年在フランクフルト日本国総領事館総領事。
松井 啓(まつい あきら、1941年 - )は、日本の外交官… 松井 啓(まつい あきら、1941年 - )は、日本の外交官。初代駐カザフスタン特命全権大使、駐ブルガリア特命全権大使、駐ナイジェリア特命全権大使等を歴任。ブルガリ共和国スターラ・プラニナ第一等受章。 新潟県長岡市生まれ。1959年新潟県立新潟高等学校卒業。1965年一橋大学法学部卒業、外務省入省。同年イギリス陸軍教育学校留学。1966年ロンドン大学留学。1967年度には在ソ連邦日本国大使館とソ連邦対外文化連絡国家委員会の合意に基づき、宮鍋幟や茂田宏らとモスクワ大学派遣研究員を務めた。 外務大臣官房領事移住部領事第一課長等を経て、1993年初代駐カザフスタン特命全権大使。1996年からは国立国会図書館調査立法考査局専門調査員(外交・防衛担当)を務め国会議員らの図書館利用状況の調査等にあたった。
竹中 繁雄(たけなか しげお、1941年(昭和16年) - … 竹中 繁雄(たけなか しげお、1941年(昭和16年) - )は、日本の外交官。法務省入国管理局長やトルコ駐箚特命全権大使を務めた。 東京出身。東京都立小山台高等学校を経て、1965年に一橋大学法学部を卒業し、外務省入省。外務省では主にアジア外交にたずわる。 在大韓民国日本国大使館参事官・広報官室長を務めていた1986年9月17日に、ソウル市鍾路区雲泥洞にあった日本文化センター(日本大使館広報官室)の竹中の室長室が、中曽根康弘(総理大臣)の訪韓反対を主張するナイフを持った高麗大学校と韓国外国語大学校の学生5人に襲撃された。学生らは、竹中の要請でかけつけた警察官に取り押さえられたが、日本大使館が直接の標的となったことから、関係者に大きな衝撃を与えた。
原口 幸市(はらぐち こういち 1940年11月24日 - … 原口 幸市(はらぐち こういち 1940年11月24日 - 2009年10月4日)は、日本の元外交官、官僚。
伊集院 明夫(いじゅういん あきお、1940年11月3日 -… 伊集院 明夫(いじゅういん あきお、1940年11月3日 -)は、日本の外交官。法務省入国管理局長を経て、オーストリア国兼スロヴェニア国ボスニア・ヘルツェゴヴィナ国マケドニア旧ユーゴスラビア共和国駐箚特命全権大使を務めた。 1964年東京大学教養学部教養学科卒業、外務省入省(条約局)。同年在連合王国日本国大使館外交官補。1970年在連合王国日本国大使館三等書記官。1971年在連合王国日本国大使館二等書記官。1979年在大韓民国日本国大使館一等書記官。1981年在大韓民国日本国大使館参事官。1982年外務省情報文化局海外広報課長。1984年外務省中近東アフリカ局中近東第一課長。1986年外務大臣官房領事移住部領事第一課長。
野口 雅昭(のぐち まさあき、1940年10月13日 - )… 野口 雅昭(のぐち まさあき、1940年10月13日 - )は、日本の元外交官。アラビスト。元京都文教大学人間学部長、現代社会学科教授。龍谷大学客員教授。京都聖母女学院短期大学非常勤講師。福島県会津若松市出身。父は旧帝国陸軍で参謀などを務めた野口省己。登山家の野口健は次男。野口絵子は孫(健の長女)。 外交官時代は、アラビア語の専門教育を受けたアラビストであった。1991年1月31日、イエメン大使在任時に、大使公邸に手榴弾が投げ込まれた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
田辺 敏明(たなべ としあき、1940年7月14日 - 20… 田辺 敏明(たなべ としあき、1940年7月14日 - 2002年1月20日)は、日本の外交官。シカゴ総領事や、地球環境問題担当特命全権大使、駐ノルウェー特命全権大使等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。神奈川県立鶴見高等学校を経て、1962年一橋大学法学部卒業。国際連合日本政府代表部一等書記官、外務省経済協力局技術協力第二課長心得を経て、1978年外務省経済協力局技術協力第二課長。1980年外務省アジア局南東アジア第二課長。1981年在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部参事官。1985年在イラン日本国大使館参事官。 1987年外務大臣官房外務参事官兼大臣官房領事移住部。1989年外務大臣官房審議官兼大臣官房領事移住部。
平林 博(ひらばやし ひろし、1940年(昭和15年)5月5… 平林 博(ひらばやし ひろし、1940年(昭和15年)5月5日 - )は、日本の外交官。インド駐箚特命全権大使、フランス駐箚特命全権大使などを歴任した。リヨン第2大学名誉博士。フランス通として知られる。
渡辺 伸(わたなべ しん 1940年2月20日 - 2002… 渡辺 伸(わたなべ しん 1940年2月20日 - 2002年3月25日)は、日本の外交官。元駐アラブ首長国連邦・アルジェリア大使。
須藤 隆也(すとう たかや、1940年(昭和15年)2月 -… 須藤 隆也(すとう たかや、1940年(昭和15年)2月 -)は、日本の外交官。外務省中近東アフリカ局長や、駐エジプト特命全権大使を歴任。 群馬県立藤岡高等学校を経て、1962年東京大学教養学部卒業、外務省入省。アラビア語研修をしたアラブ・スクール。コロンビア大学中東研究所、在レバノン外務・英連邦省所属アラビア語研修センター、カイロ大学に留学。 外務省中近東アフリカ局長や、駐エジプト特命全権大使を歴任。 丹波實、小倉和夫、西村元彦(駐葡大使)、池田維(アジア局長、駐蘭大使)、原島秀毅(駐マレー大使)、川島純(駐ニュージーランド大使)、中村武(駐ベトナム大使)など。
西村 六善(にしむら むつよし、1940年- )は、日本の外… 西村 六善(にしむら むつよし、1940年- )は、日本の外交官。外務省欧亜局長を経て、経済協力開発機構(OECD)政府代表部特命全権大使、地球環境問題担当特命全権大使兼気候変動担当政府代表、内閣官房参与等を歴任した。 北海道札幌市生まれ。麗澤高等学校を経て、上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中に外務公務員試験に合格。1962年大学を中退し、外務省入省。条約局協定課長、報道課長、大臣官房総務課長を経て、1994年シカゴ総領事。1997年外務省欧亜局長。1999年からOECD日本政府代表部特命全権大使を務め、気候変動問題などを担当。2002年特命全権大使(アフガニスタン支援調整担当)。2003年駐メキシコ特命全権大使。
廣瀬 徹也(ひろせ てつや、1939年〈昭和14年〉10月1… 廣瀬 徹也(ひろせ てつや、1939年〈昭和14年〉10月18日 - )は、日本の元外交官。駐アゼルバイジャン特命全権大使、駐ジョージア特命全権大使などを務めた。 1939年(昭和14年)大阪市生まれ。1958年大阪府立清水谷高等学校卒業。1961年大阪外国語大学(現・大阪大学)短期大学部英語科卒業。1963年(昭和38年)京都府立大学文家政学部文学科(英米文学専攻)卒業し外務省入り。語学研修生(専門職)として派遣を機にトルコに通算11年間、イスラエルや米国、カナダでは在トロント総領事館の首席領事として在外勤務。1990年北米局北米第一課地域調査官。1993年欧亜局ロシア課新独立国家(NIS)室の室長。
佐藤 行雄(さとう ゆきお、1939年10月6日 - )は、… 佐藤 行雄(さとう ゆきお、1939年10月6日 - )は、日本の外交官。財団法人日本国際問題研究所副会長。公益財団法人日本国際フォーラム政策委員。
菊地 康典(きくち やすのり、1939年8月10日 -)は、… 菊地 康典(きくち やすのり、1939年8月10日 -)は、日本の外交官。内閣官房内閣審議官、メルボルン総領事等を経て、1993年から駐フィジー特命全権大使を務めた。 武蔵高等学校を経て、1963年一橋大学法学部卒業、外務省入省、在アメリカ合衆国日本国大使館外交官補。インディアナ大学でソ連を専攻し、1966年在ソビエト連邦日本国大使館三等書記官。1973年在オーストラリア日本国大使館二等書記官。1974年同一等書記官。1976年在ケニア日本国大使館一等書記官。 1978年外務省国際連合局軍縮課長。1981年国防会議事務局参事官。1982年在ユーゴスラヴィア日本国大使館参事官。1983年在ブラジル日本国大使館参事官。
津守 滋(つもり しげる、1939年6月5日 - 2021年… 津守 滋(つもり しげる、1939年6月5日 - 2021年9月29日)は、日本の外交官。クウェート駐箚特命全権大使、ミャンマー駐箚特命全権大使を歴任した。 1939年(昭和14年)大阪府泉大津市出身。弁護士を志し、大阪大学法学部中退後、1962年京都大学法学部を卒業し、法務省入国管理局に入る。1964年旧司法試験及び外交官試験に合格し、1965年外務省に入省。入省後は当時の西ドイツにあるチュービンゲン大学に留学。 外務省経済局国際機関第二課長(1981年4月)、後藤田正晴内閣官房長官秘書官(1982年11月)、アジア局地域政策課長(1984年1月)、駐ソ連大使館参事官(1984年7月)、OECD(経済協力開発機構)代表部参事官(1986年11月)、駐ミュンヘン総領事(1988年10月)、駐独公使(1990年3月)、欧亜局審議官(1992年1月)、駐ベルリン総領事(1994年8月)を経て、クウェート駐箚特命全権大使(1998年2月~2000年4月)、ミャンマー駐箚特命全権大使(2000年4月~2002年7月)を務めた。
池田 維(いけだ ただし、1939年3月18日 - )は、日… 池田 維(いけだ ただし、1939年3月18日 - )は、日本の外交官。 外務省アジア局長、官房長、オランダ特命全権大使、ブラジル特命全権大使、交流協会台北事務所代表(駐台湾大使相当)を歴任。財団法人霞山会理事長、立命館大学客員教授。2014年、瑞宝重光章受章。妻は比較文学者の池田美紀子。 兵庫県出身。1961年(昭和36年)10月東京大学法学部在学中に外務公務員上級試験に合格する。1962年(昭和37年)東大法学部を卒業して、外務省に入省した。中国語研修(台湾、米国)を経て、香港、北京に在勤。
賀来 弓月(かく ゆづき、1939年2月3日 - )は、日本… 賀来 弓月(かく ゆづき、1939年2月3日 - )は、日本の外交官・評論家。ウィニペグ総領事、チェンナイ総領事、ムンバイ総領事を歴任した。 愛知県生まれ。1960年名古屋大学法学部在学中に外交官上級試験に合格。1961年外務省入省、オックスフォード大学修士課程に留学(国際関係論、国際法、EC法専攻)。 在英国日本国大使館、在ジュネーブ政府代表部、在ブラジル日本国大使館、在ニューヨーク日本国総領事館勤務を経て、外務省経済局国際経済第一課長、在デンマーク日本国大使館参事官、防衛庁防衛研究所、在イタリア日本国大使館公使、国際農業開発基金(IFAD)日本政府代表理事、在ブラジル日本国大使館公使、在ウィニペグ総領事、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、1992-1994年東西センター(米議会設置シンクタンク)客員上席研究員兼所長特別顧問、在マドラス総領事、ボンベイ総領事。
小川 元(おがわ はじめ、1939年(昭和14年)1月1日 … 小川 元(おがわ はじめ、1939年(昭和14年)1月1日 - 2024年〈令和6年〉10月15日)は、日本の政治家、外交官。元衆議院議員(3期)。位階は従四位。 元駐チリ特命全権大使。長野県諏訪郡富士見町出身。司法大臣、鉄道大臣などを歴任した小川平吉の孫。 1939年(昭和14年)1月1日、小川一平・俊子夫妻の長男として生まれる。父・一平は弁護士・政治家小川平吉の長男、母・俊子は実業家・杉本甫の姉。 1961年(昭和36年)、学習院大学政経学部卒業。同年、三菱商事入社。 1970年(昭和45年)、ブラジル三菱商事株式会社取締役としてリオデジャネイロに5年間駐在し、帰国後は非鉄金属本部長代理などを歴任。
青木 盛久(あおき もりひさ、1938年11月23日 - 2… 青木 盛久(あおき もりひさ、1938年11月23日 - 2024年11月9日)は、日本の元外交官で、公益財団法人青木周蔵記念育英会理事長。 栃木県那須塩原市青木出身。父は在ジュネーヴ国際機関日本政府代表特命全権大使や、駐南ベトナム特命全権大使などを務めた外交官の青木盛夫。母方の祖父は国際連盟事務局次長や駐フランス大使、IOC委員を務めた杉村陽太郎。なお、曽祖父は明治時代に外務大臣を務めた青木周蔵(周蔵が養子に入った青木家の別の養子である青木梅三郎の子孫のため血縁関係はない)。 その後神奈川県に移り、栄光学園中学校・高等学校を経て、1963年に東京大学法学部を卒業。同校在籍中の1962年外務公務員上級試験に合格し、卒業後の1963年に外務省に入省した。
小倉 和夫(おぐら かずお、1938年11月15日 - )は… 小倉 和夫(おぐら かずお、1938年11月15日 - )は、日本の外交官。韓国大使、フランス大使、国際交流基金理事長などを務めた後、青山学院大学教授、立命館大学教授、日本財団パラリンピックサポートセンター理事長。東京都出身。 父は農林官僚・経済学者の小倉武一。弟は社会学者の小倉充夫。 外務省同期入省には、高瀬尚一(駐バチカン大使)、西村元彦(駐ポルトガル大使)、丹波實(駐ロシア大使)、原島秀毅(駐マレーシア大使)、木島輝夫(駐アルゼンチン大使)、木村崇之(EU大使)、川島純(駐ニュージーランド大使)、池田右二(ウィーン国際機関大使)、宮本信生(駐チェコ大使)、荒船清彦(駐西大使、中南米局長)、大和田悳朗(駐ユーゴ大使)、荒義尚(駐比大使)、久保田穣(駐パキスタン大使)、国安正昭(駐ポルトガル大使)など。
丹波 實(たんば みのる、1938年5月6日 - 2016年… 丹波 實(たんば みのる、1938年5月6日 - 2016年10月7日)は、日本の元外交官。 旧樺太(南樺太)生まれ。8歳で家族と共に引き揚げ、札幌市へ移住する。その後、北海道札幌東高等学校を経て、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。 1962年外務省入省。ハーバード大学でロシア語研修を受けた後、1965年、在ロシア日本国大使館に着任。以降、ロシア課長、安保課長、条約局長、駐サウジアラビア大使、外務審議官(政務担当)、駐ロシア大使を歴任した。 アメリカ、ロシア、中国三国の大使館に勤務し、1972年、北京での日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明調印式に佐藤正二駐中国大使(元外務事務次官)らと共に、田中角栄と周恩来との調印に同席した。
池田 右二(いけだ ゆうじ、1938年2月19日 - )は、… 池田 右二(いけだ ゆうじ、1938年2月19日 - )は、日本の外交官。駐ヨルダン特命全権大使、北海道担当特命全権大使、在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使、外務省参与等を歴任した。 長野県出身。長野県松本深志高等学校を経て、1962年東京大学法学部卒業、外務省入省。在カナダ日本国大使館外交官補、在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部一等書記官等を経て、1978年外務大臣官房領事移住部領事第一課長。1980年外務省経済局国際機関第一課長。1982年在ホノルル日本国総領事館領事。 1983年在アメリカ合衆国日本国大使館参事官。1985年在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部参事官。1989年在ジュネーヴ日本国総領事館総領事、在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部特命全権公使。
國安 正昭(くにやす まさあき、1938年1月27日 - )… 國安 正昭(くにやす まさあき、1938年1月27日 - )は、日本の外交官、著作家。 山口県生まれ。山口県立安下庄高等学校卒業。1961年9月、東京大学在学中外務公務員採用I種試験に合格、1962年卒業。同年4月、外務省に入省。国際連合代表部、中南米第一課長、中南米第二課長、国際連合局科学課長、経済協力局経済協力第一課長、経済局調査官、在ソビエト連邦大使館参事官、在フィリピン大使館公使兼マニラ総領事、大臣官房外務参事官、同審議官、東京都外務長等を歴任した。 1992年-1994年、駐スリランカ特命全権大使。1995年-1998年、駐ポルトガル特命全権大使。1998年-2001年、駐ヴェネズエラ特命全権大使。