大森 陽一(おおもり よういち、1944年1月4日 - )は… 大森 陽一(おおもり よういち、1944年1月4日 - )は、日本の特許庁技官。特許技監や、知的財産研究所専務理事、知的財産研究教育財団理事長を務めた。 長野県上伊那郡藤沢村(現伊那市)生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校を経て、埼玉大学理工学部卒業。特許庁に入庁し、特許技監や、一般社団法人知的財産研究所専務理事、一般財団法人知的財産研究教育財団理事長(代表理事)等を歴任した。2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。
興 直孝(おき なおたか、1944年 - )は、日本の科学技… 興 直孝(おき なおたか、1944年 - )は、日本の科学技術技官。内閣府政策統括官や、広島大学理事・副学長、静岡大学学長、日本海洋科学振興財団理事長等を歴任した。 島根県松江市で高等学校教員の家に生まれる。島根県立松江高等学校を経て、1967年静岡大学工学部工業化学科卒業。1969年東北大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了、科学技術庁入庁、原子力局調査課配属。1981年外務省在オーストリア日本国大使館一等書記官。1992年科学技術庁長官官房会計課長。1994年科学技術庁長官官房審議官(原子力局担当)。1998年科学技術庁長官官房長。1999年科学技術庁原子力局長。2000年科学技術庁科学技術振興局長。
大木 宏之(おおき ひろゆき、1944年または1945年 -… 大木 宏之(おおき ひろゆき、1944年または1945年 - )は、日本の地方公務員。神奈川県警察総務部長、神奈川県副知事、神奈川県下水道公社理事長等を歴任した。 1967年中央大学法学部卒業。神奈川県警本部警務部監察官室長として、神奈川県警覚醒剤使用警官隠蔽事件の調査にあたるなどしたのち、神奈川県警察本部総務部長を経て、2003年から神奈川県副知事。 副知事退任後、神奈川県下水道公社理事長、一般社団法人神奈川県安全運転管理者会連合会会長、公益財団法人神奈川県交通安全協会副会長等を歴任した。2015年秋の叙勲で瑞宝中綬章受章。
室井 勝(むろい まさる、1944年または1945年 - )… 室井 勝(むろい まさる、1944年または1945年 - )は、日本の地方公務員。福島県総務部長、同出納長、同信用保証協会会長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1970年 (昭和45年) 3月 中央大学法学部卒業。福島県庁入庁、2001年 (平成13年) 4月 南澤大二郎の後任として生活環境部長、総務部長、2004年4月 同職を鈴木泰雄と交代し福島県出納長就任。2005年2月 地方職員共済組合監事を兼務、2008年3月 出納長を辞職。 県庁退職後、福島県信用保証協会会長、福島県立医科大学顧問、福島県退職公務員連盟会長。
澤井 安勇(さわい やすお、1944年 <昭和19年> - … 澤井 安勇(さわい やすお、1944年 <昭和19年> - )は、日本の自治官僚、地方公務員。鹿児島県総務部長、岡山県副知事、消防庁次長を歴任。瑞宝中綬章受章。 東京大学工学部卒業、工学博士号取得。1985年4月 郡山芳春の後任として鹿児島県総務部長、1989年 (平成元年) 4月 自治省に帰任し大臣官房付、同年7月 財務局調整室長、1990年4月 船橋市助役、1992年4月 自治省に帰任、同年7月 大臣官房企画室長、1994年4月 岡山県副知事、1997年4月 篠田伸夫の後任として消防庁次長。1998年3月 退官。 同年7月 財団法人地域創造常務理事。公益財団法人日本防炎協会理事長。
田村 恒一(たむら つねかず、1944年 - )は、日本の地… 田村 恒一(たむら つねかず、1944年 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)。大阪府土木部長、堺市副市長を歴任。瑞宝中綬章受章者。 東京大学工学部都市工学科卒。1967年 (昭和42年)4月大阪府庁採用、1992年 (平成4年) 4月 鳳土木事務所長、1995年4月 土木部都市整備局総合計画課長、1998年4月 副理事、1999年5月 土木部技監、2001年4月 土木部長、2003年3月 大阪府退職、阪神高速道路公団理事、同2005年 10月常務取締役、2007年7月 大阪府土地開発公社理事長、2008年6月 関西高速鉄道常勤監査役。 2009年12月から堺市副市長に就任。泉北ニュータウン再生府市等連携協議会会長を務めた。
因田 義男(いんでん よしお、1944年 - )は、日本の地… 因田 義男(いんでん よしお、1944年 - )は、日本の地方公務員。名古屋市副市長や、名古屋観光コンベンションビューロー理事長を経て、学校法人名古屋学院大学理事長。 三重県生まれ。1968年法政大学法学部法律学科卒業、名古屋市役所入庁。2000年市長室長。2001年総務局長。2002年助役。2007年副市長。名古屋市立大学の公立大学法人名古屋市立大学への移行などにあたった。2009年財団法人名古屋観光コンベンションビューロー理事長。2012年学校法人名古屋学院大学監事。2014年瑞宝中綬章受章。2018年学校法人名古屋学院大学理事長。日本ガイシ留学生基金理事なども務めた。
井上 興治(いのうえ こうじ、1943年11月1日 - )は… 井上 興治(いのうえ こうじ、1943年11月1日 - )は、日本の運輸技官。北九州市港湾局長、港湾技術研究所長等を経て、第2代運輸省技術総括審議官を務めた。退官後、みらい建設工業代表取締役社長。 1965年国家公務員採用上級(甲種)試験(土木)合格。1966年北海道大学工学部卒業、運輸省入省、第五港湾建設局。1972年科学技術庁計画局計画課専門職。 1974年北海道開発局港湾部港湾建設課開発専門官。1975年北海道開発局港湾部港湾計画課開発専門官。1975年運輸省港湾局計画課専門官。1977年秋田県開発局主席参事。1979年秋田県開発局環境整備課長。1981年北海道開発庁港政課開発専門官。1983年運輸省港湾局環境整備課廃棄物対策室長。
浦野 修(うらの おさむ、1943年(昭和18年)10月27… 浦野 修(うらの おさむ、1943年(昭和18年)10月27日 - 2025年(令和7年)1月29日)は、日本の郵便局長、公務員、政治活動家。2008年から2009年まで全国郵便局長会会長を務めた(後任はのちに参議院議員となる柘植芳文)。日本会議東京都西多摩支部長、日本防災士会会長。 東京都出身。昭島中神郵便局の前局長。日本防災士機構が認証する防災士の第1号。 この項目は、日本郵政グループに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキプロジェクト 日本郵政グループ)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
青山 佾(あおやま やすし、1943年10月5日 - )は、… 青山 佾(あおやま やすし、1943年10月5日 - )は、日本の地方公務員、政治学者。東京都出身。東京都人事委員会委員長。元東京都副知事、元東京都住宅供給公社理事長。博士(政治学)、明治大学名誉教授。ペンネームは郷 仙太郎(ごう せんたろう)。
都筑 信(つづき しん、1943年〈昭和18年〉5月 - )… 都筑 信(つづき しん、1943年〈昭和18年〉5月 - )は日本の地方公務員。埼玉県公営企業管理者、埼玉県副知事、同信用保証協会会長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1966年 明治大学法学部卒業。同年4月 埼玉県庁に入庁し、1991年 (平成3年) 4月 廃棄物対策課長、1992年4月 広報広聴課長、1993年4月 報道長、1996年4月 テレビ埼玉に出向し常務取締役、1998年4月 県庁に帰任し県民生活部長、1999年4月 環境防災局長、2001年4月 柿沼トミ子と同職を交代し総務部長、公営企業管理者、2003年10月 同職を田村健次と交代し埼玉県副知事就任。2007年10月 橋本光男を後任として副知事退職。
吉田 誠宏(よしだ まさひろ、1943年 - )は、日本の環… 吉田 誠宏(よしだ まさひろ、1943年 - )は、日本の環境化学者・地方公務員。元大阪府公害監視センター所長。元大阪府環境協会副理事長。全国環境研協議会2001副会長。環境省登録環境カウンセラー。 1943年奈良県生まれ。大阪工業大学工学部応用化学科卒業。1966年大阪府に入庁。公害室公害指導課水質係にて、淀川・大和川流域の公害水質調査に従事。その後、公害大気関係を担当し、ばい煙や有害物質の測定・苦情処理・規制指導および騒音・振動など典型七公害に対応。以後約30年間、関空I期工事、II期工事、USJなど10以上の環境アセスメントや大阪府環境総合計画・自動車NOx計画の策定に従事。2000年大阪府公害監視センター所長となり、民間測定業者の育成や監視体制の効率化に努める。
小佐田 昌計(こさだ まさかず、1943年または1944年 … 小佐田 昌計(こさだ まさかず、1943年または1944年 - )は、日本の地方公務員。元和歌山県副知事。瑞宝中綬章受章。 1968年 (昭和43年) 大阪市立大学法学部卒業。和歌山県庁入職。2000年 (平成12年) 10月 大平勝之の後任として知事公室長。和歌山県副知事に就任。2004年11月 関西国際空港エアポートプロモーションを展開し山東省人民政府や北京市、上海市などで同空港への増便を働きかけた。2006年3月 和歌浦シーサイド株式会社を解散。同年12月 木村良樹知事が和歌山県談合事件に伴い逮捕され、辞職した際には県知事職務代理者を務めた。 県庁退職後、2011年9月に告示されたかつらぎ町長選挙に立候補。
脇田 稔 (わきた みのる、1943年 - ) は、日本の地… 脇田 稔 (わきた みのる、1943年 - ) は、日本の地方公務員。鹿児島県教育長、同副知事を歴任し、鹿児島県立図書館館長も務めた。瑞宝中綬章受章。 鹿児島県立甲南高等学校、鹿児島大学文理学部卒業。1966年 (昭和41年) 鹿児島県庁に入庁し、東京事務所長、1996年 (平成8年) 10月 松本浩二の後任として農政部長、2000年4月 徳田穰の後任として鹿児島県教育委員会教育長、2002年6月 高田守國の辞意から空席だった副知事に就任、2006年3月 仮屋基美を後任に副知事辞職、同年4月 国立大学法人鹿児島大学監事、2008年3月 同職を任期満了退任。その後、鹿児島県立図書館館長を務めた。
西 憲一郎 (にし けんいちろう、1943年または1944年… 西 憲一郎 (にし けんいちろう、1943年または1944年 - ) は、日本の地方公務員。福岡市保健福祉局長、同交通事業管理者、同教育長、同助役を歴任。瑞宝小綬章受章。 1966年 (昭和41年) 九州大学法学部卒業。福岡市役所入庁、1995年 (平成7年) 4月 民生局長、1997年4月 保健福祉局長、同年7月 川口一隆を後任として同職を退任し交通事業管理者。 1999年3月 井上剛紀を後任として同職を退任し町田英俊の後任として同市教育委員会教育長。同市埋蔵文化財センターの充実などを行った。 また同市助役として国際フォーラムを開催し、同市を「アジアのゲートウェイ」としてアジア大陸との交流に積極的に取り組んだ。
川上 忠義(かわかみ ただよし、1943年または1944年 … 川上 忠義(かわかみ ただよし、1943年または1944年 - 2017年 <平成29年> 11月29日)は、日本の地方公務員。新潟県総務部長、同出納長、同副知事を歴任。瑞宝中綬章受章。位階は従五位。 1966年 中央大学法学部卒業。新潟県庁入庁、1999年 (平成11年) 4月 磯部春昭の後任として総務部長、2001年4月 同職を関根洋祐と交代し平野清明の後任として出納長、2003年4月 同職を関根と交代し磯部の後任として副知事、株式会社新潟国際貿易ターミナル代表取締役社長を兼務、2006年3月 関根と総務省官僚の小熊博を後任に高橋正樹とともに副知事退任。 2017年11月29日 死去。
宇治郷 毅(うじごう つよし、1943年 - )は日本の図書… 宇治郷 毅(うじごう つよし、1943年 - )は日本の図書館員、国会職員、研究者。 第17代国立国会図書館副館長。元同志社大学社会学部教授。 岡山県倉敷市生まれ。1966年同志社大学法学部卒業、1968年同大学大学院法学研究科修士課程修了。同年国立国会図書館に入館し、2001年2月28日同館副館長(2003年2月28日まで)。 2006年同志社大学社会学部教授に就任、司書課程やアジア教育文化学の科目を担当し、2013年3月定年退職。 2024年3月時点では、国立国会図書館OB会の会長を務める。
竹内 重徳(たけうち しげのり、別表記:竹内 重德、1943… 竹内 重徳(たけうち しげのり、別表記:竹内 重德、1943年〈昭和18年〉 - 2014年〈平成26年〉5月15日)は、日本の会社経営者、地方公務員。岩手県土木部長、同県土整備部長、同副知事を歴任。瑞宝中綬章受章。位階は従五位。 一関市花泉町出身。日本大学理工学部卒業。1966年 岩手県庁入庁、2000年 (平成12年) 8月 中山隆の後任として土木部長、2001年4月 県土整備部長、2004年2月 岩手県副知事。技術職出身としては初の副知事だった。岩手県オイルターミナル株式会社代表取締役社長を兼務。2008年の退任まで増田寛也、達増拓也両知事を支えた。 退任後は岩手銀行常勤監査役、岩手県測量設計業協会長を務める。
伊藤 雅治(いとう まさはる、1942年9月20日 - 20… 伊藤 雅治(いとう まさはる、1942年9月20日 - 2019年9月1日)は、日本の厚生労働技官・医師。厚生労働省医政局長・全国社会保険協会連合会理事長等を務めた。 新潟県西頚城郡木浦村(現糸魚川市)生まれ。伊藤茂昭元日本弁護士連合会副会長は弟。新潟県立高田高等学校を経て、1968年新潟大学医学部卒業、新潟県入庁、新津保健所兼衛生部公衆衛生課配属。1971年に厚生省へ入省し、公衆衛生局結核予防課に配属され、沖縄返還に備え結核対策にあたった。1975年外務省在サンパウロ日本国総領事館領事。1978年国際協力事業団医療協力部医療第二課長。1982年青森県環境保健部長兼青森県立青森高等看護学院長。 1985年厚生省保健医療局健康増進栄養課長。
千本 倖生(せんもと さちお、1942年9月9日 - )は、… 千本 倖生(せんもと さちお、1942年9月9日 - )は、日本の連続起業家、実業家、教育者。 日本電信電話公社(現在のNTT)を経て、第二電電(DDI、現KDDI)を共同創業した。その後慶應義塾大学教授に転じた。イー・アクセス株式会社、続いてイー・モバイル(現Y!モバイル)を創業し、両社の代表取締役社長、会長を務めた後、同社取締役名誉会長を務めた。2014年3月に同社取締役名誉会長職を退任。同年4月に株式会社レノバ社外取締役に就任し、2015年8月より代表取締役会長に就任。2017年9月に公益財団法人千本財団を設立、代表理事を務める。 日本における通信事業開拓者として知られる人物である。京都大学卒業後、日本電信電話公社に入社。
安樂 進(あんらく すすむ、1942年9月8日 - )は、日… 安樂 進(あんらく すすむ、1942年9月8日 - )は、日本の地方公務員。東京都知事本部長や、東京都財務局長を経て、ゆりかもめ代表取締役社長を務めた。 東京大学文学部卒業。1967年東京都入庁、主税局新宿税務事務所徴収課。1991年東京都総務局参事(人事部人事課長事務取扱)。1992年東京都立松沢病院事務局長。1994年東京都港湾局開発部長。1996年東京都労働経済局総務部長。1998年東京都清掃局理事(移管準備担当)。1999年東京都清掃局長。2001年東京都知事本部長。同年東京都財務局長。2002年ゆりかもめ代表取締役社長。2013年瑞宝小綬章受章。
増田 昌三(ますだ しょうぞう、1942年(昭和17年)8月… 増田 昌三(ますだ しょうぞう、1942年(昭和17年)8月12日 - )は、日本の政治家、地方公務員。1995年から2007年までの3期12年にわたり高松市長を務めた。 香川県高松市出身。1965年早稲田大学法学部卒。在学中は港区三田にある香川県の県人寮・香川育英会東京学生寮から通学した。同年高松市役所に入る。市図書館長、市教育委員会文化部長などを歴任。1992年に市助役に就任。 1995年の市長選挙では高松市長脇信男の後継者として全国では異例の自民・共産2党の推薦で立候補して、新進・社会・さきがけの3党が推薦する元県議の候補らを破って初当選した。1999年(無投票)と2003年の選挙でも再選した。
浪越 勝海(なみこし かつうみ、1942年7月9日 - 20… 浪越 勝海(なみこし かつうみ、1942年7月9日 - 2009年4月25日)は、日本の地方公務員。東京都港湾局長、東京都産業労働局長、東京ビッグサイト代表取締役社長等を歴任した。 香川県立観音寺第一高等学校を経て、早稲田大学商学部卒業。1968年東京都入庁(大田区)。1974年東京都総務局人事部職員課主査。1981年板橋高等職業訓練校庶務課長。1983年東京都総務局副主幹(労務・任用監理担当)。1986年東京都財務局主計部予算第二課長。1988年東京都財務局主計部予算第―課長(統括課長)。1990年東京都総務局総務部総務課長。1991年東京都総務局参事(総務局総務部総務課長事務取扱)。1991年東京都生活文化局二ューヨーク事務所長。
小山 金七(こやま きんしち、1942年7月5日 - 200… 小山 金七(こやま きんしち、1942年7月5日 - 2000年3月31日)は、日本の警察官。「落とし」の名刑事といわれる。 宮城県石巻市生まれ。宮城県立飯野川高等学校定時制(現宮城県石巻北高等学校飯野川校)卒業。 1962年警視庁巡査。1963年上野警察署警ら係、1967年同署刑事課捜査係。1973年警視庁巡査部長、尾久警察署刑事課捜査係。1976年刑事部捜査第一課。 以後、丸の内警察署刑事課捜査係長、刑事部捜査第一課主任、小松川警察署刑事課長代理、刑事部捜査第一課係長、八王子警察署刑事課長、刑事部捜査第一課管理官を歴任。 巡査部長、警部補、警部、警視の各階級で通算17年間にわたり刑事部捜査第一課に所属し、ロス疑惑、坂本弁護士一家殺人事件、トリカブト殺人事件、地下鉄サリン事件、警察庁長官狙撃事件、南長崎6丁目警察官殺害事件などを担当した。
広瀬 勝貞(ひろせ かつさだ、1942年6月25日 - )は… 広瀬 勝貞(ひろせ かつさだ、1942年6月25日 - )は、日本の通産・経産官僚、政治家。大分県知事(民選第15・16・17・18代)。
新山 惇(にいやま まこと、1942年5月24日 - )は、… 新山 惇(にいやま まこと、1942年5月24日 - )は、日本の総理府技官。博士(工学)、土木学会認定特別上級土木技術者(総合)。元北海道開発事務次官。 北海道出身。北海道札幌西高等学校を経て、1961年北海道大学理類合格。1964年国家公務員採用上級甲種試験(土木)合格。1967年北海道大学大学院修了後、北海道開発庁に入庁した。北海道開発局建設部道路計画課長を経て、1992年北海道開発庁地政課長に就任した。 1994年に北海道開発局札幌開発建設部長に就任し、1995年からは北海道開発局建設部長を務め、豊浜トンネル崩落事故では合同対策本部長として対応にあたった。1997年に北海道開発局長に就任し、1998年には鈴木宗男北海道開発庁長官の下、北海道開発事務次官に昇格した。
長谷川 信義(はせがわ のぶよし、1942年4月29日 - … 長谷川 信義(はせがわ のぶよし、1942年4月29日 - )は、日本の地方公務員。愛知県企業庁長、愛知県副知事、愛知環状鉄道代表取締役社長等を歴任した。瑞宝中綬章受章。 1965年明治大学政治経済学部卒業、愛知県入庁。1988年に2005年日本国際博覧会構想が始まると、担当課長などとして誘致活動にあたり、1998年からは国際博推進局長を務めた。1999年労働部長。2000年環境部長。2001年愛知県企業庁長(公営企業管理者)。2002年から愛知県副知事を務め、2005年日本国際博覧会推進幹部連絡会議に参加するなどした。2006年 愛知県信用保証協会理事長。2008年学校法人名城大学理事。2010年愛知環状鉄道株式会社代表取締役社長。
孝石 欣一(こうせき きんいち、1942年3月14日 - )… 孝石 欣一(こうせき きんいち、1942年3月14日 - )は、日本の地方公務員。大阪府土木部長、大阪府副知事、大阪府土地開発公社理事長、大阪府都市開発株式会社代表取締役社長、日本パレットプール株式会社取締役等を務めた。 1964年大阪大学工学部土木工学科卒業、大阪府入庁。土木工学の技術畑を歩み、関西空港2期工事などを推進。1997年大阪府土木部長。1998年大阪大学構築会会長。1999年阪神高速道路公団理事。同年から同じ土木系技術職の金盛弥の後任として、梶本徳彦、木村良樹とともに大阪府副知事を務めた。2003年大阪府土地開発公社理事長。2004年 大阪府都市開発株式会社代表取締役社長。2005年社日本パレットプール株式会社取締役。
横山 洋吉(よこやま ようきち、1942年2月9日 - 20… 横山 洋吉(よこやま ようきち、1942年2月9日 - 2023年2月6日)は、日本の地方公務員。東京都教育委員会教育長、東京都副知事、全国信用保証協会連合会会長、日本宝くじ協会理事長等を務めた。 2001年、以前から識者に問題視されていた東京都立高等学校の大学入試への準備体制の強化をはかるため、進学指導重点校を設定した。 また日の丸・君が代をめぐる問題で、日本教職員組合とは対立する姿勢を取った。2003年10月23日には「10.23通達」において、入学式・卒業式などの学校行事に際して、現場の教職員が率先して『君が代』斉唱を行うことを要求し、違反した者には「服務上の責任がとられる」として戒告などの処分が下されることを示唆。
寺尾 正大(てらお まさひろ、1942年2月 - )は、日本… 寺尾 正大(てらお まさひろ、1942年2月 - )は、日本の警察官(ノンキャリア)。警視庁刑事部捜査第一課長、警視庁生活安全部長を歴任。新潟県新潟市出身。
小方 武雄(おがた たけお、1942年 <昭和17年> - … 小方 武雄(おがた たけお、1942年 <昭和17年> - )は、日本の地方公務員、土木技術者。神奈川県県土整備部長、神奈川県都市整備技術センター理事長を歴任。勲位は瑞宝小綬章。 1942年 神奈川県相模原市生まれ。1961年 神奈川県立湘南高等学校卒業。1966年 東京大学工学部土木工学科卒業。同年 神奈川県庁に入庁し、土木部道路建設課、1988年 横浜国立大学非常勤講師、1989年 (平成元年) 厚木土木事務所道路都市課長、1991年 同部道路管理課長、1993年 小田原土木事務所長、1996年 同部道路整備課長。1998年 同部技監、2001年 県土整備部長。2003年 財団法人神奈川県都市整備技術センター理事長。
石川 公一(いしかわ こういち、1942年 - )は、日本の… 石川 公一(いしかわ こういち、1942年 - )は、日本の地方公務員。別府市助役や、大分県教育委員会教育長、大分県副知事、立命館アジア太平洋大学教授、国立大学法人大分大学理事等を歴任した。 大分県生まれ。大分県立大分舞鶴高等学校を経て、1965年大分大学経済学部経済学科卒業、大分大学経済学専攻科入学。1968年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。指導教官蓼沼謙一。父親が倒れたため大学教員になることを断念し、同年大分県入庁。大分県総務部総務課参事、大分県保健環境部環境保全課長、大分県総務部地方課長等を経て、1997年大分県企画部過疎・地域振興対策局長。1998年別府市助役。 2000年大分県監査事務局長。
高杉 豊(たかすぎ ゆたか、別表記:髙杉 豊、1942年また… 高杉 豊(たかすぎ ゆたか、別表記:髙杉 豊、1942年または1943年 - )は、日本の地方公務員、医師。大阪府保健衛生部長、同副知事、大阪府立病院機構理事長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1968年 大阪大学医学部卒業。1971年 大阪府立病院泌尿器科、大阪府保健予防課長、1996年 (平成8年) 4月 江部高廣の後任として環境保健部長、1998年4月 保健衛生部長、大阪府立病院長兼府健康福祉部医療監、2003年7月 梶本徳彦とともに大阪府副知事。2007年3月 山登敏男と小河保之を後任に梶本とともに任期満了退任。2008年 地方独立行政法人大阪府立病院機構理事長、2012年 公益財団法人大阪府保健医療財団理事長、2017年 公益財団法人大阪国際がん治療財団理事長兼任。
寺内 廣壽(てらうち ひろじゅ、1942年 - )は、日本の… 寺内 廣壽(てらうち ひろじゅ、1942年 - )は、日本の地方公務員。 東京都交通局長や、東京臨海高速鉄道代表取締役社長、東京都地下鉄建設代表取締役社長を務めた。 東京生まれ。1965年中央大学卒業後、東京都入庁、交通局大塚電車営業所配属。東京都副知事秘書、報道課長、情報連絡室参事、交通局電車部長、交通局長等を歴任した。2001年第2回GRCJ表彰受賞。2002年に東京都を退職後は、東京臨海高速鉄道株式会社代表取締役社長を経て、東京都地下鉄建設株式会社代表取締役社長を務め、都営日暮里・舎人ライナーの整備を進め、2008年の開業を実現させた。
野々村 邦夫(ののむら くにお、1942年〈昭和17年〉 -… 野々村 邦夫(ののむら くにお、1942年〈昭和17年〉 - )は、日本の国土交通技官。国土地理院長を務めた。 1942年京都市に生まれ、東京都で育つ。東京大学理学部地学科卒業、東京大学大学院理学系研究科地理学専門課程(修士)修了。1967年建設省(現国土交通省)に入省後、主として国土地理院に勤務したほか、建設本省、環境庁(現環境省)にも勤務。国土地理院で測図部長、測地部長、企画部長、参事官、院長を歴任後、1999年退官。学校法人鶴学園理事・広島工業大学教授を経て2003年9月から(財)日本地図センター理事長。(株)プレック研究所監査役、明治大学文学部非常勤講師を兼務。
常本 秀幸(つねもと ひでゆき、1941年(昭和16年)11… 常本 秀幸(つねもと ひでゆき、1941年(昭和16年)11月18日 - )は、日本の工学者、元地方公務員・実業家。工学博士(北海道大学)。元北見工業大学学長。北見工業大学名誉教授・信州大学教授。専門は、機械工学。 北海道旭川市出身。1964年(昭和39年)北海道大学工学部を卒業し、いすゞ自動車に入社。1975年(昭和50年)いすゞ自動車退職。1974年(昭和49年)北見工業大学工学部助教授。1983年(昭和58年)北見工業大学工学部教授。同学生部長。同保健管理センター所長。同副学長を経て、2002年(平成14年)北見工業大学7代学長に就任。2008年(平成20年)北見工業大学退官。信州大学工学部教授。
小川 公人(おがわ きみと、1941年(昭和16年)9月1日… 小川 公人(おがわ きみと、1941年(昭和16年)9月1日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道江別市出身。1960年(昭和35年)北海道江別高等学校卒業。北海道江別市長(1995年-2007年)。 1960年(昭和35年)江別市役所に入所。勤務した後、江別市役所を退職。1971年(昭和46年)江別市議会選挙に出馬し、初当選。以来、同市議会議員を6期務める。1995年(平成7年)に江別市長選挙に出馬し現職である岡英雄を破り、初当選。連続3期務め、2007年に勇退した。 市議会議員時代は、総務文教常任委員会委員、厚生常任委員長、総務文教常任委員長、建設常任委員、江別市議会副議長、厚生常任委員などを務めた。
寺内 靖治(てらうち せいじ、1941年8月24日 - )は… 寺内 靖治(てらうち せいじ、1941年8月24日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道石狩市出身。北海道石狩町(現・石狩市)長(1980年-1994年)。 北海道札幌西高等学校、明治大学経済学部卒業。寺内弓道具店役員、石狩町議会議員を経て、1980年に新自由クラブ単独推薦・無所属で石狩町長に当選。3回目の挑戦での初当選だった。選挙戦では新自由クラブの河野洋平代表代行や土谷享道連代表が応援に訪れた。また横路孝弘は高校の同級生であり、日本社会党代議士時代から応援に駆けつけていた。町長は連続5期務め、石狩新港の建設に手腕を発揮した。 1994年に収賄で逮捕、町長を辞任した。翌1995年7月、裁判所から有罪判決を受けた。
松村 明仁(まつむら あきひと、1941年6月13日 - )… 松村 明仁(まつむら あきひと、1941年6月13日 - )は医師(医学博士)、労働衛生コンサルタント、元厚生技官。満洲国生まれ、山梨県出身。 薬害エイズ事件当時の厚生省生物製剤課長(前任者は、郡司篤晃)。1985年8月、血友病患者ら3人が、危険な非加熱濃縮製剤の市場からの早期回収を製薬会社に指導するよう陳情する為、松村課長を訪れた。これに対し、同氏は、「それは出来ない。非加熱製剤が(HIVに)すべて汚染されているとは限らない。厚生省が指導すれば製薬会社は従わざるを得ず、企業に損害を与えてしまう」と述べたとのことである。また、当時、不凍液入りのワインが市場に出回り大騒ぎとなっており、患者たちが「どうしてワインは回収できて、非加熱製剤はだめなのか」と詰め寄ると、同氏は、「ワインは一般国民が飲むが、凝固因子(血漿製剤のこと)の使用者は限られているから」と答えたという。
松尾 純(まつお じゅん、1941年 〈昭和16年〉5月25… 松尾 純(まつお じゅん、1941年 〈昭和16年〉5月25日 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)。大阪府建築都市部長、大阪府住宅供給公社理事長を歴任。瑞宝小綬章受章。 1966年3月 大阪大学工学部卒業。同年4月 大阪府庁入職、1974年4月 生活環境部公害室特殊公害課主査、1983年5月 企画部企画室主幹、1987年5月 同室参事、1990年 (平成2年) 4月 同室総括参事、1991年5月 建築部建築指導課長、1993年4月 同部副理事兼住宅政策課長、1994年4月 同部副理事(まちづくり担当)、1995年5月 同部技監、1998年4月 立成良三の後任として建築都市部長、2000年4月 大阪府退職。
山本 孝二(やまもと こうじ、1941年3月30日 - )は… 山本 孝二(やまもと こうじ、1941年3月30日 - )は、日本の国土交通技官。気象庁長官を務めた。 北海道出身。1963年に北海道大学理学部を卒業し、同年に気象庁に入庁。1995年に仙台管区気象台長、1996年4月に地震火山部長、1998年4月に予報部長を経て、2000年4月から2003年3月までに長官を務めた。
桝本 賴兼(ますもと よりかね、1941年(昭和16年)1月… 桝本 賴兼(ますもと よりかね、1941年(昭和16年)1月29日 - )は、日本の政治家、元公務員。満洲国出身。元京都市長(3期)。
大塚 俊郎(おおつか としろう、1941年(昭和16年)1月… 大塚 俊郎(おおつか としろう、1941年(昭和16年)1月1日 - )は、日本の地方公務員。新銀行東京取締役会長。元東京都副知事。 栃木県出身。1968年、早稲田大学政治経済学部を卒業し、東京都庁に入庁。東京都主税局長を経て、2001年7月に東京都出納長に就任。石原慎太郎東京都知事の下で、石原知事の発案による、当時公的資金の注入や実質的な免税措置で強い批判を受けていた都市銀行に対する外形標準課税の導入を推進した。2004年7月、東京都副知事(序列第3位)に就任。2005年、副知事を一旦辞職し、改めて再任された(序列第2位)。2007年5月、石原知事の3選後に辞職。都庁を退職後、非常勤の新銀行東京取締役会長に就任。
梶本 日出夫(かじもと ひでお、1941年〈昭和16年〉 -… 梶本 日出夫(かじもと ひでお、1941年〈昭和16年〉 - )は、日本の地方公務員。神戸市保健福祉局長、神戸市副市長、神戸市立博物館長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1965年 神戸大学経営学部卒業、1960年 神戸市役所入職、1995年 衛生局参与兼中央市民病院事務局長、1997年4月 中島龍の後任として市民局長、2000年 保健福祉局長、2001年11月 鵜崎功、松下綽宏とともに神戸市助役就任。地方公務員共済組合連合会監事を兼任し、財団法人神戸市斎園管理協会の解散を行った。2005年11月 助役 (後に副市長) 再任、2009年11月 中村三郎と小柴善博を後任に、鵜崎とともに副市長を任期満了退任、2010年 しあわせの村を運営する (財) こうべ市民福祉振興協会副会長、神戸市立博物館館長。
松下 綽宏 (まつした のぶひろ、1941年または1942年… 松下 綽宏 (まつした のぶひろ、1941年または1942年 - )は、日本の地方公務員。神戸市都市計画局長、同市助役、神戸ハーバーランド社長を歴任。瑞宝小綬章受章。 1965年(昭和40年)3月神戸大学工学部土木工学科卒業、1965年(昭和40年)4月神戸市役所入職。 入職後は主に都市計画畑を歩み、都市計画局計画部計画課長、土木局道路部広域幹線推進室長、都市計画局計画部長を歴任後、1997年4月 鶴来紘一の後任として都市計画局長、2001年11月 梶本日出夫、鵜崎功とともに神戸市助役就任。株式会社神戸ハーバーランド情報センター代表取締役社長、神戸新交通株式会社社長を兼務。ポートアイランド線の神戸空港延伸に取り組んだ。
清水 利光(しみず としみつ、1941年または1942年 -… 清水 利光(しみず としみつ、1941年または1942年 - )は、日本の地方公務員。横浜市建築局長、同都市計画局長、同企画局長、同助役を歴任。瑞宝中綬章受章。 武蔵工業大学 (現・東京都市大学) 卒業。横浜市役所入庁。1995年 (平成7年) 4月 藤田武の後任として建築局長、1996年4月 同職を内藤淳之と交代し都市計画局長、1998年4月 若竹馨の後任として企画局長、1999年4月 同職を中村芳之と交代し小椋進の後任として横浜市助役に就任。2005年3月 金田孝之を後任として助役を辞職。 市役所退職後、財団法人横浜企業経営支援財団理事長。金融機関や東海大学、早稲田大学、同志社大学との連携協定を締結した。
磯部 春昭(いそべ はるあき、1941年または1942年 -… 磯部 春昭(いそべ はるあき、1941年または1942年 - )は、日本の地方公務員。新潟県総務部長、同副知事、佐渡汽船社長兼会長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1965年 新潟大学法学部卒業。新潟県庁入庁、1997年 (平成9年) 4月 長野謙之進の後任として総務部長、1999年4月 同職を川上忠義と交代し小川和雄の後任として副知事。株式会社新潟国際貿易ターミナル代表取締役社長、新潟臨海鉄道株式会社代表取締役社長を兼務。2003年3月 川上を後任に副知事退任。 退任後 佐渡汽船社長兼会長を経て会長、新潟県観光協会会長、道の駅新潟ふるさと村駅長。
吉野内 直光 (よしのうち なをみつ、1940年 <昭和15… 吉野内 直光 (よしのうち なをみつ、1940年 <昭和15年> 4月6日 - ) は、日本の地方公務員。愛媛県教育長、同副知事、同信用保証協会会長を歴任。瑞宝中綬章受章。 愛媛大学法文学部卒業、1963年4月 愛媛県庁に入庁し、1987年4月 商工労働部企業振興課長、1993年 (平成5年) 4月 教育委員会管理部長、1998年4月 研修所長、1999年4月 高橋弘の後任として教育長、松山西、宇和島南、今治東の3高校を中高一貫化した。2003年2月 愛媛県副知事。えひめ丸事故の対応、財政構造改革や地方局の再編統合に取り組んだ。2008年3月 高浜壮一郎を後任として副知事退任、同年4月 愛媛県信用保証協会会長、2012年3月 同職退任。
佐々木 克已(ささき かつみ、1940年3月16日 - )は… 佐々木 克已(ささき かつみ、1940年3月16日 - )は、日本の地方公務員。東京都出納長や、東京都住宅供給公社理事長、首都高速道路代表取締役社長などを歴任した。 1963年中央大学法学部卒業、東京都庁入庁。1987年東京都企画審議室調整部庶務課長。1993年東京都企画審議室調整部長。1994年東京都清掃局理事。1995年東京都企画審議室長。1996年東京都政策報道室長。1999年東京都出納長。2001年東京都地下鉄建設株式会社代表取締役社長。2002年東京都住宅供給公社理事長。2003年首都高速道路公団副理事長。2005年首都高速道路株式会社専務取締役。2006年東京都人事委員会委員。2008年首都高速道路株式会社代表取締役社長・最高執行責任者。
栢原 英郎(かやはら ひでお、1940年〈昭和15年〉2月1… 栢原 英郎(かやはら ひでお、1940年〈昭和15年〉2月13日 - 2025年〈令和7年〉5月6日)は、日本の運輸技官、土木技術者。技術士、工学博士、土木学会認定特別上級土木技術者(調査・計画)。 運輸省港湾局長や、同省技術総括審議官、北海道大学公共政策大学院特任教授、日本港湾協会会長、土木学会会長等を歴任した。土木学会功績賞受賞。 東京都立小山台高等学校を経て、1964年(昭和39年)北海道大学工学部土木工学科卒業、運輸省(現国土交通省)入省。1980年(昭和55年)国際臨海開発研究センター主任研究員。1984年(昭和59年)国土庁計画・調整局計画官。1987年(昭和62年)運輸省港湾局開発課長。