後藤 乾一(ごとう けんいち、1943年3月30日 - )は… 後藤 乾一(ごとう けんいち、1943年3月30日 - )は、日本の政治学者・歴史学者、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授を経て、同大学名誉教授。専門は日本・東南アジア関係史、東南アジア近現代史。特に日本・インドネシア関係に関する研究で知られる。公益財団法人国際文化会館理事。 東京都出身。1986年に『昭和期日本とインドネシア』でアジア経済研究所主催の発展途上国研究奨励賞、1996年に『近代日本と東南アジア』で毎日新聞社主催のアジア太平洋賞特別賞と総合研究開発機構主催のNIRA政策研究・東畑記念賞を受賞。 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の創設に関わる。初代研究科委員長。 (詳しくはブキティンギ#最近の日本との関係を参照のこと) 1986年の北海道新聞に、第2次世界大戦中にオランダ軍を破って軍政を敷いた日本陸軍が第25軍の司令部を置き、戦後はインドネシアがオランダからの独立を果たすまで臨時政府を置いたスマトラ島のブキティンギに、日本軍がジャワ島等の人間を労務者として連行してきて作ったとみられる地下壕が、長らく人知れず存在していた、その突き当りに、断崖の外に通じる急角度の穴があり、これは、日本軍が要塞を作り、その際にインドネシア人労務者が衰弱して死んだ場合に外に放り出して捨てた穴である、という「ブキチンギの穴(日本の穴)」を現地で聞いた話を元に寄稿した。
橋本 政宣(はしもと まさのぶ、1943年〈昭和18年〉2月… 橋本 政宣(はしもと まさのぶ、1943年〈昭和18年〉2月20日 - )は、日本の歴史学者・神職。東京大学名誉教授、鯖江舟津神社宮司、神社史料研究会代表。 1943年、福井県鯖江市で生まれた。生家は代々舟津神社の神主を務めていた。國學院大學文学部史学科で学び、1965年に卒業。同大学大学院に進み、1969年に博士課程を中退。 その後は東京大学史料編纂所に勤務。のち教授昇格。2003年、学位論文『近世公家社会の研究』を國學院大学に提出して歴史学博士の学位を取得。2003年に東京大学を定年退官した。 専門は日本近世史で、近世の朝幕関係、神道史を専門とする。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
平川 南(ひらかわ みなみ、男性、1943年1月28日 - … 平川 南(ひらかわ みなみ、男性、1943年1月28日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。人間文化研究機構機構長。国立歴史民俗博物館名誉教授。山梨県立博物館名誉館長。 1943年、山梨県で生まれた。山梨大学学芸学部社会科学科に入学し、1965年に卒業。卒業後は、山梨県立身延高等学校の教員を3年間務めた。 1968年、文化庁文化財保護部記念物課臨時職員となり、史跡の調査と保護を担当。1969年、多賀城町嘱託として、特別史跡多賀城跡附寺跡の環境整備事業技術管理者となった。1970年からは宮城県教育委員会技術職員として宮城県多賀城跡調査研究所に勤務。その際に、日本で初めての漆紙文書を発見した。
黒田 日出男(くろだ ひでお、1943年1月9日 - )は、… 黒田 日出男(くろだ ひでお、1943年1月9日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本中世史(絵画史料論、歴史図像学)。東京大学史料編纂所所長、立正大学文学部史学科教授、群馬県立歴史博物館館長を歴任。 東京生まれ。1961年東京都立白鷗高等学校卒、早稲田大学第一文学部史学科国史専修入学。1972年早稲田大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1986年『日本中世開発史の研究』で早稲田大学より文学博士の学位を取得。 1972年東京大学史料編纂所・教務職員、1973年助手、1984年助教授、1989年教授、1997-1999年所長、1999-2003年東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター長。
熊倉 功夫(くまくら いさお、1943年(昭和18年)1月3… 熊倉 功夫(くまくら いさお、1943年(昭和18年)1月3日 - )は、日本の歴史学者(日本文化史・茶道史)。学位は文学博士(東京教育大学・1978年)。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、MIHO MUSEUM館長、静岡文化芸術大学名誉教授・前学長、林原美術館元館長。2013年中日文化賞受賞。
木村 靖二(きむら せいじ、1943年1月 - )は、日本の… 木村 靖二(きむら せいじ、1943年1月 - )は、日本の歴史学者。専門は西洋近現代史・ドイツ史。東京大学名誉教授。 1943年、東京都生まれ。東京大学文学部で学び、同大学大学院人文科学研究科に進学。博士課程を単位取得後退学。ミュンヘン大学へ留学した。 その後、東京大学助手に採用された。茨城大学助教授を経て、立教大学文学部史学科教授に就いた。東京大学大学院人文社会系研究科教授、独立行政法人大学評価・学位授与機構教授を経て、2008年より2013年まで立正大学文学部教授。 専門は西洋近現代史、ドイツ史。『詳説世界史』(山川出版社)など高校教科書も編集執筆。
鈴木 健夫(すずき たけお、1943年 - )は、日本の歴史… 鈴木 健夫(すずき たけお、1943年 - )は、日本の歴史学者、経済史家。早稲田大学名誉教授。専門は西洋経済史(近代ロシア農村社会経済史)。 早稲田大学文学部時代より増田冨壽に師事。煙山専太郎から連なる早稲田大学におけるロシア史学の学統を継承している歴史家の一人である。伝統的秩序と近代社会との対立および調和に関心を持ち、19世紀帝政ロシアにおける西欧派とスラヴ派の共同体をめぐる思想的対立を研究。経済学研究科博士課程進学後は、農奴解放からストルイピン改革期におけるロシアの農村共同体秩序の研究へ展開する。学位請求論文は『帝政ロシアの共同体と農民』。 その後、ヴォルガ地方に生活していた大量のドイツ人移民がストルイピン改革にどのように対応したかへの興味から、ロシア社会におけるドイツ人移民の歴史とその後の運命に関心を広げた。
宮本 又郎(みやもと またお、1943年 - )は、日本の経… 宮本 又郎(みやもと またお、1943年 - )は、日本の経済学者・歴史学者。大阪大学名誉教授。学位は、経済学博士(大阪大学)。専攻は日本経済史。 福岡市生まれ。大阪府立池田高等学校を経て神戸大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程中退。神戸大学経済学部助手、大阪大学経済学部教授、同大学経済学部長、関西学院大学大学院経営戦略研究科教授を歴任。経営史学会会長、放送大学客員教授も務める。日本学術会議会員。企業家研究フォーラム会長。 父親の宮本又次も日本経済史の研究者。
氣賀澤 保規(けがさわ やすのり、1943年- )は、日本の… 氣賀澤 保規(けがさわ やすのり、1943年- )は、日本の歴史学者。中国史専攻。元明治大学教授、明治大学東アジア石刻文物研究所客員研究員、東アジア歴史文化研究所・氣賀澤研究室 代表。 長野県生まれ。1968年京都大学文学部史学科東洋史学専攻卒業、同大学院博士課程修了。佛教大学助教授、富山大学教養部助教授を経て、1995年明治大学文学部教授となる。1996年『府兵制の研究』で、文学博士(京都大学)の学位を取得。2014年3月定年退職。同年4月より、東アジア歴史文化研究所・氣賀澤研究室 代表。「気賀沢」と表記されることもある。
宇田川 武久(うだがわ たけひさ、1943年 - )は、日本… 宇田川 武久(うだがわ たけひさ、1943年 - )は、日本の歴史学者。博士(歴史学)(國學院大學・論文博士・1994年)。国立歴史民俗博物館名誉教授。専門は日本軍事史、特に鉄砲史、水軍史。東京都出身。2020年、文化庁長官表彰。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岡崎 勝世(おかざき かつよ、1943年 - )は、日本の歴… 岡崎 勝世(おかざき かつよ、1943年 - )は、日本の歴史学者である。埼玉大学名誉教授。専門はドイツ近代思想史である。 東大大学院時代は成瀬治に師事した。 ドイツ啓蒙主義歴史学、特にゲッティンゲン学派(ガッテラー、シュレーツァー、ヘーレンなど)の研究を詳細に行い、その歴史学史的位置付けを行った。すなわち、ドイツ啓蒙主義歴史学がキリスト教的世界史(普遍史)を世俗的世界史へと転換させるとともに、近現代の科学的歴史学研究の出発点ともなった、としている。また、普遍史が崩壊した背景には聖書の批判的研究の進展により、聖書が神の言葉を書き記したものではなく、神をエロヒムとヤハウェというそれぞれの名で呼ぶ別々の人間集団によって書かれた二編の歴史的文書を編集したものであることが明らかになった事実を挙げている。
菊池 俊彦(きくち としひこ、1943年 - )は、日本の考… 菊池 俊彦(きくち としひこ、1943年 - )は、日本の考古学者・歴史学者。文学博士(北海道大学)。北海道大学名誉教授。北東アジアの考古学研究が専門。 1943年、群馬県伊勢崎市生まれ。1967年3月、北海道大学文学部史学科を卒業。 1967年4月より北海道大学文学部附属北方文化研究施設考古学部門助手。1978年8月、北海道大学文学部助教授(文学部一般教育歴史学東洋史担当)。1986年4月、北海道大学文学部助教授(文学部総合文化論講座東洋文化史)。1991年4月北海道大学文学部教授(文学部総合文化論講座東洋文化史担当)。1995年4月北海道大学文学部教授(文学部東洋史学講座担当)。2000年4月北海道大学大学院文学研究科歴史地域文化学専攻東洋史学講座教授。
黒田 弘子(くろだ ひろこ、1943年(昭和18年) - )… 黒田 弘子(くろだ ひろこ、1943年(昭和18年) - )は、日本の歴史学者。本姓伊藤。 栃木県烏山町生まれ。1966年早稲田大学第一文学部卒業、1977年東京教育大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1987年「中世惣村史の構造」で筑波大学より文学博士の学位を取得。
森 義信(もり よしのぶ、1943年 - )は、日本の歴史学… 森 義信(もり よしのぶ、1943年 - )は、日本の歴史学者。大妻女子大学名誉教授。西洋法制史、社会史、メルヘン学が専門。
酒井 信彦(さかい のぶひこ、1943年〈昭和18年〉 - … 酒井 信彦(さかい のぶひこ、1943年〈昭和18年〉 - 2023年〈令和5年〉8月14日)は、日本の歴史学者。主権回復を目指す会顧問、日本ナショナリズム研究所所長、自由チベット協議会代表、川崎正論の会会長)。 元東京大学史料編纂所教授。 昭和18年(1943年)、神奈川県川崎市出身。1967年、東京大学文学部卒業後、1970年に同大学大学院人文科学研究科修士課程を修了、東京大学史料編纂所助教授、同所教授を務めた。儀礼の研究と東アジアの民族問題を中心に研究し、『大日本史料』の編纂に従事した。2006年に同所を定年。3月26日に靖國神社靖國会館で行なった退官記念講演には北朝鮮による拉致被害者家族連絡会会長の横田滋や土屋敬之東京都議会議員などが出席した。
小林 昌二(こばやし しょうじ、1942年12月6日 - )… 小林 昌二(こばやし しょうじ、1942年12月6日 - )は、日本の歴史学者、専門は日本古代史。新潟大学名誉教授。新潟市歴史博物館館長。新潟県出身。 新潟市沼垂生まれ。新潟高校から京都大学文学部国史学科へ進み、1966年卒業。72年には同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 1974年に愛媛大学教育学部助手となり、75年講師、76年助教授に昇任した。1986年に新潟大学人文学部教授となり、2008年に定年退職し同大名誉教授となる。同年、帝京大学文学部教授となり、2015年に退職した。 2010年からは、新潟市歴史博物館館長を務めている。承平天慶の乱や渟足柵の研究に取り組んでいる。 2024年、瑞宝中綬章受章。
原 暉之(はら てるゆき、1942年9月30日 - )は、日… 原 暉之(はら てるゆき、1942年9月30日 - )は、日本の歴史学者。北海道大学名誉教授。専門はロシア極東史。 著書『ウラジオストク物語』で1999年度アジア・太平洋賞特別賞を受賞。
今谷 明(いまたに あきら、 1942年〈昭和17年〉9月2… 今谷 明(いまたに あきら、 1942年〈昭和17年〉9月29日 - )は、日本の歴史学者、大蔵官僚。横浜市立大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は日本中世史。 1942年、京都府京都市で生まれた。京都大学経済学部を卒業。 1967年、大蔵省に入省し、近畿財務局に勤務した。1969年からは経済企画庁に勤務。一方で、京都大学大学院文学研究科で日本史学を専攻し、博士課程を単位取得退学。1987年に学位論文『室町幕府解体過程の研究』を提出して文学博士の学位を取得。 国立歴史民俗博物館助教授に着任。1998年、横浜市立大学教授となった。2004年に横浜市立大学を定年退官し、名誉教授となった。
佐藤 次高(さとう つぎたか、1942年8月27日 - 20… 佐藤 次高(さとう つぎたか、1942年8月27日 - 2011年4月11日)は、日本の歴史学者。専門はアラブ・イスラーム史。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1981年)(学位論文「アラブ中世社会史研究」)。東京大学名誉教授。東洋文庫研究部長、日本中東学会会長、史学会理事長、早稲田大学文学学術院教授などを歴任。 1973年流沙海西奨学会賞受賞。2000年恩賜賞・日本学士院賞受賞。 1942年8月27日神奈川県横浜市に生まれる。神奈川県立希望ケ丘高等学校から、1961年東京大学理科II類に入学するが、1963年文学部東洋史学科へ進学。1965年東京大学文学部東洋史学科を卒業、卒業論文はアッバース朝時代の行政制度に関するものであった。
今井 雅晴(いまい まさはる、1942年8月 - )は、日本… 今井 雅晴(いまい まさはる、1942年8月 - )は、日本の歴史学者。筑波大学名誉教授、真宗文化センター所長、東国真宗研究所所長。専門は日本中世史、日本仏教史。東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を経て、東京教育大学大学院文学研究科博士課程日本史学専攻修了(1977年・文学博士)。時宗の一遍研究や浄土真宗の親鸞研究に関する著書多数、特に親鸞研究に関しては未だに謎の多い関東における動向について、史料の再検討と現代社会に鍛えられた視点による「新しい親鸞像」の構築を唱えている。また、国際交流活動を通した日本と他国との相互理解、日本の文化発信にも取り組んでいる。 東京に生まれる。
大橋 一章(おおはし かつあき、1942年4月14日 - )… 大橋 一章(おおはし かつあき、1942年4月14日 - )は、日本の歴史学者、美術史家。専門は日本美術史・東洋美術史。早稲田大学文学部教授。 中国青島市生まれ。早稲田大学大学院博士課程了。2021年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
沼田 哲(ぬまた さとし、1942年4月11日 - 2004… 沼田 哲(ぬまた さとし、1942年4月11日 - 2004年6月19日)は、日本の歴史学者。元青山学院大学教授。専門は近世・近代日本の儒学思想史。元田永孚研究の第一人者。 1942年、沼田次郎の長男として熊本県熊本市に生まれる。父の東京大学史料編纂所勤務にともない埼玉県浦和市(現さいたま市)にうつり、埼玉県立浦和高等学校を経て、1966年東京大学文学部国史学科卒業。1969年、同大学大学院人文科学研究科国史学専門課程 修士課程修了。1973年、弘前大学専任講師、1975年同助教授。1978年、青山学院大学文学部助教授。1987年、同教授。 2004年6月19日、現職のまま呼吸器不全のため死去。
入間田 宣夫(いるまだ のぶお、1942年3月31日 - )… 入間田 宣夫(いるまだ のぶお、1942年3月31日 - )は、日本の歴史学者、東北大学名誉教授。専門は、日本中世史。
小谷 汪之(こたに ひろゆき、1942年2月14日 - )は… 小谷 汪之(こたに ひろゆき、1942年2月14日 - )は、日本の歴史学者(インド史)、東京都立大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1966年東京大学文学部東洋史学科卒、同大学院博士課程中退。東京都立大学人文学部助手、千葉大学人文学部(後に文学部)助教授、東京都立大学人文学部教授。1999年~2002年歴史学研究会委員長。2002年「歴史的転換期の西部インド」で都立大学博士(史学)。2005年定年退職。日本学術会議会員。
南塚 信吾(みなみづか しんご、1942年1月3日 - )は… 南塚 信吾(みなみづか しんご、1942年1月3日 - )は、日本の歴史学者、千葉大学・法政大学名誉教授。専門はハンガリー史。2020年4月より「世界史研究所」所長。 1942年、富山県富山市生まれ。東京大学教養学部を卒業し、東京大学大学院博士課程修了。 卒業後は津田塾大学学芸学部の講師・助教授をつとめ、千葉大学文学部助教授・教授を経て、1998年から2000年まで千葉大学副学長を務める。2004年から法政大学国際文化学部教授を務め、2012年定年退職。名誉教授となる。 その間、ハンガリー(1972年 - 1974年、1991年 - 1992年)およびブルガリア(1983年 - 1984年)に留学した。
川道麟太郎(かわみち りんたろう、1942年- )は、日本の… 川道麟太郎(かわみち りんたろう、1942年- )は、日本の建築学者、歴史学者。 神戸市生まれ。1966年京都工芸繊維大学卒、大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。1980年「高密度生活空間における集団密度の影響に関する研究」で工学博士。関西大学工学部助教授、教授を務める。2006年依願退職。建築論・建築計画学専攻。退職後は西郷隆盛について調べ著作をなしている。
布引 敏雄(ぬのびき としお、1942年 - )は、日本の歴… 布引 敏雄(ぬのびき としお、1942年 - )は、日本の歴史学者、大阪観光大学名誉教授。 満洲国ハイラル市生まれ。戦後、引揚げて山口県小野田市に住む。1965年大阪大学文学部卒業。香川県立高松高等学校に勤める。66年退職して大阪大学大学院文学研究科へ進学、68年同修士課程修了後、山口県文書館に勤務。山口県立山口農業高等学校秋穂分校・山口県立萩高等学校・山口県立山口中央高等学校教諭を経て、1985年大阪明浄女子短期大学講師、助教授、2000年大阪明浄大学観光学部教授。2006年校名変更で大阪観光大学教授、2013年定年、名誉教授。
ジュリアン・ヴィクター・コシュマン(Julian Victo… ジュリアン・ヴィクター・コシュマン(Julian Victor Koschmann、1942年 - )は、アメリカの歴史学者、専門は、日本思想史。 1942年生まれ。国際基督教大学で学び、1965年に卒業。上智大学大学院に進み、1971年に修士号を取得。1980年、シカゴ大学で博士号を取得した。現在、コーネル大学歴史学部教授。
清水 紘一(しみず ひろかず、1942年(昭和17年) - … 清水 紘一(しみず ひろかず、1942年(昭和17年) - )は、日本の歴史学者。中央大学人文科学研究所客員研究員。日本近世史専攻。 北京生まれ。1970年中央大学大学院文学研究科博士課程中退。京都市立伏見工業高等学校教諭などを経て、1978年中央大学文学部専任講師、助教授、2008年教授となる。2002年「織豊政権とキリシタン 日欧交渉の起源と展開」で博士(史学、中央大学)号修得。2012年退任。日本キリスト教史、特に著書に見られるように、近世キリシタン史を専門とし、数々の緻密な論証を行っている。
菅原 昭英(すがわら あきひで/しょうえい、1942年 - … 菅原 昭英(すがわら あきひで/しょうえい、1942年 - )は、日本の仏教学者、歴史学者、東京大学史料編纂所教授(東京大学名誉教授)、駒沢女子大学名誉教授・元図書館長・元学長。曹洞宗泉龍寺(東京都狛江市)前住職・仏教文庫館長。専門は日本中世史。 1942年、東京都狛江市の曹洞宗泉龍寺に生まれる。1972年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。 1982年、東京大学史料編纂所に助教授として勤務。1995年に教授に昇進。2002年に定年退官、同大名誉教授に。駒沢女子大学教授に転籍。のち同大図書館長、同学長を歴任。2011年、泉龍寺仏教文庫開設、同寺住職退董。 妻に菅原征子(女性史学者、東京女子大学・桐朋学園短期大学部非常勤講師)
奈倉 文二(なぐら ぶんじ、1942年 - )は、日本の経済… 奈倉 文二(なぐら ぶんじ、1942年 - )は、日本の経済学者・歴史学者。経済学博士(東京大学・論文博士・1985年)。茨城大学名誉教授、獨協大学名誉教授。 専門は、近現代日本経済史、特に鉄鋼業史・日英関係大企業史、とりわけ兵器鉄鋼産業史。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
増谷 英樹(ますたに ひでき、1942年 - 2024年11… 増谷 英樹(ますたに ひでき、1942年 - 2024年11月)は、日本の歴史学者。東京外国語大学名誉教授。専攻は、オーストリア/ドイツ近代史、ユダヤ史、ウィーン都市史。日本におけるオーストリア研究の第一人者である。 東京都生まれ。1966年東京大学文学部西洋史学科卒、同大学院人文科学研究科博士課程中退。旧・東京都立大学講師を経て、東京外国語大学助教授、同教授。2005年に定年退職、名誉教授となる。獨協大学外国語学部特任教授。2002年~2004年歴史学研究会委員長。
宮崎 正勝(みやざき まさかつ、1942年 - )は、日本の… 宮崎 正勝(みやざき まさかつ、1942年 - )は、日本の歴史学者。前近代の文明交流史、歴史教育を研究分野とする。 昭和17年生まれで東京都出身。都立九段高等学校、東京教育大学文学部史学科卒業。東京都立三田高等学校・都立九段高等学校・筑波大学附属高等学校で世界史教諭を勤めた後、筑波大学常勤講師などを経て、1994年(平成6年)に北海道教育大学教育学部教授。筑波大学大学院教育研究科 非常勤講師(1999年-2003年) 1975年から1987年まで、NHKラジオ・テレビの講座「世界史」の常勤講師。中央教育審議会社会・地理歴史・公民部会専門委員。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 正節(すずき まさせつ、1942年 - )は、日本の歴… 鈴木 正節(すずき まさせつ、1942年 - )は、日本の歴史学者。 東京・新橋生まれ。1966年明治大学文学部卒業。1972年明治大学大学院政経研究科博士課程修了。武蔵大学非常勤講師。専攻は近代日本政治史・政治思想史。
岸野久(きしの ひさし、1942年- )は、日本の歴史学者。… 岸野久(きしの ひさし、1942年- )は、日本の歴史学者。元桐朋学園大学短期大学部教授。専攻は日本キリシタン史。 東京府八王子生まれ。1975年立教大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了。桐朋学園大学短期大学部助教授、教授、2013年退任。2000年「キリシタン開教期の研究」で立教大学文学博士。
川嶋 將生(かわしま まさお、1942年 - )は、日本の歴… 川嶋 將生(かわしま まさお、1942年 - )は、日本の歴史学者、立命館大学名誉教授。日本中世史専攻。 三重県生まれ。1967年、立命館大学文学部卒業。京都市史編纂所、聖母女学院短期大学助教授、立命館大学文学部助教授を経て、1990年に教授。のち特命教授、名誉教授。1995年、「中世京都文化の周縁」で立命館大文学博士。
本多 隆成(ほんだ たかしげ、1942年 - 2026年3月… 本多 隆成(ほんだ たかしげ、1942年 - 2026年3月1日)は、日本の歴史学者。静岡大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪府立東淀川高等学校卒業。1967年(昭和42年)大阪大学文学部卒業。1973年大阪大学大学院博士課程中退、静岡大学人文学部講師。同助教授を経て、同教授。1989年(平成元年)「東海地域における近世初期社会の基礎構造」で大阪大学文学博士。2008年定年退官、静岡大名誉教授、放送大学静岡学習センター所長。2013年退任。2026年3月1日、静岡市内の病院で逝去した
田端 泰子(たばた やすこ、1941年12月20日 - )は… 田端 泰子(たばた やすこ、1941年12月20日 - )は、日本の歴史学者。文学博士(京都大学・論文博士・1989年)(学位論文「中世村落の構造と領主制」)。京都橘大学名誉教授、同学長。専門は日本中世史(中世後期の村落構造)・女性史。 兵庫県神戸市生まれ。1964年京都大学文学部卒業、同大学院博士課程中退、橘女子大学助教授、1980年教授、校名変更で1988年京都橘女子大学教授、1989年「中世村落の構造と領主制」で文学博士(京都大学)の学位を取得。2004年より学長、2005年校名変更で京都橘大学学長。2010年退任、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
所 功(ところ いさお、1941年(昭和16年)12月12日… 所 功(ところ いさお、1941年(昭和16年)12月12日 - )は、日本の法学者、歴史学者、法制史学者。専門は日本法制史。学位は法学博士(慶應義塾大学・1986年)。京都産業大学名誉教授。公益財団法人モラロジー研究所教授(研究主幹)。麗澤大学比較文明文化研究センター客員教授。京都産業大学日本文化研究所客員教授。皇學館大学特別招聘教授。 岐阜県揖斐郡小島村野中(現・揖斐川町)生まれ。岐阜県立大垣北高等学校では稲川誠一の指導の下、歴史同好会を設立。1964年(昭和39年)に名古屋大学文学部史学科を卒業し、同年皇學館高等学校非常勤講師。1966年(昭和41年)に名古屋大学大学院文学研究科修士課程修了(文学修士・名古屋大学・1966年)。
上村 忠男(うえむら ただお、1941年12月7日- )は、… 上村 忠男(うえむら ただお、1941年12月7日- )は、日本の歴史学者。東京外国語大学名誉教授。ルネサンス、近世哲学期から20世紀イタリア現代思想までのイタリア思想史の原典訳・研究を多く刊行している。 1941年、兵庫県尼崎市生まれ。東京大学教養学部国際関係論分科を卒業し、同大学院社会学研究科修士課程を修了。 東京外国語大学外国語学部助教授となり、後に教授昇進。大学では、イタリア語学科、総合文化講座を担当した。2003年より大学院地域文化研究科教授。2005年に東京外国語大学を定年退職し、名誉教授となった。 2018年に第三回須賀敦子翻訳賞を受賞した。
柴辻 俊六(しばつじ しゅんろく、1941年9月10日 - … 柴辻 俊六(しばつじ しゅんろく、1941年9月10日 - 2022年5月21日 )は、日本の歴史学者・古文書学者・図書館員。元早稲田大学図書館司書。専門は日本の戦国時代史。 1941年、山梨県中巨摩郡竜王村(現甲斐市、旧竜王町)に生まれる。農家・斎藤家の次男。1957年に竜王村立竜王中学校、1960年に山梨県立甲府第一高等学校、1964年に早稲田大学教育学部を卒業。卒業論文において山梨県郷土史を題材とし、郷土史家の赤岡重樹の教示を受け「村落形成と水利潅漑」(主査、熊谷幸次郎)として発表する。同大学院文学研究科史学専修修士課程に入学すると荻野三七彦から古文書学の指導を受け、山梨県に現存する古文書を採集し『新編甲州古文書』として編纂する。
藤井 一二(ふじい かずつぐ、1941年8月12日[要出典]… 藤井 一二(ふじい かずつぐ、1941年8月12日[要出典] - )は、日本の歴史学者(博士 (文学)、大谷大学)。金沢星稜大学名誉教授、城西国際大学教授、松蔭大学特任教授を歴任。専門は日本古代史、貨幣経済史、文化交流史。 1941年8月12日、東京都に生まれ、その後富山県立山町に移る。1964年、富山大学文理学部文学科(史学専攻)卒業。2004年、『東大寺開田図と古代村落の研究』で大谷大学で博士(文学)(乙種)。 1980年に、金沢経済大学(現、金沢星稜大学)助教授となり、1985年に教授に昇任。2010年に同特任教授となる。2011年より富山国際大学客員教授を、2012年より 城西国際大学客員教授のち教授、松蔭大学特任教授、大連大学・大連工業大学・遼寧師範大学・黒河学院の各客員教授を務めた。
岡部 牧夫(おかべ まきお、1941年8月8日 - 2010… 岡部 牧夫(おかべ まきお、1941年8月8日 - 2010年12月6日)は、日本の文筆家、歴史学者。 東京市渋谷区代々木生まれ。本名・岡部 長興(おかべ ながおき)。太平洋戦争中は新潟県小出に疎開し、戦後は神奈川県で母方の祖父・岩崎輝弥が経営していた子安農園に住んだ。森村学園小学校、成蹊中学、成蹊高校から1965年に成蹊大学政治経済学部卒業。中学・高校教員、雑誌『アルプ』編集委員を経て、1971年に長野県諏訪郡富士見町へ移住し、自然や環境についての文筆活動を行った。さらに、高校時代の恩師である荒井信一に誘われたのがきっかけで、日本近現代史研究、特に植民地支配や天皇制についての研究を進めた。1993年から串田孫一らとともに財団法人自然保護助成基金の評議員を務めた。
鈴木 靖民(すずき やすたみ、1941年7月30日 - )は… 鈴木 靖民(すずき やすたみ、1941年7月30日 - )は、日本の歴史学者。専門は、日本古代史・東北アジア古代史。國學院大學名誉教授、淑徳大学客員教授。前横浜市歴史博物館館長。 1941年、北海道で生まれた。國學院大學文学部史学科で学び、1964年に卒業。同大学大学院文学研究科に進学し、1969年に博士課程を単位取得退学。 その後は國學院大學文学部助教授となり、後に教授昇格。1987年、学位論文『古代対外関係史の研究』を國學院大學に提出して文学博士号を取得。2012年に國學院大學を定年退任し、名誉教授となった。2011年7月より2021年3月まで第3代横浜市歴史博物館館長を務めた。 専門は古代史。
岡野 圭一(おかの けいいち、1941年7月5日 - 201… 岡野 圭一(おかの けいいち、1941年7月5日 - 2012年10月7日)は、日本の歴史学者。専修大学名誉教授。専門は西洋美術史。ミドルネームはHeinrich(ハインリッヒ)。 長野県松本市生まれ。長野県松本深志高等学校を経て、1965年上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。1971年ケルン大学哲学部美術史学科卒業、Ph.D.取得。1968年ケルン市美術館勤務、1969年在ケルン日本文化会館勤務を経て帰国し、1976年政府関係特殊法人国際交流基金課長補佐に就任。1978年専修大学文学部専任講師、1986年教授。図書館情報大学、多摩美術大学、明治大学、明治学院大学、東京芸術大学などの兼任講師も務めた。
井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、… 井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、日本の歴史学者、島根大学・大阪工業大学名誉教授。専攻は日本中世史。 京都府京都市生まれ。1966年大阪大学文学部史学科卒業。1968年に大阪大学大学院文学研究科博士課程を中退し、大阪大学文学部助手となる。1975年に島根大学に移り文理学部助教授、教授を経て、1997年定年退官、名誉教授。大阪工業大学情報科学部教授となり、2007年に退任、名誉教授となる。
五野井隆史(ごのい たかし、1941年6月11日- )は、日… 五野井隆史(ごのい たかし、1941年6月11日- )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。キリシタン史を専門とする。北海道幌泉郡えりも町生まれ。長男は政治学者の五野井郁夫。 五野井貞蔵・ミチの四男として北海道に生まれる。1965年(昭和40年)上智大学文学部卒業。1971年(昭和46年)上智大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。同年4月、東京大学史料編纂所に入る。1974年(昭和49年)2月より文部省在外研究員として2年間、ポルトガル・スペイン・イタリアに派遣される。1982年(昭和57年)4月、東京大学助教授。1987年(昭和62年)、学位論文「徳川初期キリシタン研究」により九州大学より文学博士の学位を取得。
相良 匡俊(さがら まさとし、1941年5月24日 - 20… 相良 匡俊(さがら まさとし、1941年5月24日 - 2013年7月24日)は、日本の歴史学者。専門は西洋史・フランス近現代史。 鳥取県鳥取市に生まれる。洛星高等学校を経て1961年にへ入学後、1963年1965年東京大学文学部を卒業(専攻は西洋史学)。大学院では革命的サンディカリスムを研究テーマとし、社会運動史研究会に参加する。1971年よりパリ第1大学(パンテオン=ソルボンヌ校)第3博士課程へ留学。『フランス労働運動人物事典』の編集で知られるジャン・メトロンに師事し、1890年から1905年まで存在した革命的社会主義労働党(アルマヌ派)を研究した。帰国後、1975年に大学院人文科学研究科を満期退学。
古厩 忠夫(ふるまや ただお、1941年5月11日 - 20… 古厩 忠夫(ふるまや ただお、1941年5月11日 - 2003年2月28日)は、日本の歴史学者。専門は、中国近代史・日本近代史。長野県東筑摩郡筑摩地村(現塩尻市)出身。
樺山 紘一(かばやま こういち、1941年5月8日 - )は… 樺山 紘一(かばやま こういち、1941年5月8日 - )は、日本の歴史学者、東京大学文学部名誉教授、印刷博物館館長。