山岸 臣也(やまぎし しんや、1989年1月20日 - )は… 山岸 臣也(やまぎし しんや、1989年1月20日 - )は、石川県出身の元サッカー選手、フットサル選手。 現役時代のポジションは、DF。
職業がフットサル:164人
山岸 臣也(やまぎし しんや、1989年1月20日 - )は… 山岸 臣也(やまぎし しんや、1989年1月20日 - )は、石川県出身の元サッカー選手、フットサル選手。 現役時代のポジションは、DF。
清水 一平(しみず いっぺい、1989年1月11日 - )は… 清水 一平(しみず いっぺい、1989年1月11日 - )は、東京都出身のサッカー選手、フットサル選手。ポジションは、DF。 高校卒業後、JAPANサッカーカレッジに入学。在学中にアルビレックス新潟シンガポールに1年間所属した。同校卒業後は各カテゴリーの国内チームに所属、2015年からカンボジア・リーグのポリス・コミッサリーに移籍。同国ではプロサッカー選手以外にもアルビレックス新潟プノンペンのサッカースクールのコーチも務めている。
白方 秀和(しらかた ひでかず、1988年9月28日 - )… 白方 秀和(しらかた ひでかず、1988年9月28日 - )は、大分県大分市出身のフットサル選手。Fリーグ・しながわシティ所属。ポジションはアラ。 バサジィ大分の前身であるフットサル大分2002エスペランサでフットサルを始める。エスペランサ入団時は高校1年生であった。 2011-12シーズンのFリーグ第5節において、リーグ史上初となる100試合出場を達成、同試合でFリーグ連続試合出場記録も、それまで水上玄太が持っていた68試合に並び、第6節のエスポラーダ北海道戦で記録更新。その後、連続出場記録を82試合まで伸ばした。 2013年、名古屋オーシャンズへ移籍。 2015年、古巣の大分へ3シーズンぶりに復帰した。
安藤 謙佑(あんどう けんすけ、1988年9月6日 - )は… 安藤 謙佑(あんどう けんすけ、1988年9月6日 - )は、北海道滝川市生まれのサッカー選手、フットサル選手、フットサル指導者。 コンサドーレ札幌下部組織であるU-15、U-18出身。同じく札幌U-15出身の安藤大介は弟である。コンサドーレのアカデミー時代は高円宮杯U-15準優勝(2002年、2003年)、高円宮杯U-18準優勝(2005年)、ダラスカップ(英語版)ベスト4(2006年)、プリンスリーグ北海道アシスト王(2006年)の成績を残す。その後は札幌大学に進学し、総理大臣杯ベスト8(2008年)、知事杯優勝(2010年)、天皇杯出場(2010年)の成績を残す。 札幌大学卒業後は、北海道フットサルリーグのBommacに所属。
宮崎 曉(みやざき さとし, 1988年9月5日 - )は、… 宮崎 曉(みやざき さとし, 1988年9月5日 - )は、神奈川県横浜市出身のフットサル選手。 暁星中学校・高等学校卒業後には東京都社会人リーグのアストラ倶楽部でプレー。2009年には全日本選手権王者になったばかりのFUGA TOKYOに加入して関東フットサルリーグでプレー。大学卒業後には東京工業大学大学院で建築を専攻しながらFUGAでのプレーを続けた。2014年3月に大学院前期課程を修了して大手ゼネコン企業に就職したが、フウガドールすみだに残ってFリーグでプレーしている。2014年8月には日本代表に初招集された。 2016年には勤務先が墨田区役所となった。2019年4月時点では墨田区立ひきふね図書館に勤務しており、シーズン中の平日は午前中にフットサルの練習、午後から夜に職員としての仕事、週末はフットサルの試合というスケジュールだった。
中島 詩織(なかじま しおり、女性、1988年7月12日 -… 中島 詩織(なかじま しおり、女性、1988年7月12日 - )は、東京都出身のフットサル選手。立川・府中アスレティックFCレディース所属。2013年からフットサル日本女子代表(なでしこ5)主将。ポジションはFP(ピヴォ)。身長171cm。慶應義塾大学出身。 2000年にはサッカーと並行してFUN Ladiesに加入。2005年から2009年には全日本女子フットサル選手権大会で5連覇を飾っている。 2011年にはスペインのアトレティコ・マドリードに移籍。アトレティコはスペイン代表4人や元ブラジル代表などが所属していた強豪だった。スペインリーグでは優勝、スペインカップでは準優勝し、マドリード連盟カップでも優勝した。
永島 俊(ながしま しゅん, 1988年5月9日 - )は、… 永島 俊(ながしま しゅん, 1988年5月9日 - )は、東京都府中市出身のフットサル選手。元バルドラール浦安所属。ポジションはアラ。フットサル日本代表。180cmの長身で大きなストライドのドリブルを特徴とする。 フットサルの盛んな東京都府中市出身。小学生でサッカーを始め、中学年代では横河武蔵野FCジュニアユースでプレー。横河武蔵野FCでは原博実の長男・原大悟とチームメイトだった。高校年代では鹿児島実業高校にサッカー留学。2学年上に岩下敬輔、山下真太郎、1学年上に西岡謙太、赤尾公、豊満貴之らがいる。1年時の第83回全国高等学校サッカー選手権大会ではチームが優勝し、2年時の第84回サッカー選手権ではチームが準優勝した。
土井 将平(どい しょうへい、1988年4月26日 - )は… 土井 将平(どい しょうへい、1988年4月26日 - )は、島根県浜田市出身の元サッカー選手、フットサル選手。 ポジションは、FW。 159cmと小柄だが緩急のあるドリブルが魅力。
海老澤 宏樹(えびさわ ひろき、1988年3月17日 - )… 海老澤 宏樹(えびさわ ひろき、1988年3月17日 - )は、東京都出身のサッカー選手、フットサル選手。ポジションはMF。
永井 義文(ながい よしふみ、1987年12月27日 - )… 永井 義文(ながい よしふみ、1987年12月27日 - )は、兵庫県出身のフットサル選手・フットサル指導者。シュライカー大阪監督。選手時代のポジションはピヴォ。サッカー選手の永井龍は弟である。 5歳の時にサッカーをはじめ、小学年代では西宮SCでプレー。西宮市立学文中学校に在学時はセレッソ大阪 U-15に在籍し、高校年代では兵庫県立西宮南高等学校に在学しながらセレッソ大阪 U-18に在籍。U-18時代には足首を2度骨折するなど負傷に悩まされ、16歳から17歳まで1年間のリハビリ生活を送った。高校3年時にはJサテライトリーグにも出場した。 びわこ成蹊スポーツ大学に進学し、2年時には関西学生サッカー連盟春季リーグで優勝。
仁部屋 和弘(にぶや かずひろ、1987年12月13日 - … 仁部屋 和弘(にぶや かずひろ、1987年12月13日 - )は、大分県大分市出身のフットサル選手である。Fリーグ・バサジィ大分所属。ポジションはアラ。 大分県大分市出身。大分市立荏隈小学校を経て、中学年代では大分市立城南中学校に通学しながら大分トリニータ U-15に所属。高校年代では大分市を離れて大分県北部の宇佐市にある柳ヶ浦高等学校に進学。サッカー部の同学年には金尚佑(元徳島ヴォルティスなど)がおり、野球部の同学年には山口俊(横浜DeNAベイスターズ)がいた。2005年度の第84回全国高等学校サッカー選手権大会には10番を背負って出場。柳ヶ浦高等学校が全国大会に出場するのは創設以来初のことだった。
揚石 創(あげいし そう, 1987年7月8日- )は、茨城… 揚石 創(あげいし そう, 1987年7月8日- )は、茨城県出身のフットサル選手。バルドラール浦安所属。ポジションはゴレイロ。平均値が高く、シュートストップにも優れる安定したプレースタイルが持ち味。 高校まではサッカーを続け、順天堂大学入学後、大学の暇つぶしからフットサルを始める。順天堂大学jfc/GAZILを経て、当時、関東フットサルリーグ1部所属のFUGA TOKYO(現・フウガドールすみだ)に入団。在籍中の2014-15シーズンにフウガドールはFリーグへ参入した。 2017年4月、バルドラール浦安に移籍。Fリーグ5シーズン目の2018年11月17日 Fリーグ2018/2019第22節対アグレミーナ浜松において、Fリーグ通算100試合出場を達成した。
神志那 仁聖(こうじな じんせい、1987年6月30日 - … 神志那 仁聖(こうじな じんせい、1987年6月30日 - )は、大分県大分市出身のフットサル選手である。ポジションはフィクソ。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
星 龍太(ほし りゅうた 1987年6月1日 - )は、東京… 星 龍太(ほし りゅうた 1987年6月1日 - )は、東京都葛飾区出身の元フットサル選手。ポジションはフィクソ。日本代表。同じく日本代表の星翔太は実兄。 兄の星翔太と同じく暁星小学校、暁星中学校・高等学校出身。日本大学へ進学後に兄の誘いでフットサルを始めた。 FUGA TOKYOでは2009年に全日本フットサル選手権大会(PUMA CUP)優勝。この時の監督は須賀雄大であり、チームメイトには兄の翔太や佐藤亮などがいた。フウガすみだに入団したばかりの頃は須賀監督曰く「強いて言えばダイレクトパスが上手い選手」に過ぎなかったが、2010年のFUTSAL地域チャンピオンズリーグの表彰式では大仁邦彌COOが「あいつ面白いな」と語る選手に成長した。
平田 翔太(ひらた しょうた、1987年3月22日 - )は… 平田 翔太(ひらた しょうた、1987年3月22日 - )は、長崎県出身のフットサル選手、元サッカー選手。ポジションはFW。
諸江 剣語(もろえ けんご、1987年2月23日 - )は、… 諸江 剣語(もろえ けんご、1987年2月23日 - )は、石川県金沢市出身の元フットサル選手。フットサル日本代表。フリーザ。ポジションはフィクソ、アラ(2021より)。 石川県金沢市出身。小学年代では中村わかばとサッカースポーツ少年団に所属、中学年代では泉クラブのジュニアユース1期生であり、10番を背負った泉クラブでは2002年の第7回全日本ユース (U-15) フットサル選手権大会で準優勝した。高校年代では長時間電車に揺られて静岡県までセレクションを受けに行き、静岡学園高校にサッカー留学。11番を背負ってレギュラーを張った。同期には狩野健太、中村友亮、加門亮平、1学年上には小林祐三、松下幸平、横山拓也、1学年下には杉山力裕、先崎勝也などがおり、中村とは現在も親友の間柄である。
皆本 晃(みなもと あきら, 1987年1月28日 - )は… 皆本 晃(みなもと あきら, 1987年1月28日 - )は、千葉県松戸市出身のフットサル選手。立川アスレティックFC所属。元フットサル日本代表キャプテン。正確なプレーでゲーム全体をコントロールする。現在は選手と一般社団法人立川アスレティックFCの代表理事を兼任する。 千葉県松戸市出身で、幕張総合高校卒業後に府中アスレティックフットボールクラブに加入。2005年から2008年までは関東フットサルリーグでプレーし、38試合出場23得点を記録。2009年には府中がFリーグにプレーの場を移し、Fリーグでは2シーズンで41試合出場20得点の成績を残した。 2011年4月、日本代表のスペイン遠征終了後には単独でスペインに残り、2部のFSサモラ(FS Zamora)の練習に参加。
金井 智之(かない ともゆき、1987年1月23日 - )は… 金井 智之(かない ともゆき、1987年1月23日 - )は、東京都出身のフットサル選手。圧倒的なスピードでピッチを駆け回り、積極的に仕掛けるプレーを持ち味としているアタッカー。 2016年に現役引退。引退後は湘南ベルマーレの普及コーチに就任。現在はサテライトコーチも兼任。 大学卒業後に名古屋オーシャンズサテライトへ加入。第1期生のキャプテンを務め、2011年に名古屋オーシャンズトップチームへ昇格。同年のAFCフットサルクラブ選手権カタール2011優勝メンバー
中村 友亮(なかむら ゆうすけ、1986年10月6日 - )… 中村 友亮(なかむら ゆうすけ、1986年10月6日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手、現フットサル選手。サッカーでのポジションはミッドフィールダー、フットサルでのポジションはアラ。しながわシティ所属。2014年からフットサル日本代表。 154cmと小柄ではあるが瞬発力やテクニックに秀で、ドリブル突破を持ち味としている。2014-15シーズンのFリーグ登録選手中もっとも身長の低い選手である。 サッカー推薦ではなく一般入学で静岡学園高等学校に入学し、3年間親元を離れて寮生活をした。入学当初はA・B・Cと3チームある中で最下級のCチームだったが、1年冬にはAチームに昇格し、2年次には右ウイングのレギュラーとして全日本ユース選手権で準優勝し、サッカー静岡県選抜にも選出された。
上福元 俊哉(かみふくもと しゅんや、1986年9月26日 … 上福元 俊哉(かみふくもと しゅんや、1986年9月26日 - )は、千葉県千葉市出身のフットサル選手である。Fリーグ・立川・府中アスレティックFC所属。ポジションはピヴォ。 プロサッカー選手の上福元直人は実弟。 ジェフユナイテッド市原・千葉の下部組織出身。大学時代までサッカー選手としてプレーし、卒業後は大学時代の同級生に誘われフットサル選手に転身。3年間はアマチュア選手として臨時講師を務めながらプレーをした。2012-13シーズンよりFリーグ・府中アスレティックFCに加入し6年間プレー。府中の攻撃の軸を担った。 2018-19シーズン、府中時代に指導を受けた伊藤雅範の誘いを受けバサジィ大分に移籍。
藤川 朋樹(ふじかわ ともき、1986年8月15日 - )は… 藤川 朋樹(ふじかわ ともき、1986年8月15日 - )は、兵庫県猪名川町出身のサッカー選手、フットサル選手。サッカーのポジションはMF、フットサルのポジションはFP。元フットサル日本代表。Fリーグディビジョン2・デウソン神戸所属。 北陽高等学校を経て大阪体育大学に入学。大阪体育大学サッカー部では総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで優勝した。 2009-10シーズンにはFリーグ オーシャンアリーナカップと全日本フットサル選手権大会(PUMA CUP)で3位となった。2009年にミゲル・ロドリゴがフットサル日本代表新監督に就任すると初めて日本代表に招集され、10月の第3回アジアインドアゲームズ(ベトナム大会)と11月の東アジアフットサル選手権(中国・北京大会)に出場した。
石本 学(いしもと まなぶ、1986年7月31日 - )は、… 石本 学(いしもと まなぶ、1986年7月31日 - )は、北海道出身のサッカー選手、フットサル選手。 北海道出身。2002年から2004年までコンサドーレ札幌ユース(札幌第一高等学校)に所属。2005年から2008年まで札幌大学サッカー部、2007年に北海道学生サッカー連盟で最優秀FWおよびベストイレブンに選出。2009年から2011年までFリーグのエスポラーダ北海道に所属。2012年に北海道サッカーリーグのノルブリッツ北海道に移籍。2013年から東北社会人サッカーリーグのFCガンジュ岩手に所属。
滝田 学(たきた まなぶ, 1986年7月26日 - )は、… 滝田 学(たきた まなぶ, 1986年7月26日 - )は、東京都出身のフットサル選手。フットサル日本代表。ポジションはフィクソ。 幼少時には野球をしていたが、衛星放送でキャプテン翼が始まったのをきっかけに幼稚園の時にサッカーを始めた。小学校1年時にはJリーグが開幕。宿河原FCではフォワードとしてプレーし、小学5年時には川崎市多摩区選抜に選ばれている。サッカーと並行して小学4年時にフットサルスクールに通いだし、桐朋中学校・高等学校に進学すると、桐朋中学校サッカー部に在籍しながらガロジュニアユースで本格的にフットサルを行う。高校2年でサッカーから退いてフットサルに専念し、2004年の中央大学進学と同時期にガロのトップチームに昇格して関東フットサルリーグ初出場。
山本 拓弥(やまもと たくや、1986年6月22日 - )は… 山本 拓弥(やまもと たくや、1986年6月22日 - )は、茨城県出身の元サッカー選手、元フットサル選手。サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。元U-17日本代表。サッカー選手の山本啓人は実弟。 茨城県鹿島郡波崎町(現在の神栖市)出身。波崎町立波崎第一中学校、茨城県立鹿島高校に通いながら、鹿島アントラーズジュニア、明神サッカースポーツ少年団、鹿島アントラーズジュニアユース、鹿島アントラーズユースでプレーしてきた。小学生時代からカテゴリーで育ってきた選手としては、初めてトップチームに昇格した選手。
今井 翔(いまい しょう、1986年6月12日 - )は、神… 今井 翔(いまい しょう、1986年6月12日 - )は、神奈川県出身のフットサル選手。ポジションはアラ。 麻布大学附属渕野辺高等学校ではサッカー部に所属。高校3年時に第83回全国高等学校サッカー選手権大会に神奈川県代表として出場した。その後立正大学に進学。 2007年、関東フットサルリーグ・ブラックショーツに入団。2010年、ブラックショーツを退団しFリーグ・ステラミーゴいわて花巻入団。2012年、花巻のFリーグ退会を機に、チームメイトの清水誠らと共にクオーレ仙台に初期メンバーとして入団。2013年に湘南ベルマーレフットサルクラブに移籍し2年ぶりにFリーグ復帰を果たしたが、1シーズンで退団。 2014年、ヴォスクオーレ仙台に移籍。
楢崎 克之(ならさき かつゆき、1986年5月19日 - )… 楢崎 克之(ならさき かつゆき、1986年5月19日 - )は、大阪府大阪市出身の元フットサル選手、経営者。フエルテ大阪を設立し、クラブ代表、選手を兼務していた。 中学年代ではガンバ大阪下部組織に所属した。14歳だった2001年に自らフットサルクラブフエルテ大阪を設立。 2005年にはキンテツフットサルクラブに加入。 2007年にはブラジル・サンパウロ州1部のプロフットサルクラブであるADウィンプロ・グアルーリョスへ渡伯。同年、膝を損傷して帰国、2008年には手術をしている。同2008年には大阪府選抜のキャプテンとして全国選抜大会に出場。また、同年にスポーツマネジメント会社を設立。 2009年シーズンは自ら代表を務め、当時大阪府1部リーグに所属していたフエルテ大阪でプレーし、チームはリーグ戦18試合を全勝、関西リーグ1部に昇格した。
石黒 紘久(いしぐろ ひろひさ, 1986年5月9日 - )… 石黒 紘久(いしぐろ ひろひさ, 1986年5月9日 - )は、愛知県知多郡出身 のフットサル選手。アグレミーナ浜松所属。ポジションはゴレイロ。「心の許容範囲の広さ」が持ち味。 中学年代では知多サッカークラブに在籍(2期生)。東邦高校2年時には控えキーパーとして第82回高校サッカー選手権に出場している。愛知学院大学では2006年の天皇杯全日本サッカー選手権大会本大会に出場したが、1回戦のバンディオンセ加古川(兵庫県)戦では24分に退場処分を受け、チームも1-8で大敗した。2007年の天皇杯では愛知県予選決勝でFC刈谷に敗れたが、この試合でも前半終了間際に退場処分を受けている。 名古屋オーシャンズのBチームである愛知県フットサルリーグの大洋薬品/BANFF NAGOYAを経て、2009年には新設されたばかりの名古屋オーシャンズサテライトに加入。
千葉 裕也(ちば ゆうや、1986年4月30日 - )は、岩… 千葉 裕也(ちば ゆうや、1986年4月30日 - )は、岩手県出身のフットサル選手、サッカー選手。 岩手県立遠野高等学校ではサッカー部に所属。高校卒業後グルージャ盛岡に入団し、DFやMFとしてプレーした。2007年にはグルージャ盛岡を退団し、サッカーからフットサルに転向。Fリーグのステラミーゴいわて花巻に入団。2009年にはU-24フットサル日本代表候補に選ばれている。 2011年にはステラミーゴいわて花巻を退団し、サッカー競技に復帰。盛岡ゼブラに入団した。 体格を活かした空中戦を得意とする。 現役の時の背番号は27だったが本来は29(にく)がよかった。
渡邊 知晃(わたなべ ともあき、1986年4月29日 - )… 渡邊 知晃(わたなべ ともあき、1986年4月29日 - )は、福島県郡山市出身の元フットサル選手。立川・府中アスレティックFC所属。日本代表。福島県初のFリーガーである。ポジションはピヴォ。ボレーシュートの名手として知られる。2021年3月で現役を引退した。現在はABEMAでのFリーグ生中継の解説を務めている。2021年7月14日に、初版となる著書『蹴論』-シュートは考え方で決定力が高まる-を出版した。 福島県郡山市出身。小学3年時に郡山市立桃見台小学校のサッカー少年団でサッカーをはじめ、小学6年時には福島県代表として全日本少年サッカー大会に出場。郡山市立第五中学校を経て、福島県立郡山高校ではサッカー部に所属し、順天堂大学でも1年次には蹴球部に所属したが、大学2年次に順天堂大学フットサル部GAZILでフットサルをはじめた。
久保 健二(くぼ けんじ、1986年4月27日 - )は、大… 久保 健二(くぼ けんじ、1986年4月27日 - )は、大分県宇佐市出身のフットサル選手。Fリーグ・ポルセイド浜田所属。ポジションはアラ フィクソ。 Fリーグディビジョン2初年度の2018-19シーズン途中に中国の上海徐房足球倶楽部より移籍。 2021-22シーズン入団の浅賀夏樹とは、柏TOR‘82時代の友人を介して加入以前より面識があった。
青柳 佳祐(あおやぎ けいすけ、1986年1月22日 - )… 青柳 佳祐(あおやぎ けいすけ、1986年1月22日 - )は、大分県出身の元フットサル選手。現役時代のポジションはゴレイロ。元フットサル日本代表。現在はスポーツイベント業で活躍。 FPだった19歳からゴレイロに転身。ポジションながら、攻撃参加が特徴。2006年9月に日本代表候補合宿に召集され、2007年アジアインドアゲームズinマカオで日本代表初選出。2008年にはブラジルで開催された2008 FIFAフットサルワールドカップに出場した。ミゲル・ロドリゴ監督に就任後、2010年まで代表選出された。 Fリーグ創立の2007年にバサジィ大分に所属。同年の開幕戦(vsバルドラール浦安)では、自陣ゴール前からドリブルで3人を抜き去りゴールを決めた事で「超攻撃的ゴレイロ」として話題に。
辻田 沙織(つじた さおり、本名:横野 沙織(旧姓:辻田)、… 辻田 沙織(つじた さおり、本名:横野 沙織(旧姓:辻田)、1986年1月16日 - )は、日本のタレント、AonAのメンバー、フットサル選手。北海道札幌市出身。身長156cm。山羊座。血液型A型。酪農学園大学短期大学部卒業。 2006年に「ミス北海道ウォーカー」にて審査員特別賞を受賞し、タレントとしてデビュー。北海道を主な活動拠点としてローカルタレントとして活動する傍ら、アップフロントプロモーション札幌支社(旧:アップフロントエージェンシー)のフットサルチーム・サッポロチェルビーズにて中心選手としても活躍した。 2013年1月、当時コンサドーレ札幌所属であった横野純貴と結婚。同年8月21日には第1子となる女の子を出産、8月28日には名前を「心南(みなみ)」と決め、出生届も提出したことをブログで報告した。
笠井 健太(かさい けんた、1985年12月25日 - )は… 笠井 健太(かさい けんた、1985年12月25日 - )は、静岡県菊川市出身の元プロサッカー選手、元フットサル選手。現役時代のポジションはディフェンダー(サイドバック)。 3歳頃から地元の菊川市でサッカーを始め、小学2年生から中学1年生までの時期をカナダ・オンタリオ州で過ごす。帰国した後、菊川東中学校の3年次にはブラジルのサントスFCの下部組織に1ヶ月間の短期留学を経験した。高校は静岡県立袋井高等学校に進学。県大会出場に貢献するなどスピードが武器のフォワードとして活躍した。高校2年次の秋にアメリカにサッカー留学し、翌年からは再びサントスFCの下部組織へ入団してプレーした。 2004年からサンパウロ州のパウリスタFCの下部組織に移り、12月には2年間のプロ契約を結ぶ。
星 翔太(ほし しょうた、1985年11月17日 - )は、… 星 翔太(ほし しょうた、1985年11月17日 - )は、東京都葛飾区出身のフットサル選手。ポジションはピヴォ。弟の星龍太もフットサル選手である。 暁星小学校でサッカーを始め暁星中学校に進学。全国中学校サッカー大会に3年連続出場し、3年次には全国優勝も果たしている。その後暁星高校へ進学。 高校卒業後は早稲田大学スポーツ科学部に入学。大学では野球やテニス、格闘技など、様々なスポーツに挑戦したが、どれもサッカーを超越するほど熱中できるものではなかった。そんななか、須賀雄大や北原亘の誘いから、森のくまさんに参加、関東大学フットサルリーグへ参加したことがきっかけで本格的にフットサルを始めた。その後、関東フットサルリーグ昇格が決まっていたBOTSWANA FC MEGUROに入団。
倉沢 飛輝(くらさわ たかき、1985年11月4日 - )は… 倉沢 飛輝(くらさわ たかき、1985年11月4日 - )は、岩手県盛岡市出身のフットサル選手、サッカー選手。 岩手県立遠野高等学校ではサッカー部に所属。 2011年、東北フットサルリーグ1部アトレチコ郡山からステラミーゴいわて花巻に移籍。2011-12シーズン第24節府中アスレティックフットボールクラブ戦でFリーグデビューを果たした。
田中 俊則(たなか としのり、1985年10月12日 - )… 田中 俊則(たなか としのり、1985年10月12日 - )は、三重県松阪市出身のフットサル選手。ポジションはゴレイロ。元フットサル日本代表。 三重県松阪市出身で、2001年に三重県立四日市中央工業高等学校に進学。2004年1月の全国高等学校サッカー選手権大会準々決勝では、平山相太、兵藤慎剛、渡邉千真らを擁する国見高等学校と対戦し、接戦の末に0-1で敗れている。その後国見高校は決勝で6-0で大勝しており、国見高校を最も苦しめたのは四日市中央工業高校だった。高校卒業後には大阪体育大学に進学し、大阪体育大学学友会サッカー部の同期には西谷良介(デウソン神戸、フウガドールすみだ)が、2学年上には原田浩平(デウソン神戸)や須藤慎一(アグレミーナ浜松)が、1学年下には藤川朋樹(バサジィ大分など)いた。
佐藤 亮(さとう とおる, 1985年8月4日 - )は、新… 佐藤 亮(さとう とおる, 1985年8月4日 - )は、新潟県長岡市出身のフットサル選手。フットサル日本代表。2018年に現役引退した。 新潟県長岡市の長岡ビルボードFCでサッカーをはじめ、帝京長岡高校を経て順天堂大学に進学。大学時代にフットサルに出会い、大学の先輩でもある高橋健介率いるPREDATOR URAYASU(現・バルドラール浦安)に大敗したことでフットサルに目覚めた。関東フットサルリーグのFUGA MEGURO(現・フウガドールすみだ)ではキャプテンを務め、須賀雄大監督に率いられたチームは2009年に全日本フットサル選手権大会(PUMA CUP)で優勝。佐藤はFリーグ勢3クラブを含む全5試合で得点した。
久光 邦明(ひさみつ くにあき、1985年3月25日 - )… 久光 邦明(ひさみつ くにあき、1985年3月25日 - )は、ヴォスクオーレ仙台所属のフットサル選手である。ポジションはアラ。兄の久光重貴もフットサル選手。 小学1年生のときにサッカーを始める。中学生時代までは東京ヴェルディのアカデミーに在籍。桐光学園高等学校ではサッカー部に所属、元湘南ベルマーレ・鈴木将太、元東京ヴェルディ1969・久場政朋などは同期にあたる。高校卒業後は関東学院大学に進学した。 2007年、本格的にフットサル競技に転向しFリーグ・ペスカドーラ町田に入団。 2010年、町田を退団し、ステラミーゴいわて花巻に移籍。 2012年、バサジィ大分に移籍。 2013年10月、湘南ベルマーレに移籍。
渡井 博之(わたい ひろゆき、1985年3月5日 - )は、… 渡井 博之(わたい ひろゆき、1985年3月5日 - )は、静岡県静岡市出身のフットサル選手。フットサル日本代表。 静岡学園高等学校では同学年に安藤淳や谷澤達也、1学年上に永田充、1学年下に小林祐三、松下幸平、横山拓也がいた。3年時には選手権に出場(1回戦敗退)。 東海フットサルリーグのXEBRA SHIZUOKAを経て、2009年に関東フットサルリーグのFUGA TOKYOに移籍。FUGAでは地元の目黒区に住み、10番を背負った。2010年8月の神津島合宿ではチームメイトと野球やキックベースを楽しんでいる。 2011年にはFリーグのデウソン神戸に移籍したが、11月には肋軟骨を骨折して寝返りも打てない苦しい日々を送った。
伴 京次朗(ばん けいじろう、1984年11月24日- )は… 伴 京次朗(ばん けいじろう、1984年11月24日- )は、東京都出身のフットサル選手、元サッカー選手。ポジションはピヴォ。 「フットサルは日本サッカーを変える!」というスローガンを掲げ、フットサルの普及活動も行っている。
阿漕 洋子(あこぎ ようこ、1984年8月19日 - )は、… 阿漕 洋子(あこぎ ようこ、1984年8月19日 - )は、兵庫県出身の女子サッカー選手・女子フットサル選手である。サッカーにおけるポジションはディフェンダー。 中学生時代までは、宝塚バニーズの下部組織、宝塚バニーズジュニアでプレー。卒業と同時に退団して啓明女学院高校に進学し、サッカー部に入部した。1年次に全日本高等学校女子サッカー選手権大会で優勝を経験。 卒業後、武庫川女子大学へ進学し、同時にサッカー部へ入部。1-4年次と連続して全日本大学女子サッカー選手権に出場し、4年次にはチームキャプテンも務めた。一方でJFA西日本大学選抜にも選出されている。 大学卒業後、スポーツ普及活動を行うNPO法人アミティエ・スポーツクラブ京都府支部が運営する女子サッカーチームに入団するが、すぐに退団してバニーズ京都サッカークラブに入団。
半田 徹也(はんだ てつや、1984年5月13日 - )は、… 半田 徹也(はんだ てつや、1984年5月13日 - )は、神奈川県出身のフットサル選手である。既婚。
中島 涼太(なかしま りょうた、1984年5月10日 - )… 中島 涼太(なかしま りょうた、1984年5月10日 - )は、岐阜県垂井町出身のプロフットサル選手。弟の中島千博もフットサル選手。元妻はスノーボーダーの内山ミエ。 静岡翔洋高校卒業後、会社員として働きながら東海フットサルリーグ2部のFALCO GIFU(ファルコ岐阜)でプレー。テスト生を経て、2010年7月にFリーグの湘南ベルマーレフットサルクラブに移籍。岐阜県出身者として初のFリーガーとなる。 2011年、ステラミーゴいわて花巻に移籍。2012年4月、Fリーグに新たに加盟したアグレミーナ浜松に移籍。2014年4月、ヴォスクオーレ仙台へ移籍。2016/2017シーズンはヴォスクオーレ仙台サテライトの選手兼監督に就任。
金 宏明(キム・グァンミョン/キム・グェンミョン、김광명/김… 金 宏明(キム・グァンミョン/キム・グェンミョン、김광명/김굉명、1984年2月25日 - )は、東京都葛飾区出身のサッカー選手、フットサル選手。ポジションはMF、ウイングFW。小柄だがリズミカルで切れ味あるドリブルを得意とする選手[要出典]。アメリカ3部リーグのダービーシティ・ローバーズ所属。 日本生まれ日本育ちの在日コリアン3世。韓国のプロサッカーリーグであるKリーグなどでプレー経験がある。 彼には「金宏明」という名前で2つの呼び名がある。主に日本ではキム・グァンミョン(김광명)、そして韓国ではキム・グェンミョン(김굉명)として呼ばれている。彼は生まれてから韓国で活動するまでキム・グァンミョン(金宏明、김광명)として活動してきた。
肥沼 謙(ひぬま けん、1983年8月8日 - )は、東京都… 肥沼 謙(ひぬま けん、1983年8月8日 - )は、東京都出身のフットサル選手。ポジションはゴレイロ。
岡部 将和(おかべ まさかず、1983年8月1日 - )は、… 岡部 将和(おかべ まさかず、1983年8月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の元フットサル選手。職業はドリブルデザイナー。 神奈川県横浜市生まれ。兄の影響で5歳からサッカーをはじめ、幼少期からプロサッカー選手を目指す。小学1年生よりあざみ野FCに所属し、15期生として第20回全日本少年サッカー大会神奈川県大会初優勝に貢献。神奈川県選抜にも選ばれた。 中学校入学と同時に横浜マリノスジュニアユースに所属。入団当初から上の学年に交じってプレーしていたが、身体も小さく足も遅かったため、主に藤本淳吾や栗原勇蔵らにパスを供給する役割を担っていた。しかし、年を追うごとに出場機会も減り、最終的にはチームを離れることになった。
後呂 康人(うしろ やすと、1983年7月29日 - )は、… 後呂 康人(うしろ やすと、1983年7月29日 - )は、ペスカドーラ町田所属のフットサル選手。ポジションはアラ・ピヴォ。 小学2年からサッカーを始め、高校時代は静岡学園高等学校サッカー部に所属、卒業後は福井工業大学に進学しサッカー部に所属。 2004年大学2年時に、NIKE主催でリフティングパフォーマンスを競うフリースタイルクラッシュの東京、大阪両大会で優勝し、初代日本一に輝いた。 大学卒業後、フットサルに転向。ペスカドーラ町田の母体となったCASCAVELに入団しFリーグ参入後もプレーを続けた。 2010年にペスカドーラ町田を退団し、ステラミーゴいわて花巻に移籍。キャプテンとして2年間プレーしたのち、ブラジルサンパウロ州1部リーグA.A.A ITAPEVAに移籍。
小曽戸 允哉(おそど のぶや、1983年6月28日 - )は… 小曽戸 允哉(おそど のぶや、1983年6月28日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身のフットサル選手。九州2部リーグ・バサジィ大分サテライト所属。ポジションはアラ。「オソドリブル」と称されるテクニカルなドリブルが持ち味。サッカー選手としてアルゼンチンとパナマで8年間プレーをした経歴を持つ。 幼稚園年長時に浦和市の木崎サッカー少年団に入団。兄も同チームに所属しており、父親はコーチを務めていた。中学年代では浦和市立木崎中学校サッカー部でキャプテンを務め、埼玉県大会でベスト4となった。 中学2年時にアルゼンチンに留学したことがきっかけで中学卒業後にアルゼンチンに渡り、コルドバ州のCAタジェレスに入団。
原田 浩平(はらだ こうへい、1983年6月25日 - )は… 原田 浩平(はらだ こうへい、1983年6月25日 - )は、大阪府・大阪市出身のフットサル選手。ポジションはピヴォ。フットサル日本代表。 小学5年生時にサッカーを始め、主に左サイドハーフやトップ下としてプレー。スポーツ推薦で清風高校に進学し、高校ではキャプテンを務めた。大阪体育大学でもサッカー部に所属していたが、友人に誘われて4年時にフットサルをはじめ、大学卒業後にはブラジル・サンパウロ州に短期留学してプロフットサルチームの練習に参加。帰国後には京都府1部リーグのリンドバロッサに所属し、フットサル場のアルバイトをしながら泉佐野市内に住んでいた。 2007年のFリーグ発足が決定すると、リンドバロッサ・セレゾン神戸(兵庫県)・セレゾン浜松(静岡県)の3チームが提携し、デウソン神戸を設立してFリーグに参加。
阿部 哲也(あべ てつや、1983年6月24日 - )は北海… 阿部 哲也(あべ てつや、1983年6月24日 - )は北海道室蘭市出身の元フットサル選手、又は元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。 サッカーの名門校である室蘭大谷高等学校から、2002年にコンサドーレ札幌に入団し、2004年のJ2開幕戦、ヴァンフォーレ甲府戦でGKの藤ヶ谷陽介の警告による退場によりJデビューを果たす。続く第2節の大宮アルディージャ戦ではスタメン出場を果たす。しかし、レギュラーの座を射止めるにはいたらず、2006年8月1日に病気治療に専念することを理由として退団した。 札幌在籍時代は実家が飲食店経営、そしてインタビューの際に食べ物に関する受け答えが多く、年俸交渉の際に「お腹いっぱいご飯が食べたい」という要求をしたという逸話も。