ゆうき まさみ(本名:佐藤 修治、本名読み:さとう しゅうじ… ゆうき まさみ(本名:佐藤 修治、本名読み:さとう しゅうじ、1957年12月19日 - )は、日本の男性漫画家。北海道虻田郡倶知安町出身(札幌市生まれ)。北海道倶知安高等学校卒業。 1980年(昭和55年)『月刊OUT』(みのり書房)に掲載された「ざ・ライバル」でデビュー。当初はプロの漫画家になるつもりはなく、サラリーマン稼業の傍らでみのり書房やラポートの雑誌で活動する。退職後に「きまぐれサイキック」で『週刊少年サンデー』(小学館)での活動を開始し、以降主に同誌において活躍した。 代表作に『究極超人あ〜る』・『機動警察パトレイバー』・『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』など。 1957年(昭和32年)に北海道札幌市で生まれる。
黒沢 哲哉(くろさわ てつや、1957年12月19日 - )… 黒沢 哲哉(くろさわ てつや、1957年12月19日 - )は、日本の漫画原作者・著作家・編集者。 東京都葛飾区出身。早稲田大学第二文学部卒。昭和の漫画・駄玩具コレクターとしての著書やテレビ出演もある。柴又のおもちゃ博物館名誉館長。2009年より手塚治虫公式サイトでコラムを連載。2016年より小学館クリエイティブ書籍コミック部編集長。2017年4月、日本全国に残るエロ本自販機や自販機業者などを取材した著書『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』を刊行、メディアの注目を集める。
高野 文子(たかの ふみこ、1957年〈昭和32年〉11月1… 高野 文子(たかの ふみこ、1957年〈昭和32年〉11月12日 - )は、日本の女性漫画家・イラストレーター。新潟県新津市(現:新潟市秋葉区)出身。 看護師として勤める傍ら、1979年『JUNE』掲載の「絶対安全剃刀」で商業誌デビュー。従来の少女漫画とも少年・青年漫画とも隔絶した作風が注目され、大友克洋やさべあのまなどとともに漫画界の「ニューウェーブ」の旗手と目された。デビュー30年で単行本7冊ときわめて寡作であるが、強弱のない単純な線と独特な演出方法、一読では理解しがたい心理描写などが特長とされる。 夫はフリー編集者の秋山協一郎。秋山はワセダミステリクラブ出身で、綺譚社の発行人として大友克洋の『GOOD WEATHER』(1981年)『BOOGIE WOOGIE WALZ』(1982年)や高野の『おともだち』(1982年)を刊行している。
宮川 総一郎(みやかわ そういちろう、1957年11月10日… 宮川 総一郎(みやかわ そういちろう、1957年11月10日 -)は、日本の漫画家、プロデューサー、起業家。東京都出身。水谷潤(みずたに じゅん)の名義でも活動している。 小学生の頃から漫画を描き始め、1980年『別冊近代麻雀』に掲載された『先輩君シリーズ』でデビュー。作品は『マネーウォーズ』『まんが株実践講座』『兜町ウォーズ』など。 「水谷潤」名義での作品は『ロックギターストーリー』などがある。 1987年にゲーム会社「ファミリーソフト」を設立。ゲームソフト『あすか120%』などのプロデュースを手がける。 日本漫画家協会、マンガジャパン会員。
かがみ あきら(1957年10月22日 - 1984年8月9… かがみ あきら(1957年10月22日 - 1984年8月9日)は、日本の漫画家。本名:鏡味 晃。「かがみ♪あきら」という表記も存在していたが、一般的には「かがみあきら」と表記する。他に「あぽ」および「山田栄子」というペンネームも使用していた。
高橋 留美子(たかはし るみこ、1957年〈昭和32年〉10… 高橋 留美子(たかはし るみこ、1957年〈昭和32年〉10月10日 - )は、日本の漫画家。女性。有限会社るーみっくプロダクション代表取締役。新潟県新潟市出身。血液型A型。 1978年『勝手なやつら』でデビュー。代表作に『うる星やつら』『めぞん一刻』『らんま1/2』『犬夜叉』『境界のRINNE』など。特にラブコメディを得意としており、そのキャラクター造形は「萌え」の原型の一つとも言われている。 少年漫画の分野における女性漫画家の草分け的存在で、代表作はいずれもTVアニメ化されヒットを記録、長期シリーズ化され、単行本の世界累計発行部数は1995年に1億部、2017年には2億部を突破した。 その個性的な独特の世界観は、しばしば「るーみっくわーるど」と称され、作品集のタイトルにも用いられている。
矢野 健太郎(やの けんたろう、1957年〈昭和32年〉10… 矢野 健太郎(やの けんたろう、1957年〈昭和32年〉10月3日 - )は、日本の漫画家。主な作品に『ネコじゃないモン!』などがある。大阪芸術大学の漫画アニメーション研究会グループ「CAS」の創設者。 東京都生まれ。大阪府立島上高等学校卒業。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科を4年次に中退。 小学校3年生の頃から友人の影響でマンガを描き始め、「マンガ家入門」(石森章太郎:著)を買い、6年生で初めてペンとインクを使う。 府立島上高校では漫画研究部創設に係わり、大阪芸大では漫画アニメーション研究会グループ「CAS(かす)」を設立し初代会長となる。 「矢野」姓は本名であるが、ペンネームの全体は学生時代、恩師があだ名として付けた、同姓同名の数学者に由来する。
高口 里純(たかぐち さとすみ、1957年〈昭和32年〉9月… 高口 里純(たかぐち さとすみ、1957年〈昭和32年〉9月30日 - )は、日本の漫画家、同人作家。血液型はA型。日本漫画家協会・マンガジャパンの元会員。 栃木県鹿沼市出身、在住。宇都宮女子商業高校(現在の宇都宮文星女子高等学校)を卒業。 小学校低学年でプロの漫画家になりたいと思い、小学5年で全国展開していた肉筆同人誌『扉』に参加。中学時代には『週刊マーガレット』(集英社)に投稿し、期待賞やホープ賞を貰うようになる。高校卒業後、アルバイトをしながら漫画家を目指して投稿を続け、1977年〈昭和52年〉、第2回「白泉社アテナ大賞」第2席を受賞し、翌1978年、『花とゆめ』第6号:3月20日号(白泉社)に受賞作『赤いシャッポ』が掲載され漫画家デビューした。
石山 東吉(いしやま とうきち、男性、1957年9月23日 … 石山 東吉(いしやま とうきち、男性、1957年9月23日 - )は、日本の漫画家。大分県大分市出身。血液型はO型。愛称はトキちゃん、トキさん、トンちゃん。左目の傷がトレードマーク。 大分県立芸術緑丘高等学校、大阪芸術大学卒。若い頃から不良少年として地元で有名であった。大学在学時はボクシング部に所属。卒業後、大阪でどおくまんのアシスタントをしていたが、人手が足りているとのことで上京し、車田正美のプロダクションの「神輪会」でチーフアシスタントを務める。1986年、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて「闘神サイト」でデビューした。 石山の作風と絵柄は、代表作の『チキン・クラブ』や『男旗』を始めとして師匠である車田の影響が強く表れているのも大きな特徴である。
秋月 りす(あきづき りす、1957年9月16日 - )は、… 秋月 りす(あきづき りす、1957年9月16日 - )は、日本の女性漫画家。福岡県生まれ、大阪府育ち。「秋月りす」はペンネームで本名は非公開(「秋月」は福岡県朝倉市に実在する地域名である)。血液型A型。 小学生の頃に家族と大阪府に移住した。妹がいる。 関西大学文学部国文学科卒。現在はインテリアコーディネータの夫と奈良県奈良市に在住する。ただし、秋月には子供はいない。下戸であり、ペットに猫の「みりん」(♀)と「ちび」(♂)がいて、エッセイ漫画に頻繁に登場していたが、「みりん」は21歳、「ちび」は18歳で他界。現在は「とらぴー」(♀)を飼っている。 1988年にアフタヌーン四季賞にて『奥さま進化論』でデビュー。
マディ上原(マディうえはら 1957年9月15日 - 200… マディ上原(マディうえはら 1957年9月15日 - 2009年12月22日)は、日本の漫画家。東京都目黒区生まれ。ペンネームはブルース・シンガーのマディ・ウォーターズに由来。 明治学院高等学校卒業。高校時代の漫画同人誌の仲間には西秋ぐりん、なんきんがいた。明治学院大学文学部仏文科中退。 1981年、谷岡ヤスジのアシスタントとなる。1982年『漫画サンデー』でデビュー。アメリカン・アンダーグラウンド・コミックスの影響を感じさせる、独特なギャグ漫画で描く。 1986年、いしかわじゅんの紹介で知り合った漫画家の原律子と結婚したが、のち、離婚。 1990年代後半からは、商業誌での漫画作品の発表は行わなくなっていた。
春日 光広(かすが みつひろ、1957年8月3日 - )は、… 春日 光広(かすが みつひろ、1957年8月3日 - )は、日本の漫画家。福岡県出身・在住。九州産業大学卒業。代表作は『ザ・サムライ』で、のちに映画化されている。執筆した作品はほぼ全て博多が舞台になっている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
戸部 けいこ(とべ けいこ、1957年7月30日 - 201… 戸部 けいこ(とべ けいこ、1957年7月30日 - 2010年1月28日)は、日本の漫画家。兵庫県尼崎市出身。本名非公表。作品に『光とともに…』がある。 関西大学経済学部を卒業後、1986年に秋田書店『月刊プリンセス』掲載の『亜季のゴール』で漫画家活動を開始。家族構成は、戸部本人と夫、長男、次男の4人家族。2人の息子は戸部の仕事を助けていた。影響を受けた人物・事柄として、槇村さとると山崎豊子、自らの育児経験を挙げる。 『フォアミセス』(秋田書店)で連載した『光とともに…』は、多くの自閉症の子供を抱える親、施設関係の人に取材を重ねて描いた作品であり、2004年に第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したほか、同年4月には日本テレビでテレビドラマ化された。
まさき 輝(まさき あきら、1957年(昭和32年)7月6日… まさき 輝(まさき あきら、1957年(昭和32年)7月6日 - )は、日本の漫画家。徳島文理大学短期大学部卒業。高知県四万十市(旧:中村市)出身。 高知県四万十市(旧:中村市)出身。高知県立幡多農業高等学校を卒業し、徳島文理大学短期大学部保育科に進学、卒業する。 1976年(昭和51年)、18歳の時に講談社新人まんが賞を受賞し「学園ジョッキー大混戦」でデビュー。代表作に『おはよう空!』『紀子と竜一』などがある。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
鎌田 洋次(かまた ようじ、1957年7月3日 - )は、日… 鎌田 洋次(かまた ようじ、1957年7月3日 - )は、日本の漫画家。男性、宮城県登米市中田町浅水出身。 1979年、週刊少年マガジンSPECIAL増刊掲載の『俺たちの三遊間』 でデビュー1981年、『こんちきちん』で週刊ヤングマガジンに初の連載。 主に青年漫画雑誌を舞台としていて、スポーツ漫画を数多く描いている。漫画でも野球、サッカーだけでなく、体操や自転車などのジャンルのスポーツ漫画も手がけている。 また、登山・山岳漫画の数少ない描き手[要検証 – ノート]でもある。 2010年現在、つりコミックにて『Match the Hatch』を連載中。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
関 よしみ(せき よしみ、1957年6月21日 - )は、日… 関 よしみ(せき よしみ、1957年6月21日 - )は、日本の漫画家。山口県下関市吉見町出身。女性。少女漫画の絵柄で、ホラー、サイコ・サスペンスを執筆する。シチュエーションホラーの女王と評されるホラー作家。 高校在学中に漫画にはまり込み、執筆活動を開始。卒業後は下関で活動していた文月今日子のアシスタントにつき、平行してなかよしマンガスクールへ作品の投稿を続ける。第18回なかよし少女フレンド新人まんが賞に入賞し、1980年『なかよしデラックス』4月号にて「乙女椿の花の下」でデビューを飾る。 デビュー当時のペンネームはいとうかよこだったが、1983年に現名義の関よしみに改める。なお由来は下関市吉見町出身だからとのこと。
三輪 修平(みわ しゅうへい、1957年6月6日 - )は、… 三輪 修平(みわ しゅうへい、1957年6月6日 - )は、日本の漫画家。 和歌山県和歌山市生まれで大阪府大阪市育ち。 代表作は『劇画大楠公』、『宇宙への飛翔』 ともに第三文明社刊。『劇画松下村塾』。 山口大学工学部土木工学科(現社会建設工学科)1982年3月卒。 子供の頃は『鉄人28号』や『巨人の星』を見て育ち、青年期は池上遼一作品の影響を受けたという。 デビュー作品は1999年の『今日もにゃんだフル』。これは「月刊ごろちゃんの家」(感性生活科学出版社刊)に連載されていたホームコメディ。
小河原 智子(おがわら ともこ、1957年6月6日 - )は… 小河原 智子(おがわら ともこ、1957年6月6日 - )は、日本の似顔絵アーティスト、漫画家、イラストレーター。東京都荒川区出身。武蔵野美術大学卒業。 現在は、読売新聞契約似顔絵作家として新聞紙面の似顔絵を担当。雑誌等の似顔絵イラストでも活動中。独自に考案した『ポジション式似顔絵法』の理論で、NHK「ためしてガッテン」「趣味悠々」などのTV出演多数。 似顔絵スクールや通信教育の講師をすることにより似顔絵の普及につとめている。(株)星の子プロダクション取締役。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
逢坂 みえこ(おうさか みえこ、1957年5月16日 - )… 逢坂 みえこ(おうさか みえこ、1957年5月16日 - )は、日本の漫画家。大阪府出身。女性。関西大学文学部英文学科卒業。血液型はAB型。 1982年、『ぶ〜け』(集英社)に掲載の「美味しいのがいい!」でデビュー。以後、『ぶ〜け』『YOUNG YOU』(いずれも集英社)に作品を掲載。1991年、『永遠の野原』で第15回講談社漫画賞少女部門を受賞。その後、『モーニング』増刊(講談社)、『ビッグコミックオリジナル』(小学館)などの男性誌や、『コーラス』(集英社)などに作品を発表している。 39歳の時、男児を出産。その経験を活かした「育児なし日記vs育児され日記」を『ひよこクラブ』(ベネッセコーポレーション)に連載していた。
近藤 ようこ(こんどう ようこ、1957年5月11日 - )… 近藤 ようこ(こんどう ようこ、1957年5月11日 - )は、日本の漫画家。 新潟県新潟市出身。新潟県立新潟中央高等学校時代、高橋留美子らと共に漫画研究会を設立し活動、近藤は副部長を務めていた。折口民俗学にあこがれて國學院大學文学部文学科に進学。大学在学中に『ガロ』1979年5月号にて投稿作品「ものろおぐ」でデビューし、大学卒業後は書店勤務の傍ら『劇画アリス』『漫画ダイナミックス』『マンガ奇想天外』『漫金超』などに作品を発表する。同じ『ガロ』で活躍した、やまだ紫、杉浦日向子と「ガロ三人娘」と呼ばれた。 初期の作品は青年期の自意識を反映した私小説風のものが多かったが、やがて民俗学・国文学の素養を足場にして構想豊かな作品を手がけるようになる。
魚戸 おさむ(うおと おさむ、本名:魚戸 修、1957年5月… 魚戸 おさむ(うおと おさむ、本名:魚戸 修、1957年5月9日 - )は、日本の漫画家。北海道函館市出身。 上京後、星野之宣・村上もとかのアシスタントを経て、1985年の『わんぱっくコミック』(徳間書店)に『忍者じゃじゃ丸くん』を執筆、商業誌デビューを果たす。漫画雑誌での初連載作品は1987年に『月刊コロコロコミック』(小学館)にて開始された『熱拳カンフークラブ』。代表作にテレビドラマ化された『家栽の人』(原作:毛利甚八)、『イリヤッド-入矢堂見聞録-』(原作:東周斎雅楽)などがある。 生活クラブの組合員であり、クラブが提携する特産品を紹介するコーナーのイラストをクラブの情報誌で担当している。
山本 康人(やまもと やすひと、1957年5月7日 - )は… 山本 康人(やまもと やすひと、1957年5月7日 - )は、日本の男性漫画家。東京都武蔵野市出身。血液型A型。主に青年向けの漫画雑誌などに執筆している。 1979年、集英社『ヤングジャンプ』にて「教授イン・ザ・ブルー」でデビュー。 当初はしまかおる名義にて任侠漫画を描いており、いずれも1~2巻という短期作品であった。 1987年山本康人に改名後、秋田書店の『プレイコミック』に連載された競輪を題材とした劇画『打鐘』が、全12巻という自身初の長期連載となる。 1993年より講談社『週刊モーニング』に連載された『鉄人ガンマ』にて、1994年第18回講談社漫画賞を受賞。以降講談社をはじめ、集英社、小学館、双葉社などで青年誌を中心として多数の連載を手がけた。
中西 やすひろ(なかにし やすひろ、1957年4月13日 -… 中西 やすひろ(なかにし やすひろ、1957年4月13日 - )は、日本の漫画家。 脚本家の中西やすひろとは別人。 福岡県福岡市出身。本名、中西泰博。武蔵野美術大学卒業。 『僕の彼女はスーパービューティー』でデビュー。ハーレムものに近いラブコメディを描くのを得意とする。成年漫画スレスレの性描写を盛り込ませた作品が多いが、2004年の『幸せレストラン』以降、料理をメインテーマに据えた作品を発表している。代表作の『Oh!透明人間』は、2010年と2014年に実写映画(オリジナルビデオ)化された。 高校生の頃「りぼん」に感化され、少女漫画家を志す。恋愛漫画を描くつもりだったが、編集部から「透明人間もの」を提示され、更にお色気路線で行くことになった。
安土 じょう(あづち じょう、1957年4月11日 - )は… 安土 じょう(あづち じょう、1957年4月11日 - )は、日本の漫画家。旧名:金山 静夫(かなやま しずお)。 1976年、石森プロに入社。石森のアシスタントを志していたが、人数が足りていたため、版権イラストなどを担当した。 1979年、独立したシュガー佐藤に代わり石森のアシスタントに加わる。 1982年に石森プロから独立し、『仮面ライダーZX』(冒険王連載)でデビュー。 1987年、安土じょうに改名。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
板垣 恵介(いたがき けいすけ、1957年4月4日 - )は… 板垣 恵介(いたがき けいすけ、1957年4月4日 - )は、日本の漫画家、元陸上自衛隊第一空挺団所属。北海道釧路市出身。本名は板垣 博之(いたがき ひろゆき)。刃牙や餓狼伝に代表される格闘技を題材とした作品を書いている。既婚者で三女の父親であり、三女は、同じく漫画家の板垣巴留。 少年時代から格闘家に対する憧れが強く、阿寒高校時代には少林寺拳法に励み、二段位を取得した。高校卒業後、一旦は地元企業に就職するも、間もなく退職した。 20歳のときに陸上自衛隊に入隊し、陸自屈指の精鋭部隊である第1空挺団に約5年間所属した。その間、アマチュアボクシングで国民体育大会に出場したこともある。 この時に小銃など総重量30kgの荷物を背負いながら、真夏の富士山麓を100キロ歩き続ける訓練を完遂し、「この訓練が人生で一番きつかった。
藤田 和子(ふじた かずこ、1957年3月18日 - )は、… 藤田 和子(ふじた かずこ、1957年3月18日 - )は、日本の漫画家。新潟県出身。女性。北海道札幌東高等学校卒業。
岡崎 二郎(おかざき じろう、1957年3月9日 - )は、… 岡崎 二郎(おかざき じろう、1957年3月9日 - )は、日本の漫画家。兵庫県西宮市出身。1980年に多摩美術大学デザイン学科卒業後、広告代理店を経て、1986年に「仏陀降臨す」がビッグコミック賞佳作に入選してデビューし、フリーの漫画家となる。2023年、自身のサイトを開設し新作漫画を発表。俳優の沙倉ゆうのは姪。 科学や歴史等の幅広い知識を活かしたSF作品を主に、スローペースながら数多く描いている。特に代表作とも言える『アフター0』のような短編オムニバスを得意としている。 先端科学や超常現象、宗教等まで幅広い分野からアイデアを引き出すが、特に生命の生態系に関しては詳しく、人類による環境破壊に対する警鐘、絶滅生物や絶滅危惧生物を扱った話が多くみられる。
山田 章博(やまだ あきひろ、1957年2月10日 - )は… 山田 章博(やまだ あきひろ、1957年2月10日 - )は高知県高知市生まれ、京都府在住の漫画家、イラストレーター。
岩館 真理子(いわだて まりこ、1957年2月8日 - )は… 岩館 真理子(いわだて まりこ、1957年2月8日 - )は、日本の漫画家。北海道札幌市出身。 1973年(昭和48年)、『週刊マーガレット』(集英社)秋の増刊号に掲載された「落第します」でデビュー。以後、同誌を中心に執筆。70年代は陸奥A子・田渕由美子などに代表される、いわゆる乙女チックラブコメ風の作品を発表していたが、80年代に入ってからシリアスものに路線を変更している。90年代からは主にヤングユーなどの女性誌で執筆している。 作風は、大人の女性の等身大の恋愛を描いたものから、少女を主人公にした幻想的なものまで幅広く、繊細な感受性から生み出される独特の作品世界は、淡麗な絵柄とも相まって、多くの読者の支持を集めている。
中里 融司(なかざと ゆうじ、1957年2月4日 - 200… 中里 融司(なかざと ゆうじ、1957年2月4日 - 2009年6月18日)は、日本の小説家、漫画原作者、戦史研究家。日本SF作家クラブ会員。 東京都杉並区出身。武蔵大学経済学部卒業。 創作活動の出発点は漫画家としてであり、武蔵大学漫画研究会の旗揚げに関わった。大学卒業後、銀行員として社会人生活を送っていたところ、身体を壊して退職したのを機に漫画家への転身を決意し、いくつかの漫画賞に応募する。 白泉社の月刊『アニマルハウス』誌においてストーリーテリングを評価され、漫画原作者としてデビューすることになり、『鬼十郎妖戦録』シリーズ(作画:近石雅史)などの原作を担当する。 『アニマルハウス』休刊に伴い、小説家への転身を決意。
野部 利雄(のべ としお、1957年1月18日 - )は、日… 野部 利雄(のべ としお、1957年1月18日 - )は、日本の漫画家。栃木県宇都宮市出身。和光大学卒。 1979年、第18回手塚賞佳作受賞(『花と嵐がいく』)。同期受賞者に北条司、藤原カムイ。 ラブコメ、ファンタジー、美少女SF、ボクシング漫画等の長編を好んで執筆する。読者の期待を裏切らない類型的なパターンを踏襲したストーリー展開と、昭和50年代風のペンタッチを基調とする絵柄が特徴。代表作に『わたしの沖田くん』など。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
横山 秀夫(よこやま ひでお、1957年1月17日 - )は… 横山 秀夫(よこやま ひでお、1957年1月17日 - )は、東京都生まれの小説家、推理作家、漫画原作者。 東京都立向丘高等学校、国際商科大学(現在の東京国際大学)商学部卒業。大学時代は躰道部に所属。1979年上毛新聞社に入社。12年間記者として勤務した後に作家として独立。1991年「ルパンの消息」が第9回サントリーミステリー大賞佳作を受賞した。その後7年間、『週刊少年マガジン』にて漫画原作(ながてゆか作画『PEAK!』など)や児童書の執筆、警備のアルバイトなどをする。1998年に「陰の季節」で第5回松本清張賞を受賞し小説家デビュー。2000年「動機」で日本推理作家協会賞を受賞。 2002年、『半落ち』が第128回直木三十五賞候補作となる。
山科 けいすけ(やましな けいすけ、1957年 - )は、日… 山科 けいすけ(やましな けいすけ、1957年 - )は、日本の漫画家。本名、簗島馨(やなしま かおる)。妻は漫画家の森下裕美。 1957年、東京都北区赤羽台出身。東洋大学卒。子供の頃から漫画が好きで、大学時代『週刊少年ジャンプ』の新人賞に投稿する。選にはもれたが編集者の勧めで漫画を描き続け、月刊誌に掲載された経験を持つ。 1983年、『週刊ヤングジャンプ』にて、『キャンパスすくらんぶる』 でデビュー。 1984年、『週刊ヤングジャンプ』にて、『かっとびハート』 が連載開始。外枠はいしいひさいち『バイトくん』の流れを汲む三流大学生もののギャグ4コマだが、むしろ同じいしい作品でも『地底人の逆襲』的なシュールさが加わっており、さらにこれらを破壊的な方向へパワーアップして独自の方向性を打ち出した。
ソルボンヌK子(ソルボンヌケイこ、1957年 - )は、日本… ソルボンヌK子(ソルボンヌケイこ、1957年 - )は、日本の漫画家、元大学講師。 山口県宇部市出身。ペンネームとして旧姓の鹿野景子を用いることもある。本名、唐沢景子。元夫は著述家の唐沢俊一。 高校卒業後、上京し庄司陽子のアシスタントとなる。講談社の少女漫画で司みい名義でデビュー、レディースコミックやホラー漫画を多く手がける。1976年にクモ膜下出血で倒れ、翌年には外科手術にともなう輸血がもとで血清肝炎を患っている。退院後、闘病生活をもとにした作品を多数発表し、その中の一編を読んだ唐沢俊一から文通をへて結婚。夫である俊一と共著も多く、俊一の本の挿絵や漫画の多くはK子の手による物も少なくない。貸本ホラー漫画は夫婦共通の趣味であり、旧作の復刻も行っている(唐沢俊一のK子の項も参照)。
井口 真吾(いぐち しんご、1957年 - )は、日本の漫画… 井口 真吾(いぐち しんご、1957年 - )は、日本の漫画家。広島県広島市出身。 1984年漫画の中で誕生したキャラクター「Zちゃん」の世界をもとにキャラクターや仮想世界の可能性を探求する「Zプラン」を開始。 以後、漫画、絵本、絵画、小説、アニメ、パフォーマンスなど様々な活動を通して「Zちゃん」の世界を表現し続けている。 1983年より月刊『ガロ』に断続的に10年にわたり連載する。 2010年には上海万博記念版画展へ草間彌生、横尾忠則らと共に日本人作家、代表の1人として選出され出展。万博会場はもとより中国、日本のギャラリー各所にて作品が巡回された。
前川 つかさ(まえかわ つかさ、1957年または1958年 … 前川 つかさ(まえかわ つかさ、1957年または1958年 - )は、日本の漫画家。本名は前川 司。男性。 福島県田村郡三春町に生まれる。福島県立安積高等学校の1年先輩に芥川賞作家の玄侑宗久がいる。 中央大学卒業。1980年代中頃、とある出版社で不採用になった帰りに、辰巳出版に原稿を持ち込む。同出版社の4コマ漫画雑誌でデビュー。 1986年、『週刊モーニング』誌上にて『大東京ビンボー生活マニュアル』を連載。人気作品となる。 1989年、『ビッグコミックオリジナル』(後に『週刊ポスト』に掲載誌を変更)にて『票田のトラクター』を連載開始。原作は政治ジャーナリストのケニー鍋島で、政界をテーマとした政治漫画の先駆けとなる。
楠 みちはる(くすのき みちはる、1957年 - )は、日本… 楠 みちはる(くすのき みちはる、1957年 - )は、日本の漫画家。男性。高知県出身。妻は同じく漫画家の伊藤ゆう。 代表作には『湾岸ミッドナイト』シリーズ、『あいつとララバイ』、『シャコタン☆ブギ』等があり、以上の作品はそれぞれアニメ化および実写化されている 。 1977年、第9回週刊少年チャンピオン新人まんが賞に「テストライダー」が佳作入選(「楠 通春」名義)する。審査員の1人である石井いさみは「一生けん命に描いている」ことを評価しながら、「人物デッサンや構図の難」、「オートバイの重量感を表現しようとする努力はうかがえるが、背景とのバランスが悪くて重さが感じられない」と評している。 『月刊少年チャンピオン』(秋田書店)1979年2月号に「あこがれの白いスポーツカー」が掲載されてデビュー。
小椋 冬美(おぐら ふゆみ、1956年12月25日 - )は… 小椋 冬美(おぐら ふゆみ、1956年12月25日 - )は、群馬県出身の漫画家。本名は後藤彩。血液型B型。
佐香 厚子(さこう あつこ、1956年〈昭和31年〉11月2… 佐香 厚子(さこう あつこ、1956年〈昭和31年〉11月23日 - )は、日本の漫画家。岩手県宮古市出身、盛岡市在住。1977年、神奈川県立外語短期大学卒業。1977年、『週刊少女コミック』(小学館)の4月24日号に『いちごパフェでデート』が掲載されデビューする。 1977年、『ちゃお』(小学館)創刊号にて『雲にのったら』を発表し、以降『ちゃお』で読み切りを多数発表。小学館では『プチセブン』『プチコミック』『Judy』『フォアレディ』で長いことレディスコミックで描き続けた。小学館のマタニティ雑誌『P-and』『幼児と保育』、学年誌、『ミニレディ百科』シリーズ等、をはじめ、実用育児書 まで多岐にわたる。
来賀 友志(くが ともし、1956年11月11日 - 202… 来賀 友志(くが ともし、1956年11月11日 - 2022年5月8日)は、日本の漫画原作者・編集者。本名は江畑博之。他名義として、注連木 賢(しめのぎ けん)、五條 敏(ごじょう びん)がある。鹿児島県出身。ラ・サール中学校・高等学校、早稲田大学卒。 竹書房『近代麻雀』の編集長を経て劇画原作者になる。1983年、読切「牌のレクイエム」(作画:嶺岸信明 『別冊近代麻雀』1983年12月号-1984年1月号掲載)を発表しデビュー。代表作は『天牌』(嶺岸信明作画)。 手掛ける作品は麻雀を題材にした作品が主だが、ヤクザ物やアクション物なども発表している。 漫画の原作のほかにも、フジテレビONEで放送されている麻雀バラエティ番組『極雀』に4度出場し全て優勝の偉業を成し遂げている。
さいとう はるお(1956年10月15日 - )は、日本の漫… さいとう はるお(1956年10月15日 - )は、日本の漫画家。東京都昭島市出身。藤子不二雄Ⓐの元チーフアシスタント。 1975年4月、藤子スタジオに入社。その後、1977年に『毎日中学生新聞』(毎日新聞社)に掲載された『がらくた行進曲』でデビュー。その後は主に『少年ポピー』(少年画報社)で活動。 1980年4月、藤子不二雄Ⓐのチーフアシスタント就任。以後は藤子不二雄Ⓐの『怪物くん』『忍者ハットリくん』などの作品のアシスタントを務める。 1985年6月、藤子スタジオ退社。独立後は『月刊コロコロコミック』『別冊コロコロコミック』(いずれも小学館)でゲーム、映画のコミカライズ作品を多く描く。1986年2月号から1987年10月号の『月刊コロコロコミック』に掲載された『ファミコン少年団』は、さいとうの代表作となる作品で、当時のファミコンブームと相まって人気を博した。
槇村 さとる(まきむら さとる、1956年〈昭和31年〉10… 槇村 さとる(まきむら さとる、1956年〈昭和31年〉10月3日 - )は、日本の漫画家。東京都葛飾区西亀有町出身、血液型はB型。東京都立工芸高等学校工芸デザイン科卒業。女性。ペンネームの由来は、漫画家デビュー当時に好きだった人の名前から。 小さいころから絵を描くことが好きで、毎日描いていた。思春期に父親から性的虐待を受け、そのトラウマから逃れるために漫画を描き始める。漫画家を志し最初に投稿し続けたのは『りぼん』だったが、浮気心から投稿先を変更し送付したら忽ち採用となり、1973年、高校1年で『別冊マーガレット』4月号(集英社)に掲載された「白い追憶」でデビュー。高校卒業後、メーカーに就職したが、漫画の原稿料が給料を上回ったので退職し専業作家になる。
えんど コイチ(本名 遠藤 幸一、1956年9月28日 - … えんど コイチ(本名 遠藤 幸一、1956年9月28日 - )は、日本の漫画家。新潟県白根市(現在は新潟市南区)出身。血液型O型。 1981年、週刊少年チャンピオン(秋田書店)掲載の『遠足の日』でデビュー。 1981年、週刊少年チャンピオンで『アノアノとんがらし』を連載後、集英社へ移籍。1983年末からフレッシュジャンプで『死神くん』を連載。 1984年からは週刊少年ジャンプでも『ついでにとんちんかん』を連載、アニメ化もされるなど、ヒット作となる。その後は少年漫画誌や青年漫画誌を中心に作品を発表している。 『ついでにとんちんかん』のヒットで、一般的にはギャグ漫画家だと認識されているが、えんど自身は「ギャグも描ける作家である」と認識して欲しかったらしく、続編の『ミラクルとんちんかん』連載終了後、ギャグメインの作品をほとんど発表していない時期があった。
宮崎 まさる(みやざき まさる、1956年9月13日 - )… 宮崎 まさる(みやざき まさる、1956年9月13日 - )は、日本の漫画原作者。新潟県上越市生まれ。 本名:宮崎克(みやざき まさる)。漫画原作者としては当初使用した「宮崎まさる」、メインで使用している「宮崎克」(2007年末ごろからは「宮﨑克」)のほか、鐘田頌太朗、金田正太朗、写楽麿、観月昴、高田信などのペンネームを持つ。このうち、写楽麿(しゃらく まーろー)というペンネームは、「子供の頃に憧れたシャーロック・ホームズと、大人になって憧れたフィリップ・マーロウ」に由来する。 代表作に、ファミコンソフト化もされたギャンブル漫画『100万$キッド』(宮崎まさる名義、作画:石垣ゆうき)、アニメ化もされたミステリー漫画『人形草紙あやつり左近』(写楽麿名義、作画:小畑健)、「このマンガがすごい! 2012」オトコ編第1位に選ばれたドキュメンタリー漫画『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』(宮﨑克名義、作画:吉本浩二)、テレビ東京系で連続ドラマ化されたアウトロー漫画『新宿セブン』(観月昴名義、作画:奥道則)などがある。
吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956年8月12日 - )は… 吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956年8月12日 - )は、日本の女性漫画家。武蔵野美術大学卒業。東京都渋谷区出身。 1977年、『ちょっと不思議な下宿人』でデビュー。『河よりも長くゆるやかに』および『吉祥天女』で第29回小学館漫画賞を、『YASHA-夜叉-』で第47回小学館漫画賞を、『海街diary』で第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013、第61回小学館漫画賞を受賞。 出版社名のないものは小学館刊。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
五味 一男(ごみ かずお、1956年〈昭和31年〉8月10日… 五味 一男(ごみ かずお、1956年〈昭和31年〉8月10日 - )は、日本の演出家、プロデューサー、著作家、作詞家、漫画原作者。 公益財団法人読売日本交響楽団評議員。ほか肩書きは日テレアックスオン執行役員・ジェネラルクリエイター、日本テレビ放送網(株)前上席執行役員・編成局および制作局エグゼクティブ・ディレクター・プロデューサー。 血液型はO型。テレビの演出家、プロデューサーとして、かつて担当していた6番組のうち5番組の視聴率が20%超えて次々と大ヒット番組として話題に。合計100%を越えることから「視聴率100%男」とも呼ばれた。また自身の著書のタイトルにもなっている「視聴率男」「生涯打率No.1」などと取材されるとき見出しで使われることが多い。
五十嵐 浩一(いがらし こういち、1956年8月9日 - )… 五十嵐 浩一(いがらし こういち、1956年8月9日 - )は、日本の漫画家。石川県金沢市出身。明治大学卒業。代表作として『ペリカンロード』や『めいわく荘の人々』などがある。
清原 なつの(きよはら なつの、1956年8月8日- )は、… 清原 なつの(きよはら なつの、1956年8月8日- )は、日本の女性漫画家。血液型はB型。 1956年、岐阜県に生まれる。中学生のころから作画グループ同人に参加。第8回りぼん新人漫画賞で『チゴイネルワイゼン』が佳作入選し、『りぼん』1976年10月号掲載の『グッド・バイバイ』でデビュー。以後1980年代中期まで『りぼん』『ぶ〜け』などで短編を中心に発表し、SFテーマへの取り組みや内向的な作風によって、地味ながら通好みの漫画家として評価された。[要出典] 金沢大学薬学部に在学した経歴を持ち、初期の代表作『花岡ちゃんシリーズ』は執筆当時リアルタイムで学生生活を送っていた金沢市が実質的舞台となっている。
やまだ 浩一(やまだ こういち、1956年7月26日 - )… やまだ 浩一(やまだ こういち、1956年7月26日 - )は、日本の漫画家。福岡県柳川市出身。福岡大学卒業。血液型AB型。一部の作品では本名の山田 浩一の表記もある。 1979年、大学在学中に集英社の新人賞に相当する赤塚賞佳作に「吾輩は猫ふんじゃった」にて入選。同作が『月刊少年ジャンプ』増刊号に掲載され、漫画家としてデビュー。 1987年、講談社の青年向け漫画誌『コミックモーニング』で開催されていた新人賞に相当するコミックオープンに「SHOKO」にて佳作入選。初連載作は1988年より『コミックモーニング』の増刊にて連載された『すみれんち』。以降、多くの出版社で青年向けの漫画雑誌を中心に執筆活動をしている。
荻原 浩(おぎわら ひろし、1956年〈昭和31年〉6月30… 荻原 浩(おぎわら ひろし、1956年〈昭和31年〉6月30日 - )は、日本の小説家・漫画家。埼玉県大宮市(現・さいたま市)出身。埼玉県立大宮高等学校、成城大学経済学部卒業。 大学在学中は広告研究会に所属。1980年、大学卒業後、広告代理店に入社。1991年、ふたつめの広告代理店を辞めて独立し、フリーのコピーライターとして築地に事務所を構える。39歳のときに小説を書き始める。小説を書き始めた理由について『作家の履歴書』では「広告の文章ってどこまで書いても所詮はひとのもの」であり、「だれにも邪魔されない文章を書いてみたくなった」から、『私がデビューしたころ』では「暇が怖かったから」「毎日の仕事に倦んでいた」からだと答えている。